Love me, love my dog.
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「シュテルンビルトの影のヒーロー、平和を担う鉄壁・アッバス刑務所の看守を密着取材」「獄中に咲くアッバスの華・名前刑務官の一日」
名前は派手な小見出しによくもまあこんなことを、と溜め息をついた。ヒーロー誌の数ページが割かれたそれは、アニエスの頼みだからこそ引き受けた仕事だった。今思えばそれも、今回の布石に過ぎなかったのだろう。これが発行されたときは、どうか彼の目に止まりませんようにと祈っていた。
仕事の一環で偶然遭遇してしまうのはまだいい。むしろ遠目に見られたらいいな、なんて淡い期待を寄せたこともあった。しかし本物のヒーローに「影のヒーロー」なんて宣う記事を見られたら目も当てられない。……いや、これから似たような事態になるんだった。
現実逃避終わり。名前は雑誌を閉じると、表紙を飾るヒーロー界のニュースターと目が合った。
暦こそ4月になろうとしているが、まだ冬の名残が後を引く。そんな近頃にしてはぬるい夜だった。
口に残る香味野菜の風味をハイボールで流し込んだ。友人は趣味が悪いと指摘する。彼女の右手にはシャルドネのグラスが揺れていて、名前だって一緒に飲んでいるのが別の人(例えば、シャルドネ色の髪のヒーローとか……)だったら同じようにするつもりだった。ただ、雑に飲みたい夜もあるってだけで。
「あ、すみませえん、注文いいですか? アンチョビバターソース4ピース追加。あとアサツユをグラスで」
「で、活動開始は明後日から?」
「そう。明日はスーツの最終調整だって。マーベリック氏が実質スポンサーみたいなもんだから、アポロンメディアのヒーロー事業部が見てくれるみたい」
「デビュー戦、存分に盛り上げてちょうだいね。リミテッドヒーローさん?」
「勘弁してよアニエス……」
賑わう店内は格式高いとまではいかないが、品がありつつもカジュアルで、二人のお気に入りだった。ウリにしているだけあって、何より牡蠣が美味い。脚の高い椅子で浮いたヒールをぱかぱかと揺らしながら、名前は浮かれた気分でグラスを煽った。飲まないとやっていられなかった。
友人・アニエスは声量を抑えて顔を寄せた。
「あんた、あいつと付き合ってるの?」
「あいつ」
「決まってるじゃない、バーナビーよ」
名前を聞いただけで「ええ〜?」と名前の顔が綻ぶ。今日は酔いが進んでいるとはいえ、あまりにもな反応にアニエスは逆に冷静になった。
「やっぱりいいわ、言わなくて」
「うふふ、え? いいの?」
「にしてもどこで出会ったの? あんたもあいつも、遊びに回るようなタイプじゃないでしょ」
「出会いはね、アカデミー。学生時代はそれっきりだったけど、街でばったり運命の再会」
「アカデミー?」
アニエスは目を丸くする。彼女たちが知り合ったのはHERO TVの現場だった。アニエスがまだプロデューサーに就任していなかった頃、犯人輸送にあたる名前と業務上のやり取りをしていくうちに、プライベートでも会うようになったのだった。それより前、名前の過去にアニエスは詳しくない。
「言ってなかった? 私、元ヒーローアカデミー生。中退しちゃったけど」
「昔はヒーローになるのが夢だったとは聞いてたけどね。なんで辞めたの?」
「今の仕事を目指し始めたからかなー」
看守、正式には刑務官。広いくくりで言うのなら警察官だ。アニエスは納得したようなしていないような生返事をした。わかりやすく興味を失ったらしい。
「あっひどぉい」
「詳しい話は取材で聞くわ」
「出たよ仕事人。ワーカホリック。視聴率が恋人」
「褒め言葉ね。そうだ、ヒーローネームはもう決まってるの?」
「さあ。上の指示に従うだけ。どうせ期間限定のヒーローなんだし」
「夢が叶ったってのに随分冷めてるのね」
「覚めるから夢なんでしょ」
名前はアルコールで濁った瞳を閉じた。幼い頃抱いた夢、学生時代恋い焦がれたあの人。そのどちらにも続きがあるなんて思ってもみなかった。この続きが蛇足にならないことを祈るばかりだった。
翌日、結果的に名前は嘘をついていたことになった。アポロンメディアのメカニックルーム。二日酔いで回らない思考回路で、直接の上司である刑務所の所長と半ば言い合いになっていた。この部屋の主であるはずの斎藤さんは「早く動作テストしたいんだけどな」と聞こえない声でぼやいた。
「顔出しはしません。本名も出しません」
「いやほら、何も生身で人前に出ろってわけじゃないんだ。ブルーローズやドラゴンキッドみたいに髪色や衣装を変えれば、案外バレないものだよ」
「承諾する際、タイガー&バーナビーやスカイハイのような全身を覆うスーツで、と約束したはずです」
「期間限定なんだ。短期間で人気が出るようにするには、やっぱりビジュアルでもアピールしていかなきゃダメだと僕は思うがね」
「大衆に媚びろと?」
「平たく言えば」
これでも君の意思を汲んでデザインしてもらったパワードスーツなんだがねえと所長は呟く。名前は腕を上げてみたり上体を捻ったりして、装着したスーツを眺める。要望として挙げたヒーローたちのものに比べて、ところどころに露出があり、生身の身体のラインがわかりやすいデザインに仕上がっていた。何より顔を隠すメット部分がない。何も言わなければもっと酷い有様になっていたのか……とぞっとしないでもなかった。
「デビューは明日。スーツはもう出来てる。今から大幅に変更するとなるとメカニックもマーベリック氏も困るだろうね、ウォッチドッグ?」
所長はちらと斎藤さんを見る。正直性能としては期限付きの活動には勿体ないほどの出来だったので、うんうんと頷いた。「ワガママ言うな」の囁きは誰にも届かなかった。
ヒーロー名はわかりやすさ重視とはいえ、その名前もダサいんだよなあと頭が痛んだ。困ったそぶりを見せながらも微塵も譲る気のない上席に、観念した名前はバウワウと吠え、シミュレーションルームに入っていった。
*
「……さっきから何ですか。ニヤニヤして気味が悪い」
「いやあ? なんか悩みとかあったら言えよ? 人生の先輩として何でも聞いてやるからよ」
「だから何ですか! おじさんに相談することなんてありませんよ」
「あーっ!! お前、『虎徹さん♡』って呼んでただろーが!」
「そんな声で言ってない!」
喧嘩するほどなんとやら、といった様子で部屋に入ってきたコンビに、周囲の視線が集められた。正確にはタイガー&バーナビーの絶賛彼女疑惑が浮上してる方、バーナビーその人にである。
二人が入室するコンマ数秒前まで、件の彼女は警察官らしい、アニエスの知り合いらしい、ブルネットのウェーブヘアで……等々新鮮な追加情報にフロアは熱狂していた。熱狂の渦に放り込まれたバーナビーは訳がわからないながらも、居心地の悪さを感じ取った。これならオフィスで雑務でも片付けていればよかったと後悔した。
「一体何がそんなに……」
「ボンジュール。全員揃ってるわね」
「アニエスさん」
強気なルージュが弧を描いた。どうやら事件があって集められたわけではないらしい。
「明日から一部に今シーズン限定のヒーローが参加することになってね。みんなには話しておこうと思って」
「はあ? こんな中途半端な時期に?」
「アッバス刑務所のイメージアップのためにデビューすることになったヒーローよ」
「ルナティックに囚人を次々殺されたり、ジェイクの釈放があったりと、不可抗力とはいえイメージを損なうような事件が続きましたからね」
「そういえばエドワードが脱獄したのも……」
「ちなみにうちの社長の発案よ。彼女に話題を持っていかれないよう、精々気を引き締めて頂戴」
「そんな新入りに負けてたまるかよ」
「 "彼女" ? 女性なんですか?」
「ええそうよ。看守ヒーロー・ウォッチドッグ。今頃アポロンメディアで最終調整してるんじゃないかしら」
「なんでウチで」
虎徹が呆気に取られたように頭を掻くと、隣のバーナビーが白い目で「マーベリックさんが発案者だと言っていたじゃないですか」と答える。
集められた目的のはその伝達だけだったようで、ヒーローたちはまたトレーニングや私用のため、部屋を出ていった。唯一呼び止められたバーナビーを残して。
「何です? 僕にだけ伝えたいことって」
「バーナビー、あなたは正体を明かして活動してる。女性ファンも多い」
「? それが何か」
「人気ヒーローとして、くれぐれもプライベートを弁えるように。特にスキャンダルには気をつけること、いいわね?」
回りくどい注意喚起に、バーナビーはとりあえずイエスと言った。アニエスが本当に言いたかったことは、翌日のHERO TVで理解することになる。
名前は派手な小見出しによくもまあこんなことを、と溜め息をついた。ヒーロー誌の数ページが割かれたそれは、アニエスの頼みだからこそ引き受けた仕事だった。今思えばそれも、今回の布石に過ぎなかったのだろう。これが発行されたときは、どうか彼の目に止まりませんようにと祈っていた。
仕事の一環で偶然遭遇してしまうのはまだいい。むしろ遠目に見られたらいいな、なんて淡い期待を寄せたこともあった。しかし本物のヒーローに「影のヒーロー」なんて宣う記事を見られたら目も当てられない。……いや、これから似たような事態になるんだった。
現実逃避終わり。名前は雑誌を閉じると、表紙を飾るヒーロー界のニュースターと目が合った。
暦こそ4月になろうとしているが、まだ冬の名残が後を引く。そんな近頃にしてはぬるい夜だった。
口に残る香味野菜の風味をハイボールで流し込んだ。友人は趣味が悪いと指摘する。彼女の右手にはシャルドネのグラスが揺れていて、名前だって一緒に飲んでいるのが別の人(例えば、シャルドネ色の髪のヒーローとか……)だったら同じようにするつもりだった。ただ、雑に飲みたい夜もあるってだけで。
「あ、すみませえん、注文いいですか? アンチョビバターソース4ピース追加。あとアサツユをグラスで」
「で、活動開始は明後日から?」
「そう。明日はスーツの最終調整だって。マーベリック氏が実質スポンサーみたいなもんだから、アポロンメディアのヒーロー事業部が見てくれるみたい」
「デビュー戦、存分に盛り上げてちょうだいね。リミテッドヒーローさん?」
「勘弁してよアニエス……」
賑わう店内は格式高いとまではいかないが、品がありつつもカジュアルで、二人のお気に入りだった。ウリにしているだけあって、何より牡蠣が美味い。脚の高い椅子で浮いたヒールをぱかぱかと揺らしながら、名前は浮かれた気分でグラスを煽った。飲まないとやっていられなかった。
友人・アニエスは声量を抑えて顔を寄せた。
「あんた、あいつと付き合ってるの?」
「あいつ」
「決まってるじゃない、バーナビーよ」
名前を聞いただけで「ええ〜?」と名前の顔が綻ぶ。今日は酔いが進んでいるとはいえ、あまりにもな反応にアニエスは逆に冷静になった。
「やっぱりいいわ、言わなくて」
「うふふ、え? いいの?」
「にしてもどこで出会ったの? あんたもあいつも、遊びに回るようなタイプじゃないでしょ」
「出会いはね、アカデミー。学生時代はそれっきりだったけど、街でばったり運命の再会」
「アカデミー?」
アニエスは目を丸くする。彼女たちが知り合ったのはHERO TVの現場だった。アニエスがまだプロデューサーに就任していなかった頃、犯人輸送にあたる名前と業務上のやり取りをしていくうちに、プライベートでも会うようになったのだった。それより前、名前の過去にアニエスは詳しくない。
「言ってなかった? 私、元ヒーローアカデミー生。中退しちゃったけど」
「昔はヒーローになるのが夢だったとは聞いてたけどね。なんで辞めたの?」
「今の仕事を目指し始めたからかなー」
看守、正式には刑務官。広いくくりで言うのなら警察官だ。アニエスは納得したようなしていないような生返事をした。わかりやすく興味を失ったらしい。
「あっひどぉい」
「詳しい話は取材で聞くわ」
「出たよ仕事人。ワーカホリック。視聴率が恋人」
「褒め言葉ね。そうだ、ヒーローネームはもう決まってるの?」
「さあ。上の指示に従うだけ。どうせ期間限定のヒーローなんだし」
「夢が叶ったってのに随分冷めてるのね」
「覚めるから夢なんでしょ」
名前はアルコールで濁った瞳を閉じた。幼い頃抱いた夢、学生時代恋い焦がれたあの人。そのどちらにも続きがあるなんて思ってもみなかった。この続きが蛇足にならないことを祈るばかりだった。
翌日、結果的に名前は嘘をついていたことになった。アポロンメディアのメカニックルーム。二日酔いで回らない思考回路で、直接の上司である刑務所の所長と半ば言い合いになっていた。この部屋の主であるはずの斎藤さんは「早く動作テストしたいんだけどな」と聞こえない声でぼやいた。
「顔出しはしません。本名も出しません」
「いやほら、何も生身で人前に出ろってわけじゃないんだ。ブルーローズやドラゴンキッドみたいに髪色や衣装を変えれば、案外バレないものだよ」
「承諾する際、タイガー&バーナビーやスカイハイのような全身を覆うスーツで、と約束したはずです」
「期間限定なんだ。短期間で人気が出るようにするには、やっぱりビジュアルでもアピールしていかなきゃダメだと僕は思うがね」
「大衆に媚びろと?」
「平たく言えば」
これでも君の意思を汲んでデザインしてもらったパワードスーツなんだがねえと所長は呟く。名前は腕を上げてみたり上体を捻ったりして、装着したスーツを眺める。要望として挙げたヒーローたちのものに比べて、ところどころに露出があり、生身の身体のラインがわかりやすいデザインに仕上がっていた。何より顔を隠すメット部分がない。何も言わなければもっと酷い有様になっていたのか……とぞっとしないでもなかった。
「デビューは明日。スーツはもう出来てる。今から大幅に変更するとなるとメカニックもマーベリック氏も困るだろうね、ウォッチドッグ?」
所長はちらと斎藤さんを見る。正直性能としては期限付きの活動には勿体ないほどの出来だったので、うんうんと頷いた。「ワガママ言うな」の囁きは誰にも届かなかった。
ヒーロー名はわかりやすさ重視とはいえ、その名前もダサいんだよなあと頭が痛んだ。困ったそぶりを見せながらも微塵も譲る気のない上席に、観念した名前はバウワウと吠え、シミュレーションルームに入っていった。
*
「……さっきから何ですか。ニヤニヤして気味が悪い」
「いやあ? なんか悩みとかあったら言えよ? 人生の先輩として何でも聞いてやるからよ」
「だから何ですか! おじさんに相談することなんてありませんよ」
「あーっ!! お前、『虎徹さん♡』って呼んでただろーが!」
「そんな声で言ってない!」
喧嘩するほどなんとやら、といった様子で部屋に入ってきたコンビに、周囲の視線が集められた。正確にはタイガー&バーナビーの絶賛彼女疑惑が浮上してる方、バーナビーその人にである。
二人が入室するコンマ数秒前まで、件の彼女は警察官らしい、アニエスの知り合いらしい、ブルネットのウェーブヘアで……等々新鮮な追加情報にフロアは熱狂していた。熱狂の渦に放り込まれたバーナビーは訳がわからないながらも、居心地の悪さを感じ取った。これならオフィスで雑務でも片付けていればよかったと後悔した。
「一体何がそんなに……」
「ボンジュール。全員揃ってるわね」
「アニエスさん」
強気なルージュが弧を描いた。どうやら事件があって集められたわけではないらしい。
「明日から一部に今シーズン限定のヒーローが参加することになってね。みんなには話しておこうと思って」
「はあ? こんな中途半端な時期に?」
「アッバス刑務所のイメージアップのためにデビューすることになったヒーローよ」
「ルナティックに囚人を次々殺されたり、ジェイクの釈放があったりと、不可抗力とはいえイメージを損なうような事件が続きましたからね」
「そういえばエドワードが脱獄したのも……」
「ちなみにうちの社長の発案よ。彼女に話題を持っていかれないよう、精々気を引き締めて頂戴」
「そんな新入りに負けてたまるかよ」
「 "彼女" ? 女性なんですか?」
「ええそうよ。看守ヒーロー・ウォッチドッグ。今頃アポロンメディアで最終調整してるんじゃないかしら」
「なんでウチで」
虎徹が呆気に取られたように頭を掻くと、隣のバーナビーが白い目で「マーベリックさんが発案者だと言っていたじゃないですか」と答える。
集められた目的のはその伝達だけだったようで、ヒーローたちはまたトレーニングや私用のため、部屋を出ていった。唯一呼び止められたバーナビーを残して。
「何です? 僕にだけ伝えたいことって」
「バーナビー、あなたは正体を明かして活動してる。女性ファンも多い」
「? それが何か」
「人気ヒーローとして、くれぐれもプライベートを弁えるように。特にスキャンダルには気をつけること、いいわね?」
回りくどい注意喚起に、バーナビーはとりあえずイエスと言った。アニエスが本当に言いたかったことは、翌日のHERO TVで理解することになる。