ラス・エラルドの背骨
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「嬢ちゃん、今いくつになった」
「ここに来て一年は経つから……17ですかね」
「おいおい、自分の歳くらいちゃんと覚えておいてやれ」
その口振りが、まるで自分を粗末にするなと窘めているようで名前は肩をすぼめる。部屋の主である征陸は「あと三年はお預けだな」と酒瓶を自分の手前に置いた。
「征陸さんだけですよ、こうやって構ってくれるの。私はどうも同じ潜在犯に嫌われるから」
「真流や天利はそんなことないだろ」
「陽名ちゃんはともかく、真流さんは『美人でお色気むんむんのアシスタント』が欲しかったようで」
「なあに、素直じゃないだけだ。気にすることないさ」
「『徒然草』第百十七段、ご存知です?」
「友とするに悪き者、だな。若いのによくそんな古ぼけた内容を押さえてるもんだ」
「本の内容は劣化しませんから。友達にするにあたって良くないとされるのが、高貴な人、若い人、健康な人、酒を飲む人、勇猛な人、嘘をつく人、そして強欲な人です。当てはまらない人いるんですかね?」
「健康ってのが心身含めた話なら、少なくともシャバで友達は作れそうにないな」
「これに続く良い友達の条件は、物をくれる友、医者、知恵のある友。シュビラシステムは今や国民の友になった」
「物や知恵、医療技術を与えてくれる奴が良い友達ってのは、書き手自身が強欲な気もするけどなあ。そもそも人と人との関係をそんなカテゴリーで考えられるとは俺は思いたくないがね」
「もしかしたらその手のアイロニーを孕んだ文なのかもしれません。兼好自身への」
「そして人間をカテゴライズするシュビラへの意図せぬ批判ってわけか。嬢ちゃんらしい。」
「……話しすぎました?」
「いいや。コウ……狡噛監視官にも話してやるといい。あいつはあいつで面白い考えを聞かせてくれそうだ」
「やですよ。色相濁らせたら責任問題になるじゃないですか」
「そんなヤワな男じゃないさ」
「あ。宜野座さん」
「名字、今日は非番か」
「最近真流さんにこき使われてばっかで。前頼んだ本の申請、どうですか?」
「あれは特に規制が厳しくてな。許可が降りるまで時間がかかりそうだ」
「現代の禁書目録は手強いですね。でも宜野座さんに頼んでよかったです。」
「……用がないなら行くぞ」
「はーい、お疲れさまです」
名前が敬礼すると、宜野座は足早に去っていった。潜在犯を忌避する宜野座だが、あくまで職務上の線引きと自己の色相を保つためなので、一監視官としては理想的な姿だった。ただその生真面目さゆえ、四つ下の分析官を見過ごせないらしく、時に甘さを見せることがあった。
「責任感が強いところ、本当にそっくり……」
神経質そうな後ろ姿が、非番だからと自室に招いてくれた征陸の面影と重なる。違和感や嫌悪感を抱えながらも、それを表に出さず接してくれる態度は有り難くもあり、痛々しくもあった。諦めないでくれる征陸や宜野座に報いたいと思った。
(それでもやっぱり、私には誰もいない)
潜在犯が行き来できるフロアは限られている。自室でのんびりする気分じゃないし、食堂に向かうことにした。それから日々の業務をこなすうちに、征陸が最後に言った言葉は名前の頭からすっぽり抜け落ちていた。
自室で船を漕ぐ名前はチャイムの音で覚醒した。慌てて確認してみれば、来客は意外な人物だった。
「ジョージ・オーウェルの『1984年』か。良い趣味してるな」
「は……? 狡噛監視官?」
「ギノの使いだ」
そら、と狡噛は一冊の本を手渡す。確かに名前が数週間前から宜野座に頼んでいた本だった。
「監視社会の全体主義に思想警察。よく申請が通ったな」
「宜野座さんが頑張ってくれてたみたいです。むしろ檻の中にいるからこそ手に入ったのかも。」
「とっつぁんも、本物の酒は俺たちの特権だって言ってたな」
「それより狡噛監視官、よく内容知ってましたね。外じゃ存在を知る機会すらないでしょうに」
「こんな朴念仁から数少ない趣味を奪わないでくれ」
「……自覚あったんですか」
「数少ない趣味ってのは嘘でしょう。人事課のファイル見ましたけど、多才なんですね」
「資格は手段の一つだろ。それに、できることが好きなこととは限らないさ」
「嫌味ですか?」
「あんたはデータ分析が趣味なのか」
「仕事は趣味とは言いません」
「俺も同感だ」
「宜野座さんの趣味は犬の世話ですよ」
「分析官、見たことあるか? ダイムは利口な犬だよ」
「……宜野座さんに限らず模範的監視官のみなさんは、小娘を哀れんでくれるんですよ。為すべき者が為すべきを為す。つまりノブレス・オブリージュ。施さずにはいられない」
「嫌味か? 俺にはあんたが弱者には見えないけどな」
「だからそれが……。やめましょう。堂々巡りだ」
「なんだ、思っていたよりずっと感情的なんだな」
「愚弄しているんですか? ぴよ噛監視官は聞いていたよりずっと底意地が悪いです」
「そう拗ねるなよ。面白い奴だってことだ」
その日から、狡噛は時折名前の部屋を訪ねるようになった。必ずと言っていいほど、手に入りにくい本を携えて。
「ここに来て一年は経つから……17ですかね」
「おいおい、自分の歳くらいちゃんと覚えておいてやれ」
その口振りが、まるで自分を粗末にするなと窘めているようで名前は肩をすぼめる。部屋の主である征陸は「あと三年はお預けだな」と酒瓶を自分の手前に置いた。
「征陸さんだけですよ、こうやって構ってくれるの。私はどうも同じ潜在犯に嫌われるから」
「真流や天利はそんなことないだろ」
「陽名ちゃんはともかく、真流さんは『美人でお色気むんむんのアシスタント』が欲しかったようで」
「なあに、素直じゃないだけだ。気にすることないさ」
「『徒然草』第百十七段、ご存知です?」
「友とするに悪き者、だな。若いのによくそんな古ぼけた内容を押さえてるもんだ」
「本の内容は劣化しませんから。友達にするにあたって良くないとされるのが、高貴な人、若い人、健康な人、酒を飲む人、勇猛な人、嘘をつく人、そして強欲な人です。当てはまらない人いるんですかね?」
「健康ってのが心身含めた話なら、少なくともシャバで友達は作れそうにないな」
「これに続く良い友達の条件は、物をくれる友、医者、知恵のある友。シュビラシステムは今や国民の友になった」
「物や知恵、医療技術を与えてくれる奴が良い友達ってのは、書き手自身が強欲な気もするけどなあ。そもそも人と人との関係をそんなカテゴリーで考えられるとは俺は思いたくないがね」
「もしかしたらその手のアイロニーを孕んだ文なのかもしれません。兼好自身への」
「そして人間をカテゴライズするシュビラへの意図せぬ批判ってわけか。嬢ちゃんらしい。」
「……話しすぎました?」
「いいや。コウ……狡噛監視官にも話してやるといい。あいつはあいつで面白い考えを聞かせてくれそうだ」
「やですよ。色相濁らせたら責任問題になるじゃないですか」
「そんなヤワな男じゃないさ」
「あ。宜野座さん」
「名字、今日は非番か」
「最近真流さんにこき使われてばっかで。前頼んだ本の申請、どうですか?」
「あれは特に規制が厳しくてな。許可が降りるまで時間がかかりそうだ」
「現代の禁書目録は手強いですね。でも宜野座さんに頼んでよかったです。」
「……用がないなら行くぞ」
「はーい、お疲れさまです」
名前が敬礼すると、宜野座は足早に去っていった。潜在犯を忌避する宜野座だが、あくまで職務上の線引きと自己の色相を保つためなので、一監視官としては理想的な姿だった。ただその生真面目さゆえ、四つ下の分析官を見過ごせないらしく、時に甘さを見せることがあった。
「責任感が強いところ、本当にそっくり……」
神経質そうな後ろ姿が、非番だからと自室に招いてくれた征陸の面影と重なる。違和感や嫌悪感を抱えながらも、それを表に出さず接してくれる態度は有り難くもあり、痛々しくもあった。諦めないでくれる征陸や宜野座に報いたいと思った。
(それでもやっぱり、私には誰もいない)
潜在犯が行き来できるフロアは限られている。自室でのんびりする気分じゃないし、食堂に向かうことにした。それから日々の業務をこなすうちに、征陸が最後に言った言葉は名前の頭からすっぽり抜け落ちていた。
自室で船を漕ぐ名前はチャイムの音で覚醒した。慌てて確認してみれば、来客は意外な人物だった。
「ジョージ・オーウェルの『1984年』か。良い趣味してるな」
「は……? 狡噛監視官?」
「ギノの使いだ」
そら、と狡噛は一冊の本を手渡す。確かに名前が数週間前から宜野座に頼んでいた本だった。
「監視社会の全体主義に思想警察。よく申請が通ったな」
「宜野座さんが頑張ってくれてたみたいです。むしろ檻の中にいるからこそ手に入ったのかも。」
「とっつぁんも、本物の酒は俺たちの特権だって言ってたな」
「それより狡噛監視官、よく内容知ってましたね。外じゃ存在を知る機会すらないでしょうに」
「こんな朴念仁から数少ない趣味を奪わないでくれ」
「……自覚あったんですか」
「数少ない趣味ってのは嘘でしょう。人事課のファイル見ましたけど、多才なんですね」
「資格は手段の一つだろ。それに、できることが好きなこととは限らないさ」
「嫌味ですか?」
「あんたはデータ分析が趣味なのか」
「仕事は趣味とは言いません」
「俺も同感だ」
「宜野座さんの趣味は犬の世話ですよ」
「分析官、見たことあるか? ダイムは利口な犬だよ」
「……宜野座さんに限らず模範的監視官のみなさんは、小娘を哀れんでくれるんですよ。為すべき者が為すべきを為す。つまりノブレス・オブリージュ。施さずにはいられない」
「嫌味か? 俺にはあんたが弱者には見えないけどな」
「だからそれが……。やめましょう。堂々巡りだ」
「なんだ、思っていたよりずっと感情的なんだな」
「愚弄しているんですか? ぴよ噛監視官は聞いていたよりずっと底意地が悪いです」
「そう拗ねるなよ。面白い奴だってことだ」
その日から、狡噛は時折名前の部屋を訪ねるようになった。必ずと言っていいほど、手に入りにくい本を携えて。