ラス・エラルドの背骨
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「鉄壁事件についてだァ? そんなん監視官なら調べられるだろ」
「裏でコソコソ嗅ぎ回っているみたいで気が引けてな。本人もこの話題を嫌がっていた」
「別に人死にがあったわけじゃねえし、気にするこたないと思うけどな。狡噛監視官はお優しいこって」
「茶化すな、佐々山」
それにしてもよお、と一係の執行官・佐々山光留は狡噛の肩に腕を回す。見覚えのある、大抵ろくでもないことを考えているニヤケ面だった。
「お前、ああいうのがシュミなの? エリート様の好みはわかんねえな。止めはしねえけど」
『女好きが高じて潜在犯落ちした男』にしては手厳しい評価だった。同僚の女性執行官だけに留まらず、事件で関わった一般人女性にすらちょっかいを出す佐々山とは思えない発言だった。
「名前ちゃんの話ですか?」
狡噛が目を剥いていると話が聞こえたのか、佐々山と同じ一係の執行官・内藤僚一が首を突っ込んできた。相も変わらず眠たげな目がどこか憎めない印象を与える。
「変わった子ですよねー。正直あんま関わりたくないです」
関わりたくないと言うわりに会話に混ざってきたのは、それだけ彼女に対する認識を確認したかったのだろうか。
「狡噛よお、名前が可愛いティーンに見えたのかもしれねえが、アレも立派な潜在犯だぜ。あんな脳細胞ブチ切れた女、俺は御免だね」
執行官二人の率直な意見に、狡噛は黙らざるを得なかった。先日分析室で話したときは、未成年の潜在犯という肩書きに似つかわしくないほど落ち着いた少女だと思った。これも自分は持ち合わせない、事件と関わる才能。猟犬の嗅覚なのだろうか。
結局、鉄壁事件の詳細を聞くことはできなかった。同じ三係のとっつぁん……征陸に聞けば答えてくれそうなものだが、もし征陸にまであんな評価を下されたら今後彼女を色眼鏡で見ない自信はなかった。仕方ない。監視官権限で事件のファイルを検索すると、拍子抜けするほどあっさりとお目当てのものが見つかった。佐々山の言う通り、人死にが出なかったのもあってか事件の秘匿性は低いのかもしれない。何一つ悪いことをしているわけではないのに周囲に誰もいないことを確認して、狡噛はファイルを開いた。
《総合分析室ハッキング未遂事件
二一〇四年三月十一日(火)、二係の管轄である浮島町小火器密輸事件で押収した関係者のウェアラブル端末にクラッキングウイルスが仕掛けられていたことが判明。当事件を担当していた名字名前分析官がこれを解除。名字分析官は今後の対策として公安局全体でのセキュリティレベルの改善を進言——》
この事件が「鉄壁事件」の俗称で通っているらしい。粗方目を通して、狡噛の疑問はますます深まった。何ら変哲のない、むしろファインプレーと讃えられるべき名前の功績が記されていた。これのどこを取って「関わりたくない」「脳細胞ブチ切れた女」と好き勝手言われる道理があるのか。
「不気味の谷は知っていますか」
「はい。ロボットが人間に類似していくにつれて上がっていく観測者の好感度が、ある地点まで来ると一転して強い嫌悪感に変わるという」
「ロボット開発技術が進んだ現代で、ドローンが敢えてヒトとは程遠い形をしている一因です。捜査でコミッサちゃんのホロ外装を使うのも同じ理由です。あくまでマスコットキャラクターとしての側面を押し出している」
「和久さん、それと名字分析官に一体何の関係が……」
三係の監視官・和久善哉は、結論を急く後輩に僅かながら柔和な笑みを溢した。
「執行官たちが彼女に抱く違和感は不気味の谷のそれと同じです。異質なものが自分たちに近づき過ぎていることへの、ある種の恐怖。防衛本能」
「同じ潜在犯なのに、ですか?」
「嗅ぎとれるのが刑事の勘ってやつですかね。実は僕もいまいちピンと来てません。すべて征陸さんの受け売りです」
和久は眼鏡を外してレンズを拭き始めた。よく見る仕草ではあったが、やはり隙がないように思った。
「裏でコソコソ嗅ぎ回っているみたいで気が引けてな。本人もこの話題を嫌がっていた」
「別に人死にがあったわけじゃねえし、気にするこたないと思うけどな。狡噛監視官はお優しいこって」
「茶化すな、佐々山」
それにしてもよお、と一係の執行官・佐々山光留は狡噛の肩に腕を回す。見覚えのある、大抵ろくでもないことを考えているニヤケ面だった。
「お前、ああいうのがシュミなの? エリート様の好みはわかんねえな。止めはしねえけど」
『女好きが高じて潜在犯落ちした男』にしては手厳しい評価だった。同僚の女性執行官だけに留まらず、事件で関わった一般人女性にすらちょっかいを出す佐々山とは思えない発言だった。
「名前ちゃんの話ですか?」
狡噛が目を剥いていると話が聞こえたのか、佐々山と同じ一係の執行官・内藤僚一が首を突っ込んできた。相も変わらず眠たげな目がどこか憎めない印象を与える。
「変わった子ですよねー。正直あんま関わりたくないです」
関わりたくないと言うわりに会話に混ざってきたのは、それだけ彼女に対する認識を確認したかったのだろうか。
「狡噛よお、名前が可愛いティーンに見えたのかもしれねえが、アレも立派な潜在犯だぜ。あんな脳細胞ブチ切れた女、俺は御免だね」
執行官二人の率直な意見に、狡噛は黙らざるを得なかった。先日分析室で話したときは、未成年の潜在犯という肩書きに似つかわしくないほど落ち着いた少女だと思った。これも自分は持ち合わせない、事件と関わる才能。猟犬の嗅覚なのだろうか。
結局、鉄壁事件の詳細を聞くことはできなかった。同じ三係のとっつぁん……征陸に聞けば答えてくれそうなものだが、もし征陸にまであんな評価を下されたら今後彼女を色眼鏡で見ない自信はなかった。仕方ない。監視官権限で事件のファイルを検索すると、拍子抜けするほどあっさりとお目当てのものが見つかった。佐々山の言う通り、人死にが出なかったのもあってか事件の秘匿性は低いのかもしれない。何一つ悪いことをしているわけではないのに周囲に誰もいないことを確認して、狡噛はファイルを開いた。
《総合分析室ハッキング未遂事件
二一〇四年三月十一日(火)、二係の管轄である浮島町小火器密輸事件で押収した関係者のウェアラブル端末にクラッキングウイルスが仕掛けられていたことが判明。当事件を担当していた名字名前分析官がこれを解除。名字分析官は今後の対策として公安局全体でのセキュリティレベルの改善を進言——》
この事件が「鉄壁事件」の俗称で通っているらしい。粗方目を通して、狡噛の疑問はますます深まった。何ら変哲のない、むしろファインプレーと讃えられるべき名前の功績が記されていた。これのどこを取って「関わりたくない」「脳細胞ブチ切れた女」と好き勝手言われる道理があるのか。
「不気味の谷は知っていますか」
「はい。ロボットが人間に類似していくにつれて上がっていく観測者の好感度が、ある地点まで来ると一転して強い嫌悪感に変わるという」
「ロボット開発技術が進んだ現代で、ドローンが敢えてヒトとは程遠い形をしている一因です。捜査でコミッサちゃんのホロ外装を使うのも同じ理由です。あくまでマスコットキャラクターとしての側面を押し出している」
「和久さん、それと名字分析官に一体何の関係が……」
三係の監視官・和久善哉は、結論を急く後輩に僅かながら柔和な笑みを溢した。
「執行官たちが彼女に抱く違和感は不気味の谷のそれと同じです。異質なものが自分たちに近づき過ぎていることへの、ある種の恐怖。防衛本能」
「同じ潜在犯なのに、ですか?」
「嗅ぎとれるのが刑事の勘ってやつですかね。実は僕もいまいちピンと来てません。すべて征陸さんの受け売りです」
和久は眼鏡を外してレンズを拭き始めた。よく見る仕草ではあったが、やはり隙がないように思った。