Love me, love my dog.
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ジャスティスタワーの一角、トレーニングセンターはいつも通りのようでいて、少し変わった色めきを見せていた。輪の中心にいるドラゴンキッド、もとい黄宝鈴は両の拳を握り、少し頬を赤らめて周囲に高揚を訴えていた。
「バニーに女ぁ!?」
「うん、ボク見たんだ。バーナビーさんが女の人と歩いてるとこ」
真っ先に反応したのは話題の彼の相棒、鏑木・T・虎徹だった。この手の話を好むカリーナとネイサンが心なしか前のめりになる。
彼女たちのボルテージが上がるにつれ、他のヒーローたちもなんだなんだと集まってくる。気付けばこの場に居合わせないバーナビー以外が、好き勝手言い合う場になっていた。
「あらヤダぁ! ハンサムにステディがいたなんて!」
「だからケツ触るなって!」
「なんか意外。ね、どんな人だった?」
「髪がウェーブがかってて、背は少し高めだったかな。どこかで見たことあるような気もするんだけど……」
「もし本当なら素晴らしいことだ! 喜ばしい! そしてお幸せに!」
「アカデミーにいたときは彼女の噂なんて聞いたことなかったでござる……。じゃない、なかったです」
「もう春だもの。恋の季節ね」
「けどよお、アイツ顔出してるだろ? んな街中でデートなんて、周りにバレないもんかね」
「虎徹にしちゃあ冴えてるな。経験者は語るってか?」
「うるせえ、言ってろ」
バーナビー本人がいれば顔を顰めるどころではない騒めきは暫く続いた。宝鈴が「どこかで見た顔」を必死に思い出そうとしているところで、ヒーローたちの腕に嵌められたPDAが一斉に鳴り響く。
「事件発生だな」
虎徹は腰を上げた。
『逃走した強盗犯を捕まえたのはバーナビー! 現在ランキング二位! キングオブヒーロー・スカイハイに迫る勢いです!』
「美味しいところ持っていきやがってよお」
「今日はみなさん揃って遅かったですね」
「たまたまお前が現場近くにいたの! ったく」
いつも通りマスクオフしてカメラサービスをしながら、バーナビーはスーツの通信機能でポイントを確認する。犯人確保は勿論、一番早く現場に到着したことでもポイントが加点されていた。リポーターの言う通り、前期MVPにして今期暫定トップのスカイハイに追い付かんばかりの好成績だった。
それにしても最近のバニーは調子が良い。タイガーは相棒の横顔に目をやった。ジェイクの一件を解決して、心のわだかまりが解消されたからだろうか。自分の呼び名が「おじさん」から「虎徹さん」になり、真の意味で二人が「タイガー&バーナビー」になった。連携が板についてきた自覚もある。バーナビー個人としてもコンビとしても評判は鰻登りだった。
今期……は流石に無理かもしれないが、この調子なら遅かれ早かれキングオブヒーローの座は入れ替わることになるかもしれない。やっぱ先輩たる俺のサポートのお陰だな、と本気なのかそうじゃないのかわからない調子でタイガーはひとりごちた。うんうんと一人で頷く彼は、出動前に知ったホットニュースのことなんてすっかり忘れていた。
「あっ!」
唐突にドラゴンキッドが声を上げたかと思えば、すぐに口を覆った。ブルーローズが「どうしたの?」と囁く。
「あの人だよ、さっき言ってた人! 今アニエスさんと話してる」
「ウソ、どこどこ?」
視線の先には、確かにHERO TVのプロデューサー、アニエスが誰かと話していた。ブルーローズたちの方からでははっきりとは見えないが、確かにウェーブヘアの女性がそこにいた。ブルネットが踊るように風に揺れる。対するアニエスも身振りや表情が仕事中よりもどこかカジュアルで、どうやら二人は親しい仲のようだ。恋バナに敏感なお年頃の二人は耳をそばだてた。
「どう、あの件は考えてくれた? あとはあなたが頷いてくれるだけなんだけど」
「気持ちは嬉しいけど、もうそんな冒険できる歳じゃないし」
「あら、それあたしに喧嘩売ってる?」
「まさか!」
「言っておくけどね、名前。本当にやりたくないなら別だけど、もしそうじゃないならこのチャンスは絶対掴まなきゃダメよ。年齢なんて関係ない」
「上とも相談して、また連絡するよ」
「そ、また飲みに行きましょ。色々積もる話もありそうだしね?」
「アハハ……」
アニエスが物知り顔でバーナビーの彼女(仮)をねめつける。名前さんっていうんだ、とガールズヒーローが盗み聞きしていると、二人の会話は終わっていた。アニエスが中継トラックが停まっている方へ去っていく。残された名前はひと息つき、軽く両頬をぺちと叩くと、脇に抱えていた紺色のレイドジャケットを羽織った。先程確保された犯人が乗るパトカーへ小走りで向かうと、運転席の警察官と一言二言話したのち、助手席に乗り込んだ。
「警官なのかな?」
「さあね」
*
「所長、それ本気で言ってます?」
「あのマーベリック氏直々の発案だ。君の来歴を知る身としては是非にと思ったがね」
「刑務官の業務の範疇を超えてます。ただでさえ私は犯人輸送にまで首を突っ込んでるのに」
「別に本業相手にランキングで競い合ってこいとは言わない。とりあえず今シーズンの残りの期間だけでいい、スポンサーも背負うことはない。ただ我々アッバス刑務所の汚名を返上してほしいだけなんだ。現に、最近PR活動の一環で取材受けたそうじゃない」
なんだっけ、アッバスの華?
何とも思っていない様子でそう続ける上司に、名前は心の中で舌打ちをした。
「あれはメディア関係で働く友達の顔を立てたまでです」
「その調子で僕らの顔も立ててほしいものだね。凶悪犯ジェイクの釈放、脱獄、囚人の不審死……、今やアッバス刑務所に対する市民の印象は過去最悪と言っていい。君には期待しているんだ。わかるね?」
ここでノーと言えるほど、名前は若くなかった。少なくとも本人はそう思っていた。社会とはこういうものだと決めつけてかかるくらいには若く、うら若き人生の春にぐしゃぐしゃに切り刻んで捨てた夢を素直に拾い上げられるほど大人ではなかった。
「あとの話はつけておくから」と所長は名前のサインが入った契約書を持って部屋を出て行った。アニエスに連絡しなきゃな、と携帯を取り出すと、その彼女からメッセージが入っていた。もしかしたらアニエスにはこうなることがわかっていたのかもしれない。
「ウエストシルバーのオイスターバーね、了解っと」
今日くらい奢ってくれないかな、とぼやく。
名前は綺麗なブロンズを靡かせる彼女を思い浮かべた。自分には無い色だ。名前が持つのは暗い夜の色だ。美しい金色が夜のシュテルンビルトに溶けて、ストリートの街灯や星あかり、シャンパンの泡ひとつひとつ、そして隣を歩く甘いマスクのヒーローに変わるさまを思い描いていた。
「バニーに女ぁ!?」
「うん、ボク見たんだ。バーナビーさんが女の人と歩いてるとこ」
真っ先に反応したのは話題の彼の相棒、鏑木・T・虎徹だった。この手の話を好むカリーナとネイサンが心なしか前のめりになる。
彼女たちのボルテージが上がるにつれ、他のヒーローたちもなんだなんだと集まってくる。気付けばこの場に居合わせないバーナビー以外が、好き勝手言い合う場になっていた。
「あらヤダぁ! ハンサムにステディがいたなんて!」
「だからケツ触るなって!」
「なんか意外。ね、どんな人だった?」
「髪がウェーブがかってて、背は少し高めだったかな。どこかで見たことあるような気もするんだけど……」
「もし本当なら素晴らしいことだ! 喜ばしい! そしてお幸せに!」
「アカデミーにいたときは彼女の噂なんて聞いたことなかったでござる……。じゃない、なかったです」
「もう春だもの。恋の季節ね」
「けどよお、アイツ顔出してるだろ? んな街中でデートなんて、周りにバレないもんかね」
「虎徹にしちゃあ冴えてるな。経験者は語るってか?」
「うるせえ、言ってろ」
バーナビー本人がいれば顔を顰めるどころではない騒めきは暫く続いた。宝鈴が「どこかで見た顔」を必死に思い出そうとしているところで、ヒーローたちの腕に嵌められたPDAが一斉に鳴り響く。
「事件発生だな」
虎徹は腰を上げた。
『逃走した強盗犯を捕まえたのはバーナビー! 現在ランキング二位! キングオブヒーロー・スカイハイに迫る勢いです!』
「美味しいところ持っていきやがってよお」
「今日はみなさん揃って遅かったですね」
「たまたまお前が現場近くにいたの! ったく」
いつも通りマスクオフしてカメラサービスをしながら、バーナビーはスーツの通信機能でポイントを確認する。犯人確保は勿論、一番早く現場に到着したことでもポイントが加点されていた。リポーターの言う通り、前期MVPにして今期暫定トップのスカイハイに追い付かんばかりの好成績だった。
それにしても最近のバニーは調子が良い。タイガーは相棒の横顔に目をやった。ジェイクの一件を解決して、心のわだかまりが解消されたからだろうか。自分の呼び名が「おじさん」から「虎徹さん」になり、真の意味で二人が「タイガー&バーナビー」になった。連携が板についてきた自覚もある。バーナビー個人としてもコンビとしても評判は鰻登りだった。
今期……は流石に無理かもしれないが、この調子なら遅かれ早かれキングオブヒーローの座は入れ替わることになるかもしれない。やっぱ先輩たる俺のサポートのお陰だな、と本気なのかそうじゃないのかわからない調子でタイガーはひとりごちた。うんうんと一人で頷く彼は、出動前に知ったホットニュースのことなんてすっかり忘れていた。
「あっ!」
唐突にドラゴンキッドが声を上げたかと思えば、すぐに口を覆った。ブルーローズが「どうしたの?」と囁く。
「あの人だよ、さっき言ってた人! 今アニエスさんと話してる」
「ウソ、どこどこ?」
視線の先には、確かにHERO TVのプロデューサー、アニエスが誰かと話していた。ブルーローズたちの方からでははっきりとは見えないが、確かにウェーブヘアの女性がそこにいた。ブルネットが踊るように風に揺れる。対するアニエスも身振りや表情が仕事中よりもどこかカジュアルで、どうやら二人は親しい仲のようだ。恋バナに敏感なお年頃の二人は耳をそばだてた。
「どう、あの件は考えてくれた? あとはあなたが頷いてくれるだけなんだけど」
「気持ちは嬉しいけど、もうそんな冒険できる歳じゃないし」
「あら、それあたしに喧嘩売ってる?」
「まさか!」
「言っておくけどね、名前。本当にやりたくないなら別だけど、もしそうじゃないならこのチャンスは絶対掴まなきゃダメよ。年齢なんて関係ない」
「上とも相談して、また連絡するよ」
「そ、また飲みに行きましょ。色々積もる話もありそうだしね?」
「アハハ……」
アニエスが物知り顔でバーナビーの彼女(仮)をねめつける。名前さんっていうんだ、とガールズヒーローが盗み聞きしていると、二人の会話は終わっていた。アニエスが中継トラックが停まっている方へ去っていく。残された名前はひと息つき、軽く両頬をぺちと叩くと、脇に抱えていた紺色のレイドジャケットを羽織った。先程確保された犯人が乗るパトカーへ小走りで向かうと、運転席の警察官と一言二言話したのち、助手席に乗り込んだ。
「警官なのかな?」
「さあね」
*
「所長、それ本気で言ってます?」
「あのマーベリック氏直々の発案だ。君の来歴を知る身としては是非にと思ったがね」
「刑務官の業務の範疇を超えてます。ただでさえ私は犯人輸送にまで首を突っ込んでるのに」
「別に本業相手にランキングで競い合ってこいとは言わない。とりあえず今シーズンの残りの期間だけでいい、スポンサーも背負うことはない。ただ我々アッバス刑務所の汚名を返上してほしいだけなんだ。現に、最近PR活動の一環で取材受けたそうじゃない」
なんだっけ、アッバスの華?
何とも思っていない様子でそう続ける上司に、名前は心の中で舌打ちをした。
「あれはメディア関係で働く友達の顔を立てたまでです」
「その調子で僕らの顔も立ててほしいものだね。凶悪犯ジェイクの釈放、脱獄、囚人の不審死……、今やアッバス刑務所に対する市民の印象は過去最悪と言っていい。君には期待しているんだ。わかるね?」
ここでノーと言えるほど、名前は若くなかった。少なくとも本人はそう思っていた。社会とはこういうものだと決めつけてかかるくらいには若く、うら若き人生の春にぐしゃぐしゃに切り刻んで捨てた夢を素直に拾い上げられるほど大人ではなかった。
「あとの話はつけておくから」と所長は名前のサインが入った契約書を持って部屋を出て行った。アニエスに連絡しなきゃな、と携帯を取り出すと、その彼女からメッセージが入っていた。もしかしたらアニエスにはこうなることがわかっていたのかもしれない。
「ウエストシルバーのオイスターバーね、了解っと」
今日くらい奢ってくれないかな、とぼやく。
名前は綺麗なブロンズを靡かせる彼女を思い浮かべた。自分には無い色だ。名前が持つのは暗い夜の色だ。美しい金色が夜のシュテルンビルトに溶けて、ストリートの街灯や星あかり、シャンパンの泡ひとつひとつ、そして隣を歩く甘いマスクのヒーローに変わるさまを思い描いていた。