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一
二度と来ることがないだろうな。
そう思う場所にいつか心当たりがある。たとえば奮発した旅先の豪華な宿、たとえば好みじゃなかったご飯屋さん、たとえば風間隊の隊室。しかしそれは私の勝手な感想であり、思惑とは裏腹に神様や運命、そして風間さんなんかによってあっさり破られることがあるのだ。
本部の対策会議がお開きになった後、先日近界遠征から帰還した風間さんに声をかけられた。「菊地原がお前に用があるそうだ」とほぼ同じ高さからまっすぐ見据えられた私は、そのまま自分の足で風間さんについて行ったのだった。弓場のときのような無様を晒したい相手ではない。
弓場も勘違いしていそうだが、風間隊にいたのはほんの一瞬だったのだ。当時風間さんに師事していた流れでそうなっただけで元々長居する気はなかったし、風間さんも了承してくれていた。菊地原くんと歌川くんという素晴らしい人材が見つかったことでお払い箱になり、円満に脱隊したのだった。抜けるのが前提の隊員なんて当初からオペレーターを担当してくれていた宇佐美ちゃんにも迷惑をかけたと思う。
「ってことなんだけど、質問の答えになってるかな」
「なにそれ、風間さんに申し訳ないとか思わないわけ?」
「おい菊地原!」
「躊躇していた名字を隊に引き込んだのは俺だ」
「風間さんは甘すぎるんですよ」
その意見には同意。端的で冷たく感じる物言いとは裏腹に褒めるときはしっかり褒めるし、自分の否は充分認める。特に身内には甘い人だと思う。
それにしてもこの状況はちょっと面白い。前の隊員と今の隊員に挟まれるって、元カノと今カノが遭遇しちゃったときみたいな滑稽さがある。現に菊地原くんには相当嫌われてしまってるみたいだし。このことはなるべく広まってほしくないんだけど、風間さんがうっかり漏らしてしまったんだろうか。
「弓場とランク戦をしていたな。話題になっていたぞ」
「そこか」
思わず口に出してしまった。ランク戦と言っても私的な個人戦なんだからあの巨大スクリーンはどうにかならないかね。一度噂になってしまえば菊地原くんの "耳" に入らないわけがない。
「急にすみません。大してもてなせませんけど、せめてゆっくりしていってください」
「ぼくたちも暇じゃないんだけど」
「お前が呼び出したようなもんだろ!」
高校生二人のかけ合いがコント感に拍車をかける。三上ちゃんがいないところを見ると、風間隊のミーティングの時間にお邪魔したとかじゃなさそうなのが幸いだ。
「でも16時から臨時出動だよね?」
「そうだ。三上からは15時半には本部 に到着すると聞いている。合流次第待機だ」
「そんな話ありましたっけ?」
あったというよりできたのだ。以前から増え続けていた警戒区域外の異常門発生。誘導装置に異常がないことを確認した鬼怒田さんを主体に、倒したトリオン兵の解析が進められたことでその原因がわかってきたのだった。小型と言われるモールモッドよりも更に小さい、人の顔程度の大きさしかない新種トリオン兵が発見されたという。さっきの会議ではそれについての報告と対策の指令が出されていた。エンジニアたちが休み返上でその新種小型トリオン兵をレーダーに映るようしてくれたらしい。ただ、既に出遅れた感がある。分布は三門市全域に広がっており、その数は尋常ではない。
「猫の手も借りたいってことでC級も駆り出すか議論になったんだけど、」
「C級に市街地でトリガーを使わせる前例を作ると後が面倒だ」
「調子乗って馬鹿なことするやつが出てきますね。絶対」
「言い方はともかく、一理ありますね……」
「そういうことだ。駆除には正隊員のみで対応する。」
会議でもそんな結論になった。数こそ考えたくないレベルだが戦闘力のかけらもないトリオン兵なので、まあ臨時収入と思えば苦ではない。出来高払いのB級にとっては塵も積もればというやつだ。非番の隊員たちにも今ごろ召集がかけられているだろう。新種の小型トリオン兵の備える機能はまだ解析中だが、戦闘も捕獲も爆発もしないんじゃ検討はつく。
望む日は近い。
二
「タイミングはまた連絡するからさ」
「風刃って通信機能ついてるんだっけ?」
「あるよ」
「そっか、わかった」
実力派エリートは屋上が好きだ。
でもきっとそれは風が気持ちいいからとか高いところが好きだからとかじゃなくて、より広い範囲を見渡せるから、もしくは監視カメラの類を見つけやすいからだ。本人に言ったら「おれをなんだと思ってるの?」なんて笑われそうだけど。
笑う。動物の中で人間しかできないと聞いたことがある。たいていの場合目尻は下がり、口角が上がる。ときには声を出して、ときには歯を見せて、ときには手を叩いて。
作り笑いも人間にしかできないらしい。
用件だけ伝えて去っていくその背中。迅悠一が私の前で笑ったことなんてあっただろうか。
二度と来ることがないだろうな。
そう思う場所にいつか心当たりがある。たとえば奮発した旅先の豪華な宿、たとえば好みじゃなかったご飯屋さん、たとえば風間隊の隊室。しかしそれは私の勝手な感想であり、思惑とは裏腹に神様や運命、そして風間さんなんかによってあっさり破られることがあるのだ。
本部の対策会議がお開きになった後、先日近界遠征から帰還した風間さんに声をかけられた。「菊地原がお前に用があるそうだ」とほぼ同じ高さからまっすぐ見据えられた私は、そのまま自分の足で風間さんについて行ったのだった。弓場のときのような無様を晒したい相手ではない。
弓場も勘違いしていそうだが、風間隊にいたのはほんの一瞬だったのだ。当時風間さんに師事していた流れでそうなっただけで元々長居する気はなかったし、風間さんも了承してくれていた。菊地原くんと歌川くんという素晴らしい人材が見つかったことでお払い箱になり、円満に脱隊したのだった。抜けるのが前提の隊員なんて当初からオペレーターを担当してくれていた宇佐美ちゃんにも迷惑をかけたと思う。
「ってことなんだけど、質問の答えになってるかな」
「なにそれ、風間さんに申し訳ないとか思わないわけ?」
「おい菊地原!」
「躊躇していた名字を隊に引き込んだのは俺だ」
「風間さんは甘すぎるんですよ」
その意見には同意。端的で冷たく感じる物言いとは裏腹に褒めるときはしっかり褒めるし、自分の否は充分認める。特に身内には甘い人だと思う。
それにしてもこの状況はちょっと面白い。前の隊員と今の隊員に挟まれるって、元カノと今カノが遭遇しちゃったときみたいな滑稽さがある。現に菊地原くんには相当嫌われてしまってるみたいだし。このことはなるべく広まってほしくないんだけど、風間さんがうっかり漏らしてしまったんだろうか。
「弓場とランク戦をしていたな。話題になっていたぞ」
「そこか」
思わず口に出してしまった。ランク戦と言っても私的な個人戦なんだからあの巨大スクリーンはどうにかならないかね。一度噂になってしまえば菊地原くんの "耳" に入らないわけがない。
「急にすみません。大してもてなせませんけど、せめてゆっくりしていってください」
「ぼくたちも暇じゃないんだけど」
「お前が呼び出したようなもんだろ!」
高校生二人のかけ合いがコント感に拍車をかける。三上ちゃんがいないところを見ると、風間隊のミーティングの時間にお邪魔したとかじゃなさそうなのが幸いだ。
「でも16時から臨時出動だよね?」
「そうだ。三上からは15時半には
「そんな話ありましたっけ?」
あったというよりできたのだ。以前から増え続けていた警戒区域外の異常門発生。誘導装置に異常がないことを確認した鬼怒田さんを主体に、倒したトリオン兵の解析が進められたことでその原因がわかってきたのだった。小型と言われるモールモッドよりも更に小さい、人の顔程度の大きさしかない新種トリオン兵が発見されたという。さっきの会議ではそれについての報告と対策の指令が出されていた。エンジニアたちが休み返上でその新種小型トリオン兵をレーダーに映るようしてくれたらしい。ただ、既に出遅れた感がある。分布は三門市全域に広がっており、その数は尋常ではない。
「猫の手も借りたいってことでC級も駆り出すか議論になったんだけど、」
「C級に市街地でトリガーを使わせる前例を作ると後が面倒だ」
「調子乗って馬鹿なことするやつが出てきますね。絶対」
「言い方はともかく、一理ありますね……」
「そういうことだ。駆除には正隊員のみで対応する。」
会議でもそんな結論になった。数こそ考えたくないレベルだが戦闘力のかけらもないトリオン兵なので、まあ臨時収入と思えば苦ではない。出来高払いのB級にとっては塵も積もればというやつだ。非番の隊員たちにも今ごろ召集がかけられているだろう。新種の小型トリオン兵の備える機能はまだ解析中だが、戦闘も捕獲も爆発もしないんじゃ検討はつく。
望む日は近い。
二
「タイミングはまた連絡するからさ」
「風刃って通信機能ついてるんだっけ?」
「あるよ」
「そっか、わかった」
実力派エリートは屋上が好きだ。
でもきっとそれは風が気持ちいいからとか高いところが好きだからとかじゃなくて、より広い範囲を見渡せるから、もしくは監視カメラの類を見つけやすいからだ。本人に言ったら「おれをなんだと思ってるの?」なんて笑われそうだけど。
笑う。動物の中で人間しかできないと聞いたことがある。たいていの場合目尻は下がり、口角が上がる。ときには声を出して、ときには歯を見せて、ときには手を叩いて。
作り笑いも人間にしかできないらしい。
用件だけ伝えて去っていくその背中。迅悠一が私の前で笑ったことなんてあっただろうか。