ピグマリオン
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外から見たロットバルト女学院は綺麗なものだ。知らない者が見れば城と見間違うかもしれない。ところどころ壁が崩壊しているのは、すべて内側からの衝撃によるものだ。外壁に設置された迎撃装置が発動した様子はない。襲撃者は真っ向から堂々と侵入して、学院を丸々ひとつ壊滅させた。着陸したヘリから降り立った名前は、数時間前の襲撃者と同じように正面から学院を見上げた。
玄関ホールには死の匂いが充満していた。煌々と客を迎え入れるはずのシャンデリアも、かろうじて骨組みを残したまま床に突っ伏している。ボンゴレ側に救護班の派遣さえ依頼しなかったのは正しかったとこの惨状を見て彼女は思った。――生きものの息遣いが全く感じられない。暗殺者育成機関の卒業生、上位互換、完成品たる彼女たちを前にして「運悪く」生き残ってしまう生徒はいなかった。
名前は目的地までまっすぐ向かう道中で、同級生たちの亡骸を見た。交流が深かった者の姿もある。資料室の扉の前で、もたれかかるように沈黙している図書委員長を見た。最期まで持ち場を死守しようとしたらしい。
通信室を通りがかれば、モニターの前で固まっている広報委員長の姿があった。ここからボンゴレに信号を送ったのだろう。致命傷は後頭部の一撃。自らの命を投げ捨てて、最期に役目を果たしたのだ。
「借りてた本、まだ読んでる途中だったのになあ……」
名前は学院長室の前に踵を揃えてぴたりと立った。いつもの調子で扉を三回、ノックする。返事はない。しかしここだけ微かに人の気配がする。これまたいつもの調子で扉を開けた。
窓から差し込む光を背に、スーツ姿の男が立っていた。逆光で顔に陰がかっているが、誰かなんて決まりきっている。名前は、なんだ、継承式に着ていく服がなかったわけじゃなかったのか、と場違いに思った。
少し白髪が混じりはじめた烏の濡れ羽色の髪を後ろに撫で付けたその出立ちは、見た者に威圧感を与える。微笑むように口角だけ上げる仕草にともなって、目尻に刻まれた皺が深くなる。学院を破壊し尽くした男、末代のロットバルト学院長はいつも通り名前を迎え入れた。
「おかえり、僕の懐刀」
「……ただいま戻りました」
「紅茶でもどうだい。新しい門出を二人で祝おうじゃないか」
「それは、ロットバルトの?」
「ボンゴレさ」
八代目ロットバルトは来客用のソファに座るよう顎で示す。名前はこれまたいつも通りに従った。
ボンゴレの新しい門出。まだ腑に落ちない点もあるが、名前の中でまた新たに点と線が繋がる。学院襲撃のタイミングは決して偶然ではないと。彼女が勘付いたことに気付いた八代目ロットバルトはどこからともなくポットを用意し、カップに紅茶を注ぎ始める。名前の分を差し出すと、テーブルを挟んだ向かいに自分を腰を落ち着けた。
「シモンリングの覚醒によりD・スペードは大空の七属性に加え、砂漠の炎も掌中におさめた。新生ボンゴレの夜明けは間近だ。名残惜しいが、ここも結局は旧時代の遺産でしかない。だから処分したんだ」
「まだ理解できないことも沢山ありますが――大筋は想像通りでした。なぜ私だけを生かしたんです?」
「それだよ、名前。君は賢く、鋭く、察しがいい。そのうえ余計な思想を持ち込まない。戦闘能力も加味すれば、君は自分を過小評価するがね、並外れて突出した傭兵の才能だ」
「使い勝手だけが取り柄です。そうか、便利な道具は引っ越し先にも持っていきたいですよね」
「不満かな」
「……」
彼女は答えなかった。答えが出なかったのだ。決めあぐねていると言ってもいい。八代目ロットバルトは返事がないのを気にも留めず、むしろ肯定されようが否定されようがどっちでも同じだとでも言うように、口を開いた。昔話をしよう、と。
「君も知っているとは思うが、元はと言えばここは我らロットバルト一族の私兵を育てるための機関でね。その目的はひとつ、すべてはひとえに強きボンゴレを築くため」
八代目ロットバルトはカップに一度口をつけて喉を湿らせた。対する彼女のカップからも湯気が立ち昇っている。鼻腔をくすぐる香りとその水色を見ただけで飲まなくてもわかる、名に女王を冠するダージリンとスリランカのブレンドは学院長のお気に入りだった。
「始まりはDが引き続き霧の守護者を務めたボンゴレセコーンドの時代に遡る。あるときは本部が表立って動けない際の便利屋、あるときはボンゴレの目を曇らせる要因の掃除係、あるときはDの手足として」
「さっきからデイモンデイモンって、じゃああなたは何者なんですか?」
「D・スペードの傀儡」
八代目ロットバルトは勿体ぶることもなく答えた。名前は目を細める。彼の様子は自信満々、というのも違う。水素が空気より軽いように、地球が自転と公転をしているように、ただそうであるという事実をそらんじているだけだ。この人は――この人が自分を生かしておく程度には気にかけている理由がわかった気がした。
「お褒めいただいた通り、審美眼には多少自信があります。しかし私のことを認めてくださっているのに、私が評価した彼のことを少々みくびりすぎだ」
「言ってみなさい」
「ボンゴレ十代目がシモンファミリーやD・スペードに敗北すると決めつけるのは尚早かと」
「能力だけは目を見張るものはあるが、プリーモによく似た思想を持つ危険人物だ。Dが生かしておくはずがない。むしろ彼の殺戮を以って、新生ボンゴレの旗揚げとなるだろう」
「いずれ新生ボンゴレの旗揚げは成されるでしょうね。沢田綱吉が正式に十代目を継ぐことで」
名前は一向に出された紅茶に手をつけなかった。八代目ロットバルトについていくか否か、自分では決定打がないと決めあぐねているつもりだったが、それがもう答えなのかもしれなかった。たとえ名前が意思を持たない道具なのだとしても、使われる相手は選ぶことができる。知っていたはずだ。人間である以上、どれだけ避けようとも何を選んで何を選ばないか、決めなくてはならないのだと。
「意思を持たないのが君のいいところだったのに、近頃やけにボンゴレに肩入れするね。垣間見た未来とやらはそんなに魅力的だったかい」
「まさか。横暴なボスに口煩い上司、統率の取れない同僚たちと、学院とは比べものにならないほど劣悪な環境でした。ただ少しだけ」
名前は未来を懐古する。
ロットバルトの高品質で均された兵隊たちとは真逆の我の強さ、無秩序さ、無軌道さ。時代をミルフィオーレに支配されかけていようとも変わらない調子の彼らはおかしく、でたらめで、そして今まで感じたことがなかったほどに――
「頼もしかった」
名前の髪が風に踊る。閉め切られた虚栄の部屋に、爆風が轟く。
「ゔお゛お゛ぉぉい!! まだ首の皮繋がってるだろうなぁ!!」
破壊音、そして怒号。両開きの学院長室の扉は閉められたまま、木っ端微塵にされることで無理矢理突破された。土煙の中浮かぶのは、銀に翻る髪、同じ色に反射する切先、纏うのは闇。憎たらしいほど長い脚で蹴り飛ばされた扉の残骸を刀で軽く払いながら彼は、スクアーロは学院長室に乗り込んだ。
玄関ホールには死の匂いが充満していた。煌々と客を迎え入れるはずのシャンデリアも、かろうじて骨組みを残したまま床に突っ伏している。ボンゴレ側に救護班の派遣さえ依頼しなかったのは正しかったとこの惨状を見て彼女は思った。――生きものの息遣いが全く感じられない。暗殺者育成機関の卒業生、上位互換、完成品たる彼女たちを前にして「運悪く」生き残ってしまう生徒はいなかった。
名前は目的地までまっすぐ向かう道中で、同級生たちの亡骸を見た。交流が深かった者の姿もある。資料室の扉の前で、もたれかかるように沈黙している図書委員長を見た。最期まで持ち場を死守しようとしたらしい。
通信室を通りがかれば、モニターの前で固まっている広報委員長の姿があった。ここからボンゴレに信号を送ったのだろう。致命傷は後頭部の一撃。自らの命を投げ捨てて、最期に役目を果たしたのだ。
「借りてた本、まだ読んでる途中だったのになあ……」
名前は学院長室の前に踵を揃えてぴたりと立った。いつもの調子で扉を三回、ノックする。返事はない。しかしここだけ微かに人の気配がする。これまたいつもの調子で扉を開けた。
窓から差し込む光を背に、スーツ姿の男が立っていた。逆光で顔に陰がかっているが、誰かなんて決まりきっている。名前は、なんだ、継承式に着ていく服がなかったわけじゃなかったのか、と場違いに思った。
少し白髪が混じりはじめた烏の濡れ羽色の髪を後ろに撫で付けたその出立ちは、見た者に威圧感を与える。微笑むように口角だけ上げる仕草にともなって、目尻に刻まれた皺が深くなる。学院を破壊し尽くした男、末代のロットバルト学院長はいつも通り名前を迎え入れた。
「おかえり、僕の懐刀」
「……ただいま戻りました」
「紅茶でもどうだい。新しい門出を二人で祝おうじゃないか」
「それは、ロットバルトの?」
「ボンゴレさ」
八代目ロットバルトは来客用のソファに座るよう顎で示す。名前はこれまたいつも通りに従った。
ボンゴレの新しい門出。まだ腑に落ちない点もあるが、名前の中でまた新たに点と線が繋がる。学院襲撃のタイミングは決して偶然ではないと。彼女が勘付いたことに気付いた八代目ロットバルトはどこからともなくポットを用意し、カップに紅茶を注ぎ始める。名前の分を差し出すと、テーブルを挟んだ向かいに自分を腰を落ち着けた。
「シモンリングの覚醒によりD・スペードは大空の七属性に加え、砂漠の炎も掌中におさめた。新生ボンゴレの夜明けは間近だ。名残惜しいが、ここも結局は旧時代の遺産でしかない。だから処分したんだ」
「まだ理解できないことも沢山ありますが――大筋は想像通りでした。なぜ私だけを生かしたんです?」
「それだよ、名前。君は賢く、鋭く、察しがいい。そのうえ余計な思想を持ち込まない。戦闘能力も加味すれば、君は自分を過小評価するがね、並外れて突出した傭兵の才能だ」
「使い勝手だけが取り柄です。そうか、便利な道具は引っ越し先にも持っていきたいですよね」
「不満かな」
「……」
彼女は答えなかった。答えが出なかったのだ。決めあぐねていると言ってもいい。八代目ロットバルトは返事がないのを気にも留めず、むしろ肯定されようが否定されようがどっちでも同じだとでも言うように、口を開いた。昔話をしよう、と。
「君も知っているとは思うが、元はと言えばここは我らロットバルト一族の私兵を育てるための機関でね。その目的はひとつ、すべてはひとえに強きボンゴレを築くため」
八代目ロットバルトはカップに一度口をつけて喉を湿らせた。対する彼女のカップからも湯気が立ち昇っている。鼻腔をくすぐる香りとその水色を見ただけで飲まなくてもわかる、名に女王を冠するダージリンとスリランカのブレンドは学院長のお気に入りだった。
「始まりはDが引き続き霧の守護者を務めたボンゴレセコーンドの時代に遡る。あるときは本部が表立って動けない際の便利屋、あるときはボンゴレの目を曇らせる要因の掃除係、あるときはDの手足として」
「さっきからデイモンデイモンって、じゃああなたは何者なんですか?」
「D・スペードの傀儡」
八代目ロットバルトは勿体ぶることもなく答えた。名前は目を細める。彼の様子は自信満々、というのも違う。水素が空気より軽いように、地球が自転と公転をしているように、ただそうであるという事実をそらんじているだけだ。この人は――この人が自分を生かしておく程度には気にかけている理由がわかった気がした。
「お褒めいただいた通り、審美眼には多少自信があります。しかし私のことを認めてくださっているのに、私が評価した彼のことを少々みくびりすぎだ」
「言ってみなさい」
「ボンゴレ十代目がシモンファミリーやD・スペードに敗北すると決めつけるのは尚早かと」
「能力だけは目を見張るものはあるが、プリーモによく似た思想を持つ危険人物だ。Dが生かしておくはずがない。むしろ彼の殺戮を以って、新生ボンゴレの旗揚げとなるだろう」
「いずれ新生ボンゴレの旗揚げは成されるでしょうね。沢田綱吉が正式に十代目を継ぐことで」
名前は一向に出された紅茶に手をつけなかった。八代目ロットバルトについていくか否か、自分では決定打がないと決めあぐねているつもりだったが、それがもう答えなのかもしれなかった。たとえ名前が意思を持たない道具なのだとしても、使われる相手は選ぶことができる。知っていたはずだ。人間である以上、どれだけ避けようとも何を選んで何を選ばないか、決めなくてはならないのだと。
「意思を持たないのが君のいいところだったのに、近頃やけにボンゴレに肩入れするね。垣間見た未来とやらはそんなに魅力的だったかい」
「まさか。横暴なボスに口煩い上司、統率の取れない同僚たちと、学院とは比べものにならないほど劣悪な環境でした。ただ少しだけ」
名前は未来を懐古する。
ロットバルトの高品質で均された兵隊たちとは真逆の我の強さ、無秩序さ、無軌道さ。時代をミルフィオーレに支配されかけていようとも変わらない調子の彼らはおかしく、でたらめで、そして今まで感じたことがなかったほどに――
「頼もしかった」
名前の髪が風に踊る。閉め切られた虚栄の部屋に、爆風が轟く。
「ゔお゛お゛ぉぉい!! まだ首の皮繋がってるだろうなぁ!!」
破壊音、そして怒号。両開きの学院長室の扉は閉められたまま、木っ端微塵にされることで無理矢理突破された。土煙の中浮かぶのは、銀に翻る髪、同じ色に反射する切先、纏うのは闇。憎たらしいほど長い脚で蹴り飛ばされた扉の残骸を刀で軽く払いながら彼は、スクアーロは学院長室に乗り込んだ。