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一
虫食うように黒い穴が三門市上空を覆い尽くしていく。
コンマ数秒遅れて街中のサイレンが鳴り響き、こだまし合う。約束の日がやってきた。
迅は最善のタイミングしか教えてくれないらしい。街一つ分、もしかすればそれ以上の存亡と人命がかかった戦争だ。私の事情だけに構っていられないのも道理だった。
「名字現着。他の隊との合流地点に向かいながら民間人の避難誘導に、」
『待て名字! 単独行動は危険だ、退避しろ!』
「忍田さんごめんなさい。新型と目が合っちゃった」
ラブストーリーは始まらない。
三メートル強で二足歩行。腕が大きくて見るからに装甲が硬そう。通信で聞いていた通りの新型トリオン兵だった。
既に東隊と諏訪隊がそれぞれ交戦、諏訪さんが食われたらしい。とてもじゃないが一人で相手できる敵じゃない。
『近くの嵐山隊を至急向かわせる! それまで耐えてくれ!』
「名字了解」
私は一人でやられるわけにはいかないんだ。それには山より高く海より深い理由があるわけで、
「ッと! その大きさで速いのはズルでしょ!」
横に薙ぐように剛腕が振るわれたのを、自ら後ろに跳ぶことで回避した。硬くて重そうなのはわかってたけどそのスピードはズルいって!
一人でスコーピオンの強度で戦うのはちょっと厳しい。アイビスも弾いたとか東さんが言ってた気がしたんだけど冗談じゃない。
ハウンドを起動すると右手にトリオンキューブが浮かぶ。鉛弾ハウンドで足を削りたいけど最初から全開だとすぐトリオンが底をつきそうだ。
「せっかくなら定石通りトリオン量も多かったらよかったんだけど」
空振りした新型はすぐにぐりんと方向転換し、その重たそうな体が僅かに沈む。
来る! 跳び掛かってくる直線の軌道を避けて、ハウンドを弱点であろう口の中の核に撃ち込む。視線誘導でいくつか散らしたはずが硬い腕で塞がれてしまう。が、充分だ。
両手のスコーピオンを連結、先ほどお見舞いされたラリアットのようにぶん投げる。影浦くん考案のマンティス、練習しといてよかった。狙いは勿論ハウンドで隙ができた核。私は根に持つタイプだ。
放った刃は核に掠めたもののすぐに割られてしまった。スコーピオンの耐久度とはいえ流石にヒュッとする。これトリオン兵の強さじゃないって。
素早さと小回りの利く程度はわかった、あとは鉛弾の使い所だ。
折られたスコーピオンをまた再構築する。どうにか近づいてもぐら爪 を絡めて確実に当てる。問題はどう近づくかなんだけど。
二足歩行の分細かい動きをするけど大丈夫、勝機はある。
新型の足はその巨体で駆動するためか、素早いモーションの前にほんの少しの溜めがある。さっきみたいな跳躍の直前なら尚更だ。
だから、今!
一秒前まで背にしていたコンクリートの壁が粉々に砕ける音を、新型の懐で聞いた。その両腕は片方は核を守る動きを、もう片方はこちらに向かってくる。
片足に重ねたスコーピオンで新型の足を串刺し。腕じゃなくても十分硬いから貫通はできない。ひるんだ一瞬があればいい!
鉛弾で新型の両足を止めた感触と、胴体への重い一発がほぼ同時にやってくる。
「ぐウ、ッ!」
全身を襲う衝撃。
ビルの外壁に叩きつけられ、その振動で窓が吹き飛んだ。痛覚はほぼゼロに近いものの、腹に空いた穴は血液の代わりにトリオンをガンガン流失させる。くそ、割に合わない。
きっちり足も封じて開けた屋上まで持ってきたんだから、ちゃんと仕留めてよね。
コンクリートの地面に浮かぶ二つの影。チームでの集中砲火 になす術もなく新型はその体躯で弾の雨を浴びる。
「目標沈黙!」
「たっよりになるうー……」
忍田さんの宣言通り、嵐山隊の到着だった。
「本部! こちら嵐山隊! 新型を一体排除した!」
二
『……砲で……迎撃…… 近……』
本部との通信が乱れた、と思った瞬間激しい爆撃音が轟いた。嫌な予感は当たる。ちょうど飛行するトリオン兵が本部に突っ込んで爆発した。
待機していた太刀川さんがなんとか迎撃したことで本部の倒壊は免れた。が見上げると外壁はかつてない損傷に感じられる。当然だ、今までこの規模の攻撃を食らったことがないんだから。
『嵐山隊、通信が乱れてすまなかった。新型を仕留めたということだな?』
「我々が到着した時にはすでに名字が交戦中でした。新型は足を封じられており、うちの隊は止めを刺しただけです」
「なんだそのフォロー。足止めしかできませんでしたー、でもオーダー通りだったでしょ」
『ああ、よくやってくれた』
通信室も復帰したらしい。嵐山も忍田さんも嫌味が通じない。チ、と内心舌打ちをしたところで、本部の通信室とは別の個別回線が繋がった。ここでの会話が他に漏れることはない。
温度のない、凪いだ低音だけが耳から脳に伝わる。
『名字、もういいよ。場所は本部だ』
脊椎が震えた。
「ありがとう」
うまく言えていただろうか。
「本部、こちら名字。重いのもらってトリオンがんがんに漏れてるので緊急脱出 も時間の問題。一度本部に戻った方が使い道があると思うのですがどうでしょう」
『わかった、許可する。ただ本部まで向かう道のりでの援護はできない。無理はするな。嵐山隊は引き続き警戒区域内のトリオン兵の排除だ』
「了解」
あとはもう、待つだけだ。
「迅か?」
ここを嵐山たちに任せて行こうとした背中に、まっすぐな声が刺さる。
「なにが」
「同じ目をしている」
「なにが言いたいの?」
「無茶するなよ」
きっと振り返れば綺麗に澄んだ瞳をしているんだろう。努力ができる奴は努力が報われる奴は努力を諦めない奴は、苦手だ。羨ましいから。
だから意地悪を残してやろうと思う。
個別回線で綺麗な男に毒を吹き込んだ。
『迅を頼んだ』
今際の際でさえ奴のことは気に食わないけど、だってあいつは、私より酷いものを何千回も見てきた。
私たちは、報われたっていい。
三
《侵入警報 侵入警報》
『諏訪がキューブから復活次第諏訪隊を向かわせる! それまで保たせろ!』
『本部長も今そっちに向かっている! 名字!』
「雑魚が。てめェが遊んでくれんのか? ア?」
「誰もいないところじゃ使ってもらえないかもしれないよね。諏訪隊……はダメだ。忍田さんが来るまで遊んでもらうよ」
『訓練室に誘導しろ、そこで奴の性能を暴く』
「追いかけっこはもう終わりかぁ?」
「名字、よくやってくれた。あとは任せてくれ。もうすぐ諏訪隊も——」
最善の予知。今しかない。
「あとはお願いします。」
「お前、何して、」
指先から白く崩れ落ちていく。
ああ。現実が、醒める。
虫食うように黒い穴が三門市上空を覆い尽くしていく。
コンマ数秒遅れて街中のサイレンが鳴り響き、こだまし合う。約束の日がやってきた。
迅は最善のタイミングしか教えてくれないらしい。街一つ分、もしかすればそれ以上の存亡と人命がかかった戦争だ。私の事情だけに構っていられないのも道理だった。
「名字現着。他の隊との合流地点に向かいながら民間人の避難誘導に、」
『待て名字! 単独行動は危険だ、退避しろ!』
「忍田さんごめんなさい。新型と目が合っちゃった」
ラブストーリーは始まらない。
三メートル強で二足歩行。腕が大きくて見るからに装甲が硬そう。通信で聞いていた通りの新型トリオン兵だった。
既に東隊と諏訪隊がそれぞれ交戦、諏訪さんが食われたらしい。とてもじゃないが一人で相手できる敵じゃない。
『近くの嵐山隊を至急向かわせる! それまで耐えてくれ!』
「名字了解」
私は一人でやられるわけにはいかないんだ。それには山より高く海より深い理由があるわけで、
「ッと! その大きさで速いのはズルでしょ!」
横に薙ぐように剛腕が振るわれたのを、自ら後ろに跳ぶことで回避した。硬くて重そうなのはわかってたけどそのスピードはズルいって!
一人でスコーピオンの強度で戦うのはちょっと厳しい。アイビスも弾いたとか東さんが言ってた気がしたんだけど冗談じゃない。
ハウンドを起動すると右手にトリオンキューブが浮かぶ。鉛弾ハウンドで足を削りたいけど最初から全開だとすぐトリオンが底をつきそうだ。
「せっかくなら定石通りトリオン量も多かったらよかったんだけど」
空振りした新型はすぐにぐりんと方向転換し、その重たそうな体が僅かに沈む。
来る! 跳び掛かってくる直線の軌道を避けて、ハウンドを弱点であろう口の中の核に撃ち込む。視線誘導でいくつか散らしたはずが硬い腕で塞がれてしまう。が、充分だ。
両手のスコーピオンを連結、先ほどお見舞いされたラリアットのようにぶん投げる。影浦くん考案のマンティス、練習しといてよかった。狙いは勿論ハウンドで隙ができた核。私は根に持つタイプだ。
放った刃は核に掠めたもののすぐに割られてしまった。スコーピオンの耐久度とはいえ流石にヒュッとする。これトリオン兵の強さじゃないって。
素早さと小回りの利く程度はわかった、あとは鉛弾の使い所だ。
折られたスコーピオンをまた再構築する。どうにか近づいて
二足歩行の分細かい動きをするけど大丈夫、勝機はある。
新型の足はその巨体で駆動するためか、素早いモーションの前にほんの少しの溜めがある。さっきみたいな跳躍の直前なら尚更だ。
だから、今!
一秒前まで背にしていたコンクリートの壁が粉々に砕ける音を、新型の懐で聞いた。その両腕は片方は核を守る動きを、もう片方はこちらに向かってくる。
片足に重ねたスコーピオンで新型の足を串刺し。腕じゃなくても十分硬いから貫通はできない。ひるんだ一瞬があればいい!
鉛弾で新型の両足を止めた感触と、胴体への重い一発がほぼ同時にやってくる。
「ぐウ、ッ!」
全身を襲う衝撃。
ビルの外壁に叩きつけられ、その振動で窓が吹き飛んだ。痛覚はほぼゼロに近いものの、腹に空いた穴は血液の代わりにトリオンをガンガン流失させる。くそ、割に合わない。
きっちり足も封じて開けた屋上まで持ってきたんだから、ちゃんと仕留めてよね。
コンクリートの地面に浮かぶ二つの影。チームでの
「目標沈黙!」
「たっよりになるうー……」
忍田さんの宣言通り、嵐山隊の到着だった。
「本部! こちら嵐山隊! 新型を一体排除した!」
二
『……砲で……迎撃…… 近……』
本部との通信が乱れた、と思った瞬間激しい爆撃音が轟いた。嫌な予感は当たる。ちょうど飛行するトリオン兵が本部に突っ込んで爆発した。
待機していた太刀川さんがなんとか迎撃したことで本部の倒壊は免れた。が見上げると外壁はかつてない損傷に感じられる。当然だ、今までこの規模の攻撃を食らったことがないんだから。
『嵐山隊、通信が乱れてすまなかった。新型を仕留めたということだな?』
「我々が到着した時にはすでに名字が交戦中でした。新型は足を封じられており、うちの隊は止めを刺しただけです」
「なんだそのフォロー。足止めしかできませんでしたー、でもオーダー通りだったでしょ」
『ああ、よくやってくれた』
通信室も復帰したらしい。嵐山も忍田さんも嫌味が通じない。チ、と内心舌打ちをしたところで、本部の通信室とは別の個別回線が繋がった。ここでの会話が他に漏れることはない。
温度のない、凪いだ低音だけが耳から脳に伝わる。
『名字、もういいよ。場所は本部だ』
脊椎が震えた。
「ありがとう」
うまく言えていただろうか。
「本部、こちら名字。重いのもらってトリオンがんがんに漏れてるので
『わかった、許可する。ただ本部まで向かう道のりでの援護はできない。無理はするな。嵐山隊は引き続き警戒区域内のトリオン兵の排除だ』
「了解」
あとはもう、待つだけだ。
「迅か?」
ここを嵐山たちに任せて行こうとした背中に、まっすぐな声が刺さる。
「なにが」
「同じ目をしている」
「なにが言いたいの?」
「無茶するなよ」
きっと振り返れば綺麗に澄んだ瞳をしているんだろう。努力ができる奴は努力が報われる奴は努力を諦めない奴は、苦手だ。羨ましいから。
だから意地悪を残してやろうと思う。
個別回線で綺麗な男に毒を吹き込んだ。
『迅を頼んだ』
今際の際でさえ奴のことは気に食わないけど、だってあいつは、私より酷いものを何千回も見てきた。
私たちは、報われたっていい。
三
《侵入警報 侵入警報》
『諏訪がキューブから復活次第諏訪隊を向かわせる! それまで保たせろ!』
『本部長も今そっちに向かっている! 名字!』
「雑魚が。てめェが遊んでくれんのか? ア?」
「誰もいないところじゃ使ってもらえないかもしれないよね。諏訪隊……はダメだ。忍田さんが来るまで遊んでもらうよ」
『訓練室に誘導しろ、そこで奴の性能を暴く』
「追いかけっこはもう終わりかぁ?」
「名字、よくやってくれた。あとは任せてくれ。もうすぐ諏訪隊も——」
最善の予知。今しかない。
「あとはお願いします。」
「お前、何して、」
指先から白く崩れ落ちていく。
ああ。現実が、醒める。