ジュブナイル
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王城を破った泥門の関東大会決勝の相手。クリスマスボウル出場に大手をかけたのは、西部ワイルドガンマンズを蹂躙したダークホース・白秋ダイナソーズでした。本来なら偵察班のみが観戦に向かうはずでしたが、観客席には名前の姿がありました。元々は関東大会出場経験こそあるにしても、実力は上の下ほどだった白秋高校。しかし今年の前評判を裏切る、不気味なまでの快進撃に名前は気付いておりました。投手・丸子の徹底した秘密主義と強豪ひしめく都大会の注目度によって、広く取り沙汰されるようになったのは太陽戦以降のようです。監督と若菜にどうしてもと頼み込んで、彼女はスタンドで直接にそのプレーを見ていたのでした。ベンチプレス200kgオーバー、その数字よりも遥かに凄まじい迫力。巨大で頑強で超重量。峨王の今大会でのサック数を調べながら名前は背中にじっとりと嫌な汗を感じました。
キッドの早撃ちなら対抗できる、そうであってくれと観客の誰もが思いました。試合終了の笛が鳴り響いたとき、スタンドにいる誰かが呟きました。
「そんな……」
名前は無言で立ち上がると、他の角度から試合を撮っていた偵察班と合流しました。スタンドの向こう側にある、どこからでも目立つ、いやたとえ目立っていなかろうが彼を見間違えるはずもありません、逆立つ金髪を振り返ることもなく。
もし高見たち三年生も含めたホワイトナイツと白秋が戦っていたら。ルールに則って試合をする峨王はなにも悪いことはしていません。ただ純粋に、遅かれ早かれクォーターバックの高見は彼に捉えられ、破壊されていたでしょう。進や大田原が全く歯が立たないとは言いませんが、勝率は厳しい戦いになるに違いありません。ことさらに高見は峨王と相性が悪いのです。発射地点の高さは重心の高さ。ガラ空きになる胴体は恰好の餌食です。躱そうにも高見は怪我の影響で走れるタイプではありません。今大会で白秋は太陽の原尾を除く、対峙したすべてのクォーターバックを怪我で退場させてきました。次の相手は、泥門です。渇いた風が汗のなごりを冷やしました。名前は携帯電話を取り出して見つめたのち、何もせずに仕舞いました。「怪我しないで」も「無茶するな」も、頭に浮かぶどれもが相応しくない気がしたのです。だってどれも無駄に終わるに違いないのですから。そもそも敗れた名前が勝ち進む彼にかけるべき言葉なんてあるのでしょうか。バスに揺られながら、名前は一つだけ念じました。フィールドに立ち続けるなら勝て、と。
彼女の悪夢はやはりと言うべきでしょうか、当然に真っ当に当たり前に現実のものになりました。峨王のタックルを食らって一度は救護室送りになった蛭魔が、今まさにフィールドに帰還したのでした。
「……名字、蛭魔はプレーできる状態か?」
人を筋肉で判断するという進の目には、蛭魔の右腕が明らかに炎症を起こしているのが分かりました。常人であれば絶対安静、プレー続行など不可能です。しかし、「蛭魔ならやりかねない」。泥門と対戦したことのある選手なら、誰もが蛭魔妖一という男の奇想天外さを知っています。
だから進は尋ねたのです。いっときは、誰よりも彼の近くにいた彼女に。名前は前のめりでフィールドにかぶり付いたまま早口で答えました。
「右腕逝ってる。痛み止めすら打ってない。あの状態で送り出してくれる医者なんているはずないから当然だけど」
その目には愛用の銃器も持たず、いや、もはや持てないのでしょう、全身を軋ませながら歩く蛭魔の姿がありました。プロテクターやヘルメットの装着も、まもりに手伝ってもらっています。悪魔の帰還に誰もが目を丸くするなか、名前はひとり震えていました。名前にはいち早くわかってしまいます。蛭魔はもう、到底フィールドに立っていることすらままならないのだと。
「泥門に行かなくて本当によかった。ベンチにいたらあのすました顔ぶん殴ってでも速攻病院送りにしてたところだった」
「名字……」
桜庭は怒りと不安に震える名前に内心驚きました。彼女と知り合って一年以上経ちますが、これほどまでに感情を露わにするさまを見るのは初めてだったのです。いつも清流のせせらぎのようだった彼女が、今ばかりは怒涛の激流です。それとも、蛭魔の近くにいた頃はこれが常だったのでしょうか。知らない二人の時間を垣間見たようで、桜庭はただ試合の展開を見守ることしかできませんでした。
ふ、と名前が息をゆるめる音が聞こえました。
「なんてね、わかってたよ。折られることも、戻ってくることも……」
彼女は安心させるように桜庭に笑いかけました。ノートを抱えるその腕はわずかに震えています。それでも目を瞑ることも逸らすこともなく、ポジションについた背番号一番を見据えました。進はそんな彼女の心境を知ってか知らずか、同じように戦況を見定めようと視線を向けました。
「危険どころか無謀に近いが、味方すら何をしでかすかわからない蛭魔はフィールドに立っているだけで価値がある」
「泥門に控えのQBがいないどころか人数がカツカツなのも理由だけどね、ほらムサシ引っ込んだ。あと、トレーナーはいても監督がいないところ」
「確かに、ショーグンだったら腕折れてる選手を出すなんてありえないね……」
「前に監督が言ってたよ。トレーナーの仕事がチームを鍛えることなら、監督の仕事はチームを導くことだって」
特に、かつて現役時代に二本刀と呼ばれた片割れが怪我によって選手生命を絶たれた庄司監督は、教え子をもう二度と同じ境遇に合わせまいとするでしょう。先程「泥門ベンチにいたら殴ってでも止めていた」と啖呵を切った彼女でしたが、実際に今あそこにいたらその通りに身体が動いていたでしょうか。たらればの世界です。しかし考えずにはいられません。もしこの手が届く距離に風が吹けば折れそうな細い背中があったとして、ちゃんと引き留められるのか、それともその背中を押すのか。勝つまで帰ってくるなと。やはり彼女とフィールドの間には、深く険しい断崖が横たわっているのです。秋の匂いに鼻を擽られて、名前はひとり下唇を噛み締めました。
キッドの早撃ちなら対抗できる、そうであってくれと観客の誰もが思いました。試合終了の笛が鳴り響いたとき、スタンドにいる誰かが呟きました。
「そんな……」
名前は無言で立ち上がると、他の角度から試合を撮っていた偵察班と合流しました。スタンドの向こう側にある、どこからでも目立つ、いやたとえ目立っていなかろうが彼を見間違えるはずもありません、逆立つ金髪を振り返ることもなく。
もし高見たち三年生も含めたホワイトナイツと白秋が戦っていたら。ルールに則って試合をする峨王はなにも悪いことはしていません。ただ純粋に、遅かれ早かれクォーターバックの高見は彼に捉えられ、破壊されていたでしょう。進や大田原が全く歯が立たないとは言いませんが、勝率は厳しい戦いになるに違いありません。ことさらに高見は峨王と相性が悪いのです。発射地点の高さは重心の高さ。ガラ空きになる胴体は恰好の餌食です。躱そうにも高見は怪我の影響で走れるタイプではありません。今大会で白秋は太陽の原尾を除く、対峙したすべてのクォーターバックを怪我で退場させてきました。次の相手は、泥門です。渇いた風が汗のなごりを冷やしました。名前は携帯電話を取り出して見つめたのち、何もせずに仕舞いました。「怪我しないで」も「無茶するな」も、頭に浮かぶどれもが相応しくない気がしたのです。だってどれも無駄に終わるに違いないのですから。そもそも敗れた名前が勝ち進む彼にかけるべき言葉なんてあるのでしょうか。バスに揺られながら、名前は一つだけ念じました。フィールドに立ち続けるなら勝て、と。
彼女の悪夢はやはりと言うべきでしょうか、当然に真っ当に当たり前に現実のものになりました。峨王のタックルを食らって一度は救護室送りになった蛭魔が、今まさにフィールドに帰還したのでした。
「……名字、蛭魔はプレーできる状態か?」
人を筋肉で判断するという進の目には、蛭魔の右腕が明らかに炎症を起こしているのが分かりました。常人であれば絶対安静、プレー続行など不可能です。しかし、「蛭魔ならやりかねない」。泥門と対戦したことのある選手なら、誰もが蛭魔妖一という男の奇想天外さを知っています。
だから進は尋ねたのです。いっときは、誰よりも彼の近くにいた彼女に。名前は前のめりでフィールドにかぶり付いたまま早口で答えました。
「右腕逝ってる。痛み止めすら打ってない。あの状態で送り出してくれる医者なんているはずないから当然だけど」
その目には愛用の銃器も持たず、いや、もはや持てないのでしょう、全身を軋ませながら歩く蛭魔の姿がありました。プロテクターやヘルメットの装着も、まもりに手伝ってもらっています。悪魔の帰還に誰もが目を丸くするなか、名前はひとり震えていました。名前にはいち早くわかってしまいます。蛭魔はもう、到底フィールドに立っていることすらままならないのだと。
「泥門に行かなくて本当によかった。ベンチにいたらあのすました顔ぶん殴ってでも速攻病院送りにしてたところだった」
「名字……」
桜庭は怒りと不安に震える名前に内心驚きました。彼女と知り合って一年以上経ちますが、これほどまでに感情を露わにするさまを見るのは初めてだったのです。いつも清流のせせらぎのようだった彼女が、今ばかりは怒涛の激流です。それとも、蛭魔の近くにいた頃はこれが常だったのでしょうか。知らない二人の時間を垣間見たようで、桜庭はただ試合の展開を見守ることしかできませんでした。
ふ、と名前が息をゆるめる音が聞こえました。
「なんてね、わかってたよ。折られることも、戻ってくることも……」
彼女は安心させるように桜庭に笑いかけました。ノートを抱えるその腕はわずかに震えています。それでも目を瞑ることも逸らすこともなく、ポジションについた背番号一番を見据えました。進はそんな彼女の心境を知ってか知らずか、同じように戦況を見定めようと視線を向けました。
「危険どころか無謀に近いが、味方すら何をしでかすかわからない蛭魔はフィールドに立っているだけで価値がある」
「泥門に控えのQBがいないどころか人数がカツカツなのも理由だけどね、ほらムサシ引っ込んだ。あと、トレーナーはいても監督がいないところ」
「確かに、ショーグンだったら腕折れてる選手を出すなんてありえないね……」
「前に監督が言ってたよ。トレーナーの仕事がチームを鍛えることなら、監督の仕事はチームを導くことだって」
特に、かつて現役時代に二本刀と呼ばれた片割れが怪我によって選手生命を絶たれた庄司監督は、教え子をもう二度と同じ境遇に合わせまいとするでしょう。先程「泥門ベンチにいたら殴ってでも止めていた」と啖呵を切った彼女でしたが、実際に今あそこにいたらその通りに身体が動いていたでしょうか。たらればの世界です。しかし考えずにはいられません。もしこの手が届く距離に風が吹けば折れそうな細い背中があったとして、ちゃんと引き留められるのか、それともその背中を押すのか。勝つまで帰ってくるなと。やはり彼女とフィールドの間には、深く険しい断崖が横たわっているのです。秋の匂いに鼻を擽られて、名前はひとり下唇を噛み締めました。
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