Love me, love my dog.
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「皆さん、入退場券は持ちましたか? 万が一無くされますと、出るお手続きにかなりのお時間を頂戴することになりますので、お気をつけください」
「かなり」の部分でわざとらしく凄んでみせたので、客はどっと笑った。子どもから大人まで、計十五名ほどの来場者を前に、彼女は再度注意事項の記された看板を掲げる。
「重ねてのお願いになりますが、くれぐれも撮影は厳禁です。カメラは必ずここで預けてからお入りください」
子どもたちから元気な返事が返ってくる。それに満足そうに頷いたウォッチドッグは、列の誘導を始めた。
アッバス刑務所見学ツアー、本日はニューヒーローが直々に案内するスペシャルデーだった。
「へーえ。ドッグの奴、手慣れてるんだな」
「彼女は元々刑務官ですからね」
「なんでお前が得意げなんだよ」
先導しながら刑務所の説明をするウォッチドッグを、同じくヒーロースーツ姿のバディたちが後ろから眺める。母親と手を繋いだ少女が、振り返って小さく手を振る。バーナビーはそれに笑顔で応えた。
「刑務所見学ツアーのサポートぉ?」
「アッバス刑務所のラインマー所長からの要請でね。うちのCEOとも親しい間柄なんだ」
「なにかあったんですか?」
ロイズに呼び出されたタイガー&バーナビーは、珍しい仕事を任されようとしていた。
曰く、定期的に開催されているアッバス刑務所の見学ツアー。そのサポートとして来てほしいという要請だった。マーベリックも関与しているというのなら、アポロンメディアとしても無下にできない。
「襲撃予告だよ。よりによってウォッチドッグが案内人を務める日にね」
「名前が?」
「彼女一人でも対応できるかもしれないけど、念には念をって向こうの所長が。引き受けてくれるね」
「わかりました」
「へーい」
「こちらは中に入られている方々が働く裁縫工場です。ここで作られたTシャツやエプロンは表のテントにて販売していますので、ご希望の方はツアー終了後にお買い求めください」
「へー、私たちも買えるんだ」
「後で見に行こ」
一同は足を止め、ウォッチドッグを囲むようにして説明を聞く。ドッグが「私がモチーフのハンカチとTシャツも作られるようになったそうです……」と恥ずかしそうに布地を広げる。そこにはでかでかとデフォルメ化された二頭身の彼女のイラストがプリントされている。まるでゆるキャラのような仕上がりに笑いの渦が起きた。
「今んとこ順調そうだな」
「わかってますね、虎徹さん。彼女がガイドをやる日に限って襲撃予告だなんて」
「どう考えても狙いはあいつだな」
買いたくなくてもいつの間にか恨みを買っている商売なのだと、以前ファイヤーエンブレムが嘆いていた。ヒーロー・ウォッチドッグに恨みがあるのか、それとも刑務所そのものが狙いなのか。どのみち、わざわざヒーローが現場に居合わせる日を選んだことに意味があるに違いない。バーナビーと虎徹は遠巻きに集団を眺めながら、引き続き目を光らせた。
ツアーが次のスポットへ移動し始め、二人も足を進めようとしたとき、音もなく背後に近づく影があった。
「ようこそ、アッバス刑務所へ」
「うわっ!」
「あなたは確か所長の……!」
「御足労感謝するよ、タイガーアンドバーナビー」
振り向くと、背後から話しかけてきたのは蝋燭のように青白く、縦に長い男。この刑務所の所長にして彼らに応援を頼んだ本人、ラインマー・ゾルゲだった。
無表情のまま骨感の強い手を差し出すので、虎徹は握手を求められているのだと気付くのにワンテンポ送れた。どこまでも冷たく堅い印象にハードブリッジの鼻眼鏡が不釣り合いだ。
「どうだい、中でお茶でも」
「折角ですが僕たちはツアーのサポートに来ているので、終わるまでは」
「そう」
特段残念そうでもなく、ラインマーは遠くの部下に目をやった。客に向けてパネルで何かを説明している。
「あれは普通だろう。君たちが来てくれて助かる」
「え?」
「僕はもう何十年もここに勤めていてね、色んな囚人を見てきた。稀にいるんだよ、周囲を強烈に惹きつけるカリスマ、悪魔的な頭脳、意図せず他人の人生を狂わせるほど魅惑的な人間なんかがね」
その言葉で、バーナビーの頭にはジェイクが浮かんでいた。共犯のクリームは奴に心酔し切っているようだった。微塵も認めたくはないが、あれもまたラインマーの言う「カリスマ」の一つの形だったのかもしれない。
「彼らはその他大勢とは違うステージに生きている。市民から見れば君たちヒーローだってそのように映っているかもしれない。だがあれは決して違う。名前は普通だ。あまりに凡庸だ。あの程度はそこら中にいる。取るに足らない存在だ」
「おい、いくら上司だからってそこまで言わなくたって——」
「勘違いしないでくれ。僕は彼女を娘のように思っている。あれはちっとも特別じゃないが、砂金ほどの光るものを持っている」
「だから彼女をヒーローに推したんですか?」
「発端はマーベリック氏だよ。うちの看守にはNEXTがそう多いわけでもないし、彼女に決まるのは必然だった」
抑揚のない調子で淡々と語り出すものだから、虎徹は居心地の悪さを感じた。所長が突然名前を罵り出したときは、相棒が噛み付かないかヒヤヒヤしたものだ。予想に反して、バーナビーは冷静そのものといった様子で話を聞いていた。
視線の先で、ウォッチドッグたちがまた移動し始める。ラインマーは「引き止めてしまったね。どうか頼むよ」と、お願いしているにはやはり感情のこもっていない様子で呟き、踵を返した。
「不気味なじいさんだな」
「今は名前たちを追いましょう」
「アッバス刑務所の大規模改修が実施されたのは、約45年前。NEXTが確認され始めた頃と同じ時期でした。当時のシュテルンビルトは——」
今度は歴史のお勉強のようだった。建物と建物を繋ぐ渡り廊下には、年季の入った写真が何枚も飾られており、当時の様子が窺える。ツアー客も話を聞きながら、写真を見物していた。
その中の若いカップルが首を傾げた。
「なんかちょっと変な匂いしない?」
「わかる。なんだろこれ」
「この近くには金属を加工する工場がありますから、その匂いでしょうか」
気付いたウォッチドッグが答える。確かに洋裁工場と並ぶように木材を扱う工場と金属加工の工場があり、彼らはその順に通ってきた。
ウォッチドッグも言われるままに周囲の匂いを確かめると、ほんの微かに記憶に引っかかる匂いを感じた。どこか甘いような、しかし化学的であまり好ましいとは言えない。
どこかで嗅いだことがあるはずだ。職業柄薬品に触れる機会は少なくないし、それ以前に日常生活で触れたことのあるような——
「でもさっきはそんな匂いしなかったよね?」
「うん」
「え、やだ! 雨降り始めたんだけど」
「今日は一日晴れのはずじゃなかった?」
渡り廊下から外を見上げた、別のツアー客が嘆く。確かに土の地面にはポツリポツリと水滴が垂れていた。
「皆さん、屋根のある場所に集まって! 早く!」
「え? どういう」
「「ドッグ!!」」
観衆が言葉の意味を理解する前に、ワイルドタイガーとバーナビーがウォッチドッグに叫ぶ。
その叫びはひと足遅かった。
ウォッチドッグの腹に何かを纏った強烈な拳がめり込む。一般客を庇うように前に出ていたドッグはまともな受け身も取れず、数メートル後ろの生垣まで吹っ飛ばされた。
「あ゛あ゛ッ!」
「市民の人気を得るために」と極めて俗っぽい理由で、彼女のヒーロースーツは女性特有のラインを覆いすぎないよう、腹部や大腿部の装甲が比較的軽微になっている。よりによってそこを狙い撃ちされた。しかしそれだけではなかった。
地面に滴っていたのは雨ではない。タイガーとバーナビーは襲撃者と相対する。ハンドレッドパワーを発動し、嗅覚も研ぎ澄まされたバーナビーがその正体を言い当てた。
「ガソリン……!?」
「綺麗なお腹、ただれないといいねえ」
ウォッチドッグを攻撃したのは、妙齢の女だった。睨みつけてくる二人のヒーローを相手に、粘度の高い笑みを浮かべた。
「かなり」の部分でわざとらしく凄んでみせたので、客はどっと笑った。子どもから大人まで、計十五名ほどの来場者を前に、彼女は再度注意事項の記された看板を掲げる。
「重ねてのお願いになりますが、くれぐれも撮影は厳禁です。カメラは必ずここで預けてからお入りください」
子どもたちから元気な返事が返ってくる。それに満足そうに頷いたウォッチドッグは、列の誘導を始めた。
アッバス刑務所見学ツアー、本日はニューヒーローが直々に案内するスペシャルデーだった。
「へーえ。ドッグの奴、手慣れてるんだな」
「彼女は元々刑務官ですからね」
「なんでお前が得意げなんだよ」
先導しながら刑務所の説明をするウォッチドッグを、同じくヒーロースーツ姿のバディたちが後ろから眺める。母親と手を繋いだ少女が、振り返って小さく手を振る。バーナビーはそれに笑顔で応えた。
「刑務所見学ツアーのサポートぉ?」
「アッバス刑務所のラインマー所長からの要請でね。うちのCEOとも親しい間柄なんだ」
「なにかあったんですか?」
ロイズに呼び出されたタイガー&バーナビーは、珍しい仕事を任されようとしていた。
曰く、定期的に開催されているアッバス刑務所の見学ツアー。そのサポートとして来てほしいという要請だった。マーベリックも関与しているというのなら、アポロンメディアとしても無下にできない。
「襲撃予告だよ。よりによってウォッチドッグが案内人を務める日にね」
「名前が?」
「彼女一人でも対応できるかもしれないけど、念には念をって向こうの所長が。引き受けてくれるね」
「わかりました」
「へーい」
「こちらは中に入られている方々が働く裁縫工場です。ここで作られたTシャツやエプロンは表のテントにて販売していますので、ご希望の方はツアー終了後にお買い求めください」
「へー、私たちも買えるんだ」
「後で見に行こ」
一同は足を止め、ウォッチドッグを囲むようにして説明を聞く。ドッグが「私がモチーフのハンカチとTシャツも作られるようになったそうです……」と恥ずかしそうに布地を広げる。そこにはでかでかとデフォルメ化された二頭身の彼女のイラストがプリントされている。まるでゆるキャラのような仕上がりに笑いの渦が起きた。
「今んとこ順調そうだな」
「わかってますね、虎徹さん。彼女がガイドをやる日に限って襲撃予告だなんて」
「どう考えても狙いはあいつだな」
買いたくなくてもいつの間にか恨みを買っている商売なのだと、以前ファイヤーエンブレムが嘆いていた。ヒーロー・ウォッチドッグに恨みがあるのか、それとも刑務所そのものが狙いなのか。どのみち、わざわざヒーローが現場に居合わせる日を選んだことに意味があるに違いない。バーナビーと虎徹は遠巻きに集団を眺めながら、引き続き目を光らせた。
ツアーが次のスポットへ移動し始め、二人も足を進めようとしたとき、音もなく背後に近づく影があった。
「ようこそ、アッバス刑務所へ」
「うわっ!」
「あなたは確か所長の……!」
「御足労感謝するよ、タイガーアンドバーナビー」
振り向くと、背後から話しかけてきたのは蝋燭のように青白く、縦に長い男。この刑務所の所長にして彼らに応援を頼んだ本人、ラインマー・ゾルゲだった。
無表情のまま骨感の強い手を差し出すので、虎徹は握手を求められているのだと気付くのにワンテンポ送れた。どこまでも冷たく堅い印象にハードブリッジの鼻眼鏡が不釣り合いだ。
「どうだい、中でお茶でも」
「折角ですが僕たちはツアーのサポートに来ているので、終わるまでは」
「そう」
特段残念そうでもなく、ラインマーは遠くの部下に目をやった。客に向けてパネルで何かを説明している。
「あれは普通だろう。君たちが来てくれて助かる」
「え?」
「僕はもう何十年もここに勤めていてね、色んな囚人を見てきた。稀にいるんだよ、周囲を強烈に惹きつけるカリスマ、悪魔的な頭脳、意図せず他人の人生を狂わせるほど魅惑的な人間なんかがね」
その言葉で、バーナビーの頭にはジェイクが浮かんでいた。共犯のクリームは奴に心酔し切っているようだった。微塵も認めたくはないが、あれもまたラインマーの言う「カリスマ」の一つの形だったのかもしれない。
「彼らはその他大勢とは違うステージに生きている。市民から見れば君たちヒーローだってそのように映っているかもしれない。だがあれは決して違う。名前は普通だ。あまりに凡庸だ。あの程度はそこら中にいる。取るに足らない存在だ」
「おい、いくら上司だからってそこまで言わなくたって——」
「勘違いしないでくれ。僕は彼女を娘のように思っている。あれはちっとも特別じゃないが、砂金ほどの光るものを持っている」
「だから彼女をヒーローに推したんですか?」
「発端はマーベリック氏だよ。うちの看守にはNEXTがそう多いわけでもないし、彼女に決まるのは必然だった」
抑揚のない調子で淡々と語り出すものだから、虎徹は居心地の悪さを感じた。所長が突然名前を罵り出したときは、相棒が噛み付かないかヒヤヒヤしたものだ。予想に反して、バーナビーは冷静そのものといった様子で話を聞いていた。
視線の先で、ウォッチドッグたちがまた移動し始める。ラインマーは「引き止めてしまったね。どうか頼むよ」と、お願いしているにはやはり感情のこもっていない様子で呟き、踵を返した。
「不気味なじいさんだな」
「今は名前たちを追いましょう」
「アッバス刑務所の大規模改修が実施されたのは、約45年前。NEXTが確認され始めた頃と同じ時期でした。当時のシュテルンビルトは——」
今度は歴史のお勉強のようだった。建物と建物を繋ぐ渡り廊下には、年季の入った写真が何枚も飾られており、当時の様子が窺える。ツアー客も話を聞きながら、写真を見物していた。
その中の若いカップルが首を傾げた。
「なんかちょっと変な匂いしない?」
「わかる。なんだろこれ」
「この近くには金属を加工する工場がありますから、その匂いでしょうか」
気付いたウォッチドッグが答える。確かに洋裁工場と並ぶように木材を扱う工場と金属加工の工場があり、彼らはその順に通ってきた。
ウォッチドッグも言われるままに周囲の匂いを確かめると、ほんの微かに記憶に引っかかる匂いを感じた。どこか甘いような、しかし化学的であまり好ましいとは言えない。
どこかで嗅いだことがあるはずだ。職業柄薬品に触れる機会は少なくないし、それ以前に日常生活で触れたことのあるような——
「でもさっきはそんな匂いしなかったよね?」
「うん」
「え、やだ! 雨降り始めたんだけど」
「今日は一日晴れのはずじゃなかった?」
渡り廊下から外を見上げた、別のツアー客が嘆く。確かに土の地面にはポツリポツリと水滴が垂れていた。
「皆さん、屋根のある場所に集まって! 早く!」
「え? どういう」
「「ドッグ!!」」
観衆が言葉の意味を理解する前に、ワイルドタイガーとバーナビーがウォッチドッグに叫ぶ。
その叫びはひと足遅かった。
ウォッチドッグの腹に何かを纏った強烈な拳がめり込む。一般客を庇うように前に出ていたドッグはまともな受け身も取れず、数メートル後ろの生垣まで吹っ飛ばされた。
「あ゛あ゛ッ!」
「市民の人気を得るために」と極めて俗っぽい理由で、彼女のヒーロースーツは女性特有のラインを覆いすぎないよう、腹部や大腿部の装甲が比較的軽微になっている。よりによってそこを狙い撃ちされた。しかしそれだけではなかった。
地面に滴っていたのは雨ではない。タイガーとバーナビーは襲撃者と相対する。ハンドレッドパワーを発動し、嗅覚も研ぎ澄まされたバーナビーがその正体を言い当てた。
「ガソリン……!?」
「綺麗なお腹、ただれないといいねえ」
ウォッチドッグを攻撃したのは、妙齢の女だった。睨みつけてくる二人のヒーローを相手に、粘度の高い笑みを浮かべた。