ピグマリオン
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南アフリカ共和国はドイツから12時間ほど。ケープタウンから湾岸を沿うようにR43を南下していけば、今回の目的地である自然保護区が見えてくる。果てしなく続くと思わせるほどの雄大な大自然を遮るものは何もない。名前の頬を渇いた風が撫でて過ぎる。
待ち合わせ場所であるホテルは高台の上に聳え立っていた。ホテルといっても高層のそれではなく、横に大きく部屋数も多くないため別荘に近い。研究施設も併設しているらしく、宿の隣には窓の少ない白い建物も建っている。これも背は高くない。景観を損ねないため、そして何より自然保護のためだろう。
気のいい運転手に別れを告げ、緩い勾配を登ると既に人影が二つ見えた。名前の姿を認めると、白衣姿の男が両手を広げて歓迎した。
「ご足労感謝する。ようこそ、ミス・ロットバルト」
「こちらこそお待たせして申し訳ない」
最初に声をかけてきた白衣の男が右手を差し出すので、名前もそれに応えた。次いで迷彩服の男とも握手を交わす。白衣の男は植物学の権威で、迷彩服の男は現地に詳しいガイドだと言う。名前はオヤ、とあたりを見回した。
「チームは全員で四人だと聞いていますが、一人足りないようですね」
「なんでも他のプロジェクトが多忙を極めているためキャンセルしてくれと。天才だかなんだか知らないが、あのマッドサイエンティストめ」
本来ならここにもう一人、死ぬ気の炎や死ぬ気弾、リングの炎の仕組みに詳しい専門家が加わる予定だったが、どうやらすっぽかしたらしい。名前は具体的なメンバーに然程興味はなかったため、研究者なんてみんなそういうものか、と聞き流した。任務に支障が出ないのであれば何でもいい。
「みなさんが構わないのなら始めましょう。炎の特性については素人ながら最低限の心得はあります。と言っても、今回はほとんどボディガード代わりでしかお役に立てないと思いますが」
「ロットバルトの懐刀が本当に来てくれるとは心強い。この研究は極秘で進められているものの、いつ誰に成果を狙われてもおかしくない」
白衣の男が発した呼称に名前は眉を顰める。
「……それは誰が?」
「八代目ロットバルトです。懐刀を貸してやると」
「ああ、学院長……。言い得て妙ですね。刀が意思を持つはずもない」
名前は学院長の鉄仮面を思い出して、小さく呟いた。彼は面立ちに反して、口調はどこか軽いところがある。決して親しみやすさを感じさせるものではないが。迷彩服の男はさして気にしなかったらしく、白衣の男と名前を案内し始めた。
「調査対象はこの花。我々はストーンローズと呼んでいます」
「死ぬ気の炎を放出するという?」
ガイドの男は頷いた。瑞々しい白い花があちらこちらに咲いていた。ローズと言うものの、よく見る薔薇のように花びらが幾重に重なっているわけではなく、ハート型にも見える花びらが五枚開いていた。クリスマスローズもバラ科ではなかったはずだ、呼称なんてそういうものだろう。
「ある一定の状況下でストーンローズは炎を発します」
迷彩服のガイドがバックパックを漁り、何かのケースを取り出した。その中でジャラジャラと複数あるうちの、黄色い石のついた指輪を自身の右の中指に嵌める。炎の大きさこそ微かだが、黄色の炎、晴れの波動が灯された。
すると、先ほどまで白かったストーンローズの花弁がみるみる淡いイエローに染まっていく。じわじわとすべての花弁が色づいた後、ぼうっと花自身が燃えるように炎を放ち始めた。その色もまた淡いイエローをしている。
「この特性が発見されたのはまさに奇跡でした。私が荒野のど真ん中で怪我をしなければ、ストーンローズはただの可愛らしい花でしかなかった。しかしミス・名前、あなたが持つような強い波動で試したことはない」
「リングに炎を灯せるというだけで貴重ですよ」
名前は内心このガイドとやらも裏社会に何かしら関わりがあるのだろうと察した。そうでなければリングと炎、晴の属性の特徴を知っているはずがない。
名前もリングに炎を宿し、ストーンローズに近づける。推定精製度Bランク以上のリングから立ち昇る、強力な匣ムーブメントを動かすまでの雲の炎。白い花は瞬時に濃いヴァイオレットに染まり、紫の炎で自らを燃やし始めた。
「おお……!」
「やはり強い炎ではその分反応速度が上がるのか……。炎圧の測定を。他に扱える属性は?」
「一応雷が。しかし雲に比べて出力はかなり落ちます」
「結構。サンプルの数は多ければ多いほど良い。そうだ、複数の炎を同時に近付ければどうなる?」
急に浮き足立つ二人に若干押され気味になりながら、名前は雷属性のリングに付け替えた。なるほど、これは長くなりそうだ。
その日の調査を終え、用意された部屋に通された名前に、ホテルマンが声を掛けた。手には小包を携えている。
「名前様宛にお届け物です」
「学院から?」
「いえ、それが差出人は書かれておらず……」
訝しみながらも名前は贈り物を受け取る。見た目よりは軽く、揺らすとカタカタと音がする。幻術の類いがかけられている様子もない。ホテルマンを退がらせて、彼女は慎重に小包の包装を解いた。
中に入っていたのは、黒い携帯電話だった。しかし二つ折りですらないそれはかなり型が古く、通話機能しか搭載していないようだった。最早おもちゃに近い。
名前が手に取ると、途端に振動し画面がぱっと明るくなる。電話がかかってきたようだが、画面には「非通知」と表示されている。ワンコール分考えたのち、名前は通話ボタンを押した。
「もしもし?」
「……ケ……シ…………」
「……何?」
向こうで誰かが喋っていること自体は分かるのだが、ノイズがかかったように音質が荒く、内容を聞き取れない。男か女かも判断できないが、少なくとも子どもではないことはわかった。意味がないとわかりつつ聞き返すと、徐々に耳が慣れてくる。
「ケイショ……キニ……デルナ……」
「!」
「継承式には出るな」?
名前がそう聞き返そうとした途端、ブツッと音が途切れる。ツー、ツー、ツー、と繰り返す音が通話が終了したことを知らせる。通話時間はわずか八秒。名前の脳裏にスクアーロの言葉が浮かぶ。
『誰かがロットバルトを騙っているとしたら、むしろ狙いはお前かもしれねえなぁ。反ボンゴレの濡れ衣を着せた上に、継承式に出張ってくるのを仕留めちまおうって算段の可能性もある』
「……なるほど?」
刺客の狙いが名前を継承式で仕留めることなら、今の電話と噛み合わない。電話の主は味方なのだろうか? 否、そうであればこんな回りくどい手段で連絡してくるはずもない。しかし、継承式に出席させないことが敵の目的ならば、直接名前を襲えばいいだけだ。シュタールバウムファミリーやペロー三兄弟、トンプソン一門に龍宮組がそうであったように。
撹乱か挑発か、あるいは第三者の忠告か。
携帯電話を解析しようにも、出先ではその手段がない。学院にいたならば即座に解析班に回すものだが。送り主はそこまで考えて任務先に電話を届けさせたのだろうか。そもそもこの任務は極秘のはずだ、どうやってここを突き止めたのか――
「あー、何なんだ一体……」
ロットバルト女学院自体との交流があるとはいえ、名前には直接関係なかったボンゴレファミリーがあの未来を経てから大きく彼女の行く先を変えようとしている。まるで巨大な渦潮に巻き込まれるように、盤上が見えない手で動かされているかのように。面白くない話だ。
『コソコソ闇討ちでしか喧嘩売れねえカスにやられるんじゃねえぞぉ』
「……言われなくてもわかってるってば」
真っ先に思い出したのはこの異変を報告すべき学院長ではなく、目下自身を巻き込んでいるボンゴレの人間だった。今回が単独の任務ではなく、部下を連れている状態ならどこまでも冷静なままでいられただろう。ただ、今だけは。名前は匣からチロルを出すと、その背中に顔を埋めた。チロルが身じろぐと、ふわふわとした黒い羽が彼女の顔をくすぐる。チロルは首を伸ばして、名前の肩を戯れるように小突いた。
名前個人の事情はともかく、ストーンローズの研究はつつがなく進んだ。当初の五日間という日程をオーバーすることもなく、今回の調査はひとまず終わりを迎えられた。
白衣の男は名前にプラスチックのケースを二つ手渡した。半透明の容器の中には、どうやらカプセルがぎっしりと詰まっている。片方は紫色、もう片方は緑色と、なかなか毒々しい色味の薬に見える。
「これは?」
「炎を放つ状態をストーンローズから採取した花粉を加工した薬だ。まだ試作段階だが、服用した者の死ぬ気の炎の炎圧を一時的に上昇させる効果がある」
「ドーピングのようなものと考えれば?」
「どちらかといえばサプリメントだね。君の炎に反応した花から精製したため、副作用等はほとんどないはずだ。言うまでもないがヴァイオレットは雲属性、グリーンは雷属性の炎を強化する」
「それならありがたく頂戴します」
サプリの効果のほども知りたいらしく、「使用したら忌憚ない感想を報告してくれ」と白衣の男が名刺を渡してきた。持ってるなら最初に渡せよ、と名前は思わないでもなかったが素直に受け取った。近いうちにこの薬の出番もあるかもしれない。名前は初日同様二人と握手を交わして、自然保護区を後にした。
継承式は明日に迫っている。
待ち合わせ場所であるホテルは高台の上に聳え立っていた。ホテルといっても高層のそれではなく、横に大きく部屋数も多くないため別荘に近い。研究施設も併設しているらしく、宿の隣には窓の少ない白い建物も建っている。これも背は高くない。景観を損ねないため、そして何より自然保護のためだろう。
気のいい運転手に別れを告げ、緩い勾配を登ると既に人影が二つ見えた。名前の姿を認めると、白衣姿の男が両手を広げて歓迎した。
「ご足労感謝する。ようこそ、ミス・ロットバルト」
「こちらこそお待たせして申し訳ない」
最初に声をかけてきた白衣の男が右手を差し出すので、名前もそれに応えた。次いで迷彩服の男とも握手を交わす。白衣の男は植物学の権威で、迷彩服の男は現地に詳しいガイドだと言う。名前はオヤ、とあたりを見回した。
「チームは全員で四人だと聞いていますが、一人足りないようですね」
「なんでも他のプロジェクトが多忙を極めているためキャンセルしてくれと。天才だかなんだか知らないが、あのマッドサイエンティストめ」
本来ならここにもう一人、死ぬ気の炎や死ぬ気弾、リングの炎の仕組みに詳しい専門家が加わる予定だったが、どうやらすっぽかしたらしい。名前は具体的なメンバーに然程興味はなかったため、研究者なんてみんなそういうものか、と聞き流した。任務に支障が出ないのであれば何でもいい。
「みなさんが構わないのなら始めましょう。炎の特性については素人ながら最低限の心得はあります。と言っても、今回はほとんどボディガード代わりでしかお役に立てないと思いますが」
「ロットバルトの懐刀が本当に来てくれるとは心強い。この研究は極秘で進められているものの、いつ誰に成果を狙われてもおかしくない」
白衣の男が発した呼称に名前は眉を顰める。
「……それは誰が?」
「八代目ロットバルトです。懐刀を貸してやると」
「ああ、学院長……。言い得て妙ですね。刀が意思を持つはずもない」
名前は学院長の鉄仮面を思い出して、小さく呟いた。彼は面立ちに反して、口調はどこか軽いところがある。決して親しみやすさを感じさせるものではないが。迷彩服の男はさして気にしなかったらしく、白衣の男と名前を案内し始めた。
「調査対象はこの花。我々はストーンローズと呼んでいます」
「死ぬ気の炎を放出するという?」
ガイドの男は頷いた。瑞々しい白い花があちらこちらに咲いていた。ローズと言うものの、よく見る薔薇のように花びらが幾重に重なっているわけではなく、ハート型にも見える花びらが五枚開いていた。クリスマスローズもバラ科ではなかったはずだ、呼称なんてそういうものだろう。
「ある一定の状況下でストーンローズは炎を発します」
迷彩服のガイドがバックパックを漁り、何かのケースを取り出した。その中でジャラジャラと複数あるうちの、黄色い石のついた指輪を自身の右の中指に嵌める。炎の大きさこそ微かだが、黄色の炎、晴れの波動が灯された。
すると、先ほどまで白かったストーンローズの花弁がみるみる淡いイエローに染まっていく。じわじわとすべての花弁が色づいた後、ぼうっと花自身が燃えるように炎を放ち始めた。その色もまた淡いイエローをしている。
「この特性が発見されたのはまさに奇跡でした。私が荒野のど真ん中で怪我をしなければ、ストーンローズはただの可愛らしい花でしかなかった。しかしミス・名前、あなたが持つような強い波動で試したことはない」
「リングに炎を灯せるというだけで貴重ですよ」
名前は内心このガイドとやらも裏社会に何かしら関わりがあるのだろうと察した。そうでなければリングと炎、晴の属性の特徴を知っているはずがない。
名前もリングに炎を宿し、ストーンローズに近づける。推定精製度Bランク以上のリングから立ち昇る、強力な匣ムーブメントを動かすまでの雲の炎。白い花は瞬時に濃いヴァイオレットに染まり、紫の炎で自らを燃やし始めた。
「おお……!」
「やはり強い炎ではその分反応速度が上がるのか……。炎圧の測定を。他に扱える属性は?」
「一応雷が。しかし雲に比べて出力はかなり落ちます」
「結構。サンプルの数は多ければ多いほど良い。そうだ、複数の炎を同時に近付ければどうなる?」
急に浮き足立つ二人に若干押され気味になりながら、名前は雷属性のリングに付け替えた。なるほど、これは長くなりそうだ。
その日の調査を終え、用意された部屋に通された名前に、ホテルマンが声を掛けた。手には小包を携えている。
「名前様宛にお届け物です」
「学院から?」
「いえ、それが差出人は書かれておらず……」
訝しみながらも名前は贈り物を受け取る。見た目よりは軽く、揺らすとカタカタと音がする。幻術の類いがかけられている様子もない。ホテルマンを退がらせて、彼女は慎重に小包の包装を解いた。
中に入っていたのは、黒い携帯電話だった。しかし二つ折りですらないそれはかなり型が古く、通話機能しか搭載していないようだった。最早おもちゃに近い。
名前が手に取ると、途端に振動し画面がぱっと明るくなる。電話がかかってきたようだが、画面には「非通知」と表示されている。ワンコール分考えたのち、名前は通話ボタンを押した。
「もしもし?」
「……ケ……シ…………」
「……何?」
向こうで誰かが喋っていること自体は分かるのだが、ノイズがかかったように音質が荒く、内容を聞き取れない。男か女かも判断できないが、少なくとも子どもではないことはわかった。意味がないとわかりつつ聞き返すと、徐々に耳が慣れてくる。
「ケイショ……キニ……デルナ……」
「!」
「継承式には出るな」?
名前がそう聞き返そうとした途端、ブツッと音が途切れる。ツー、ツー、ツー、と繰り返す音が通話が終了したことを知らせる。通話時間はわずか八秒。名前の脳裏にスクアーロの言葉が浮かぶ。
『誰かがロットバルトを騙っているとしたら、むしろ狙いはお前かもしれねえなぁ。反ボンゴレの濡れ衣を着せた上に、継承式に出張ってくるのを仕留めちまおうって算段の可能性もある』
「……なるほど?」
刺客の狙いが名前を継承式で仕留めることなら、今の電話と噛み合わない。電話の主は味方なのだろうか? 否、そうであればこんな回りくどい手段で連絡してくるはずもない。しかし、継承式に出席させないことが敵の目的ならば、直接名前を襲えばいいだけだ。シュタールバウムファミリーやペロー三兄弟、トンプソン一門に龍宮組がそうであったように。
撹乱か挑発か、あるいは第三者の忠告か。
携帯電話を解析しようにも、出先ではその手段がない。学院にいたならば即座に解析班に回すものだが。送り主はそこまで考えて任務先に電話を届けさせたのだろうか。そもそもこの任務は極秘のはずだ、どうやってここを突き止めたのか――
「あー、何なんだ一体……」
ロットバルト女学院自体との交流があるとはいえ、名前には直接関係なかったボンゴレファミリーがあの未来を経てから大きく彼女の行く先を変えようとしている。まるで巨大な渦潮に巻き込まれるように、盤上が見えない手で動かされているかのように。面白くない話だ。
『コソコソ闇討ちでしか喧嘩売れねえカスにやられるんじゃねえぞぉ』
「……言われなくてもわかってるってば」
真っ先に思い出したのはこの異変を報告すべき学院長ではなく、目下自身を巻き込んでいるボンゴレの人間だった。今回が単独の任務ではなく、部下を連れている状態ならどこまでも冷静なままでいられただろう。ただ、今だけは。名前は匣からチロルを出すと、その背中に顔を埋めた。チロルが身じろぐと、ふわふわとした黒い羽が彼女の顔をくすぐる。チロルは首を伸ばして、名前の肩を戯れるように小突いた。
名前個人の事情はともかく、ストーンローズの研究はつつがなく進んだ。当初の五日間という日程をオーバーすることもなく、今回の調査はひとまず終わりを迎えられた。
白衣の男は名前にプラスチックのケースを二つ手渡した。半透明の容器の中には、どうやらカプセルがぎっしりと詰まっている。片方は紫色、もう片方は緑色と、なかなか毒々しい色味の薬に見える。
「これは?」
「炎を放つ状態をストーンローズから採取した花粉を加工した薬だ。まだ試作段階だが、服用した者の死ぬ気の炎の炎圧を一時的に上昇させる効果がある」
「ドーピングのようなものと考えれば?」
「どちらかといえばサプリメントだね。君の炎に反応した花から精製したため、副作用等はほとんどないはずだ。言うまでもないがヴァイオレットは雲属性、グリーンは雷属性の炎を強化する」
「それならありがたく頂戴します」
サプリの効果のほども知りたいらしく、「使用したら忌憚ない感想を報告してくれ」と白衣の男が名刺を渡してきた。持ってるなら最初に渡せよ、と名前は思わないでもなかったが素直に受け取った。近いうちにこの薬の出番もあるかもしれない。名前は初日同様二人と握手を交わして、自然保護区を後にした。
継承式は明日に迫っている。