ジュブナイル
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「糞ストーカー、アメフト部作るからマネージャーになれ」
「はい?」
名前はきょとんと目を丸くしました。彼女がアメフトと出会ってから二年が経ちます。この時期の女の子の成長は早いもので、今ではすっかり麻黄中学のセーラー服を着こなしています。
蛭魔が名前を「糞ストーカー(こっそり後ろで見ていたからのようです)」と、名前が「蛭魔くん」ではなく「蛭魔」と呼ぶようになるのに時間はかかりませんでした。いつも通り米軍基地に賭けアメフトか賭けポーカーをしにいったのかと思えば、ぼろぼろになって帰ってきた蛭魔は信じられないようなことを彼女に言い放ちました。汗と涙、夏の暑さに青い春。あの蛭魔が学生らしく部活動に励むなど、イメージと乖離がありました。しかし名前は知っています。最近懸命に蛭魔に話しかけていた生徒がいたことを、グラウンドの隅っこで毎日スレッドマシンを押しているフットボーラーがいたことを。まだ目元に青タンが残る顔を見上げて、名前はニコ!と笑いました。
「でも部活として認められるには部員が四人必要なんだよね? あと一人、当てはあるの?」
あと二人ではなく一人と言ったことで、彼女が何を知っているのかを蛭魔は知りました。色々と都合が良いので二人は一緒にいることが多いのですが、だからといって四六時中行動を共にしているわけでも、ましてや男女付き合いをしているわけでもありません。実際に蛭魔と栗田が初めての試合でぼこぼこにされた日、彼女は委員会だかなにかでその場にはいませんでした。それなのにまるで見ていたかのような口振りです。都合の悪いことは何もないにも関わらず、蛭魔は舌打ちをして「糞デブはあとで紹介する」と言いました。
「キッカーにもちょうどいい奴がいる。B組の老け顔だ。それよか問題は顧問だ」
「蛭魔、先生ウケ悪いもんね」
校則どころか銃刀法を違反している蛭魔は最早先生ウケという次元ではないような気もしましたが、それをツッコんでくれそうなのは未来の仲間である「B組の老け顔」くらいでした。そんなことを知るはずもなく、蛭魔は名前の言うことを無視しました。この女は鋭いのかとぼけてるのかいまいち掴めません。が、便利なのは確かです。頭の回転は鈍くないため話も合う方で、たまに基地で賭けアメフトに興じている変な女です。賭けといっても彼女は毎回なけなしの数ドルを握りしめてくるのですが。
「一生徒としちゃあ教頭センセーには快く部活動を認めていただかなきゃなあ?」
あ、これは脅す気だ。名前は静かに悟りました。
「テキトーに箱作って、駅前のケータイショップとリサイクル店に片っ端から置いとけ。まずは "目" をかき集める」
「……まあ、後ろめたいことやってる人が勝手に浮かび上がるだけだよね。やっぱり清く正しく生きなければ」
「ケケ、違いねえ」
モバイルショップ、箱、衆目。その単語で言わんとしていることがわかりました。蛭魔が企んでいるのは、使われなくなった携帯電話を集め、搭載されているカメラ機能を私用の防犯カメラ代わりにしようとしているのです。無数のカメラで誰かの弱みを隠し撮り、弱みを握られた人もまた「目」に加わるというネズミ講よろしくの案でした。アメフト部設立のためとはいえ、脅迫ネタを集めるまでの鮮やかな計画に名前はやれやれと肩をすくめました。多少の無理があっても、この男は現実として通してしまうのです。
冷徹と情熱、理知と無謀。蛭魔を蛭魔として成立させるこの二面性を、名前はいつも興味深く思っていました。こんなに面白い人はきっともう二度と現れない。そして蛭魔は去る者をわざわざ追うタイプにも見えないから、自分が背を向ければこの縁は終わってしまうだろう。多少こき使われようが機嫌によっては銃を向けられようが、今まで付かず離れずの関係でいた一番の大きな理由です。名前は春風のような足取りで、指示通りにまずは箱の調達に向かいました。
蛭魔の脅迫手帳はみるみるうちに埋まっていき、あっという間に教頭先生にも「ご納得」していただきました。解雇されていた酒寄溝六先生も呼び戻すことに成功し、最後の一歩、つまりは四人目のメンバー・ムサシが加わったことにより麻黄デビルバッツは正式に稼働し始めました。
ようやく揃ったピース、回り始めた歯車に名前はひとりでに誇らしい気持ちになりました。試合の勝敗に金を賭け、チームの参謀としてああでもないこうでもないとベンチで口出ししていたときよりも、今の方が余程楽しそうに見えます。誰の話って、一人しかおりません。アメフト部を作ると宣言したその日から、ランニングや筋トレを欠かさないことを知っています。一番ボールに触れる機会が多いポジションだからでしょうか、愛用の銃器の代わりにボールを片手で弄っている時間が増えたことも知っています。彼女が知っているくらいなのですから、本人は尚更理解しているはずなのです。一人一人に配られたカードは均一ではなく、いかに手札を活かして勝負するか、要はそういう話なのです。ベンチを陣取る参謀として、既に蛭魔は一流の域に達するほどでした。ではフィールドの上では? どんなに綺麗事を並べても、アメフトは格闘技と地続きの球技です。どこまでも冷静さを欠かない頭脳、度胸、判断力、手先の器用さ、リーダーシップ。そのどれもがクォーターバックとしての素質の高さを示しています。しかし結局土台にあるのは素の肉体、つまりは体格と身体能力です。名前は当然わかっています。もう十二分に、痛いほどに。しかし何も言いません。
「置いてくぞ糞ストーカー」
「待って、自転車取ってくる!」
ストレッチを終えた三人がランニングに向かおうとしています。ドリンクを作り終えた名前は濡れた手もそのままに、彼らの背中を追って駆け出しました。
「はい?」
名前はきょとんと目を丸くしました。彼女がアメフトと出会ってから二年が経ちます。この時期の女の子の成長は早いもので、今ではすっかり麻黄中学のセーラー服を着こなしています。
蛭魔が名前を「糞ストーカー(こっそり後ろで見ていたからのようです)」と、名前が「蛭魔くん」ではなく「蛭魔」と呼ぶようになるのに時間はかかりませんでした。いつも通り米軍基地に賭けアメフトか賭けポーカーをしにいったのかと思えば、ぼろぼろになって帰ってきた蛭魔は信じられないようなことを彼女に言い放ちました。汗と涙、夏の暑さに青い春。あの蛭魔が学生らしく部活動に励むなど、イメージと乖離がありました。しかし名前は知っています。最近懸命に蛭魔に話しかけていた生徒がいたことを、グラウンドの隅っこで毎日スレッドマシンを押しているフットボーラーがいたことを。まだ目元に青タンが残る顔を見上げて、名前はニコ!と笑いました。
「でも部活として認められるには部員が四人必要なんだよね? あと一人、当てはあるの?」
あと二人ではなく一人と言ったことで、彼女が何を知っているのかを蛭魔は知りました。色々と都合が良いので二人は一緒にいることが多いのですが、だからといって四六時中行動を共にしているわけでも、ましてや男女付き合いをしているわけでもありません。実際に蛭魔と栗田が初めての試合でぼこぼこにされた日、彼女は委員会だかなにかでその場にはいませんでした。それなのにまるで見ていたかのような口振りです。都合の悪いことは何もないにも関わらず、蛭魔は舌打ちをして「糞デブはあとで紹介する」と言いました。
「キッカーにもちょうどいい奴がいる。B組の老け顔だ。それよか問題は顧問だ」
「蛭魔、先生ウケ悪いもんね」
校則どころか銃刀法を違反している蛭魔は最早先生ウケという次元ではないような気もしましたが、それをツッコんでくれそうなのは未来の仲間である「B組の老け顔」くらいでした。そんなことを知るはずもなく、蛭魔は名前の言うことを無視しました。この女は鋭いのかとぼけてるのかいまいち掴めません。が、便利なのは確かです。頭の回転は鈍くないため話も合う方で、たまに基地で賭けアメフトに興じている変な女です。賭けといっても彼女は毎回なけなしの数ドルを握りしめてくるのですが。
「一生徒としちゃあ教頭センセーには快く部活動を認めていただかなきゃなあ?」
あ、これは脅す気だ。名前は静かに悟りました。
「テキトーに箱作って、駅前のケータイショップとリサイクル店に片っ端から置いとけ。まずは "目" をかき集める」
「……まあ、後ろめたいことやってる人が勝手に浮かび上がるだけだよね。やっぱり清く正しく生きなければ」
「ケケ、違いねえ」
モバイルショップ、箱、衆目。その単語で言わんとしていることがわかりました。蛭魔が企んでいるのは、使われなくなった携帯電話を集め、搭載されているカメラ機能を私用の防犯カメラ代わりにしようとしているのです。無数のカメラで誰かの弱みを隠し撮り、弱みを握られた人もまた「目」に加わるというネズミ講よろしくの案でした。アメフト部設立のためとはいえ、脅迫ネタを集めるまでの鮮やかな計画に名前はやれやれと肩をすくめました。多少の無理があっても、この男は現実として通してしまうのです。
冷徹と情熱、理知と無謀。蛭魔を蛭魔として成立させるこの二面性を、名前はいつも興味深く思っていました。こんなに面白い人はきっともう二度と現れない。そして蛭魔は去る者をわざわざ追うタイプにも見えないから、自分が背を向ければこの縁は終わってしまうだろう。多少こき使われようが機嫌によっては銃を向けられようが、今まで付かず離れずの関係でいた一番の大きな理由です。名前は春風のような足取りで、指示通りにまずは箱の調達に向かいました。
蛭魔の脅迫手帳はみるみるうちに埋まっていき、あっという間に教頭先生にも「ご納得」していただきました。解雇されていた酒寄溝六先生も呼び戻すことに成功し、最後の一歩、つまりは四人目のメンバー・ムサシが加わったことにより麻黄デビルバッツは正式に稼働し始めました。
ようやく揃ったピース、回り始めた歯車に名前はひとりでに誇らしい気持ちになりました。試合の勝敗に金を賭け、チームの参謀としてああでもないこうでもないとベンチで口出ししていたときよりも、今の方が余程楽しそうに見えます。誰の話って、一人しかおりません。アメフト部を作ると宣言したその日から、ランニングや筋トレを欠かさないことを知っています。一番ボールに触れる機会が多いポジションだからでしょうか、愛用の銃器の代わりにボールを片手で弄っている時間が増えたことも知っています。彼女が知っているくらいなのですから、本人は尚更理解しているはずなのです。一人一人に配られたカードは均一ではなく、いかに手札を活かして勝負するか、要はそういう話なのです。ベンチを陣取る参謀として、既に蛭魔は一流の域に達するほどでした。ではフィールドの上では? どんなに綺麗事を並べても、アメフトは格闘技と地続きの球技です。どこまでも冷静さを欠かない頭脳、度胸、判断力、手先の器用さ、リーダーシップ。そのどれもがクォーターバックとしての素質の高さを示しています。しかし結局土台にあるのは素の肉体、つまりは体格と身体能力です。名前は当然わかっています。もう十二分に、痛いほどに。しかし何も言いません。
「置いてくぞ糞ストーカー」
「待って、自転車取ってくる!」
ストレッチを終えた三人がランニングに向かおうとしています。ドリンクを作り終えた名前は濡れた手もそのままに、彼らの背中を追って駆け出しました。