飛花
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
アズールは柳の眉を吊り上げた。
どんな田舎者でもロイヤルソードアカデミーと双璧を成す名門校を知らない者はない。アーシェングロットの姓も、聞く人が聞けば「あのリストランテの」と目を剥くに違いない。実家の商いは珊瑚の海に収まるような格ではない。
要領を得ない反応と会話の食い違いに気付いて、アズールは小汚い部屋の主をあらためてまじまじと観察した。
特徴らしい特徴は、肩口で一直線に切り揃えられたボブヘアー。自分と同じくらいか、幾分か歳上だろう。東洋風のアーモンドアイはゴールドのラメで飾られている。サテンのシャツはやけにテロテロしていて、肥えた彼の目では一発で安物だと分かった。総評して、どこにでもいそうなただの娘である。
「二、三質問しても?」
「いや出てって」
「この国の名前は」
「に、日本」
「ツイステッドワンダーランドという単語に聞き覚えは?」
「いや……」
「あなた、魔法は使えますか?」
「何言ってるんですか?」
「よろしい、もう結構です」
今の状況を理解するのに充分すぎる返答だった。アズールは彼女の横を通り抜けて、玄関扉を開けた。後ろから「何だったんだ」と聞こえた。
ワンルームの外はモノクロの街並みだった。目新しい発見があるわけではない。舗装された道路。看板が色褪せた喫茶店。ちょうど出てきた部屋と同じような、年季の入った二階建てのアパートが散見された。どうやら単身者の多い住宅街らしい。
夕暮れに浮かび上がる小売店に客が吸い込まれていく様は、照明に虫が集まるのと似ていた。試しに小さな薬局に入ってみたが、棚のどこにも魔法薬はなかった。冷や汗が背中を伝った。
細い路地を抜け、大通りに出れば学生やスーツを着たサラリーマンが足早にすり抜けていく。気のせいではない。刺さる視線が不快だった。黒山の中でアズールの銀髪はぽつんと浮いていた。学園では髪の色どころか種族までバラバラの生徒ばかりなので、物珍しさで視線を集めるのは大変居心地が悪かった。元々騒がしい場所も、不本意に注目を集めるのも好きではない。自動車の群れが高架下をビュンビュン飛ばすのが、どこか囃し立てるようだった。堪らず来た道を戻った。
灰色の街に、異邦人が落ち着いて腰を下ろせる場所などない。塗り絵の線をなぞるように引き返せば、最初のアパートに辿り着いた。白く塗装された外壁が西日を反射する。痛いくらいに眩しかった。
「あっ」
施錠、それから軽そうな足音。ようやく見慣れてきた二本足のシルエット。安そうだと思ったシャツが鹿の柄をしているのに今気づいた。
「あー、牛丼食べに行くんですけど、来ます?」
どんな田舎者でもロイヤルソードアカデミーと双璧を成す名門校を知らない者はない。アーシェングロットの姓も、聞く人が聞けば「あのリストランテの」と目を剥くに違いない。実家の商いは珊瑚の海に収まるような格ではない。
要領を得ない反応と会話の食い違いに気付いて、アズールは小汚い部屋の主をあらためてまじまじと観察した。
特徴らしい特徴は、肩口で一直線に切り揃えられたボブヘアー。自分と同じくらいか、幾分か歳上だろう。東洋風のアーモンドアイはゴールドのラメで飾られている。サテンのシャツはやけにテロテロしていて、肥えた彼の目では一発で安物だと分かった。総評して、どこにでもいそうなただの娘である。
「二、三質問しても?」
「いや出てって」
「この国の名前は」
「に、日本」
「ツイステッドワンダーランドという単語に聞き覚えは?」
「いや……」
「あなた、魔法は使えますか?」
「何言ってるんですか?」
「よろしい、もう結構です」
今の状況を理解するのに充分すぎる返答だった。アズールは彼女の横を通り抜けて、玄関扉を開けた。後ろから「何だったんだ」と聞こえた。
ワンルームの外はモノクロの街並みだった。目新しい発見があるわけではない。舗装された道路。看板が色褪せた喫茶店。ちょうど出てきた部屋と同じような、年季の入った二階建てのアパートが散見された。どうやら単身者の多い住宅街らしい。
夕暮れに浮かび上がる小売店に客が吸い込まれていく様は、照明に虫が集まるのと似ていた。試しに小さな薬局に入ってみたが、棚のどこにも魔法薬はなかった。冷や汗が背中を伝った。
細い路地を抜け、大通りに出れば学生やスーツを着たサラリーマンが足早にすり抜けていく。気のせいではない。刺さる視線が不快だった。黒山の中でアズールの銀髪はぽつんと浮いていた。学園では髪の色どころか種族までバラバラの生徒ばかりなので、物珍しさで視線を集めるのは大変居心地が悪かった。元々騒がしい場所も、不本意に注目を集めるのも好きではない。自動車の群れが高架下をビュンビュン飛ばすのが、どこか囃し立てるようだった。堪らず来た道を戻った。
灰色の街に、異邦人が落ち着いて腰を下ろせる場所などない。塗り絵の線をなぞるように引き返せば、最初のアパートに辿り着いた。白く塗装された外壁が西日を反射する。痛いくらいに眩しかった。
「あっ」
施錠、それから軽そうな足音。ようやく見慣れてきた二本足のシルエット。安そうだと思ったシャツが鹿の柄をしているのに今気づいた。
「あー、牛丼食べに行くんですけど、来ます?」