ジュブナイル
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神龍寺ナーガとの死闘から早数日。全身の筋肉痛もほとんど抜けてきた帰り道、セナとモン太は通りがかったカフェチェーン店の窓越しに思わず立ち止まりました。そのド派手な金髪ツンツン頭は見間違えようもありません。先程まで一緒に練習をしていたデビルバッツキャプテン、蛭魔妖一その人です。練習後も部室に残ることが多い蛭魔が早々に帰ったのは珍しいな、とは思っていましたが、なにやら用事があったようです。
泥門周辺で彼を見かけること自体は驚くべきではありません。二人の足を止めたのは、蛭魔の向かいに座っている一人の女学生の存在でした。セナは固唾を呑みます。可愛いというには端正で、綺麗というには冷ややかな印象を受けたのです。姿かたちのつくりだけでなく、彼女を構成するすべてがそう感じさせていました。例えるならば百合の花、湖畔のさざなみ、あるいは精巧な飴細工です。
セナはどこかで見たような気がしました。彼女のまとう白を基調とした制服が、頭の中で純白のユニフォームとぼんやり重なります。そうだ、王城ホワイトナイツのベンチに座っていたのを見たのでした。
「あの人って確か、王城のマネージャーの……?」
「シッ、なんか喋り出した!」
女学生は臆する様子もなく正面に座る男をねめつけました。桃色の唇がひっそりと開きます。
「神龍寺戦おめでとう。見てたよ」
「ムサシは戻った。次はお前だ、糞裏切り者。今ならまだ『スパイ終わりました』つってノコノコ帰ってくる手もあるがなぁ〜?」
「まだそんなこと言ってる。次当たるのはどこだと思ってるの?」
彼女はくすくす笑いながら、カップに指を絡めました。気安い口振りからして、蛭魔と彼女は初対面ではないようです。蛭魔にこき使われている奴隷という感じでもありません。裏切り者、スパイ。穏やかではなさそうな会話に耳を大きくしながら、セナとモン太は物陰で息を潜めました。
「ムサシはご家庭の事情だけど、わたしは自分のために蛭魔たちから離れたんだよ。戻るわけない。それに……」
蛭魔の視線が無言で続きを促します。細い指が揺れて、ミルクとコーヒーのマーブル模様が乱れました。
「王城を選んだのは単なる当てつけのつもりだったけど、想像以上にこのチームに愛着が湧いちゃった。クリスマスボウルに行くのは王城だよ」
「ケケケ。薄情なこって。栗田にゃあ聞かせられねえな」
「栗田とは円満にバイバイできたからね、今でも連絡取り合ってるよ。たまに美味しかったお店教えてくれる」
「んなことしてやがったのか」
「あれ、知らなかった?」
名前はまた笑いました。その様は、公式戦を控えている相手チームのキャプテンに見せるものとは思えません。カップに触れる指先には、いくつかささくれが見えました。ユニフォームの洗濯にドリンクの準備、水仕事の絶えないマネージャーの宿命とも言えるでしょう。中学時代にもよく見たものです。彼女は、名前はもう、麻黄デビルバッツではなく王城ホワイトナイツの一員なのです。
「だからね、蛭魔。わざわざ会いにきてくれなくても大丈夫だよ。もう大丈夫」
名前は言い聞かせるように言いました。誰に言い聞かせていたというのでしょう? 向かいに座る蛭魔だけではないはずです。彼女は目を細めて、指を擦り合わせました。蛭魔は目の前のブラックコーヒーに手もつけず、ガムを膨らませます。
「……俺がんなお優しいタマだとでも思ってんのか?」
「優しくはないかもね。他人の強い意志や深い痛みを知らないような人じゃないってだけ」
蛭魔は何も言い返すことはありませんでした。いつもの彼ならば知ったような口をきくなだとか、悪態や皮肉、煽り文句の二つや三つはぽんぽん出てきそうなものですが。否、そもそも彼に「知ったような口」をききそうなのはムサシくらいでしょうか。セナとモン太は無言で顔を見合わせました。
蛭魔と名前の密会?を覗き見した翌日。いつも通り部室を扉を開けたモン太はあたりを見渡しました。どうやらキャプテン以外の部員が揃っているようです。蛭魔がいないことを確認したモン太は栗田のところへ駆け寄り、いつもより小さな声で尋ねました。
「名字さんってどんな人っスか?」
「えっ、名前ちゃん?」
「ちょっ、モン太!」
「だって気になるだろー!?」
「気になるけど! でもそういうのを直接聞くのはよくないっていうかなんていうか……」
単刀直入にもほどがあるモン太に静止をかけながら、セナはちらりと栗田を見ました。状況が読めない栗田はその体格同様に目を丸くしています。昨日二人が話していた内容からは、蛭魔・栗田・ムサシの三人と王城のマネージャーである名前が旧知の仲らしいということくらいしか分かりませんでした。が、普段チームメイトに檄を飛ばす蛭魔らしからぬあの微妙な雰囲気に、明らかになんかあったのだろうと邪推せずにはいられません。
二人が取っ組み合うようにわちゃわちゃしている間に、背後の部室のドアが開きます。「あ、蛭魔」と栗田が呟くと同時に、二人も首だけで振り返ります。
ヤバイ絶対に聞かれてたヤバイ殺される、とセナが顔中にだらだらと冷や汗をかきますが、予想は外れ、銃弾も罵声も飛んでくることはありませんでした。蛭魔は部室にずかずか入り、持っていたスポーツバッグをテーブルの上に降ろすと、振り返ることもなく言いました。
「名前は人の心が読める」
リアリストの蛭魔の口から出たとは思えない、ファンタジックな響きでした。嘘や冗談、ましてや彼お得意のハッタリや大袈裟な誇張とも思えません。彼の目は静かで、どこか遠くを見据えているかのようでしたから。
「名前ちゃんすごかったなあ。いつも僕が何を食べたい気分なのか百発百中だったんだよ!」
「おめーがなんでも食うってだけだろ」
「他人が何を求めているのか、本人より先回りして気付けるんだ。一流のホテルマンなんかを想像してみろ、それを息を吐くようにやってのける」
中学時代、彼女と面識のある栗田や溝六が肯定します。静観していたムサシも、腕を組み、重い口を開きました。
「……昔、名字に誕生日にシューズを貰ったことがある。使ってみて初めて自分はこういう履き心地を求めていたんだと腑に落ちた。ありがたかったが、正直寒気がした」
「蛭魔と名前嬢のコンビと言りゃあ、麻黄中が震え上がるほどよ。まるで脳内を共有しているような手際の良さでな」
「嫌なホテルマンだな……」
話を聞いていた戸叶がぼそっと呟きました。彼女と面識のない一年生たちには、清純そうな王城のマネージャーと我らが地獄の司令塔がタッグを組んでいる図がいまいち現実として想像できません。
「いねえ奴のことをウダウダ言っても仕方ねえだろうが、糞ザコ共! それに人の望みがわかるってことは、反対に何を嫌がるかもわかるってことだぞ」
一同が固唾を呑みました。蛭魔は荷物をまとめるとロッカールームに向かいます。そうだ、次の対戦相手は「人の心を読む」名前のいる王城ホワイトナイツです。蛭魔にここまで言わせる相手が、敵のベンチにいる。皆が身支度を急ぐなか、ムサシは一人、蛭魔の言葉を反芻していました。
「いない奴のことを言っても仕方ない」、その口振りはまるで彼女が本来ここにいるべきとでも言っているかのようです。ムサシは蛭魔ほどでないにしろ、彼女がなぜここにいないのかを知っています。
薄情なのは決して彼女ではなく、自分たちの方だった。気の利く奴だと前々から思っていたが、だからこそ早々に言ってやるべきだったのだ。彼女が気を利かせすぎてしまう前に、お前もチームの一員だと。
ムサシは父親や工務店のみんなに支えられて、こうしてチームに帰ってくることができました。では彼女は? ……遅かったのです。不幸中の幸いとでも言うべきでしょうか、もう一度四人でアメフトができる。そんな状況になったときには、名前は既に他のチームで居場所を見つけていました。忘れもしない、高校生になってチームを作ってわずか10分! 初めての練習試合の相手ベンチ、そこは確かに彼女の場所でした。
泥門周辺で彼を見かけること自体は驚くべきではありません。二人の足を止めたのは、蛭魔の向かいに座っている一人の女学生の存在でした。セナは固唾を呑みます。可愛いというには端正で、綺麗というには冷ややかな印象を受けたのです。姿かたちのつくりだけでなく、彼女を構成するすべてがそう感じさせていました。例えるならば百合の花、湖畔のさざなみ、あるいは精巧な飴細工です。
セナはどこかで見たような気がしました。彼女のまとう白を基調とした制服が、頭の中で純白のユニフォームとぼんやり重なります。そうだ、王城ホワイトナイツのベンチに座っていたのを見たのでした。
「あの人って確か、王城のマネージャーの……?」
「シッ、なんか喋り出した!」
女学生は臆する様子もなく正面に座る男をねめつけました。桃色の唇がひっそりと開きます。
「神龍寺戦おめでとう。見てたよ」
「ムサシは戻った。次はお前だ、糞裏切り者。今ならまだ『スパイ終わりました』つってノコノコ帰ってくる手もあるがなぁ〜?」
「まだそんなこと言ってる。次当たるのはどこだと思ってるの?」
彼女はくすくす笑いながら、カップに指を絡めました。気安い口振りからして、蛭魔と彼女は初対面ではないようです。蛭魔にこき使われている奴隷という感じでもありません。裏切り者、スパイ。穏やかではなさそうな会話に耳を大きくしながら、セナとモン太は物陰で息を潜めました。
「ムサシはご家庭の事情だけど、わたしは自分のために蛭魔たちから離れたんだよ。戻るわけない。それに……」
蛭魔の視線が無言で続きを促します。細い指が揺れて、ミルクとコーヒーのマーブル模様が乱れました。
「王城を選んだのは単なる当てつけのつもりだったけど、想像以上にこのチームに愛着が湧いちゃった。クリスマスボウルに行くのは王城だよ」
「ケケケ。薄情なこって。栗田にゃあ聞かせられねえな」
「栗田とは円満にバイバイできたからね、今でも連絡取り合ってるよ。たまに美味しかったお店教えてくれる」
「んなことしてやがったのか」
「あれ、知らなかった?」
名前はまた笑いました。その様は、公式戦を控えている相手チームのキャプテンに見せるものとは思えません。カップに触れる指先には、いくつかささくれが見えました。ユニフォームの洗濯にドリンクの準備、水仕事の絶えないマネージャーの宿命とも言えるでしょう。中学時代にもよく見たものです。彼女は、名前はもう、麻黄デビルバッツではなく王城ホワイトナイツの一員なのです。
「だからね、蛭魔。わざわざ会いにきてくれなくても大丈夫だよ。もう大丈夫」
名前は言い聞かせるように言いました。誰に言い聞かせていたというのでしょう? 向かいに座る蛭魔だけではないはずです。彼女は目を細めて、指を擦り合わせました。蛭魔は目の前のブラックコーヒーに手もつけず、ガムを膨らませます。
「……俺がんなお優しいタマだとでも思ってんのか?」
「優しくはないかもね。他人の強い意志や深い痛みを知らないような人じゃないってだけ」
蛭魔は何も言い返すことはありませんでした。いつもの彼ならば知ったような口をきくなだとか、悪態や皮肉、煽り文句の二つや三つはぽんぽん出てきそうなものですが。否、そもそも彼に「知ったような口」をききそうなのはムサシくらいでしょうか。セナとモン太は無言で顔を見合わせました。
蛭魔と名前の密会?を覗き見した翌日。いつも通り部室を扉を開けたモン太はあたりを見渡しました。どうやらキャプテン以外の部員が揃っているようです。蛭魔がいないことを確認したモン太は栗田のところへ駆け寄り、いつもより小さな声で尋ねました。
「名字さんってどんな人っスか?」
「えっ、名前ちゃん?」
「ちょっ、モン太!」
「だって気になるだろー!?」
「気になるけど! でもそういうのを直接聞くのはよくないっていうかなんていうか……」
単刀直入にもほどがあるモン太に静止をかけながら、セナはちらりと栗田を見ました。状況が読めない栗田はその体格同様に目を丸くしています。昨日二人が話していた内容からは、蛭魔・栗田・ムサシの三人と王城のマネージャーである名前が旧知の仲らしいということくらいしか分かりませんでした。が、普段チームメイトに檄を飛ばす蛭魔らしからぬあの微妙な雰囲気に、明らかになんかあったのだろうと邪推せずにはいられません。
二人が取っ組み合うようにわちゃわちゃしている間に、背後の部室のドアが開きます。「あ、蛭魔」と栗田が呟くと同時に、二人も首だけで振り返ります。
ヤバイ絶対に聞かれてたヤバイ殺される、とセナが顔中にだらだらと冷や汗をかきますが、予想は外れ、銃弾も罵声も飛んでくることはありませんでした。蛭魔は部室にずかずか入り、持っていたスポーツバッグをテーブルの上に降ろすと、振り返ることもなく言いました。
「名前は人の心が読める」
リアリストの蛭魔の口から出たとは思えない、ファンタジックな響きでした。嘘や冗談、ましてや彼お得意のハッタリや大袈裟な誇張とも思えません。彼の目は静かで、どこか遠くを見据えているかのようでしたから。
「名前ちゃんすごかったなあ。いつも僕が何を食べたい気分なのか百発百中だったんだよ!」
「おめーがなんでも食うってだけだろ」
「他人が何を求めているのか、本人より先回りして気付けるんだ。一流のホテルマンなんかを想像してみろ、それを息を吐くようにやってのける」
中学時代、彼女と面識のある栗田や溝六が肯定します。静観していたムサシも、腕を組み、重い口を開きました。
「……昔、名字に誕生日にシューズを貰ったことがある。使ってみて初めて自分はこういう履き心地を求めていたんだと腑に落ちた。ありがたかったが、正直寒気がした」
「蛭魔と名前嬢のコンビと言りゃあ、麻黄中が震え上がるほどよ。まるで脳内を共有しているような手際の良さでな」
「嫌なホテルマンだな……」
話を聞いていた戸叶がぼそっと呟きました。彼女と面識のない一年生たちには、清純そうな王城のマネージャーと我らが地獄の司令塔がタッグを組んでいる図がいまいち現実として想像できません。
「いねえ奴のことをウダウダ言っても仕方ねえだろうが、糞ザコ共! それに人の望みがわかるってことは、反対に何を嫌がるかもわかるってことだぞ」
一同が固唾を呑みました。蛭魔は荷物をまとめるとロッカールームに向かいます。そうだ、次の対戦相手は「人の心を読む」名前のいる王城ホワイトナイツです。蛭魔にここまで言わせる相手が、敵のベンチにいる。皆が身支度を急ぐなか、ムサシは一人、蛭魔の言葉を反芻していました。
「いない奴のことを言っても仕方ない」、その口振りはまるで彼女が本来ここにいるべきとでも言っているかのようです。ムサシは蛭魔ほどでないにしろ、彼女がなぜここにいないのかを知っています。
薄情なのは決して彼女ではなく、自分たちの方だった。気の利く奴だと前々から思っていたが、だからこそ早々に言ってやるべきだったのだ。彼女が気を利かせすぎてしまう前に、お前もチームの一員だと。
ムサシは父親や工務店のみんなに支えられて、こうしてチームに帰ってくることができました。では彼女は? ……遅かったのです。不幸中の幸いとでも言うべきでしょうか、もう一度四人でアメフトができる。そんな状況になったときには、名前は既に他のチームで居場所を見つけていました。忘れもしない、高校生になってチームを作ってわずか10分! 初めての練習試合の相手ベンチ、そこは確かに彼女の場所でした。
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