ピグマリオン
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ロットバルト女学院壊滅の報せに、広間の一同は皆動けずにいた。渦中の彼女、名前以外は。大きく溜め息をつくと、綺麗にセットされた髪を乱雑にかき乱した。
「名前君、これは……」
「ボンゴレ九代目。空き部屋をひとつ、貸していただけませんか。いつもの装備はヘリに積んできているんですが、ほら、ここで着替えるわけにもいかないでしょう」
冗談めいて笑って見せる。もう彼女の目に動揺も悲観も迷いもない。すっかり覚悟を決めたらしかった。九代目は黙って首を横に振る。ついさっき争いを嫌う少年にボンゴレの未来を託しておいて、またしても年端のいかぬ彼女を一人みすみす危険な目に遭わせるつもりは毛頭なかった。
「シモンの件とは違い、これはかねてより定められた正式な契約による、ロットバルトからボンゴレに送られた救難信号じゃ。君一人で抱え込むことはない。戦力を集結させ、いち早くドイツへ向かう準備をしよう」
「お言葉ですがそれこそシモンの件と違って、これはもう『終わってる』話なんです。邪魔になったのか考えが変わったのか、学院長……ああ、もう学院はないからそうじゃないな……。八代目ロットバルトは自分の持ち物である学院を不要だと判断して、破棄した。それだけです。廃校なんてよくある話でしょう」
名前は人差し指で額を軽く叩いた。これは彼女が何か考えるときの癖だった。九代目たちを説得するようで、実際は考えを口に出すことで思考を整理しているのだった。
「私が生かされたのは八代目ロットバルトの意思です。このタイミングの良さ、というか悪さを考えると、八代目はシモンの復讐劇に一枚噛んでいる可能性も十分ある。沢田たちの決着が着いてから分かる話でしょうが……。とにかく私は奴と話をしてきます。別に戦いに行くわけじゃない」
「名前、冷静になれ。内部事情はともあれ、敵は学院一つ崩壊させるような奴らだ。単独で向かうのはとてもじゃないが無謀だ」
「跳ね馬こそよく考えてから喋って。相手の戦力は八代目ロットバルトと、ロットバルト女学院出身の選りすぐりの精鋭たち。城は既に攻め落とされて、こっちの兵士はほぼ全滅。これはもうチェックをかけられた状態。詰んでるんだよ」
「名前君!」
広間から出ていこうとする名前を九代目が引き止めようとする。しかし彼女は止まらない。黒い瞳はいつになく澄んで、どこか遠くを見据えていた。コツ、コツ、とヒールが大理石の床を軽快に鳴らす。彼女は最後に振り向くと、歯を見せて小さく笑った。
「九代目にご迷惑をおかけすることはありません。ただ取引先が一つ無くなるか、少なくとも名称が変わるかもしれません。ロットバルト女学院から、ロットバルト私兵団に」
名前はヘリに乗り込むとマーメイドドレスを脱ぎ捨て、ハイヒールを放り投げた。セットのために頭に刺さっていたヘアピンもすべて抜き取り、胸元を飾っていたネックレスを外した。肌を飾るのはこれだけで――リングだけで充分だ。
闇夜より黒い制服の左胸には母校の校章。防刃タイツの上からコンバットブーツを履けば、いつもの彼女の出来上がり。
操縦士に声をかけると、彼女の乗ったヘリはゆっくりと離陸を始めた。名前は思考する。
いくら八代目とその私兵といえど、学院ひとつ攻め落とすのに数時間で済むはずがない。遅くても名前が任務で南アフリカにいた五日間のうちに、もしかすれば日本訪問のため学院から離れていた一週間前から準備は進んでいたのかもしれない。ともすれば、やはりストーンローズの調査に名前を指名した八代目の計画的な犯行か。日本のボンゴレ十代目に挨拶してこいと言い出したのも彼だった。
疑問があるとすれば、たかだか名前ひとり学院から切り離したところで、それが何になるというのだろう? 確かに名前は在学生のうち、最も便利な兵士に違いなかった。しかしいくらクイーンだろうが、一駒だけで十六の兵隊たちと戦えるはずがない。
名前を殺すなんていつでもできたはずだ。だから――戦いに行くのではなく、話をしに行くのだ。八代目ロットバルトの目的は未だ見当がつかないが、戦況はあらかた把握できているだろう。彼の狙いは名前の生死とは違うところにある。だから何も恐れることはない。生き延びようが死に絶えようが、彼の目的に肉薄することこそ、名前の最後の務めである気がした。これが最後の大義であると。
「名前君、これは……」
「ボンゴレ九代目。空き部屋をひとつ、貸していただけませんか。いつもの装備はヘリに積んできているんですが、ほら、ここで着替えるわけにもいかないでしょう」
冗談めいて笑って見せる。もう彼女の目に動揺も悲観も迷いもない。すっかり覚悟を決めたらしかった。九代目は黙って首を横に振る。ついさっき争いを嫌う少年にボンゴレの未来を託しておいて、またしても年端のいかぬ彼女を一人みすみす危険な目に遭わせるつもりは毛頭なかった。
「シモンの件とは違い、これはかねてより定められた正式な契約による、ロットバルトからボンゴレに送られた救難信号じゃ。君一人で抱え込むことはない。戦力を集結させ、いち早くドイツへ向かう準備をしよう」
「お言葉ですがそれこそシモンの件と違って、これはもう『終わってる』話なんです。邪魔になったのか考えが変わったのか、学院長……ああ、もう学院はないからそうじゃないな……。八代目ロットバルトは自分の持ち物である学院を不要だと判断して、破棄した。それだけです。廃校なんてよくある話でしょう」
名前は人差し指で額を軽く叩いた。これは彼女が何か考えるときの癖だった。九代目たちを説得するようで、実際は考えを口に出すことで思考を整理しているのだった。
「私が生かされたのは八代目ロットバルトの意思です。このタイミングの良さ、というか悪さを考えると、八代目はシモンの復讐劇に一枚噛んでいる可能性も十分ある。沢田たちの決着が着いてから分かる話でしょうが……。とにかく私は奴と話をしてきます。別に戦いに行くわけじゃない」
「名前、冷静になれ。内部事情はともあれ、敵は学院一つ崩壊させるような奴らだ。単独で向かうのはとてもじゃないが無謀だ」
「跳ね馬こそよく考えてから喋って。相手の戦力は八代目ロットバルトと、ロットバルト女学院出身の選りすぐりの精鋭たち。城は既に攻め落とされて、こっちの兵士はほぼ全滅。これはもうチェックをかけられた状態。詰んでるんだよ」
「名前君!」
広間から出ていこうとする名前を九代目が引き止めようとする。しかし彼女は止まらない。黒い瞳はいつになく澄んで、どこか遠くを見据えていた。コツ、コツ、とヒールが大理石の床を軽快に鳴らす。彼女は最後に振り向くと、歯を見せて小さく笑った。
「九代目にご迷惑をおかけすることはありません。ただ取引先が一つ無くなるか、少なくとも名称が変わるかもしれません。ロットバルト女学院から、ロットバルト私兵団に」
名前はヘリに乗り込むとマーメイドドレスを脱ぎ捨て、ハイヒールを放り投げた。セットのために頭に刺さっていたヘアピンもすべて抜き取り、胸元を飾っていたネックレスを外した。肌を飾るのはこれだけで――リングだけで充分だ。
闇夜より黒い制服の左胸には母校の校章。防刃タイツの上からコンバットブーツを履けば、いつもの彼女の出来上がり。
操縦士に声をかけると、彼女の乗ったヘリはゆっくりと離陸を始めた。名前は思考する。
いくら八代目とその私兵といえど、学院ひとつ攻め落とすのに数時間で済むはずがない。遅くても名前が任務で南アフリカにいた五日間のうちに、もしかすれば日本訪問のため学院から離れていた一週間前から準備は進んでいたのかもしれない。ともすれば、やはりストーンローズの調査に名前を指名した八代目の計画的な犯行か。日本のボンゴレ十代目に挨拶してこいと言い出したのも彼だった。
疑問があるとすれば、たかだか名前ひとり学院から切り離したところで、それが何になるというのだろう? 確かに名前は在学生のうち、最も便利な兵士に違いなかった。しかしいくらクイーンだろうが、一駒だけで十六の兵隊たちと戦えるはずがない。
名前を殺すなんていつでもできたはずだ。だから――戦いに行くのではなく、話をしに行くのだ。八代目ロットバルトの目的は未だ見当がつかないが、戦況はあらかた把握できているだろう。彼の狙いは名前の生死とは違うところにある。だから何も恐れることはない。生き延びようが死に絶えようが、彼の目的に肉薄することこそ、名前の最後の務めである気がした。これが最後の大義であると。