Love me, love my dog.
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「それじゃあ、後は頼んだよ」
「わかりました。お帰りは二週間後でしたっけ?」
「お土産は骨とかでいいかい」
「いいわけないでしょう」
「冗談だ」と言うわりにはやはり終始真顔のままだ。名前とこの男の付き合いは決して短いものではないが、何年経っても本心が読めない。それでも、気安く接することのできる上司を嫌っているわけでもなかった。
アッバス刑務所のラインマー所長は、重厚な造りのトランクケースを手に取り、よそ行きの黒い中折れ帽子の鍔を直した。他の市へ約二週間の出張に出る上司を、名前は特段の興味もなく見送った。
バタン、と扉が閉まったことを確認して、彼女は携帯電話を取り出した。鼻歌混じりに通話履歴の一番上を陣取る番号にかける。
「ハーイ、honey bunny? これからお茶でもどう?」
『今からは無理ですよ、my puppy。午後から撮影で。明日のこの時間なら』
浮き足立つ気持ちのままに慣れない愛称で呼び掛ければ、つれない対応をされなかったことに安堵した。デートも実際に空いた日数以上に久しぶりな気がして、刑務所内をスキップして回りたい気持ちでいっぱいになった。
「やった。明日は何もなければトレーニングルーム? そこで待ち合わせようか」
『あ、まだ切らないで! ……何か欲しいものはありませんか?』
「へ?」
名前にしてみれば何の脈絡もないことを聞かれ、困惑せざるを得なかった。こういうときに限って、往々にして答えが浮かばないものである。このときの名前もその例に漏れなかった。
「あ、もうすぐティッシュとトイレットペーパーのストックがなくなりそうかも」
『……そうですか。週末でよければ車出しますよ』
「本当!? ならお米も買っちゃおうかな」
カフェデートだけでなく買い物デートの約束まで取り付けてしまった。彼はこの後グラビアの撮影だと言うので長電話は良くないと気付き、「頑張ってね、雑誌絶対買うからね」と、恋人や同僚としてではなくファンとして熱のこもったエールを送り、通話を切った。
切る間際の彼からは心なしか乾いた笑いが聞こえてきたような気もした。きっと疲れているのだろう、なんせヒーロー界の貴公子、スーパースターだ。明日会ったら十二分に労ってやろう。なんだったら、無理して外出することもないんだし。
一方その頃、名前が想いを馳せる貴公子は眼鏡をずらし、眉間を押さえた。その通話はスピーカー機能によって、周りにもバッチリ彼女の声を届けていた。
通話の切れる音がトレーニングルームに虚しく響く。静寂を破ったのは、哀れにも立ち尽くす男の相棒だった。
「ダーッハッハッハ!!!」
「タイガー、笑ったら可哀想じゃん! んふふっ」
「ブルーローズだって笑ってるじゃねえか!」
「あの子ったら欲がないのか、それともハナから期待してないのか……」
「ゔっ」
「もしかしたら忘れてるのかも。もうすぐ自分の誕生日だって」
宝鈴の言葉に、バーナビーは「いや、まさか……」と未だに動揺しながら携帯を仕舞う。
事は十数分前に遡る。
「ドッグのバースデープレゼント?」
「ええ、お恥ずかしながら彼女の喜ぶものが思い当たらず。是非アドバイスをいただきたくて」
「まあっ! そういうことならアタシたち、なんでも協力しちゃう!」
「ボクたちに任せてよ!」
「プレゼントかあ……。無難に行くなら財布とかアクセサリーとか、あとコスメとか?」
バーナビーがトレーニングルームに居合わせたヒーロー女子三人衆に相談したのが始まりだった。ああでもないこうでもないと相談者そっちのけで盛り上がる輪に、虎徹が乗り込んでくる。
「普通俺に相談するだろ、なあ!?」
「アタシたちを頼って正解よ」
うんうんとカリーナと宝鈴が同意する。いくら結婚経験があり年頃の娘を持つといえど、日頃の虎徹を見ているとあまり参考になるとも思えない。
「ドッグってアクセサリー付けてるっけ?」
「ピアスくらいじゃないかしら? あんまり目立つものは付けないイメージね」
「ショッピングデートして、服を買ってあげるなんて素敵じゃない?」
「そんなところが見つかったら大炎上しそう……」
「そうだった、バーナビーは素面知られてるのよね」
「甘いものはどうだ! あいつ嫌いじゃなかったろ!?」
「どうかなあ、ダイエットしてるってこの間言ってたよ」
「確かに、おすすめのプロテイン聞かれたわ。飲酒量も制限してるって」
「もう直接聞いちゃえば?」
「いや、流石にそれは……」
「そうだね! それがいいと思うよ」
カリーナの提案に宝鈴も同意する。ネイサンも「サプライズじゃなきゃ! なんて言う子じゃないし、その方がいいかもね」と背中を押す。
「そういうものですかね……?」
バーナビーが電話をかけようと携帯を取り出すと、狙ったかのように着信音が鳴る。画面には「名前」の表示。
バーナビーは思わず無言で周囲に画面を見せる。一同は頷き、親指を立てた。着信に応じると、スピーカーモードにする。まさか電波の向こうで自分が議論を呼んでいるとも知らず、少し浮かれた声が広いトレーニングルームに響いた。
『ハーイ、honey bunny?』
「じゃあバースデープレゼントは日用品ってことで」
「ちょっと待ってください!」
「本人が喜ぶのが一番よね。アタシは良いプロテインとダンベルでも贈ろうかしら」
「ドッグが行きたがってたライブのチケット、手に入るかマネージャーに聞いてみよっと」
「ボクは動物園に誘ってみようかな! パンダの赤ちゃんが見たいって言ってたんだ」
「ちょっ、先にそれを教えてくださいよ!」
「ちょうどいい機会じゃない。アンタただでさえ忙しいんだし、これを機にドッグとしっかり向き合いなさいよ」
じゃあね、とネイサンたちはトレーニングルームを出て行ってしまった。半分見放された形のバーナビーは、唯一残った虎徹に視線を向ける。
「お、俺ぇ!?」
「さっき自信満々に俺に相談しろって言ってたじゃないですか」
「そうだけどよお……」
先程までの威勢はどこにいったのか、虎徹が弱々しく頭を捻る。ウォッチドッグ……名前の喜ぶ顔を思い返す。バーナビーと仲直りできたとき、バーナビーの惚気話をしているとき、バーナビーが無事だったとき……、真っ先に浮かぶのはみんな彼絡みだった。
「正直バニーがあげるもんならなんでも喜びそうなんだよな」
「ああ、それは……。だからこそ悩むんですよ」
暗にバーナビーも肯定する。
彼女は自分が贈るものなら何でも喜んでしまいそうな危うさがある。それならいっそ、ワガママを言って振り回してくれる方がいいのにと思った。
彼女がヒーローになる前、付き合い始めたばかりの頃の方が余程ドライな関係だった。いや、彼女にしてみれば考え方のスタンスは変わっていないのだろう。恥じらう彼女に無理を言って見せてもらったスクラップブックは、とても一ヶ月やそこらで出来そうな代物ではなかった。ならば変わったのは自分自身か。
「まっ、明日も週末も会うんだろ? そのときまた探り入れてみろよ」
「……そうします」
電話で伝えた予定は嘘ではなかった。トレーニングをほどほどに切り上げ、更衣室へ向かった。彼女としっかり向き合う。撮影のスタジオに到着した後も、バーナビーはネイサンの言葉を反芻していた。
「わかりました。お帰りは二週間後でしたっけ?」
「お土産は骨とかでいいかい」
「いいわけないでしょう」
「冗談だ」と言うわりにはやはり終始真顔のままだ。名前とこの男の付き合いは決して短いものではないが、何年経っても本心が読めない。それでも、気安く接することのできる上司を嫌っているわけでもなかった。
アッバス刑務所のラインマー所長は、重厚な造りのトランクケースを手に取り、よそ行きの黒い中折れ帽子の鍔を直した。他の市へ約二週間の出張に出る上司を、名前は特段の興味もなく見送った。
バタン、と扉が閉まったことを確認して、彼女は携帯電話を取り出した。鼻歌混じりに通話履歴の一番上を陣取る番号にかける。
「ハーイ、honey bunny? これからお茶でもどう?」
『今からは無理ですよ、my puppy。午後から撮影で。明日のこの時間なら』
浮き足立つ気持ちのままに慣れない愛称で呼び掛ければ、つれない対応をされなかったことに安堵した。デートも実際に空いた日数以上に久しぶりな気がして、刑務所内をスキップして回りたい気持ちでいっぱいになった。
「やった。明日は何もなければトレーニングルーム? そこで待ち合わせようか」
『あ、まだ切らないで! ……何か欲しいものはありませんか?』
「へ?」
名前にしてみれば何の脈絡もないことを聞かれ、困惑せざるを得なかった。こういうときに限って、往々にして答えが浮かばないものである。このときの名前もその例に漏れなかった。
「あ、もうすぐティッシュとトイレットペーパーのストックがなくなりそうかも」
『……そうですか。週末でよければ車出しますよ』
「本当!? ならお米も買っちゃおうかな」
カフェデートだけでなく買い物デートの約束まで取り付けてしまった。彼はこの後グラビアの撮影だと言うので長電話は良くないと気付き、「頑張ってね、雑誌絶対買うからね」と、恋人や同僚としてではなくファンとして熱のこもったエールを送り、通話を切った。
切る間際の彼からは心なしか乾いた笑いが聞こえてきたような気もした。きっと疲れているのだろう、なんせヒーロー界の貴公子、スーパースターだ。明日会ったら十二分に労ってやろう。なんだったら、無理して外出することもないんだし。
一方その頃、名前が想いを馳せる貴公子は眼鏡をずらし、眉間を押さえた。その通話はスピーカー機能によって、周りにもバッチリ彼女の声を届けていた。
通話の切れる音がトレーニングルームに虚しく響く。静寂を破ったのは、哀れにも立ち尽くす男の相棒だった。
「ダーッハッハッハ!!!」
「タイガー、笑ったら可哀想じゃん! んふふっ」
「ブルーローズだって笑ってるじゃねえか!」
「あの子ったら欲がないのか、それともハナから期待してないのか……」
「ゔっ」
「もしかしたら忘れてるのかも。もうすぐ自分の誕生日だって」
宝鈴の言葉に、バーナビーは「いや、まさか……」と未だに動揺しながら携帯を仕舞う。
事は十数分前に遡る。
「ドッグのバースデープレゼント?」
「ええ、お恥ずかしながら彼女の喜ぶものが思い当たらず。是非アドバイスをいただきたくて」
「まあっ! そういうことならアタシたち、なんでも協力しちゃう!」
「ボクたちに任せてよ!」
「プレゼントかあ……。無難に行くなら財布とかアクセサリーとか、あとコスメとか?」
バーナビーがトレーニングルームに居合わせたヒーロー女子三人衆に相談したのが始まりだった。ああでもないこうでもないと相談者そっちのけで盛り上がる輪に、虎徹が乗り込んでくる。
「普通俺に相談するだろ、なあ!?」
「アタシたちを頼って正解よ」
うんうんとカリーナと宝鈴が同意する。いくら結婚経験があり年頃の娘を持つといえど、日頃の虎徹を見ているとあまり参考になるとも思えない。
「ドッグってアクセサリー付けてるっけ?」
「ピアスくらいじゃないかしら? あんまり目立つものは付けないイメージね」
「ショッピングデートして、服を買ってあげるなんて素敵じゃない?」
「そんなところが見つかったら大炎上しそう……」
「そうだった、バーナビーは素面知られてるのよね」
「甘いものはどうだ! あいつ嫌いじゃなかったろ!?」
「どうかなあ、ダイエットしてるってこの間言ってたよ」
「確かに、おすすめのプロテイン聞かれたわ。飲酒量も制限してるって」
「もう直接聞いちゃえば?」
「いや、流石にそれは……」
「そうだね! それがいいと思うよ」
カリーナの提案に宝鈴も同意する。ネイサンも「サプライズじゃなきゃ! なんて言う子じゃないし、その方がいいかもね」と背中を押す。
「そういうものですかね……?」
バーナビーが電話をかけようと携帯を取り出すと、狙ったかのように着信音が鳴る。画面には「名前」の表示。
バーナビーは思わず無言で周囲に画面を見せる。一同は頷き、親指を立てた。着信に応じると、スピーカーモードにする。まさか電波の向こうで自分が議論を呼んでいるとも知らず、少し浮かれた声が広いトレーニングルームに響いた。
『ハーイ、honey bunny?』
「じゃあバースデープレゼントは日用品ってことで」
「ちょっと待ってください!」
「本人が喜ぶのが一番よね。アタシは良いプロテインとダンベルでも贈ろうかしら」
「ドッグが行きたがってたライブのチケット、手に入るかマネージャーに聞いてみよっと」
「ボクは動物園に誘ってみようかな! パンダの赤ちゃんが見たいって言ってたんだ」
「ちょっ、先にそれを教えてくださいよ!」
「ちょうどいい機会じゃない。アンタただでさえ忙しいんだし、これを機にドッグとしっかり向き合いなさいよ」
じゃあね、とネイサンたちはトレーニングルームを出て行ってしまった。半分見放された形のバーナビーは、唯一残った虎徹に視線を向ける。
「お、俺ぇ!?」
「さっき自信満々に俺に相談しろって言ってたじゃないですか」
「そうだけどよお……」
先程までの威勢はどこにいったのか、虎徹が弱々しく頭を捻る。ウォッチドッグ……名前の喜ぶ顔を思い返す。バーナビーと仲直りできたとき、バーナビーの惚気話をしているとき、バーナビーが無事だったとき……、真っ先に浮かぶのはみんな彼絡みだった。
「正直バニーがあげるもんならなんでも喜びそうなんだよな」
「ああ、それは……。だからこそ悩むんですよ」
暗にバーナビーも肯定する。
彼女は自分が贈るものなら何でも喜んでしまいそうな危うさがある。それならいっそ、ワガママを言って振り回してくれる方がいいのにと思った。
彼女がヒーローになる前、付き合い始めたばかりの頃の方が余程ドライな関係だった。いや、彼女にしてみれば考え方のスタンスは変わっていないのだろう。恥じらう彼女に無理を言って見せてもらったスクラップブックは、とても一ヶ月やそこらで出来そうな代物ではなかった。ならば変わったのは自分自身か。
「まっ、明日も週末も会うんだろ? そのときまた探り入れてみろよ」
「……そうします」
電話で伝えた予定は嘘ではなかった。トレーニングをほどほどに切り上げ、更衣室へ向かった。彼女としっかり向き合う。撮影のスタジオに到着した後も、バーナビーはネイサンの言葉を反芻していた。