短編
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「名字さんのそういうとこ、気をつけた方がいいと思うけど」
*
例えばなにか音楽を聴きたいとき、人気ランキング通りに流すタイプの人間だ。その中で耳触りが良いものを自分のお気に入りにする。そういう合理性を備えて21年間生きてきた。
わざわざ三門市の大学に通ってるのは、ボーダーに勤めているのは、ただ家を出たかったから。親の反対を振り切るのに、ボーダーは言い訳にちょうど良かった。「苦しんでる人の助けになりたい」、なんて心にも無い情け深い言葉に、親は自慢の娘だと送り出してくれた。
正直偏差値的には物足りなかったけど、三門市の大学だけあってボーダーに所属していると色々融通が利いた。たとえそれが前線に出ない、しかも隊に属さないオペレーターであっても。ちょっと愛想良くしていれば周りの学生も教授も気にかけてくれた。
誰だってあるでしょ?ちょっとした打算とか、ずる賢さ。
誰も彼も、ヒーローみたいに真っ直ぐには生きられない。弱い奴は尚更。だからこの街では嵐山准がヒーローなのだ。面識は無いけれど、多分、そう思う。
ボーダーは実力主義だ。オペレーターとしての力量は正直並みで、地方から出てきたばかりの私は知り合いも少なく、あまり居心地が良くなかった。
第一次侵攻が起こったとき、私はまだ実家暮らしだった。初めて三門市に降り立ったときにはその爪痕はほぼ目立たないものになっていたこともあって、大規模侵攻や近界民は正直現実味が無かった。どうしてもテレビの向こうの話だという印象が強かったのだ。
この間の、謂わゆる第二次大規模侵攻は、そんな生ぬるい考えをへし折った。
黒トリガー持ちが本部に侵入してきて、同じフロアで仕事していたあの人や、よく喫煙所で見かけたあの人が、死んだ。戦場に立っていたわけじゃない、裏方の私たちが。あんな頑丈な本部基地が。無傷ではなくとも五体満足で生き残った先、当たり前にあったものが残らず崩れ落ちていた。
本当に人って死ぬんだな、って思った。
「若い隊員の子達って、なんでボーダーで戦ってるんだろうね」
だから、……ああ、言い訳になってしまうけれどこれはどう考えても悪手だった。この話は同僚のオペレーターとか研修でお世話になった沢村さんとか、とにかく非戦闘員にするべきだった。夜勤で門の反応も少なかったからって、当本人の戦闘員にすべきじゃなかったのだ。
更に最悪なことに、少し話しやすい雰囲気だからって、よりによって迅くんに。
迅くんはよく本部基地をうろうろしている。飄々とした姿は親しみやすくて、知り合いが少ない私の、更に少ない戦闘員の知り合いだった。軽く挨拶を交わすようになってから、何度かお尻を撫でられたことがある。痴漢行為に憤るよりも「実力派エリートもお年頃なんだなあ」と変な風に感動していたら、一連のことを見ていた沢村さんが迅くんをとっちめていた。
この子だってまだ19歳なんだよなあ。単純な戦闘能力だけじゃなくて、特異すぎるサイドエフェクトでも迅くんは組織の根幹を支えている。どんなに凄くても、未成年の男の子が。
そんな迅くんの心境が気になったこともあって、上の質問を投げかけてしまった。
通信越しの迅くんはいつもの飄々とした態度とは裏腹に、何も言わない。私は何だか気まずくなって言葉を重ねる。
「中学生まで前線で戦ってるの、ちょっとおかしいよ。トリオン体でも危険な場面はいっぱいあるのに。他に楽しいことあるでしょう。スポーツとか、ゲームとか」
迅くんはスコーピオンを両手に装備した。門が開く未来でも見えたのかと慌ててモニターを確認したが、信号にこれといった反応は無い。
「那須ちゃんとかさ、身体が弱いからトリオン体の研究に進んで協力してるんだよね」
いきなり個人名が出てきて少し面を食らった。那須さんは……確かB級の。面識はないけど、すごい弾道を引く子だ。
「四年半前の侵攻の被害を受けた奴は大勢いる。あとは特殊だけど太刀川さんとか、ああいう人もいるし」
「はあ……」
《ああいう人》がどういう意味なのか分かるほど、私は太刀川くんとも迅くんとも親しくなかった。
そんなに親しくない迅くんは、いつもの親しげな表情じゃなくて、夜の向こう側を見ていた。
同時だった。
オペレータールームの信号が反応するのと同時に、迅くんが刃を振るった。夜空より不透明な門から顔を出したトリオン兵は、頭からばっさり二つになった。残骸が音を立てて瓦礫になった。
「たぶん、ここでしか生きられないやつは、結構いる」
オペレーターなんて要らないくらいの力量に、モニターからは上手く窺えない表情に、「お前は要らない」と言われているんだと思った。
かっとなって、こみ上げる衝動のままに、言わなくていいことを言ってしまった。小賢しい脳みそでも、少し考えれば分かることだったのに。
「それは迅くんも?」
その後、迅くんは冒頭の言葉だけ残して、次のシフトに入ってた木崎さんと交替した。
私も自分のシフトを終えて帰宅した。迅くんの言葉はずっと耳に残っていた。
夜勤明けで疲れてるはずなのにどうも寝付けなかった。
お腹を満たせば眠気もやって来るだろうとカップ麺を作った。食べ終える前に気分が悪くなって、中途半端に残して布団に潜った。羊は367匹まで数えた。
目が覚めたら、食べかけの麺は伸び切ってぶよぶよになっていた。可哀想だと思った。
それから大学の講義に出て、売店で封筒を買った。その足でボーダーに向かった。私は辞表を出した。
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