ピグマリオン
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「ケープタウンに五日間?」
無駄に豪華な学院長室は相変わらず落ち着かない。逆に学院長はこんなきらびやかな部屋で執務に集中できるのだろうか。この人は豊臣秀吉か。茶室ではないが、目の前で優雅に紅茶を嗜んでいるところを見るに似たようなものだろう。権力の誇示という点も共通している。
現実逃避をやめて、名前は手元の資料に視線を走らせた。今回言い渡されたのは、とある植物の調査のために南アフリカに向えというものだ。
「正確にはその南東の自然保護区。殺しでも諜報でもなく、あくまで調査協力だからね。ロットバルトからは君一人、関係各所からの研究員とは現地合流してくれ」
「はあ、構いませんが。ひとつ申し上げても?」
学院長はくっ、と小さく顎を上げる。言ってみろということだ。この傲慢な仕草にも名前は慣れている。
「私は自然科学に特段長けているというわけではありません。植物の調査というのなら、バイオテロリストの美化委員長や高等部一年の毒薬使いを選抜した方がよいのでは」
「調査対象の植物は、ある特定の条件で発火するという特徴がある。これだけならまだ珍しいだけの品種だがね、その炎がどうも死ぬ気の炎とよく似た性質をもっている可能性が浮上した」
「!」
「今や死ぬ気の炎はボンゴレだけの代名詞ではなくなった。とはいえその力を十分に使いこなせるのは、この学院では君以上の適任はいないだろう」
「……恐縮です」
要は死ぬ気の炎の生きたサンプルとして派遣されるということだ。学院長にここまで言わせたとなれば、名前に反論の余地もない。そもそも任務を拒否する選択肢などはなから存在しないのだ。異論はないが、気になる点がもう一つだけあった。
「この日程だとボンゴレの継承式にはギリギリ間に合うスケジュールですね」
「多少なりとも天候や気温の影響を受けるだろうから、もし長引くなら切り上げて直接日本に向かっていい。あのボンゴレに招待されているというのにすっぽかすわけにもいかないからね」
「承知しました」
学院長は彼女の返事を聞いて、デスクに積んであった書類を手に取り、サインをし始めた。話は終わりらしい。手荷物をまとめて退出しようとしたとき、学院長は「そうそう」と顔も上げずに話しかけてきた。
「次期ボンゴレはどうだった」
日本からの帰国後、報告は上げたはずだ。彼の手元は忙しなく書類を捌いているところからしても、これはただの雑談なのだろう。名前はさして考えず、率直に答えた。
「自身に架せられた歴史の重大さに負けないほどの澄んだ意志を持つ少年でした。やはりまだ甘く、拙く、幼いですが、環境に恵まれていることもあってボンゴレの行先を憂うほどではないかと」
「……そうかい」
「失礼いたします」
名前が未来で見た印象と大して変わらない。来日して新たに感じたこととしては、彼は家庭教師に、仲間に、かつて立ちはだかった強敵たちに恵まれている。彼らと共に過ごす時間、それを守ることが強さに繋がっているのだろう。良い循環だ。彼女は少し羨ましくもあった。それ以上話を振られることもなかったので、名前は静かに退室した。
学院長の邪魔するわけにもいかなかったため、彼がどんな顔で聞いてきたのかは知らなかった。
寮の自室に戻った名前は、その足でベッドに飛び込んだ。持っていた資料も乱雑に放り出す。ばさばさばさと崩れ落ちる音がしたが、あとで拾えばいいだろう。部屋にはベッドの他には机に椅子、キャビネットなど、最低限の家具が揃えられている。食事は食堂で取るので、ここには寝に帰っているようなものだ。娯楽と呼べそうなものはナイトテーブルに置き去りにされた読みかけの本くらいだろう。首席特権で一人部屋を与えられているが、物の少なさから余計に広く見える。
名前は天井をぼんやり眺めながら、右手を上に向かって伸ばした。細い中指には紫色の石が埋め込まれたリングがはめられている。とある筋に依頼して作らせたものだ。
「炎か……」
ぐっと力を込めれば石と同じ紫色の炎が灯る。左手で制服の内ポケットをまさぐれば、あの日スクアーロに託された匣がある。そのまま匣に雲の炎を注入した。開いたと同時に、仰向けに横たわる名前の胸にずっしりと重量がかかる。その勢いでベッドに黒い羽根がはらはらと落ちた。
「重いよ、チロル……」
彼女の匣兵器・雲白鳥(チーニョ・ヌーヴォラ)はクァとひと鳴きした。白鳥といえど、体表は黒い羽毛で覆われている。十年後の名前はチロルと呼んでいた。
「数日がかりの単独任務なんて久しぶりだな……。平和そうな内容だけどさ」
豊かな羽毛を撫でてやると、チロルは名前の顔に擦り寄る。甘えん坊なのだ。しばらく撫でているとチロルの丸い目が次第に半月のように細まり、名前の胸元にくったりともたれる。自分も仮眠を取ろうと目を閉じた。
十年後の自分の進路。継承式の妨害者。最近どうも色々なことが一度に起きすぎた。どれもまだ糸が絡まっていて綺麗に解けそうにない。ボンゴレ本部に次期十代目ファミリー、ヴァリアー、ロットバルト女学院、そして謎の襲撃犯。それぞれの意図が錯綜している。次の任務、南アフリカへ立つまでに少し時間がある。今まで通り自分を鍛え直すだけだ。名前のなかで燻る火種のひとつ、継承式はただ眠っていたってやってくるのだから。
無駄に豪華な学院長室は相変わらず落ち着かない。逆に学院長はこんなきらびやかな部屋で執務に集中できるのだろうか。この人は豊臣秀吉か。茶室ではないが、目の前で優雅に紅茶を嗜んでいるところを見るに似たようなものだろう。権力の誇示という点も共通している。
現実逃避をやめて、名前は手元の資料に視線を走らせた。今回言い渡されたのは、とある植物の調査のために南アフリカに向えというものだ。
「正確にはその南東の自然保護区。殺しでも諜報でもなく、あくまで調査協力だからね。ロットバルトからは君一人、関係各所からの研究員とは現地合流してくれ」
「はあ、構いませんが。ひとつ申し上げても?」
学院長はくっ、と小さく顎を上げる。言ってみろということだ。この傲慢な仕草にも名前は慣れている。
「私は自然科学に特段長けているというわけではありません。植物の調査というのなら、バイオテロリストの美化委員長や高等部一年の毒薬使いを選抜した方がよいのでは」
「調査対象の植物は、ある特定の条件で発火するという特徴がある。これだけならまだ珍しいだけの品種だがね、その炎がどうも死ぬ気の炎とよく似た性質をもっている可能性が浮上した」
「!」
「今や死ぬ気の炎はボンゴレだけの代名詞ではなくなった。とはいえその力を十分に使いこなせるのは、この学院では君以上の適任はいないだろう」
「……恐縮です」
要は死ぬ気の炎の生きたサンプルとして派遣されるということだ。学院長にここまで言わせたとなれば、名前に反論の余地もない。そもそも任務を拒否する選択肢などはなから存在しないのだ。異論はないが、気になる点がもう一つだけあった。
「この日程だとボンゴレの継承式にはギリギリ間に合うスケジュールですね」
「多少なりとも天候や気温の影響を受けるだろうから、もし長引くなら切り上げて直接日本に向かっていい。あのボンゴレに招待されているというのにすっぽかすわけにもいかないからね」
「承知しました」
学院長は彼女の返事を聞いて、デスクに積んであった書類を手に取り、サインをし始めた。話は終わりらしい。手荷物をまとめて退出しようとしたとき、学院長は「そうそう」と顔も上げずに話しかけてきた。
「次期ボンゴレはどうだった」
日本からの帰国後、報告は上げたはずだ。彼の手元は忙しなく書類を捌いているところからしても、これはただの雑談なのだろう。名前はさして考えず、率直に答えた。
「自身に架せられた歴史の重大さに負けないほどの澄んだ意志を持つ少年でした。やはりまだ甘く、拙く、幼いですが、環境に恵まれていることもあってボンゴレの行先を憂うほどではないかと」
「……そうかい」
「失礼いたします」
名前が未来で見た印象と大して変わらない。来日して新たに感じたこととしては、彼は家庭教師に、仲間に、かつて立ちはだかった強敵たちに恵まれている。彼らと共に過ごす時間、それを守ることが強さに繋がっているのだろう。良い循環だ。彼女は少し羨ましくもあった。それ以上話を振られることもなかったので、名前は静かに退室した。
学院長の邪魔するわけにもいかなかったため、彼がどんな顔で聞いてきたのかは知らなかった。
寮の自室に戻った名前は、その足でベッドに飛び込んだ。持っていた資料も乱雑に放り出す。ばさばさばさと崩れ落ちる音がしたが、あとで拾えばいいだろう。部屋にはベッドの他には机に椅子、キャビネットなど、最低限の家具が揃えられている。食事は食堂で取るので、ここには寝に帰っているようなものだ。娯楽と呼べそうなものはナイトテーブルに置き去りにされた読みかけの本くらいだろう。首席特権で一人部屋を与えられているが、物の少なさから余計に広く見える。
名前は天井をぼんやり眺めながら、右手を上に向かって伸ばした。細い中指には紫色の石が埋め込まれたリングがはめられている。とある筋に依頼して作らせたものだ。
「炎か……」
ぐっと力を込めれば石と同じ紫色の炎が灯る。左手で制服の内ポケットをまさぐれば、あの日スクアーロに託された匣がある。そのまま匣に雲の炎を注入した。開いたと同時に、仰向けに横たわる名前の胸にずっしりと重量がかかる。その勢いでベッドに黒い羽根がはらはらと落ちた。
「重いよ、チロル……」
彼女の匣兵器・雲白鳥(チーニョ・ヌーヴォラ)はクァとひと鳴きした。白鳥といえど、体表は黒い羽毛で覆われている。十年後の名前はチロルと呼んでいた。
「数日がかりの単独任務なんて久しぶりだな……。平和そうな内容だけどさ」
豊かな羽毛を撫でてやると、チロルは名前の顔に擦り寄る。甘えん坊なのだ。しばらく撫でているとチロルの丸い目が次第に半月のように細まり、名前の胸元にくったりともたれる。自分も仮眠を取ろうと目を閉じた。
十年後の自分の進路。継承式の妨害者。最近どうも色々なことが一度に起きすぎた。どれもまだ糸が絡まっていて綺麗に解けそうにない。ボンゴレ本部に次期十代目ファミリー、ヴァリアー、ロットバルト女学院、そして謎の襲撃犯。それぞれの意図が錯綜している。次の任務、南アフリカへ立つまでに少し時間がある。今まで通り自分を鍛え直すだけだ。名前のなかで燻る火種のひとつ、継承式はただ眠っていたってやってくるのだから。