飛花
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青天の霹靂だったと、のちに名前は語る。
鍵がガチャンと音を立てて回る。家賃、駅から十分以内の距離、バス・トイレ別、二階以上の部屋、大学や内定先へのアクセス。こだわりが詰まったアパートは外装こそ年季が入っているが、扉を開ければ彼女の王国だった。名前は目を疑う。バイト帰りで疲れ目なのだと、眉間を親指で押さえた。微かにノーズシャドウが付いた指の腹をこすり合わせる。そして目を開く。
確かに、ちっぽけなワンルームに見慣れぬ影があった。
「は?」
侵入者は慌てる様子も見せずこちらを向く。視線がぶつかる。ピンと張ったピアノ線のような鋭さだった。
少年と呼ぶには言葉の響きに似合わない威厳がある。青年と呼ぶには言葉の響きに似合わない潔癖がある。
ああそうだ、ピアノ線って実際には見たことがない。音楽についてからっきしな名前は本当にピアノに使われているかどうかすらよく知らない。しかし小学生の頃、友達の家にあった立派なグランドピアノが羨ましくって、お遊び用の電子キーボードを買ってもらったことがある。異常事態に直面すると、人間の脳は現実逃避を始めるらしい。そんなことを思い出していた。
数秒間、二人は動かなかった。名前がポケットの中で一一〇を押そうとするのと、侵入者が声を発するのは同時だった。
「大変失礼いたしました、レディ!」
わざとらしさすら感じさせる身振りと声の抑揚は舞台役者を思わせた。男が部屋の中央から玄関に歩み寄る。眼鏡越しの笑顔は貼り付けたそれだった。
名前は動けなかった。恐怖からではなく、二十二年間生きてきて初めて「レディ」など大真面目に呼ばれたものだから、呆気にとられたのだ。親指はスマートフォンから離れていた。
「僕はナイトレイブンカレッジの一年生、アズール・アーシェングロットと申します。実は召喚魔法の実習中に、不慮の事故でこちらに転送されてしまって」
「内藤例文カレッジ?」
随分素っ頓狂な大学名だと思った。聞いたこともない。男が芝居がかった調子でまくし立てるので、もはや馴染みのない学校名や名前を聞き取るのは諦めていた。恐らく彼は留学生で、実習中の事故が云々の事情があることは分かった。そして問題はそこではなかった。
「は? 魔法?」
「ここは東の国でしょうか。差し支えなければ最寄りの駅をお聞きしても?」
「え、板橋本町ですけど……」
「イタバシ・ホンチョウ」
「あの、魔法とかなんちゃらカレッジとか、そういうお芝居か何かですか? 今なら通報しないんで、早く出ていってください」
鍵がガチャンと音を立てて回る。家賃、駅から十分以内の距離、バス・トイレ別、二階以上の部屋、大学や内定先へのアクセス。こだわりが詰まったアパートは外装こそ年季が入っているが、扉を開ければ彼女の王国だった。名前は目を疑う。バイト帰りで疲れ目なのだと、眉間を親指で押さえた。微かにノーズシャドウが付いた指の腹をこすり合わせる。そして目を開く。
確かに、ちっぽけなワンルームに見慣れぬ影があった。
「は?」
侵入者は慌てる様子も見せずこちらを向く。視線がぶつかる。ピンと張ったピアノ線のような鋭さだった。
少年と呼ぶには言葉の響きに似合わない威厳がある。青年と呼ぶには言葉の響きに似合わない潔癖がある。
ああそうだ、ピアノ線って実際には見たことがない。音楽についてからっきしな名前は本当にピアノに使われているかどうかすらよく知らない。しかし小学生の頃、友達の家にあった立派なグランドピアノが羨ましくって、お遊び用の電子キーボードを買ってもらったことがある。異常事態に直面すると、人間の脳は現実逃避を始めるらしい。そんなことを思い出していた。
数秒間、二人は動かなかった。名前がポケットの中で一一〇を押そうとするのと、侵入者が声を発するのは同時だった。
「大変失礼いたしました、レディ!」
わざとらしさすら感じさせる身振りと声の抑揚は舞台役者を思わせた。男が部屋の中央から玄関に歩み寄る。眼鏡越しの笑顔は貼り付けたそれだった。
名前は動けなかった。恐怖からではなく、二十二年間生きてきて初めて「レディ」など大真面目に呼ばれたものだから、呆気にとられたのだ。親指はスマートフォンから離れていた。
「僕はナイトレイブンカレッジの一年生、アズール・アーシェングロットと申します。実は召喚魔法の実習中に、不慮の事故でこちらに転送されてしまって」
「内藤例文カレッジ?」
随分素っ頓狂な大学名だと思った。聞いたこともない。男が芝居がかった調子でまくし立てるので、もはや馴染みのない学校名や名前を聞き取るのは諦めていた。恐らく彼は留学生で、実習中の事故が云々の事情があることは分かった。そして問題はそこではなかった。
「は? 魔法?」
「ここは東の国でしょうか。差し支えなければ最寄りの駅をお聞きしても?」
「え、板橋本町ですけど……」
「イタバシ・ホンチョウ」
「あの、魔法とかなんちゃらカレッジとか、そういうお芝居か何かですか? 今なら通報しないんで、早く出ていってください」
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