Love me, love my dog.
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『犯人を確保したのはブルーローズとロックバイソン! ロックバイソンはこのところ調子が良いですね、ステルスさん?』
『活躍の機会をモノにしている印象です。彼と対照的に、最近心配なのはウォッチドッグですね。どうにも惜しい場面が多い。先日も』
元ヒーロー・ステルスソルジャーの続くコメントは強制的にシャットアウトされた。名前が振り向くと、テレビのリモコンを片手に立つバーナビーがいた。
「勉強熱心なのは結構ですが、こんなときにまで見なくてもいいでしょう」
「あ、ごめん……」
「いえ、謝られるようなことでは」
バーナビーは二人掛けのソファの、空いた右隣に腰掛ける。彼女にかけた言葉は半分建前だった。放心したように、または食い入るようにモニターに釘付けになる名前を見ていられなかったのだ。彼女の背中がこんなに小さく見えることも。
お茶淹れてくるね、と名前は逃げるようにキッチンに消えた。彼女の住居はノースブロンズのアパートメントハウスで、虎徹の家と造りがよく似ていた。一応メダイユ地区に含まれるもののダウンタウン地区にも程近く、プロヒーローのギャラならもう少しセキュリティと利便性の良い場所にも住めるだろうにとバーナビーは思わずにはいられなかった。しかしすぐにその考えを改める。彼女がヒーローでいられる残りの期間を頭の中だけで数え始めた。今は五月中旬。今シーズン終了まで、あと四ヶ月を切っているのだった。
ウォッチドッグの不調は誰の目にも明らかだった。
避けられたであろう攻撃を食う、肝心なところで能力が弱まり、犯人を逃してしまう……。大きな怪我や市民の犠牲が出ていないことが唯一の救いだった。そんな中、皮肉にも彼女の誕生日は明日に迫っていた。
午前中は約束通り大型スーパーで日用品と食料品を買い込み、カフェスタイルの店で軽い昼食をとったのち、早々に車で彼女の家まで帰ってきた。人が多いところでこんな生活感のある買い物をするなんて、スキャンダルになりかねないと主張したのは名前だった。バーナビーにしてみれば、今までパパラッチに遭遇したことはないし、もし見つかっても血縁だとか仕事の一環だとかでいいように躱せる自信があった。もしあまりにも相手が悪質ならプライバシーの侵害だと訴えてやってもいい。
そんなことよりも大事なのは彼女が自分を気遣って家に招いたこと、不調続きで思い悩んでいること、そして明日が年に一度の誕生日なことだった。
席を立った彼女になんて声をかけようか、と息をついたバーナビーの目にあるものが飛び込んでくる。棚の上で空の花瓶と並んで佇むのは、少し埃の被った写真立てだった。はにかむ幼い少女と、その肩を抱くヒーロー姿の男性。もう随分古い写真だろう。アポロンメディアのメカニックに見せれば「クソスーツ」と称しそうな古き良き時代のスーツだ。そのヒーローに見覚えのないわけではなかった。
「あれは確か……」
「知ってるの? 父のこと」
両手にカップを持って名前が帰ってきた。立ち昇る湯気からコーヒーの香ばしい香りが部屋に広がる。来客用であろう、比較的目新しい方をバーナビーの前に置き、名前はもう片方に立ったまま口をつけた。
「ビートウルフ、私の父」
再度キッチンに戻り、取ってきたシュガーとフレッシュの入った小さな籠を差し出した。バーナビーは礼を言って、ミルクを自分のカップに入れた。
「勿論知っていますよ、Mr.レジェンドと共に時代を作り上げたヒーローの一人じゃないですか。マーベリックさんからも話を聞いていました」
「そう言ってくれると嬉しいけどね。世間からしたらパッとしない、負け犬なんだって」
「そんな。お父様なんでしょう」
「L.L.オードゥンに負けて蒸発しても?」
バーナビーは言葉に詰まった。
L.L.オードゥン。非公式のヒーローにして、Mr.レジェンド最大のライバルと言われている。親が犯罪者だからという理由で、ヒーローになれなかった男。自分の力を証明するために二十に迫る数のヒーローを打ち倒した男。その中の一人に彼女の父親が。
言葉を探すバーナビーに、名前は小さく笑いかける。写真立てを伏せ、ソファの左隣に座った。
「ごめんね、なんか最近調子出なくてピリピリしてるのかも。許して」
「何度も言っているでしょう、あなたに謝られるようなことはされていない」
「ほんと? ヒーローになったばっかりの頃は口も聞いてくれなかったのに」
「最初から教えてくれれば僕だって心から応援しましたよ」
「うそ、絶対危ないからやめろって言ってた」
くすくす、ひそひそまた笑う。心を羽根でくすぐるような声だった。名前は身体を傾けて、バーナビーの肩に頭を預ける。座っていても身長差があり、しっかり頭を乗せられはしないが満足だった。肩の骨と筋肉と、血の脈動を聞きながら確かに満たされていた。
バーナビーもソファに投げ出されていた彼女の手を取った。ちょこまか動いていた彼女の手の熱が、平熱が低めの自分のそれにじんわりと広がっていくのを感じた。つくりは同じなのに、誰かが踏みしめる前の雪原のような手の甲や丸くてつややかな爪、現場で作ったであろう小さな傷跡や青痣に飽きそうもなかった。何より、この手を見ると二度目の出会いを思い出す。脊髄から伸びた見えない糸で手繰られるような再会を。
「……やばい、寝ちゃう」
「いいですよ、何かあったら起こします」
「いま寝たら夜ねむれないってー」
「そうしたら僕も夜更かしに付き合いますよ」
名前はすっかりミルクの霧に包まれている心地だった。ついさっき飲んだコーヒーに眠気覚ましを期待するには遅すぎたようだ。自分の家、彼の肩、匂い、温度、世界のすべて。
重くてもはや逆らおうとも思わない瞼を揺らしながら、「なんでそんなに優しいの」と小さく呟いた。見上げなくてもわかる、上機嫌な調子で「さあ、どうしてでしょう」と返ってくる。それがこんなにも嬉しくて、涙が滲んだ。
未だ自分の右手は彼の左手に弄ばれている。だから、「起きるまで帰らないでね」なんて言わなくていいのだとまた嬉しくて苦しかった。
「そうだ、名前。何か欲しいものはありませんか。僕にしてほしいことでも、なんだって」
執念の男、バーナビー・ブルックス Jr. がいかにも今思い出したかのように囁く。眠気で意識が曖昧な今だからこそ、彼女の本音が聞き出せるだろうと踏んだらしかった。
隣の男の必死さにも気づかず、ゆりかごに揺られる子どもの気分で名前は、ふふとかうーんとか意味をなさない声を上げる。バーナビーは訳もなく焦らされている心地がした。
ようやくまともな文章になった言葉に、バーナビーは目を丸くした。
「がっかりされたくないなあ……」
「えっ……?」
聞き直す前に、彼女はぐっすり夢の世界に飛び立っていた。一度こうなると一時間は起きない。肩を貸しているため動くこともできず、バーナビーは未だ慣れない彼女の部屋で、ただただその意味を噛み締めていた。
「で、結局どうだったの?」
「何がですか?」
「誕生日よ誕生日! ハンサムと一緒だったんでしょう」
ネイサンの追及に名前はああ、と笑う。カリーナと宝鈴からも熱い視線を集めていることに気付き「そんな滅多なことでもないんだけど、」と前置きした。
女子会にお呼ばれした名前は三人から数日遅れのバースデープレゼントを貰った。ネイサンからはお高いプロテインと扱いやすい3キロのダンベルを、カリーナからはライブのチケットを、宝鈴からは動物園の入場券を貰った。
更にここ、フォートレスタワー上層階のレストラン代も三人の奢りだと言うので、本当に頭の上がらない思いがした。余談だが、ここにはいないアニエスには派手な下着を賜った。完全におちょくっているのである。今度三人の爪の垢を煎じて飲ませようと誓った。
「朝から植物園行ってランチ食べて、ってゆっくりしてたんですけど夕方出動があってからはそっちに」
「19時には解決してたでしょ? その後は」
「私の家に帰りましたね。一緒に研究に付き合ってくれました」
「研究?」
「HERO TVの録画観ながら、ここはこうした方が良かったーとか。ほら、私最近あんまりじゃないですか」
身振り手振りで一日を振り返る名前に、三人は唖然とした。カリーナがナイフとフォークを止め、思わず毒づく。
「なんか、色気ない……」
「夢を壊しちゃったらごめんね?」
「そうだ! プレゼントは何を貰ったの?」
宝鈴が両手を合わせて身を乗り出す。以前あれほど悩みに悩んでいたプレゼントには、結局何を選んだのだろう。
「えっと、お花の鉢植え。なんか本気で色々心配させちゃってたみたいで、少しでも心が安らぐようにーみたいな」
「花束じゃなくて鉢植え? 珍しいわね」
「でも嬉しかったです。たまに家で花飾ったりもしてたんですけど、どうしても枯れちゃうし。育てる方が向いてるかもしれません」
「ドッグが幸せならいいけど」
何も入っていない花瓶を指摘されたときは肝が冷える思いがした。バーナビーにしてみれば、なんとはなしに聞いてみただけだったが、ズボラでいい加減な人間だと思われないか名前は内心ひやひやしていた。かわいいマーガレットの鉢植えを貰ったときは、世話が必要な植物を贈るくらいだから、そんな風には思われていないだろうと安心もした。
「どうせなら指輪でもねだって捕まえておけばよかったのに! あーんなにハンサムで稼ぎの良いオトコ、なかなかいないわよ」
「アハハ、まずマーベリック氏の許可を得てからですかね。彼の第二の父親ですから」
「まっじめ〜」
名前は苺のスパークリングワインをくっと流し込んだ。せっかくのお呼ばれでダイエットを気にするなんてナンセンスだ。
惚気を聞いて安心したのか、宝鈴はようやく本調子で食べる手を進め始めた。
シュテルンビルトのニューランドマークからは夜の街を一望できる。夜空に浮かぶ飛行船がコマーシャルを流しながら通過していく。派手な演出で映し出されるのは、名前に花を贈った男。
夢うつつのリビングルーム。ミルクに包まれたような午睡。「抱きしめて」とも「私のために生きて」とも言えなかった泡沫の夢と眼下の夜景は、正反対の色をしていた。
『活躍の機会をモノにしている印象です。彼と対照的に、最近心配なのはウォッチドッグですね。どうにも惜しい場面が多い。先日も』
元ヒーロー・ステルスソルジャーの続くコメントは強制的にシャットアウトされた。名前が振り向くと、テレビのリモコンを片手に立つバーナビーがいた。
「勉強熱心なのは結構ですが、こんなときにまで見なくてもいいでしょう」
「あ、ごめん……」
「いえ、謝られるようなことでは」
バーナビーは二人掛けのソファの、空いた右隣に腰掛ける。彼女にかけた言葉は半分建前だった。放心したように、または食い入るようにモニターに釘付けになる名前を見ていられなかったのだ。彼女の背中がこんなに小さく見えることも。
お茶淹れてくるね、と名前は逃げるようにキッチンに消えた。彼女の住居はノースブロンズのアパートメントハウスで、虎徹の家と造りがよく似ていた。一応メダイユ地区に含まれるもののダウンタウン地区にも程近く、プロヒーローのギャラならもう少しセキュリティと利便性の良い場所にも住めるだろうにとバーナビーは思わずにはいられなかった。しかしすぐにその考えを改める。彼女がヒーローでいられる残りの期間を頭の中だけで数え始めた。今は五月中旬。今シーズン終了まで、あと四ヶ月を切っているのだった。
ウォッチドッグの不調は誰の目にも明らかだった。
避けられたであろう攻撃を食う、肝心なところで能力が弱まり、犯人を逃してしまう……。大きな怪我や市民の犠牲が出ていないことが唯一の救いだった。そんな中、皮肉にも彼女の誕生日は明日に迫っていた。
午前中は約束通り大型スーパーで日用品と食料品を買い込み、カフェスタイルの店で軽い昼食をとったのち、早々に車で彼女の家まで帰ってきた。人が多いところでこんな生活感のある買い物をするなんて、スキャンダルになりかねないと主張したのは名前だった。バーナビーにしてみれば、今までパパラッチに遭遇したことはないし、もし見つかっても血縁だとか仕事の一環だとかでいいように躱せる自信があった。もしあまりにも相手が悪質ならプライバシーの侵害だと訴えてやってもいい。
そんなことよりも大事なのは彼女が自分を気遣って家に招いたこと、不調続きで思い悩んでいること、そして明日が年に一度の誕生日なことだった。
席を立った彼女になんて声をかけようか、と息をついたバーナビーの目にあるものが飛び込んでくる。棚の上で空の花瓶と並んで佇むのは、少し埃の被った写真立てだった。はにかむ幼い少女と、その肩を抱くヒーロー姿の男性。もう随分古い写真だろう。アポロンメディアのメカニックに見せれば「クソスーツ」と称しそうな古き良き時代のスーツだ。そのヒーローに見覚えのないわけではなかった。
「あれは確か……」
「知ってるの? 父のこと」
両手にカップを持って名前が帰ってきた。立ち昇る湯気からコーヒーの香ばしい香りが部屋に広がる。来客用であろう、比較的目新しい方をバーナビーの前に置き、名前はもう片方に立ったまま口をつけた。
「ビートウルフ、私の父」
再度キッチンに戻り、取ってきたシュガーとフレッシュの入った小さな籠を差し出した。バーナビーは礼を言って、ミルクを自分のカップに入れた。
「勿論知っていますよ、Mr.レジェンドと共に時代を作り上げたヒーローの一人じゃないですか。マーベリックさんからも話を聞いていました」
「そう言ってくれると嬉しいけどね。世間からしたらパッとしない、負け犬なんだって」
「そんな。お父様なんでしょう」
「L.L.オードゥンに負けて蒸発しても?」
バーナビーは言葉に詰まった。
L.L.オードゥン。非公式のヒーローにして、Mr.レジェンド最大のライバルと言われている。親が犯罪者だからという理由で、ヒーローになれなかった男。自分の力を証明するために二十に迫る数のヒーローを打ち倒した男。その中の一人に彼女の父親が。
言葉を探すバーナビーに、名前は小さく笑いかける。写真立てを伏せ、ソファの左隣に座った。
「ごめんね、なんか最近調子出なくてピリピリしてるのかも。許して」
「何度も言っているでしょう、あなたに謝られるようなことはされていない」
「ほんと? ヒーローになったばっかりの頃は口も聞いてくれなかったのに」
「最初から教えてくれれば僕だって心から応援しましたよ」
「うそ、絶対危ないからやめろって言ってた」
くすくす、ひそひそまた笑う。心を羽根でくすぐるような声だった。名前は身体を傾けて、バーナビーの肩に頭を預ける。座っていても身長差があり、しっかり頭を乗せられはしないが満足だった。肩の骨と筋肉と、血の脈動を聞きながら確かに満たされていた。
バーナビーもソファに投げ出されていた彼女の手を取った。ちょこまか動いていた彼女の手の熱が、平熱が低めの自分のそれにじんわりと広がっていくのを感じた。つくりは同じなのに、誰かが踏みしめる前の雪原のような手の甲や丸くてつややかな爪、現場で作ったであろう小さな傷跡や青痣に飽きそうもなかった。何より、この手を見ると二度目の出会いを思い出す。脊髄から伸びた見えない糸で手繰られるような再会を。
「……やばい、寝ちゃう」
「いいですよ、何かあったら起こします」
「いま寝たら夜ねむれないってー」
「そうしたら僕も夜更かしに付き合いますよ」
名前はすっかりミルクの霧に包まれている心地だった。ついさっき飲んだコーヒーに眠気覚ましを期待するには遅すぎたようだ。自分の家、彼の肩、匂い、温度、世界のすべて。
重くてもはや逆らおうとも思わない瞼を揺らしながら、「なんでそんなに優しいの」と小さく呟いた。見上げなくてもわかる、上機嫌な調子で「さあ、どうしてでしょう」と返ってくる。それがこんなにも嬉しくて、涙が滲んだ。
未だ自分の右手は彼の左手に弄ばれている。だから、「起きるまで帰らないでね」なんて言わなくていいのだとまた嬉しくて苦しかった。
「そうだ、名前。何か欲しいものはありませんか。僕にしてほしいことでも、なんだって」
執念の男、バーナビー・ブルックス Jr. がいかにも今思い出したかのように囁く。眠気で意識が曖昧な今だからこそ、彼女の本音が聞き出せるだろうと踏んだらしかった。
隣の男の必死さにも気づかず、ゆりかごに揺られる子どもの気分で名前は、ふふとかうーんとか意味をなさない声を上げる。バーナビーは訳もなく焦らされている心地がした。
ようやくまともな文章になった言葉に、バーナビーは目を丸くした。
「がっかりされたくないなあ……」
「えっ……?」
聞き直す前に、彼女はぐっすり夢の世界に飛び立っていた。一度こうなると一時間は起きない。肩を貸しているため動くこともできず、バーナビーは未だ慣れない彼女の部屋で、ただただその意味を噛み締めていた。
「で、結局どうだったの?」
「何がですか?」
「誕生日よ誕生日! ハンサムと一緒だったんでしょう」
ネイサンの追及に名前はああ、と笑う。カリーナと宝鈴からも熱い視線を集めていることに気付き「そんな滅多なことでもないんだけど、」と前置きした。
女子会にお呼ばれした名前は三人から数日遅れのバースデープレゼントを貰った。ネイサンからはお高いプロテインと扱いやすい3キロのダンベルを、カリーナからはライブのチケットを、宝鈴からは動物園の入場券を貰った。
更にここ、フォートレスタワー上層階のレストラン代も三人の奢りだと言うので、本当に頭の上がらない思いがした。余談だが、ここにはいないアニエスには派手な下着を賜った。完全におちょくっているのである。今度三人の爪の垢を煎じて飲ませようと誓った。
「朝から植物園行ってランチ食べて、ってゆっくりしてたんですけど夕方出動があってからはそっちに」
「19時には解決してたでしょ? その後は」
「私の家に帰りましたね。一緒に研究に付き合ってくれました」
「研究?」
「HERO TVの録画観ながら、ここはこうした方が良かったーとか。ほら、私最近あんまりじゃないですか」
身振り手振りで一日を振り返る名前に、三人は唖然とした。カリーナがナイフとフォークを止め、思わず毒づく。
「なんか、色気ない……」
「夢を壊しちゃったらごめんね?」
「そうだ! プレゼントは何を貰ったの?」
宝鈴が両手を合わせて身を乗り出す。以前あれほど悩みに悩んでいたプレゼントには、結局何を選んだのだろう。
「えっと、お花の鉢植え。なんか本気で色々心配させちゃってたみたいで、少しでも心が安らぐようにーみたいな」
「花束じゃなくて鉢植え? 珍しいわね」
「でも嬉しかったです。たまに家で花飾ったりもしてたんですけど、どうしても枯れちゃうし。育てる方が向いてるかもしれません」
「ドッグが幸せならいいけど」
何も入っていない花瓶を指摘されたときは肝が冷える思いがした。バーナビーにしてみれば、なんとはなしに聞いてみただけだったが、ズボラでいい加減な人間だと思われないか名前は内心ひやひやしていた。かわいいマーガレットの鉢植えを貰ったときは、世話が必要な植物を贈るくらいだから、そんな風には思われていないだろうと安心もした。
「どうせなら指輪でもねだって捕まえておけばよかったのに! あーんなにハンサムで稼ぎの良いオトコ、なかなかいないわよ」
「アハハ、まずマーベリック氏の許可を得てからですかね。彼の第二の父親ですから」
「まっじめ〜」
名前は苺のスパークリングワインをくっと流し込んだ。せっかくのお呼ばれでダイエットを気にするなんてナンセンスだ。
惚気を聞いて安心したのか、宝鈴はようやく本調子で食べる手を進め始めた。
シュテルンビルトのニューランドマークからは夜の街を一望できる。夜空に浮かぶ飛行船がコマーシャルを流しながら通過していく。派手な演出で映し出されるのは、名前に花を贈った男。
夢うつつのリビングルーム。ミルクに包まれたような午睡。「抱きしめて」とも「私のために生きて」とも言えなかった泡沫の夢と眼下の夜景は、正反対の色をしていた。