飛花
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
結果として、契約は滞りなく結ばれた。
買い言葉を間に受けた名前は「一番得意な魔法を見せて」と言った。
アズールの一番得意な魔法といえばユニーク魔法か。しかし自分からタネを明かすなど愚の骨頂である以前に、『体験』しない限り効果を実感することはできないだろうと考えた。魔法の心得のない人間ならなおさら。理解の範疇を著しく超えたものに説得力は生まれない。
それなら、とマジカルペンを振るった。
帳が下りた弥生の空にぷくぷくと水泡が浮かんだと思えば、水の輪を描いてみせた。バブルリングが現れては消えるさまは、イルカの戯れを思わせた。すい、とまたペンを振るえば氷片に姿を変え、ちょうど名前の手のひらに落ちる。
「つめたっ」
「少しはご理解いただけました?」
初歩も初歩、子どものご機嫌取りレベルの魔法だった。
物質の生成魔法は魔法士の知識と想像力が物を言う。イメージをより具体的に思い描けば描くほど、魔法もより強力で確固たるものになる。その点、水や氷との相性は言うまでもない。
「え、え〜。マジじゃん」
「『魔法の証明』は以上でよろしいですか?」
「うん、うん。いいよ。あ、ココね。二〇二号室」
表札にファミリーネームはない。女が鍵を回す音が空々しく響いた。こうしてアズールはこの世界のスタート地点に帰ってきた。
アズールは今に至るまでの経緯をかいつまんで説明した。魔法が当たり前の世界。魔法士を育成する学校。きっかけであろう召喚魔法。着の身着のままでこの地に召喚されてしまったこと。人魚であることには触れなかった。
「帰れる見込みあるんです?」
「心当たりはいくつか。それに、僕が何日も帰らないとなれば学園も動くでしょう」
「ならよかった」
事実に近い虚勢だった。
「契約の話をしましょう」
黄金の契約書を片手にアズールは続ける。
「あなたは僕に衣食住を提供し、できる限り僕の帰還に強力する。僕はご厄介になる間、すべての家事を代行する、なんてのはどうですか?」
最初に目にした水回りで彼女の生活力は窺えた。悪くない提案のはずだ。何より、短い間とはいえ、自分の生活空間となる場所の汚れが許せなかった。
「期間は?」
「あなたが言い出した一週間でいいでしょう。期限内に帰る目処が立った場合はこの限りではありません」
「帰るための協力って具体的には?」
「この世界の地理や文化についてご教示願いたいだけです」
「うん、なんか」
「はい?」
名前の口元が引き攣った。食事後に塗り直さなかったリップが、素の唇の色を透かしている。
「手慣れてるね。問題ないんだけど簡単に頷きたくない気がする」
「ははは、とんでもない!」
担保の話はしなかった。いくら強気に振る舞っていても圧倒的に不利な状況なのはアズールの方で、活動の場がここじゃなければいけない理由があった。
どれもこれも表に出さないまま、アズールと名前は一週間の契約を結んだ。
買い言葉を間に受けた名前は「一番得意な魔法を見せて」と言った。
アズールの一番得意な魔法といえばユニーク魔法か。しかし自分からタネを明かすなど愚の骨頂である以前に、『体験』しない限り効果を実感することはできないだろうと考えた。魔法の心得のない人間ならなおさら。理解の範疇を著しく超えたものに説得力は生まれない。
それなら、とマジカルペンを振るった。
帳が下りた弥生の空にぷくぷくと水泡が浮かんだと思えば、水の輪を描いてみせた。バブルリングが現れては消えるさまは、イルカの戯れを思わせた。すい、とまたペンを振るえば氷片に姿を変え、ちょうど名前の手のひらに落ちる。
「つめたっ」
「少しはご理解いただけました?」
初歩も初歩、子どものご機嫌取りレベルの魔法だった。
物質の生成魔法は魔法士の知識と想像力が物を言う。イメージをより具体的に思い描けば描くほど、魔法もより強力で確固たるものになる。その点、水や氷との相性は言うまでもない。
「え、え〜。マジじゃん」
「『魔法の証明』は以上でよろしいですか?」
「うん、うん。いいよ。あ、ココね。二〇二号室」
表札にファミリーネームはない。女が鍵を回す音が空々しく響いた。こうしてアズールはこの世界のスタート地点に帰ってきた。
アズールは今に至るまでの経緯をかいつまんで説明した。魔法が当たり前の世界。魔法士を育成する学校。きっかけであろう召喚魔法。着の身着のままでこの地に召喚されてしまったこと。人魚であることには触れなかった。
「帰れる見込みあるんです?」
「心当たりはいくつか。それに、僕が何日も帰らないとなれば学園も動くでしょう」
「ならよかった」
事実に近い虚勢だった。
「契約の話をしましょう」
黄金の契約書を片手にアズールは続ける。
「あなたは僕に衣食住を提供し、できる限り僕の帰還に強力する。僕はご厄介になる間、すべての家事を代行する、なんてのはどうですか?」
最初に目にした水回りで彼女の生活力は窺えた。悪くない提案のはずだ。何より、短い間とはいえ、自分の生活空間となる場所の汚れが許せなかった。
「期間は?」
「あなたが言い出した一週間でいいでしょう。期限内に帰る目処が立った場合はこの限りではありません」
「帰るための協力って具体的には?」
「この世界の地理や文化についてご教示願いたいだけです」
「うん、なんか」
「はい?」
名前の口元が引き攣った。食事後に塗り直さなかったリップが、素の唇の色を透かしている。
「手慣れてるね。問題ないんだけど簡単に頷きたくない気がする」
「ははは、とんでもない!」
担保の話はしなかった。いくら強気に振る舞っていても圧倒的に不利な状況なのはアズールの方で、活動の場がここじゃなければいけない理由があった。
どれもこれも表に出さないまま、アズールと名前は一週間の契約を結んだ。
5/5ページ