Love me, love my dog.
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「あんな目をするひとじゃなかった」
「まーまー、バニー水飲め水。なっ」
バーナビーが髪を乱しながら、怪しい呂律で言い放った。虎徹が差し出したコップを素直に受け取りながら、その勢いのまま流し込む。
虎徹は最近の——話題の彼女の活躍を思い出していた。「ありゃ番犬ってより猟犬だな」と浮かんだところで、顔を真っ赤にする相棒を前にして口から出ることはなかった。
ニューヒーロー・ウォッチドッグもとい名前。鮮烈なデビューから一週間経った。犯罪者相手にも怯まない立ち回りで、優等生と呼んでいいまずまずの活躍だった。本職が本職なだけあってヒーローと警察の橋渡しの役割も進んで引き受けた。尤も、素面を晒していないためこれはテレビには映されていない一面だった。
他のヒーローたちにも友好的で、トレーニングルームで雑談をしているところもよく見かける。目の前の男、バーナビー・ブルックス Jr. 以外とは。
「で? ぶっちゃけ昔の彼女と違ってショックだって?」
「馬鹿言わないでください。そういうところも好きに決まってるでしょ」
「そ、そうなの」
心なしか早口だった。バーナビーはまたシャンパンのボトルを手に取って、自分のグラスに注いだ。家に邪魔するからと虎徹が持ち込んだものだったが、虎徹自身はあまり手が伸びなかった。まるで酔うのに必死なものだから、気持ちよく飲ませてやろうと思うのだ。何より、話題が話題だ。
いっとき他のヒーローたちが騒いでいたバーナビーの彼女疑惑が、まさか本当だとは思わなかった。前後不覚一歩手前の彼が非ッ常に物珍しく、虎徹は今夜は聞き役に徹すると決めた。
「昔ヒーローを志していたことは知っています。ええ、知っていますとも。ただ事前に僕に相談してくれてもよかったと思いませんか? 現役ヒーローでパートナーであるこの僕に!」
「ウンウン。だよなあ、やっぱ心配だよなあ」
「何よりあの目。あんな目は知らなかった」
何が彼女を変えた? 一体何が——
酔っ払いにしては重い一言だった。
バーナビーの言う「目」。虎徹の回想通り、獲物を執拗に追い求めるさながら猟犬の目。
まだ知り合って一週間だが、素の名前は人当たりがよく、気取らない女性という印象だった。いつもより要領を得ない話を聞いている限り、そのイメージはバーナビーのそれとも違わないようだ。しかし穏やかな彼女を現場に駆り立てる熱い源が、確かに存在する。
「看守なんだろ? 今まで色々あったんじゃねえか」
「顔を合わせるたびに謝ってくるんですけど、彼女何が悪かったのか本当にわかってるんですかね」
「あ、スルーなのね」
「心配なんです。もし僕の知らないところで傷付いていたらと思うと」
「あいつはもうヒーローなんだろ? 少しずつでいいから、信じてやってもいいんじゃねえか」
「出た。虎徹さんのおせっかい」
「いいだろ別に」
ナッツを口に放り込んだ後の指先を舐めた。その塩味と後輩の恋バナでまた酒が進んだ。自分も友恵相手にヤキモキする時期があっただろうか? いや、彼女は俺と比べ物にならないくらいしっかりしていて、俺はとにかく必死で不恰好で、それでも友恵は俺と——
「ってウォッチドッグのことずっと無視してんのかよ!? 流石にちゃんと向き合えって」
「わかってますよそんなこと!」
逆ギレかよ。バーナビーは頭を揺らしながら立ち上がった。ふらふらと絵に描いたような千鳥足でキッチンの方へ向かい、新しいボトルを片手に帰ってくる。瓶越しのロゼよりも濃い桃色の顔で、ソファに沈み込んだ。
「おい飲み過ぎだって」
「彼女と再会したのはバーだったんです。偶然じゃない。行きつけの店を事前に調べて、仕事の終わる時間に合わせて……」
「おーい、バニーちゃん。もしかして俺の声って聞こえてない?」
酩酊の男は夢見心地でなりそめを語り始めた。それほど酔いの回っていない虎徹はもうすっかり諦めて、適当に相槌を打つことにした。
*
バーナビーは、名前にとって理想的な恋人であろうとした。
両親の敵討ちを果たして、あらためてバーナビーの人生を振り返ったとき、唯一の心残りは置き去りにした初恋だった。
髪の綺麗な人だった。バーナビーの色素の薄いそれとは違って、光の加減でセピアにもブラウンにも見える軽やかなウェーブヘアに目を奪われた。それが始まりだった。
ずば抜けて優秀というわけではなかった。ヒーロー向きの能力を持っているわけでもなかった。それでもひたむきで、懸命だった。決して派手ではないが、良いヒーローになってほしいと何の他意もなく思った。気付けば自然と目で追うようになっていた。
薄桃色の日々は、唐突に終わりを告げる。彼女が中退したことを知ったのは、何もかも終わった後だった。大した面識もなければ ——しかし向こうがバーナビーを知らないということはなかっただろう。なんせアカデミー1の有名人だ—— 親しい友人というわけでもなかったのだから、彼が知らなかったのも無理のない話だった。
淡い灯りが再びバーナーの胸に宿るのに、月日の隔たりは関係なかった。
調べれば今もシュテルンビルトで暮らしていることがすぐにわかった。そこからは早かった。
偶然ではない再会だった。闇夜より明るいあの髪がバーのライトに照らされて、ブランデー色に輝いていた。あとは彼女次第だったが、それも杞憂に終わった。
人気ヒーローを前にした高揚ではなく、過去を噛み締めるような声で自分の名前を呼ぶものだから、バーナビーはもう堪らない気持ちでいっぱいだった。これが二度目の始まり。
「まーまー、バニー水飲め水。なっ」
バーナビーが髪を乱しながら、怪しい呂律で言い放った。虎徹が差し出したコップを素直に受け取りながら、その勢いのまま流し込む。
虎徹は最近の——話題の彼女の活躍を思い出していた。「ありゃ番犬ってより猟犬だな」と浮かんだところで、顔を真っ赤にする相棒を前にして口から出ることはなかった。
ニューヒーロー・ウォッチドッグもとい名前。鮮烈なデビューから一週間経った。犯罪者相手にも怯まない立ち回りで、優等生と呼んでいいまずまずの活躍だった。本職が本職なだけあってヒーローと警察の橋渡しの役割も進んで引き受けた。尤も、素面を晒していないためこれはテレビには映されていない一面だった。
他のヒーローたちにも友好的で、トレーニングルームで雑談をしているところもよく見かける。目の前の男、バーナビー・ブルックス Jr. 以外とは。
「で? ぶっちゃけ昔の彼女と違ってショックだって?」
「馬鹿言わないでください。そういうところも好きに決まってるでしょ」
「そ、そうなの」
心なしか早口だった。バーナビーはまたシャンパンのボトルを手に取って、自分のグラスに注いだ。家に邪魔するからと虎徹が持ち込んだものだったが、虎徹自身はあまり手が伸びなかった。まるで酔うのに必死なものだから、気持ちよく飲ませてやろうと思うのだ。何より、話題が話題だ。
いっとき他のヒーローたちが騒いでいたバーナビーの彼女疑惑が、まさか本当だとは思わなかった。前後不覚一歩手前の彼が非ッ常に物珍しく、虎徹は今夜は聞き役に徹すると決めた。
「昔ヒーローを志していたことは知っています。ええ、知っていますとも。ただ事前に僕に相談してくれてもよかったと思いませんか? 現役ヒーローでパートナーであるこの僕に!」
「ウンウン。だよなあ、やっぱ心配だよなあ」
「何よりあの目。あんな目は知らなかった」
何が彼女を変えた? 一体何が——
酔っ払いにしては重い一言だった。
バーナビーの言う「目」。虎徹の回想通り、獲物を執拗に追い求めるさながら猟犬の目。
まだ知り合って一週間だが、素の名前は人当たりがよく、気取らない女性という印象だった。いつもより要領を得ない話を聞いている限り、そのイメージはバーナビーのそれとも違わないようだ。しかし穏やかな彼女を現場に駆り立てる熱い源が、確かに存在する。
「看守なんだろ? 今まで色々あったんじゃねえか」
「顔を合わせるたびに謝ってくるんですけど、彼女何が悪かったのか本当にわかってるんですかね」
「あ、スルーなのね」
「心配なんです。もし僕の知らないところで傷付いていたらと思うと」
「あいつはもうヒーローなんだろ? 少しずつでいいから、信じてやってもいいんじゃねえか」
「出た。虎徹さんのおせっかい」
「いいだろ別に」
ナッツを口に放り込んだ後の指先を舐めた。その塩味と後輩の恋バナでまた酒が進んだ。自分も友恵相手にヤキモキする時期があっただろうか? いや、彼女は俺と比べ物にならないくらいしっかりしていて、俺はとにかく必死で不恰好で、それでも友恵は俺と——
「ってウォッチドッグのことずっと無視してんのかよ!? 流石にちゃんと向き合えって」
「わかってますよそんなこと!」
逆ギレかよ。バーナビーは頭を揺らしながら立ち上がった。ふらふらと絵に描いたような千鳥足でキッチンの方へ向かい、新しいボトルを片手に帰ってくる。瓶越しのロゼよりも濃い桃色の顔で、ソファに沈み込んだ。
「おい飲み過ぎだって」
「彼女と再会したのはバーだったんです。偶然じゃない。行きつけの店を事前に調べて、仕事の終わる時間に合わせて……」
「おーい、バニーちゃん。もしかして俺の声って聞こえてない?」
酩酊の男は夢見心地でなりそめを語り始めた。それほど酔いの回っていない虎徹はもうすっかり諦めて、適当に相槌を打つことにした。
*
バーナビーは、名前にとって理想的な恋人であろうとした。
両親の敵討ちを果たして、あらためてバーナビーの人生を振り返ったとき、唯一の心残りは置き去りにした初恋だった。
髪の綺麗な人だった。バーナビーの色素の薄いそれとは違って、光の加減でセピアにもブラウンにも見える軽やかなウェーブヘアに目を奪われた。それが始まりだった。
ずば抜けて優秀というわけではなかった。ヒーロー向きの能力を持っているわけでもなかった。それでもひたむきで、懸命だった。決して派手ではないが、良いヒーローになってほしいと何の他意もなく思った。気付けば自然と目で追うようになっていた。
薄桃色の日々は、唐突に終わりを告げる。彼女が中退したことを知ったのは、何もかも終わった後だった。大した面識もなければ ——しかし向こうがバーナビーを知らないということはなかっただろう。なんせアカデミー1の有名人だ—— 親しい友人というわけでもなかったのだから、彼が知らなかったのも無理のない話だった。
淡い灯りが再びバーナーの胸に宿るのに、月日の隔たりは関係なかった。
調べれば今もシュテルンビルトで暮らしていることがすぐにわかった。そこからは早かった。
偶然ではない再会だった。闇夜より明るいあの髪がバーのライトに照らされて、ブランデー色に輝いていた。あとは彼女次第だったが、それも杞憂に終わった。
人気ヒーローを前にした高揚ではなく、過去を噛み締めるような声で自分の名前を呼ぶものだから、バーナビーはもう堪らない気持ちでいっぱいだった。これが二度目の始まり。