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一
「迅、まだ?」
「うーん。今じゃないかな」
二
「腑抜けてんじゃねえぞコラァ」
と、廊下で顔を合わせるなりそんなことを言われた。
皆目検討がつかない。そのまま首根っこを掴まれてC級ランク戦……つまりは個人 ランク戦ロビーに連行された理由はもっと検討がつかない。
「なんらかの罪でしょっぴかれたりしないかな」
「聞こえてんぞ」
「なんでいきなり怒られなくちゃいけないの?」
決してイイコではないけど、少なくとも弓場に怒られなきゃいけないようなことはしてないはずだ。リーゼント風にかき上げられた髪は本人の態度同様びくともしない。180cm以上もあると物理的な圧も感じる。
そのせいか白い隊服の眩しいC級隊員が私たちを避けて通っていく。モーセの海割りのようだった。私はともかく、B級上位部隊の弓場隊長がこんなとこでメンチ切ってると変な噂が立ちそうだ。ボーダーみたいに閉鎖的で特権的、実力主義な上に戦闘以外の娯楽に乏しい環境と揃えば新入りや伸び悩みの多いC級隊員が求める味付けなど想像に難くない。
弓場は適当なベンチに私を放り投げると、自分は座らずに腕を組んで仁王立ちする。視界の端にちらちらとC級が見えるので正直全然話に集中できない。
「お前の昔の記録 を見た」
「それで?」
「一対一 だ。ブース入れ」
「なんで?」
「カメレオンは入れてんだろうな」
「もう使ってないよ」
「それが腑抜けてるッてんだ」
弓場はヤンキーどころかチンピラ並みのガラの悪さだけど、勉強熱心で研究を欠かさないタイプだ。実戦で学ぶ方が性に合ってるらしく、その程度はあの太刀川さんとも進んでドンパチやるほどだ。しかも結構いいところまで追い詰めたという。そういう部分、経験による試行錯誤を好む東さんと根っこが似ているように感じなくもない。信じられないことに弓場はこの風貌でありながら賢い人間なので、納得といえば納得だ。
つまり、遅かれ早かれこうなるのは仕方なかったのかもしれない。弓場は偉そうな腕組みを崩さない。頭が痛い。嫌いじゃないけど苦手だ。
「元風間隊がなんでB級でくすぶってやがる」
往来の激しいロビーであまり知られたくないことを素晴らしくよく通る声でバラされた挙句、無理やりブースの空き部屋に放り込まれれば恨み言の一つや二つも言いたくなる。
弓場だけじゃない。柿崎も嵐山も迅も苦手。引かれた白線を踏み越えて来ない生駒だけが心の拠り所だ。
「てめェ……何手ェ抜いてんだ」
「本気だよ」
五戦五敗したところで、六戦目が始まって早々弓場は銃を下ろした。お説教の時間らしい。
「そもそもなんだそのふざけたトリガー構成は。勝つ気あンのか」
「ふざけた」とは心外だ。同じトリガー構成の人がいたらどうするんだ、見たことないけど。両手にスコーピオンとシールド。ハウンドに鉛弾、バッグワーム。ソロになった二年ほど前からずっとこのトリガーでやってきてるのに。
でもたしかに、「勝つ気」は無い。
「私はもうフリーの隊員だから、近界民以外に勝たなくていいんだよ」
ああ、怒らせた。だって弓場の努力を否定するような言葉だ。でもまがいなく本心だ。私は生き続けるだけでいい。弓場のメガネが仮想空間の日光を反射して、目元がよく窺えない。
「……なんで風間隊に入った」
「風間さんが困ってたから。菊地原くんと歌川くんが加入したのと同時に辞めたけど」
「お前、迅が困ってるっつッたら玉狛に入ってやんのか」
「どうして迅の話になるわけ?」
弓場はメガネのブリッジを押し上げた。一応個人ランク戦中なのにそんなに無防備でいいんだろうか。
「迅とコソコソしやがって。俺らが気付いてないとでも思ってんのか」
スコーピオンの特性を知りながら、そんな無防備に棒立ちなんてしてていいんだろうか。
《弓場、緊急脱出 》
あらかじめ休憩なしの十本先取に設定されていたらしく、すぐに七戦目が試合が始まる。
「生駒……あと柿崎なら黙っててくれたと思うな」
「もぐら爪 か、話の途中だろうが。スカしたフリしやがって」
「お説教が長くなりそうなら強制終了させようと思って」
面子を重んじるこの人が二度も無様な姿を晒すのを許すはずがなく、しっかりと両の手に二丁拳銃が握られている。挑発して本気で戦わせようとしているのなんて見え見えだったから、お望み通り緊急脱出 させてやった。どいつもこいつも好き勝手言いやがって。八つ当たりだとわかっていてもむかつくものはむかつく。
そして、相手の地雷を突くゲームなら私以上の適任はいない。
「神田くんの脱隊が決まったからって、私で憂さ晴らしするのやめてよね」
ビキィと音が鳴りそうなほど弓場の眉間にシワが寄ったのを目視したのと、シールドを展開しながら地面を蹴ったのは同時だった。弓場の拳銃 の射程は23mと考えて、あとはいつも通りだ。自分の間合いで勝負すること、いかに優位を保てるか考えて立ち回ること。風間さんが最初に教えてくれたことだった。早々に外したカメレオンが今ばかりは恋しい。当時ほど使いこなせるわけないのに、また都合のいいことばかり考えてしまうのだ。いくら弓場が近距離銃手と形容されようと、近接格闘で負けるわけにはいかない。スコーピオンを振るう風音に紛れて「なんで知ってやがる」みたいなことを言われた気がしたけど、きっと気のせいだと思う。
十六戦目が終わったところで、七勝九敗。あと一勝で弓場の勝ち越しが決まる。
「俺が勝ったら洗いざらいゲロってもらう」
「自分が勝ちそうだからって後付けよくないなあ」
「……どいつもこいつも辛気臭え顔して抱え込みやがって、隠す気あンならキチッと隠せ!」
出た、お節介。
竹を割ったような性格ってよく言うけど、弓場の場合は手刀で割ってるから形が少し歪で、ささくれが刺さって痛い。割った方も、触った方も。
「じゃあ弓場がなんとかしてくれんの」
近界民との戦闘を考慮して弾丸トリガーを使用するとき、やっぱり私には銃より射手スタイルの方が向いていると思う。腕を切り落とされたり、重しを付けられたりしたら銃を握れないからだ。そんな風に。
トリオン供給機関も伝達脳も生きてるのに何もできないなんてきっと自分で自分を許せない。
わかってくれるかな。わかってくれたかな。……言えば助けてくれたのかな。
両腕を封じられた弓場は信じられないものを見るような目で私を見上げ、それから。馬乗りのまま私はスコーピオンで自分の首を跳ね飛ばした。試合終了のブザーが鳴った。七勝十敗、弓場の勝ちだ。
「迅、まだ?」
「うーん。今じゃないかな」
二
「腑抜けてんじゃねえぞコラァ」
と、廊下で顔を合わせるなりそんなことを言われた。
皆目検討がつかない。そのまま首根っこを掴まれてC級ランク戦……つまりは
「なんらかの罪でしょっぴかれたりしないかな」
「聞こえてんぞ」
「なんでいきなり怒られなくちゃいけないの?」
決してイイコではないけど、少なくとも弓場に怒られなきゃいけないようなことはしてないはずだ。リーゼント風にかき上げられた髪は本人の態度同様びくともしない。180cm以上もあると物理的な圧も感じる。
そのせいか白い隊服の眩しいC級隊員が私たちを避けて通っていく。モーセの海割りのようだった。私はともかく、B級上位部隊の弓場隊長がこんなとこでメンチ切ってると変な噂が立ちそうだ。ボーダーみたいに閉鎖的で特権的、実力主義な上に戦闘以外の娯楽に乏しい環境と揃えば新入りや伸び悩みの多いC級隊員が求める味付けなど想像に難くない。
弓場は適当なベンチに私を放り投げると、自分は座らずに腕を組んで仁王立ちする。視界の端にちらちらとC級が見えるので正直全然話に集中できない。
「お前の昔の
「それで?」
「
「なんで?」
「カメレオンは入れてんだろうな」
「もう使ってないよ」
「それが腑抜けてるッてんだ」
弓場はヤンキーどころかチンピラ並みのガラの悪さだけど、勉強熱心で研究を欠かさないタイプだ。実戦で学ぶ方が性に合ってるらしく、その程度はあの太刀川さんとも進んでドンパチやるほどだ。しかも結構いいところまで追い詰めたという。そういう部分、経験による試行錯誤を好む東さんと根っこが似ているように感じなくもない。信じられないことに弓場はこの風貌でありながら賢い人間なので、納得といえば納得だ。
つまり、遅かれ早かれこうなるのは仕方なかったのかもしれない。弓場は偉そうな腕組みを崩さない。頭が痛い。嫌いじゃないけど苦手だ。
「元風間隊がなんでB級でくすぶってやがる」
往来の激しいロビーであまり知られたくないことを素晴らしくよく通る声でバラされた挙句、無理やりブースの空き部屋に放り込まれれば恨み言の一つや二つも言いたくなる。
弓場だけじゃない。柿崎も嵐山も迅も苦手。引かれた白線を踏み越えて来ない生駒だけが心の拠り所だ。
「てめェ……何手ェ抜いてんだ」
「本気だよ」
五戦五敗したところで、六戦目が始まって早々弓場は銃を下ろした。お説教の時間らしい。
「そもそもなんだそのふざけたトリガー構成は。勝つ気あンのか」
「ふざけた」とは心外だ。同じトリガー構成の人がいたらどうするんだ、見たことないけど。両手にスコーピオンとシールド。ハウンドに鉛弾、バッグワーム。ソロになった二年ほど前からずっとこのトリガーでやってきてるのに。
でもたしかに、「勝つ気」は無い。
「私はもうフリーの隊員だから、近界民以外に勝たなくていいんだよ」
ああ、怒らせた。だって弓場の努力を否定するような言葉だ。でもまがいなく本心だ。私は生き続けるだけでいい。弓場のメガネが仮想空間の日光を反射して、目元がよく窺えない。
「……なんで風間隊に入った」
「風間さんが困ってたから。菊地原くんと歌川くんが加入したのと同時に辞めたけど」
「お前、迅が困ってるっつッたら玉狛に入ってやんのか」
「どうして迅の話になるわけ?」
弓場はメガネのブリッジを押し上げた。一応個人ランク戦中なのにそんなに無防備でいいんだろうか。
「迅とコソコソしやがって。俺らが気付いてないとでも思ってんのか」
スコーピオンの特性を知りながら、そんな無防備に棒立ちなんてしてていいんだろうか。
《弓場、
あらかじめ休憩なしの十本先取に設定されていたらしく、すぐに七戦目が試合が始まる。
「生駒……あと柿崎なら黙っててくれたと思うな」
「
「お説教が長くなりそうなら強制終了させようと思って」
面子を重んじるこの人が二度も無様な姿を晒すのを許すはずがなく、しっかりと両の手に二丁拳銃が握られている。挑発して本気で戦わせようとしているのなんて見え見えだったから、お望み通り
そして、相手の地雷を突くゲームなら私以上の適任はいない。
「神田くんの脱隊が決まったからって、私で憂さ晴らしするのやめてよね」
ビキィと音が鳴りそうなほど弓場の眉間にシワが寄ったのを目視したのと、シールドを展開しながら地面を蹴ったのは同時だった。弓場の
十六戦目が終わったところで、七勝九敗。あと一勝で弓場の勝ち越しが決まる。
「俺が勝ったら洗いざらいゲロってもらう」
「自分が勝ちそうだからって後付けよくないなあ」
「……どいつもこいつも辛気臭え顔して抱え込みやがって、隠す気あンならキチッと隠せ!」
出た、お節介。
竹を割ったような性格ってよく言うけど、弓場の場合は手刀で割ってるから形が少し歪で、ささくれが刺さって痛い。割った方も、触った方も。
「じゃあ弓場がなんとかしてくれんの」
近界民との戦闘を考慮して弾丸トリガーを使用するとき、やっぱり私には銃より射手スタイルの方が向いていると思う。腕を切り落とされたり、重しを付けられたりしたら銃を握れないからだ。そんな風に。
トリオン供給機関も伝達脳も生きてるのに何もできないなんてきっと自分で自分を許せない。
わかってくれるかな。わかってくれたかな。……言えば助けてくれたのかな。
両腕を封じられた弓場は信じられないものを見るような目で私を見上げ、それから。馬乗りのまま私はスコーピオンで自分の首を跳ね飛ばした。試合終了のブザーが鳴った。七勝十敗、弓場の勝ちだ。