短編
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「私たちが一番簡単に手に入れられる爆弾は何だと思う?」
東春秋は連れの唐突な発言に一度顔を上げて、すぐにまた焼けた肉をひっくり返す作業に戻った。焦げそうな肉を向かいの皿に投げ込む。名字名前は遠慮なく白米と共に口に運んだ。世話を焼かれていることを気にしないくらい無頓着な女だった。むしろ彼女としては東の好き勝手にさせてやっているという感覚でもあった。
「このタン塩は爆発でもするのか?」
「部署に新入りが入るたびにしてるアイスブレイク。ほら答えて」
質問の意図が見えてきた気がする。ただしまだ不鮮明だ。靄がかかっているというよりはフィルターを一枚隔てたような、または解像度の低い画像のような。
しかし早く答えないと機嫌を損ねそうなのでしぶしぶ頭に浮かんだいくつかを口に出す。
「エマルション爆薬」
「うわっ」
「あとはTATP」
「うわうわ」
名前は大げさにのけぞってみせる。そして「普通真っ先に浮かぶのはダイナマイトかC4でしょ……」とぼやきながら小皿に溜まった肉を胃に収めていく。防衛隊員でもない営業部の新人に、いきなり爆弾の話を振るやつの方がよほど後ずさりしたくなる。というのは口には出さなかった。東は決して無口ではないし、彼女をからかうのは愉快でもあった。しかしここで黙ったのは話題が話題だったからだ。
彼女のペースに乗せられるのは嫌いではないが、やられっぱなしもどうかと思ったので「これ、出水あたりは即答だろうな」と言った。彼女は通りがかった店員を捕まえて、追加のギアラと烏龍茶を頼んでいた。しっかり聞こえてはいたらしく、3センチほど残されていた烏龍茶を飲み干してから肯定した。
「うん。あと佐鳥も」
いい飲みっぷりに錯覚しそうになるが、彼女は下戸だった。よく上司の唐沢さんの横で「飲みニケーションなんてくそくらえ」なんて言っていた。外務・営業部はそんな二人が上に立っているものだからサッパリした人付き合いなのだという。その割に仲間内の酒の席自体は好きだと言うのだから難儀なものだ。
「すぐに気付いたっぽくて必死に口止めされたけど」と続く。それを俺にばらしてるんだからなあ。佐鳥が不憫だ。自分が言えることではないのに。
要するにそういう話だった。
「ボーダー製の弾丸は生身の人間を殺さないようにできてる」
「爆弾の熱や風圧よりも、金属片や瓦礫による外傷の方が多くのひとを傷つけてきたって」
そこで彼女は言葉を止めて。思い出しているんだろうと勘付いた。だからといってかける言葉は、ない。トラップと絡めて地面に設置する、いわゆる置き炸裂弾 を最初に使ったのは彼女だった。
「釈迦に説法だったね」
溌剌とした店員が頼んだものを運んできてくれた。名前は一度も触られていなかったもう一つのトングを取って、手ずからギアラを焼き始めた。あのタイミングで東が好む部位を頼んだのは彼女なりの謝罪だったのかもしれない。大人と呼ばれる立場にいながら、子どもたちに殺しの術を授けている東を批判するような、そんな問いかけをしてしまったことについて。
素直で責任感の強い人間だ。東はそれこそ素直に、彼女に一定の評価を与えている。それは四年前から。入隊したのは同時だった。
日に日に弾の命中精度が落ちていった小さな背中を思い出していた。引き留めたのは沢村だった。惜しんだのは忍田だった。拾ったのは唐沢だった。名字名前は今もボーダーで戦っている。営業部唯一の元防衛隊員として。
「取引先やスポンサーに一から十まで教えてやる義理はないけど、知らないものは隠せないから。新入りにはこうやってトリガーについて教えてんの」
「弾の種類まで教える必要はないと思うが、できることとできないことを明確にするのは大事だな」
「お、東先生だ」
「なんだそれ」
肉の焼ける音が近づいてくるような、そんな錯覚に陥りそうになる。彼女が射手を辞めたときもきっと同じ音を聞いたんだろう。
季節なら夏。虫なら蝉。いつか必ず来る凍える冬に怯えながら、今は鳴くしか道はない。
大義はあれど正当性を主張する気にはまだなれない。目の前でせっせと肉を焼く彼女が近界民に殺されでもしたら割り切れるのだろうか。今更変われないだろうとも思う。
「私は怖いよ。この戦争が終わったとき、トリオン器官が使い物にならなくなったとき、出水や佐鳥がまともに暮らせるのかどうか」
「あいつらはそんなやわじゃないさ」
そう信じたかった。子どもたちのために、自分のために。苦しくなるほど謝りながら戦場を去った彼女のために。
東春秋は連れの唐突な発言に一度顔を上げて、すぐにまた焼けた肉をひっくり返す作業に戻った。焦げそうな肉を向かいの皿に投げ込む。名字名前は遠慮なく白米と共に口に運んだ。世話を焼かれていることを気にしないくらい無頓着な女だった。むしろ彼女としては東の好き勝手にさせてやっているという感覚でもあった。
「このタン塩は爆発でもするのか?」
「部署に新入りが入るたびにしてるアイスブレイク。ほら答えて」
質問の意図が見えてきた気がする。ただしまだ不鮮明だ。靄がかかっているというよりはフィルターを一枚隔てたような、または解像度の低い画像のような。
しかし早く答えないと機嫌を損ねそうなのでしぶしぶ頭に浮かんだいくつかを口に出す。
「エマルション爆薬」
「うわっ」
「あとはTATP」
「うわうわ」
名前は大げさにのけぞってみせる。そして「普通真っ先に浮かぶのはダイナマイトかC4でしょ……」とぼやきながら小皿に溜まった肉を胃に収めていく。防衛隊員でもない営業部の新人に、いきなり爆弾の話を振るやつの方がよほど後ずさりしたくなる。というのは口には出さなかった。東は決して無口ではないし、彼女をからかうのは愉快でもあった。しかしここで黙ったのは話題が話題だったからだ。
彼女のペースに乗せられるのは嫌いではないが、やられっぱなしもどうかと思ったので「これ、出水あたりは即答だろうな」と言った。彼女は通りがかった店員を捕まえて、追加のギアラと烏龍茶を頼んでいた。しっかり聞こえてはいたらしく、3センチほど残されていた烏龍茶を飲み干してから肯定した。
「うん。あと佐鳥も」
いい飲みっぷりに錯覚しそうになるが、彼女は下戸だった。よく上司の唐沢さんの横で「飲みニケーションなんてくそくらえ」なんて言っていた。外務・営業部はそんな二人が上に立っているものだからサッパリした人付き合いなのだという。その割に仲間内の酒の席自体は好きだと言うのだから難儀なものだ。
「すぐに気付いたっぽくて必死に口止めされたけど」と続く。それを俺にばらしてるんだからなあ。佐鳥が不憫だ。自分が言えることではないのに。
要するにそういう話だった。
「ボーダー製の弾丸は生身の人間を殺さないようにできてる」
「爆弾の熱や風圧よりも、金属片や瓦礫による外傷の方が多くのひとを傷つけてきたって」
そこで彼女は言葉を止めて。思い出しているんだろうと勘付いた。だからといってかける言葉は、ない。トラップと絡めて地面に設置する、いわゆる置き
「釈迦に説法だったね」
溌剌とした店員が頼んだものを運んできてくれた。名前は一度も触られていなかったもう一つのトングを取って、手ずからギアラを焼き始めた。あのタイミングで東が好む部位を頼んだのは彼女なりの謝罪だったのかもしれない。大人と呼ばれる立場にいながら、子どもたちに殺しの術を授けている東を批判するような、そんな問いかけをしてしまったことについて。
素直で責任感の強い人間だ。東はそれこそ素直に、彼女に一定の評価を与えている。それは四年前から。入隊したのは同時だった。
日に日に弾の命中精度が落ちていった小さな背中を思い出していた。引き留めたのは沢村だった。惜しんだのは忍田だった。拾ったのは唐沢だった。名字名前は今もボーダーで戦っている。営業部唯一の元防衛隊員として。
「取引先やスポンサーに一から十まで教えてやる義理はないけど、知らないものは隠せないから。新入りにはこうやってトリガーについて教えてんの」
「弾の種類まで教える必要はないと思うが、できることとできないことを明確にするのは大事だな」
「お、東先生だ」
「なんだそれ」
肉の焼ける音が近づいてくるような、そんな錯覚に陥りそうになる。彼女が射手を辞めたときもきっと同じ音を聞いたんだろう。
季節なら夏。虫なら蝉。いつか必ず来る凍える冬に怯えながら、今は鳴くしか道はない。
大義はあれど正当性を主張する気にはまだなれない。目の前でせっせと肉を焼く彼女が近界民に殺されでもしたら割り切れるのだろうか。今更変われないだろうとも思う。
「私は怖いよ。この戦争が終わったとき、トリオン器官が使い物にならなくなったとき、出水や佐鳥がまともに暮らせるのかどうか」
「あいつらはそんなやわじゃないさ」
そう信じたかった。子どもたちのために、自分のために。苦しくなるほど謝りながら戦場を去った彼女のために。
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