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界境防衛機関ボーダーの本部基地には大食堂がある。食事の提供は原則十一時から二十二時まで、ただし併設されたラウンジならいつでも利用できるので誰もいない時間の方が珍しい。徹夜明けのエンジニアが変な時間にカップ麺を啜っていたり、太刀川さんが風間さんに監視されながら嫌々課題をやっているのもこの場所である。風間さんはもっと怒っていい。
とにかく、防衛隊員の大多数を占める学生にとっては第二の学食と言えるだろう。その一番の特徴は安さとメニューの多彩さにある。A級の名前を冠した定番セットやきまぐれ炒飯の他に、B級ランク戦の時期には「がんばれランク戦! B級応援フェア」なるものが催され、焼肉丼や焼き鳥、ナスカレーにオムレツなど各隊長たちの好物が日替わりで登場した。ちなみに直近で開催されたのはコロッケうどん、すき焼き風肉豆腐、カツカレーが並んだ「遠征部隊に捧げるスタミナ週間」だ。ノリはちょっとわからないが好評だったらしい。
さて。平日の11時。中高生たちはまだ学校だから人はまばらだ。メニュー看板の前に立つと、「おいしさ星五つ! 嵐山隊ランチセット」のでかでかとした文字が目に入った。広告部隊である嵐山隊メンバーの好物は定番入りしているのである。「海の幸」とかいう食堂事情にまったく優しくないリクエストを毎日提供している食堂のおばちゃんたちの熱量は凄まじい。
今は肉の気分だった。唐揚げ、生姜焼き、和風ハンバーグ、ローストビーフ丼、とんかつ、メンチカツ……。生姜焼き定食かな。カウンターでおばちゃんに頼み、ついでにヨーグルトをトレーに乗せてお会計を頼んだ。合計七百五十円也。味噌汁と小鉢、あとデザート込みでこの価格は安いと思う。
本部職員に紛れて知った後頭部を見つけた。後ろに撫でつけられた漆の髪。姿勢が良いからか、身長の数値以上に大きく見える。食事を一人で取ることが苦じゃない、むしろ一人で食べたい派こと私だが友達を見かけてわざわざスルーするのもどうかと思う。それに、他人と自由時間を共有する煩わしさを気にさせないほどに彼は清々しいというか、気持ちがいい奴なのだ。
「おっすー」
「おん? 名字ちゃんやん」
向かいのトレーには海鮮あんかけ塩焼きそばが乗っていた。たしか冬の限定メニューだ。味の感想を聞こうとしたが、返答がわかりきっていたので口を閉じた。正面に座るその人、生駒達人も同様に私のお盆を目で追っていたらしく、
「ご機嫌なお昼やな、なんかええことあったんか」
などと聞いてきた。ヨーグルトひとつでそんな大げさな。言う人次第では、たとえば菊地原くんなんかに言われたら「嫌味かな?」と思いそうなものを、生駒は本気でやや抜けたことを言う。京都出身なのにこんなに皮肉が似合わない人間もなかなかいない。なおこれは三門生まれ三門育ちによる京都への偏見である。お茶漬け勧めるのが帰れの合図ってやつ、今でもあるんだろうか。
「ボーダーに付きっ切りだと、意識しないとお金使うタイミング見失わない?」
「やんなあ。俺も今度ギター買おう思っとんねん」
「音楽とかやる人だっけ?」
「モテたくて……」
「わはは、いいね」
同隊の後輩をモテるモテる囃し立てたり、自らの顔を「いかつくて敵わん」なんて言うが、お茶目な物言いと精悍な顔立ちは彼のこだわる「モテ」に縁遠いとは思えない。前にこのことをうっかり本人に漏らしたら、そわそわ挙動がうるさくなったかと思えば「飴ちゃん要る?」とどこからか取り出した両手いっぱいの飴をくれたのでとても面白かった。会議の時間だと回収しに来た水上くんに「あんまうちの隊長で遊ばんでください」と怒られてしまった。別に遊んでたわけじゃないんだけど、水上くんには悪いことをした。それにしてもうちの隊長、ねえ……。
「生駒隊は仲良くていいね」
「名字ちゃんもいい加減隊組め言うとったで」
「誰が?」
「弓場ちゃん」
「あー、言いそう」
とんがりレンズの眼鏡が脳内でギラリと光る。一見ツッパリなんて言葉が似合いそうだが、生駒たちにとっても面倒見がいい兄貴分だ。嵐山とはまた違ったそれを、私はお節介と呼ぶ。同じ面倒見のよさでも種類が違う。弓場のそれは戦闘スタイルと同じ正々堂々タイマン勝負。一方嵐山は正攻法でありながら引き際を見定めるのが上手い。わかっていながら地雷を踏みに行くこともあるけど(これは誉め言葉だけど、迅と仲良くしてるだけある)。トライアルアンドエラーかつヒットアンドアウェー、時には集中砲火。奇しくもこれも嵐山隊の戦法と近しい。
じゃあ仮に名字隊があったなら、逃げ続けるだけの戦いを繰り返すのだろうか。独り相撲、自己満足、そして自己完結。こんな部隊があってたまるものか、そして他の誰かを付き合わせられるわけがない。ただ一人の共犯を除いて。
「そんとき風間さんもおったんやけど、『名字には何を言っても無駄だ』って」
「わかってらっしゃる」
「なんでなん?」
「迅がチーム組んでないのと一緒だよ」
「あいつはS級やん。え? いつのまに黒トリガー持ちになったん?」
「心持ちのハナシ。それに募集かけても入りたがる人なんていないよ。生駒たちみたいに有名じゃないんだから」
「自分、本気で言っとる?」
「気を悪くしたならごめん。焼きそば冷めるよ」
「おお、それはあかんな」
他者への詮索より自分の食欲を優先させる、生駒のそういうところを気に入っている。勢いよく麺を口に運ぶものの決して汚らしい印象を受けないのも、丁寧に育てられたんだろうなあと思う。きっと居合(とキメ顔)の手ほどきを受けたというお爺さまの影響だろう。
そこまで考えたところで思考を味噌汁と共に飲み込んだ。勝手に人の過去に想いを馳せるなんて、人の未来を覗き見るくらい悪趣味だ。
とにかく、防衛隊員の大多数を占める学生にとっては第二の学食と言えるだろう。その一番の特徴は安さとメニューの多彩さにある。A級の名前を冠した定番セットやきまぐれ炒飯の他に、B級ランク戦の時期には「がんばれランク戦! B級応援フェア」なるものが催され、焼肉丼や焼き鳥、ナスカレーにオムレツなど各隊長たちの好物が日替わりで登場した。ちなみに直近で開催されたのはコロッケうどん、すき焼き風肉豆腐、カツカレーが並んだ「遠征部隊に捧げるスタミナ週間」だ。ノリはちょっとわからないが好評だったらしい。
さて。平日の11時。中高生たちはまだ学校だから人はまばらだ。メニュー看板の前に立つと、「おいしさ星五つ! 嵐山隊ランチセット」のでかでかとした文字が目に入った。広告部隊である嵐山隊メンバーの好物は定番入りしているのである。「海の幸」とかいう食堂事情にまったく優しくないリクエストを毎日提供している食堂のおばちゃんたちの熱量は凄まじい。
今は肉の気分だった。唐揚げ、生姜焼き、和風ハンバーグ、ローストビーフ丼、とんかつ、メンチカツ……。生姜焼き定食かな。カウンターでおばちゃんに頼み、ついでにヨーグルトをトレーに乗せてお会計を頼んだ。合計七百五十円也。味噌汁と小鉢、あとデザート込みでこの価格は安いと思う。
本部職員に紛れて知った後頭部を見つけた。後ろに撫でつけられた漆の髪。姿勢が良いからか、身長の数値以上に大きく見える。食事を一人で取ることが苦じゃない、むしろ一人で食べたい派こと私だが友達を見かけてわざわざスルーするのもどうかと思う。それに、他人と自由時間を共有する煩わしさを気にさせないほどに彼は清々しいというか、気持ちがいい奴なのだ。
「おっすー」
「おん? 名字ちゃんやん」
向かいのトレーには海鮮あんかけ塩焼きそばが乗っていた。たしか冬の限定メニューだ。味の感想を聞こうとしたが、返答がわかりきっていたので口を閉じた。正面に座るその人、生駒達人も同様に私のお盆を目で追っていたらしく、
「ご機嫌なお昼やな、なんかええことあったんか」
などと聞いてきた。ヨーグルトひとつでそんな大げさな。言う人次第では、たとえば菊地原くんなんかに言われたら「嫌味かな?」と思いそうなものを、生駒は本気でやや抜けたことを言う。京都出身なのにこんなに皮肉が似合わない人間もなかなかいない。なおこれは三門生まれ三門育ちによる京都への偏見である。お茶漬け勧めるのが帰れの合図ってやつ、今でもあるんだろうか。
「ボーダーに付きっ切りだと、意識しないとお金使うタイミング見失わない?」
「やんなあ。俺も今度ギター買おう思っとんねん」
「音楽とかやる人だっけ?」
「モテたくて……」
「わはは、いいね」
同隊の後輩をモテるモテる囃し立てたり、自らの顔を「いかつくて敵わん」なんて言うが、お茶目な物言いと精悍な顔立ちは彼のこだわる「モテ」に縁遠いとは思えない。前にこのことをうっかり本人に漏らしたら、そわそわ挙動がうるさくなったかと思えば「飴ちゃん要る?」とどこからか取り出した両手いっぱいの飴をくれたのでとても面白かった。会議の時間だと回収しに来た水上くんに「あんまうちの隊長で遊ばんでください」と怒られてしまった。別に遊んでたわけじゃないんだけど、水上くんには悪いことをした。それにしてもうちの隊長、ねえ……。
「生駒隊は仲良くていいね」
「名字ちゃんもいい加減隊組め言うとったで」
「誰が?」
「弓場ちゃん」
「あー、言いそう」
とんがりレンズの眼鏡が脳内でギラリと光る。一見ツッパリなんて言葉が似合いそうだが、生駒たちにとっても面倒見がいい兄貴分だ。嵐山とはまた違ったそれを、私はお節介と呼ぶ。同じ面倒見のよさでも種類が違う。弓場のそれは戦闘スタイルと同じ正々堂々タイマン勝負。一方嵐山は正攻法でありながら引き際を見定めるのが上手い。わかっていながら地雷を踏みに行くこともあるけど(これは誉め言葉だけど、迅と仲良くしてるだけある)。トライアルアンドエラーかつヒットアンドアウェー、時には集中砲火。奇しくもこれも嵐山隊の戦法と近しい。
じゃあ仮に名字隊があったなら、逃げ続けるだけの戦いを繰り返すのだろうか。独り相撲、自己満足、そして自己完結。こんな部隊があってたまるものか、そして他の誰かを付き合わせられるわけがない。ただ一人の共犯を除いて。
「そんとき風間さんもおったんやけど、『名字には何を言っても無駄だ』って」
「わかってらっしゃる」
「なんでなん?」
「迅がチーム組んでないのと一緒だよ」
「あいつはS級やん。え? いつのまに黒トリガー持ちになったん?」
「心持ちのハナシ。それに募集かけても入りたがる人なんていないよ。生駒たちみたいに有名じゃないんだから」
「自分、本気で言っとる?」
「気を悪くしたならごめん。焼きそば冷めるよ」
「おお、それはあかんな」
他者への詮索より自分の食欲を優先させる、生駒のそういうところを気に入っている。勢いよく麺を口に運ぶものの決して汚らしい印象を受けないのも、丁寧に育てられたんだろうなあと思う。きっと居合(とキメ顔)の手ほどきを受けたというお爺さまの影響だろう。
そこまで考えたところで思考を味噌汁と共に飲み込んだ。勝手に人の過去に想いを馳せるなんて、人の未来を覗き見るくらい悪趣味だ。