ピグマリオン
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竹寿司を出た二人を夜空が見下ろしていた。辺りはすっかり暗くなっている。軽々と名前を制圧していたスクアーロは、雑にその身柄を歩道に放り投げた。名前はかろうじて着地をしながら、奥歯をぎりぎりと軋ませている。
「覚えてろよS・スクアーロ……」
「お前が暴れるだろうがぁ。第一鍛え方が足りねえ」
スクアーロはそう言うが、彼の力が段違いなだけだ。彼女だっていくつもの修羅場を切り抜けてきた精鋭だ。大抵の相手なら身ひとつで大の男を転がすなんて訳ない。学院に帰ったら徹底的にスパーリングだ、と名前は静かに闘志を燃やした。
「それで、山本武に聞かせられない話って何? そのために店から連れ出したんでしょ」
「相変わらず勘はいいなぁ。俺独自で追っている案件なんだが、どうもきな臭くてなぁ。お前の意見が聞きたい」
「……それこそ部外者に漏らしていいわけ? 組織に持ち帰ってボスの判断を仰ぐべきでは?」
「うちのクソボスがこんな小せえネタのためにわざわざ動くと思うか?」
「いやどんなネタか知らないけど……。時期が時期だし、大まかな内容は想像つくけどね」
この時代で直接の面識こそないものの、彼女も未来でヴァリアーのボス・XANXUSの性格をその身をもって体感している。作戦隊長の気苦労が絶える日は来ないだろう。名前はガードレールに軽く体重をかけて凭れた。少しは話を聞いてやろうという体勢である。スクアーロも特に気にせず口を開いた。
「シュタールバウムファミリー、ペロー三兄弟、トンプソン一門、龍宮組。わかるな、どいつもボンゴレと縁あって継承式に招待されてる連中だぁ。されていたと言うべきだろうが」
「龍宮組まで襲撃されたの? 初耳だな。……あ、そういう」
「俺が日本まで来たのは龍宮組が潰されたっつう情報を確認するためだ。カスの残党しか残っちゃいなかったがなぁ。現場は襲撃された他のファミリー同様派手に散らかされてた」
スクアーロが写真を数枚手渡す。今回襲撃されたという龍宮組のアジトは散々な有様だ。事務所の中をハリケーンでも通り過ぎたのかと思わせる、圧倒的な力の痕跡。淡々と標的を始末することに特化した暗殺とはまるで違う。これは蹂躙だ。荒らされた現場には血痕のほかに死ぬ気の炎の跡。そしてきわめて不自然に、あらぬ方向にひしゃげた家具や備品が残されていた。災害じみた有様だが、名前はそこに残された意思を的確に感じ取る。怨恨と殺意、報復の意思を。
「人間技とは考えたくないね……。強力な匣かモスカシリーズのような戦闘兵器か、あるいは全く未知の力か」
「そっちもそっちで問題だが、もう一つ気になることがある。なんとか意思疎通のできる生き残りが証言した。襲撃の数時間前、奇妙な来客があったと。なんでも黒い隊服を着た女だったらしい。どうだ、見覚えのあるエンブレムだと思わねえかあ」
現場の写真に加えて、小さな紙を取り出した。ノートの切れ端に震えるボールペンの線でとある模様が描かれている。名前は目を見張った。そして思わず左胸に手を添える。描かれているのは彼女の左胸を飾る紋章、ロットバルト女学院の校章に酷似していた。夜風が二人の間を切り裂くように吹き抜ける。
「襲撃犯の顔は覚えていないのに、無関係かもしれない来客の服装は覚えてるのは変じゃない?」
「一連の襲撃犯は毎回幻術で姿を誤魔化している。連中の目撃証言に意味はねえ。お前も知ってるはずだぁ」
「……私たちロットバルトの者がボンゴレ関係者の襲撃事件に関わっているとでも? そっちこそ知らないの? ボンゴレとロットバルトの歴史は長い」
「なんせ手がかりは格好だけだ、騙っている可能性も十二分にある。だが貴重な手がかりであることに変わりはねえ」
スクアーロは片足に重心を乗せたまま腕を組んだ。ジリ、と革靴の底がアスファルトを踏みにじる。紋様の記されたメモと現場の写真を見比べる彼女の頭を見下ろしながら、彼は本題に切り込んだ。
「全部ひっくるめた上でお前の意見が聞きたい。ロットバルトに内通者がいる可能性は」
「……私たちは依頼ごとの選抜チームで動く。部隊長はGPSを携帯していて、任務中は定時報告の義務がある。非番の生徒も外出申請が受理されない限り、外に出ることはない。事実だけを言うと、一番怪しいのは私だね。条件は他の生徒と変わらないけど、腐っても首席で生徒代表。なにかと誤魔化せる手段が多い」
今もこうやって一人で出歩いてるわけだし、と彼女は付け足した。部隊長を務める機会も、学院長と接する機会も一番多いのは名前だ。学院のルールから逃れる抜け道があるとは言えないが、きっとその気になればいくらでもやりようがある。
「で、ここからは個人の意見。どう考えてもウチに濡れ衣着せたいか恨みがあるかの二択でしょ。なんで身元バレバレの制服姿で身内を裏切るようなことしなきゃいけないわけ。さらに私は継承式にも招待されてて素性が割れてる」
「だろうなぁ」
スクアーロは頷いた。まだ情報がほとんど出回っていない龍宮組襲撃の詳細を寄越したのといい、持てる情報をすべて明け渡してから名前に喋らせたことといい、最初からスクアーロは彼女を疑う気は更々ないようだった。
「標的をふらふら訪ねるのも目撃者を生かしておくのも詰めが甘すぎる。これじゃあ疑ってくれと言っているような……」
名前がはたと言葉を止める。「わざと」ロットバルト関係者と思わせる格好をして、「わざと」襲撃予定地に怪しげに姿を現したとしたら。スクアーロが訝しんだどれもこれもが過程の一部ではなく、目的そのものだとしたら。彼女が思い当たった可能性に、スクアーロもぶつかっていたらしい。
「誰かがロットバルトを騙っているとしたら、むしろ狙いはお前かもしれねえなぁ。反ボンゴレの濡れ衣を着せた上に、継承式に出張ってくるのを仕留めちまおうって算段の可能性もある」
名前は難しい顔のまま手のひらを掲げて、暗に待つようスクアーロに指示した。迷いなく数メートル先の光源の前まで歩いていくと、ポケットから小銭を取り出した。ガタン、すぐに何かが落下する音が聞こえてくる。つかつかと帰ってきたかと思えば、彼女は手に収まるそれを投げてよこした。黒いパッケージ。受け取る際に、軽いスチールの感触がスクアーロの短く揃えられた爪と僅かに擦れた。
「最初はヴァリアーを動かせないならボンゴレ本部に投げるか学院に依頼寄越せばいいのに、面倒だなーって聞いてたけど」
「ゔお゛ぉい!」
「そうしない理由がわかった。その女が襲撃事件と同一犯なのかは知らないけど、どうやら私も無関係でもいられないみたいね」
「ありがとう、スクアーロ」と名前は現場の資料を返そうと差し出した。その右手はしばらく降ろされることはない。スクアーロが受け取らないからだ。彼は目を丸くして、名前の顔をまじまじと見つめている。
「……なに」
「いや、素直にしてりゃあ可愛げがあるモンだなあと。って何すんだぁ!」
「やっぱりコーヒー返してくれない?」
コンマ数秒前まで立っていた場所に弾丸を撃ち込まれたスクアーロは咄嗟に足元を踊らせる。名前が銃を構えて撃つまでのモーションは、竹寿司で山本にしてみせたよりも格段に速かった。
「連中の狙いが沢田だろうがお前だろうが、継承式当日になればハッキリするはずだぁ。任務じゃない分、その前に取り押さえろって話じゃないのが気楽でいい。なんせ待ち構えてれば向こうからノコノコやって来るってんだからなぁ」
「同感。でも意外。速攻見つけて叩っ斬ってやるぜえ!とか言うのかと」
「んな義理はねえ。龍宮組といいシュタールバウムといい、あっさりやられるザコ共が悪い」
それにも同感、と名前は思った。彼女たちはプロだ。指令通りの仕事をこなすだけ。だから――スクアーロはようやく彼女の手から資料をひったくると、背を向けた。
最大限の情報はくれてやった。継承式には彼らヴァリアーだけでなく同盟ファミリーや九代目も参列する。当日迎え撃つとしたらその布陣に隙はないだろう。スクアーロが言う通り、正式な任務や依頼として降りてない限り犯人探しをする義理はない。どちらかといえば開催側のボンゴレ、九代目たちの責務だ。
「コソコソ闇討ちでしか喧嘩売れねえカスにやられるんじゃねえぞぉ」
「ご忠告どうも!」
スクアーロは軽く手を上げて、街明かりとは逆の、暗がりの方へと消えていった。声の大きい彼がいなくなると、夜の帷は寝静まる。まるで初めからいなかったかのようだ。名前は寂しさでも恋しさでもない、胸に広がる低い温度に名前をつけようと思ったが、うまく言葉に表せなかった。ただひとつだけ。先輩にも後輩にも同期にも、上官たる教師陣や学院長に至るまで、S・スクアーロのような存在はいなかったと気付いた。敵でも味方でも仲間でもない、名前は彼をなんと呼ぶべきなのだろう。
「覚えてろよS・スクアーロ……」
「お前が暴れるだろうがぁ。第一鍛え方が足りねえ」
スクアーロはそう言うが、彼の力が段違いなだけだ。彼女だっていくつもの修羅場を切り抜けてきた精鋭だ。大抵の相手なら身ひとつで大の男を転がすなんて訳ない。学院に帰ったら徹底的にスパーリングだ、と名前は静かに闘志を燃やした。
「それで、山本武に聞かせられない話って何? そのために店から連れ出したんでしょ」
「相変わらず勘はいいなぁ。俺独自で追っている案件なんだが、どうもきな臭くてなぁ。お前の意見が聞きたい」
「……それこそ部外者に漏らしていいわけ? 組織に持ち帰ってボスの判断を仰ぐべきでは?」
「うちのクソボスがこんな小せえネタのためにわざわざ動くと思うか?」
「いやどんなネタか知らないけど……。時期が時期だし、大まかな内容は想像つくけどね」
この時代で直接の面識こそないものの、彼女も未来でヴァリアーのボス・XANXUSの性格をその身をもって体感している。作戦隊長の気苦労が絶える日は来ないだろう。名前はガードレールに軽く体重をかけて凭れた。少しは話を聞いてやろうという体勢である。スクアーロも特に気にせず口を開いた。
「シュタールバウムファミリー、ペロー三兄弟、トンプソン一門、龍宮組。わかるな、どいつもボンゴレと縁あって継承式に招待されてる連中だぁ。されていたと言うべきだろうが」
「龍宮組まで襲撃されたの? 初耳だな。……あ、そういう」
「俺が日本まで来たのは龍宮組が潰されたっつう情報を確認するためだ。カスの残党しか残っちゃいなかったがなぁ。現場は襲撃された他のファミリー同様派手に散らかされてた」
スクアーロが写真を数枚手渡す。今回襲撃されたという龍宮組のアジトは散々な有様だ。事務所の中をハリケーンでも通り過ぎたのかと思わせる、圧倒的な力の痕跡。淡々と標的を始末することに特化した暗殺とはまるで違う。これは蹂躙だ。荒らされた現場には血痕のほかに死ぬ気の炎の跡。そしてきわめて不自然に、あらぬ方向にひしゃげた家具や備品が残されていた。災害じみた有様だが、名前はそこに残された意思を的確に感じ取る。怨恨と殺意、報復の意思を。
「人間技とは考えたくないね……。強力な匣かモスカシリーズのような戦闘兵器か、あるいは全く未知の力か」
「そっちもそっちで問題だが、もう一つ気になることがある。なんとか意思疎通のできる生き残りが証言した。襲撃の数時間前、奇妙な来客があったと。なんでも黒い隊服を着た女だったらしい。どうだ、見覚えのあるエンブレムだと思わねえかあ」
現場の写真に加えて、小さな紙を取り出した。ノートの切れ端に震えるボールペンの線でとある模様が描かれている。名前は目を見張った。そして思わず左胸に手を添える。描かれているのは彼女の左胸を飾る紋章、ロットバルト女学院の校章に酷似していた。夜風が二人の間を切り裂くように吹き抜ける。
「襲撃犯の顔は覚えていないのに、無関係かもしれない来客の服装は覚えてるのは変じゃない?」
「一連の襲撃犯は毎回幻術で姿を誤魔化している。連中の目撃証言に意味はねえ。お前も知ってるはずだぁ」
「……私たちロットバルトの者がボンゴレ関係者の襲撃事件に関わっているとでも? そっちこそ知らないの? ボンゴレとロットバルトの歴史は長い」
「なんせ手がかりは格好だけだ、騙っている可能性も十二分にある。だが貴重な手がかりであることに変わりはねえ」
スクアーロは片足に重心を乗せたまま腕を組んだ。ジリ、と革靴の底がアスファルトを踏みにじる。紋様の記されたメモと現場の写真を見比べる彼女の頭を見下ろしながら、彼は本題に切り込んだ。
「全部ひっくるめた上でお前の意見が聞きたい。ロットバルトに内通者がいる可能性は」
「……私たちは依頼ごとの選抜チームで動く。部隊長はGPSを携帯していて、任務中は定時報告の義務がある。非番の生徒も外出申請が受理されない限り、外に出ることはない。事実だけを言うと、一番怪しいのは私だね。条件は他の生徒と変わらないけど、腐っても首席で生徒代表。なにかと誤魔化せる手段が多い」
今もこうやって一人で出歩いてるわけだし、と彼女は付け足した。部隊長を務める機会も、学院長と接する機会も一番多いのは名前だ。学院のルールから逃れる抜け道があるとは言えないが、きっとその気になればいくらでもやりようがある。
「で、ここからは個人の意見。どう考えてもウチに濡れ衣着せたいか恨みがあるかの二択でしょ。なんで身元バレバレの制服姿で身内を裏切るようなことしなきゃいけないわけ。さらに私は継承式にも招待されてて素性が割れてる」
「だろうなぁ」
スクアーロは頷いた。まだ情報がほとんど出回っていない龍宮組襲撃の詳細を寄越したのといい、持てる情報をすべて明け渡してから名前に喋らせたことといい、最初からスクアーロは彼女を疑う気は更々ないようだった。
「標的をふらふら訪ねるのも目撃者を生かしておくのも詰めが甘すぎる。これじゃあ疑ってくれと言っているような……」
名前がはたと言葉を止める。「わざと」ロットバルト関係者と思わせる格好をして、「わざと」襲撃予定地に怪しげに姿を現したとしたら。スクアーロが訝しんだどれもこれもが過程の一部ではなく、目的そのものだとしたら。彼女が思い当たった可能性に、スクアーロもぶつかっていたらしい。
「誰かがロットバルトを騙っているとしたら、むしろ狙いはお前かもしれねえなぁ。反ボンゴレの濡れ衣を着せた上に、継承式に出張ってくるのを仕留めちまおうって算段の可能性もある」
名前は難しい顔のまま手のひらを掲げて、暗に待つようスクアーロに指示した。迷いなく数メートル先の光源の前まで歩いていくと、ポケットから小銭を取り出した。ガタン、すぐに何かが落下する音が聞こえてくる。つかつかと帰ってきたかと思えば、彼女は手に収まるそれを投げてよこした。黒いパッケージ。受け取る際に、軽いスチールの感触がスクアーロの短く揃えられた爪と僅かに擦れた。
「最初はヴァリアーを動かせないならボンゴレ本部に投げるか学院に依頼寄越せばいいのに、面倒だなーって聞いてたけど」
「ゔお゛ぉい!」
「そうしない理由がわかった。その女が襲撃事件と同一犯なのかは知らないけど、どうやら私も無関係でもいられないみたいね」
「ありがとう、スクアーロ」と名前は現場の資料を返そうと差し出した。その右手はしばらく降ろされることはない。スクアーロが受け取らないからだ。彼は目を丸くして、名前の顔をまじまじと見つめている。
「……なに」
「いや、素直にしてりゃあ可愛げがあるモンだなあと。って何すんだぁ!」
「やっぱりコーヒー返してくれない?」
コンマ数秒前まで立っていた場所に弾丸を撃ち込まれたスクアーロは咄嗟に足元を踊らせる。名前が銃を構えて撃つまでのモーションは、竹寿司で山本にしてみせたよりも格段に速かった。
「連中の狙いが沢田だろうがお前だろうが、継承式当日になればハッキリするはずだぁ。任務じゃない分、その前に取り押さえろって話じゃないのが気楽でいい。なんせ待ち構えてれば向こうからノコノコやって来るってんだからなぁ」
「同感。でも意外。速攻見つけて叩っ斬ってやるぜえ!とか言うのかと」
「んな義理はねえ。龍宮組といいシュタールバウムといい、あっさりやられるザコ共が悪い」
それにも同感、と名前は思った。彼女たちはプロだ。指令通りの仕事をこなすだけ。だから――スクアーロはようやく彼女の手から資料をひったくると、背を向けた。
最大限の情報はくれてやった。継承式には彼らヴァリアーだけでなく同盟ファミリーや九代目も参列する。当日迎え撃つとしたらその布陣に隙はないだろう。スクアーロが言う通り、正式な任務や依頼として降りてない限り犯人探しをする義理はない。どちらかといえば開催側のボンゴレ、九代目たちの責務だ。
「コソコソ闇討ちでしか喧嘩売れねえカスにやられるんじゃねえぞぉ」
「ご忠告どうも!」
スクアーロは軽く手を上げて、街明かりとは逆の、暗がりの方へと消えていった。声の大きい彼がいなくなると、夜の帷は寝静まる。まるで初めからいなかったかのようだ。名前は寂しさでも恋しさでもない、胸に広がる低い温度に名前をつけようと思ったが、うまく言葉に表せなかった。ただひとつだけ。先輩にも後輩にも同期にも、上官たる教師陣や学院長に至るまで、S・スクアーロのような存在はいなかったと気付いた。敵でも味方でも仲間でもない、名前は彼をなんと呼ぶべきなのだろう。