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「柿崎 さん、名字さん、門発生です。綿鮎支部から西5km地点、最短ルート指示します」
「はーい」
「緊張感ねえな……」
「そんなことないよ。仮にそうなら、柿崎と一緒っていう安心感のせい?」
「あ、口説かれてる。文香と虎太郎に言っちゃお」
「う、宇井!」
「口説いてはないんだけどな」
12月初旬。クリスマスまで指折り数えて心を躍らせるこの時期は、ちょうど中高生の定期試験期間でもあった。トリガーを使う上で肝となるトリオン器官は若いうちに成長しやすいという性質から、言うまでもなく防衛隊員のほとんどが学生なのだが、学問への関心は人それぞれであった。要するに試験前だからと防衛シフトを減らす隊員もいればそうでない者もいる。そして前者に当てはまるのが柿崎隊の照屋と巴であり、オペレーターの宇井は後者だったということである。
学生の試験期間や行事、年末年始やイベントごとなど人手が少なくなるタイミングで頻繁に編成される混成部隊において、大学に進学しておらず、19歳だから深夜シフトもこなせるという事情から自然と私の出番も多くなるのだった。
吐く息が白い。トリオン体は動く際の違和感を減らすために生身にほど近い性質を持っている。特に精神が肉体に及ぼす影響、ストレスで胃がキリキリするとか冷や汗をかくとかそういうものは同じように再現されている。身体能力の向上に痛覚のシャットアウト。これだけ聞くとトリオン体は人類の進化系みたいな印象を受ける。実際、この体を楽観的に捕らえる、もしくは開き直れる人は強い。
そんなことを考えていた。
結局、緊張感に欠けているのは全員だった、という落ちである。そうじゃなければ門発生地点に向かう途中、背後で突如開いた門に気づくのが一呼吸早かったはずだから。
「柿崎!」
「ッぶね!」
夜空より深い色をした穴から顔を出した四足歩行のトリオン兵はよりトリオンが多い方を狙ったのか、柿崎に刃のような脚を振りかざした。柿崎は咄嗟に弧月でその攻撃を受け流す。流石の反射神経だった。正直狙われたのが私だったら、咄嗟にスコーピオンで刃を真正面から受け切るのは厳しかったと思う。なんせ蜘蛛を思わせる姿のこのトリオン兵が持つ脚のブレードは相当の硬度を誇る。
攻撃をいなされたモールモッドは口内にある三つの目玉を不愉快そうにぎょろりと動かした。本格的に柿崎に狙いを定めたらしい。
「すみません、警告ミスです!」
「気にすんな。綿鮎支部の方を頼む、片付けたら合流する」
「名字了解」
「宇井は名字をサポートしてやってくれ」
「了解です」
綿鮎支部付近に現れたトリオン兵はそこそこの速さで移動してるらしかった。出現率の高いバムスターじゃこんな機動力はない。こりゃこっちもモールモッドかな、と見当をつけたところで答え合わせだ。
住む人のいない住宅地に招かれざる客。アスファルトを削る勢いで蠢く影が二つ。
「モールモッド二体です! 警戒区域外に向かう様子は今のところありません」
モールモッドの特徴は脚のブレードの硬度と機敏な動きにある。二体同時に相手するのはちょっと嫌だ。まずは一体。大事なのは自分の間合いで勝負すること、いかに有利な状態を保てるか。背を向けているモールモッドの懐に潜り込み、急所である目玉を左手のスコーピオンでひと突き。ボディを足場にして上に縦一文字に斬り上げたところで、とどめにハウンドで粉砕する。
こう派手に片付けるともう一匹が気づくから、普通のハウンドに鉛弾を付与して四肢に撃ち込む。動きを封じたモールモッドなんてただの的だ。
「反応消滅! おつかれさまです」
「こっちもモールモッドか。珍しいな」
宣言通り合流した柿崎が屋根から着地する。三門市における出現率についてはトリオン兵といえばバムスターと言えるくらいで、一夜でモールモッドが三体も、それも連続して至近距離に現れたのは驚異的とは言えないにしても割とレアケースだった。モールモッドは戦闘に振り切った性能で、たしかに厄介だが小柄なのもあって制圧力はそこまでではない。
「柿崎もそう思う?」
「ああ、一応本部に報告しとくかな」
柿崎がモールモッドの残骸に視線をやる。目玉を中心に蜂の巣になっているのが一体、脚を鉛弾で封じられ急所を破壊されているのが一体。ひとしきり眺めたのち「弾トリガー使ってんじゃねえか」と言った。たしか柿崎の入隊は四年前の大規模侵攻の直後。古株の部類に入る人からしたら攻撃手のイメージが強いのかもしれない。
「トリオンが足りないから実戦じゃ目くらましにしかならないけどね」
「別に少ない方じゃねえだろ」
「多い方でもないってことだよ」
「本当に困ってるなら鉛弾外したらどうだ?」
「このトリガーセットで慣れちゃったからなあ」
本当はエスクードも入れたいんだけど、と付け加える。指摘された通りエスクードほどでないにしろ鉛弾もシャレにならないコストがかかるので、ここぞというときや必ず当てられるとき以外使わないようにしている。
「お前も誰か誘って、また隊組めばいいのにな」
例えるなら、先ほど突然背後に門が現れたときのような不意打ちだった。
柿崎が本気でもったいないとか、羨ましいみたいな顔をしてそんなことを言うから。
柿崎は見えてる地雷を踏み抜けるほど開き直った奴じゃない。だからこれは、私が悪くて。私の警告 ミスに違いなかった。
いるんだよな。なんていうか、 "自分自身" に恵まれた奴。恵まれてるのに自覚してない奴。当てはまるのはみんな優しくて、いい人ばかりだ。
嵐山と道が分かれたこと。優秀な隊員への負い目。柿崎にあったことは粗方知っている。絶対しないけど、するわけないけど、もしこの話をすれば「自分なんて」と卑下するだろう。そんなの、私が余計惨めになるだけだ。
結局私は自分がかわいいだけなのだ。吐き気がする。最後には誰かの役に立つから、それまでは好きに生きさせてほしいって。言い訳して、後回しにして、先送りして。
誰のことも嫌いにならない代わりに、誰のことも大事にしていないんだ。それは等価でもなんでもなくて、要するに自分勝手を突き詰めただけだった。
「今の柿崎、嵐山に似てたよ」
うまく笑った顔になっていただろうか。
柿崎はわかりやすく目を見張って、それから無意識だろう、顔を背けた。通信越しにすら宇井ちゃんが困惑しているのがわかった。照屋ちゃんと巴くんがいなくてよかった。大好きな隊長にこんな顔をさせるなんて、きっと嫌われてしまう。
「ッ! 悪い」
『緊急警報 緊急警報』
真冬の外気を突き破ったのは、モールモッドの刃より鋭い警報だった。
『門が市街地に発生します』
『市民の皆様は直ちに避難してください』
「麓台町に門反応です! 現在近くを担当していた太刀川隊が向かってます」
「市街地に門……!?」
「太刀川さんたちなら大丈夫だろうけど、一応待機しておこうか」
その夜を境に、警戒区域外でも門が発生することが増えていった。迅に、会いにいかなくちゃいけない。
「はーい」
「緊張感ねえな……」
「そんなことないよ。仮にそうなら、柿崎と一緒っていう安心感のせい?」
「あ、口説かれてる。文香と虎太郎に言っちゃお」
「う、宇井!」
「口説いてはないんだけどな」
12月初旬。クリスマスまで指折り数えて心を躍らせるこの時期は、ちょうど中高生の定期試験期間でもあった。トリガーを使う上で肝となるトリオン器官は若いうちに成長しやすいという性質から、言うまでもなく防衛隊員のほとんどが学生なのだが、学問への関心は人それぞれであった。要するに試験前だからと防衛シフトを減らす隊員もいればそうでない者もいる。そして前者に当てはまるのが柿崎隊の照屋と巴であり、オペレーターの宇井は後者だったということである。
学生の試験期間や行事、年末年始やイベントごとなど人手が少なくなるタイミングで頻繁に編成される混成部隊において、大学に進学しておらず、19歳だから深夜シフトもこなせるという事情から自然と私の出番も多くなるのだった。
吐く息が白い。トリオン体は動く際の違和感を減らすために生身にほど近い性質を持っている。特に精神が肉体に及ぼす影響、ストレスで胃がキリキリするとか冷や汗をかくとかそういうものは同じように再現されている。身体能力の向上に痛覚のシャットアウト。これだけ聞くとトリオン体は人類の進化系みたいな印象を受ける。実際、この体を楽観的に捕らえる、もしくは開き直れる人は強い。
そんなことを考えていた。
結局、緊張感に欠けているのは全員だった、という落ちである。そうじゃなければ門発生地点に向かう途中、背後で突如開いた門に気づくのが一呼吸早かったはずだから。
「柿崎!」
「ッぶね!」
夜空より深い色をした穴から顔を出した四足歩行のトリオン兵はよりトリオンが多い方を狙ったのか、柿崎に刃のような脚を振りかざした。柿崎は咄嗟に弧月でその攻撃を受け流す。流石の反射神経だった。正直狙われたのが私だったら、咄嗟にスコーピオンで刃を真正面から受け切るのは厳しかったと思う。なんせ蜘蛛を思わせる姿のこのトリオン兵が持つ脚のブレードは相当の硬度を誇る。
攻撃をいなされたモールモッドは口内にある三つの目玉を不愉快そうにぎょろりと動かした。本格的に柿崎に狙いを定めたらしい。
「すみません、警告ミスです!」
「気にすんな。綿鮎支部の方を頼む、片付けたら合流する」
「名字了解」
「宇井は名字をサポートしてやってくれ」
「了解です」
綿鮎支部付近に現れたトリオン兵はそこそこの速さで移動してるらしかった。出現率の高いバムスターじゃこんな機動力はない。こりゃこっちもモールモッドかな、と見当をつけたところで答え合わせだ。
住む人のいない住宅地に招かれざる客。アスファルトを削る勢いで蠢く影が二つ。
「モールモッド二体です! 警戒区域外に向かう様子は今のところありません」
モールモッドの特徴は脚のブレードの硬度と機敏な動きにある。二体同時に相手するのはちょっと嫌だ。まずは一体。大事なのは自分の間合いで勝負すること、いかに有利な状態を保てるか。背を向けているモールモッドの懐に潜り込み、急所である目玉を左手のスコーピオンでひと突き。ボディを足場にして上に縦一文字に斬り上げたところで、とどめにハウンドで粉砕する。
こう派手に片付けるともう一匹が気づくから、普通のハウンドに鉛弾を付与して四肢に撃ち込む。動きを封じたモールモッドなんてただの的だ。
「反応消滅! おつかれさまです」
「こっちもモールモッドか。珍しいな」
宣言通り合流した柿崎が屋根から着地する。三門市における出現率についてはトリオン兵といえばバムスターと言えるくらいで、一夜でモールモッドが三体も、それも連続して至近距離に現れたのは驚異的とは言えないにしても割とレアケースだった。モールモッドは戦闘に振り切った性能で、たしかに厄介だが小柄なのもあって制圧力はそこまでではない。
「柿崎もそう思う?」
「ああ、一応本部に報告しとくかな」
柿崎がモールモッドの残骸に視線をやる。目玉を中心に蜂の巣になっているのが一体、脚を鉛弾で封じられ急所を破壊されているのが一体。ひとしきり眺めたのち「弾トリガー使ってんじゃねえか」と言った。たしか柿崎の入隊は四年前の大規模侵攻の直後。古株の部類に入る人からしたら攻撃手のイメージが強いのかもしれない。
「トリオンが足りないから実戦じゃ目くらましにしかならないけどね」
「別に少ない方じゃねえだろ」
「多い方でもないってことだよ」
「本当に困ってるなら鉛弾外したらどうだ?」
「このトリガーセットで慣れちゃったからなあ」
本当はエスクードも入れたいんだけど、と付け加える。指摘された通りエスクードほどでないにしろ鉛弾もシャレにならないコストがかかるので、ここぞというときや必ず当てられるとき以外使わないようにしている。
「お前も誰か誘って、また隊組めばいいのにな」
例えるなら、先ほど突然背後に門が現れたときのような不意打ちだった。
柿崎が本気でもったいないとか、羨ましいみたいな顔をしてそんなことを言うから。
柿崎は見えてる地雷を踏み抜けるほど開き直った奴じゃない。だからこれは、私が悪くて。私の
いるんだよな。なんていうか、 "自分自身" に恵まれた奴。恵まれてるのに自覚してない奴。当てはまるのはみんな優しくて、いい人ばかりだ。
嵐山と道が分かれたこと。優秀な隊員への負い目。柿崎にあったことは粗方知っている。絶対しないけど、するわけないけど、もしこの話をすれば「自分なんて」と卑下するだろう。そんなの、私が余計惨めになるだけだ。
結局私は自分がかわいいだけなのだ。吐き気がする。最後には誰かの役に立つから、それまでは好きに生きさせてほしいって。言い訳して、後回しにして、先送りして。
誰のことも嫌いにならない代わりに、誰のことも大事にしていないんだ。それは等価でもなんでもなくて、要するに自分勝手を突き詰めただけだった。
「今の柿崎、嵐山に似てたよ」
うまく笑った顔になっていただろうか。
柿崎はわかりやすく目を見張って、それから無意識だろう、顔を背けた。通信越しにすら宇井ちゃんが困惑しているのがわかった。照屋ちゃんと巴くんがいなくてよかった。大好きな隊長にこんな顔をさせるなんて、きっと嫌われてしまう。
「ッ! 悪い」
『緊急警報 緊急警報』
真冬の外気を突き破ったのは、モールモッドの刃より鋭い警報だった。
『門が市街地に発生します』
『市民の皆様は直ちに避難してください』
「麓台町に門反応です! 現在近くを担当していた太刀川隊が向かってます」
「市街地に門……!?」
「太刀川さんたちなら大丈夫だろうけど、一応待機しておこうか」
その夜を境に、警戒区域外でも門が発生することが増えていった。迅に、会いにいかなくちゃいけない。