籠の中の鳥
「もし?本当に今日は全部安くなっているのかね?」
「…私の子供達なんて…皆、まだ小さいけれど
子供でも安心して食べられるメニューもあるの?
…失礼な言い方になるけど、酒場っていうとね
度数強い酒や油っぽい料理のイメージしかないのよ」
「チラシで釣っておいて実際行ってみたら、日付
違いましたとかいって騙す気じゃねーだろうな…!」
「わぁーい!!羊さんにの虫さんだー!
遊んで、遊んでーっ!」
羽振りの良さそうなジェントルマン、子供の面倒見るマダム
ガラの悪そうなチンピラ、はしゃぐ子供達が彼らを取り囲む
「…はい、今夜だけの特別サービスなります
行かれるお客様はお早めに向かわれた方が
先程、お店から入った電話では
割引きと美男美女スタッフのダブル効果で
店内が、非常に混み始めたみたいでして…
入れなくなく前に、素早く行かれた方が
寒空の下待たなくても良いかと思います」
「何…!それは早急に行かねばならんの…!
親切マスコットな青年よ、ありがとうな」
「ふふ…、どういたしまして
是非楽しんでいって下さいね」
急ぐジェントルマンにチラシを渡し軽く手を振る
そしてお次は、子連れのマダムに
紳士的な対応をしつつ店に誘導する
「お待たせして申し訳ありません、マダム…__
ご安心を…、お食事やお飲み物に関しても今夜だけは特別に
お子様達喜ぶメニューも沢山あるとの事なので是非お気軽に」
「!!、あらぁ、それは助かるわ〜…!
今夜は主人いないから料理作りたくなかったのよ
可愛い坊や、是非私にも一枚チラシ頂けるかしら?」
「えぇ…勿論です、マダム
是非素敵な時間をお過ごし下さい」
「やい!!本当に詐欺じゃねーんだろうな!?
…ま、実際は一番人が良さそうな奴ほど怪しいって言うしよ」
噛みつくように未だ吠えるチンピラの相手は
勿論元山賊のヤンガスが当たり前の様にする
「兄貴がんな下らねー嘘なんざつく訳ねーだろうが!
いつまでもピーピ言ってると、張っ倒すぞコラ!
それに兄貴が怪しいだと!?兄貴はなぁ…っ!
お前みたいな奴に推し量れる存在じゃねーんだ!
次また寝惚けた事言ってみやがれ
絶対ぇに、ただじゃぁおかねえ」
「…す、すいませんしたぁっ!!」
「ふん、分かったならこのチラシ持って
さっさと酒場に行きやがれってんだ…!」
「は、はいぃー!」
ヤンガス、チンピラを秒で退治
「ねーねぇ!羊のお兄ちゃん早く遊ぼうよー!」
そんな中、いつまでもエイトを引っ張り
必死で駄々をこねる地元の子供が一人
エイトはゆっくりしゃがみ、同じ視線の高さになると
フワっと柔らかく微笑みながら冷えた子供の頬を触る
「…こんな頬が冷たくなるまで待たせてごめんね、君
でもお兄さん、まだまだ沢山の人にチラシを配る
お仕事が残っているから、今は君と遊べないんだ
だから明日で良かったら一緒に遊ぼう
良かったら…待っててくれるかな?」
「…必ずだよ?」
「うん、約束」
「えへへっ、分かった!なら明日の朝ここに集合ね!
忘れたら針千本飲ませちゃうから!バイバーイ!」
「バイバイ」
「ひゃー流石兄貴だ、子供の扱いが上手いでがすな」
「そーゆ君もチンピラの人達の扱いは上手いよ
まるで猿回しの猿を回す飼い主みたいだ」
「……それって
貶してるのか褒めてるのかどっちなんですかい?」
「…? 何言ってるのさ、ヤンガス
純粋に褒めてるに決まってるじゃない」
「…やっぱり兄貴は人一倍褒め下手みたいでげす」
まだまだエイトとヤンガスの仕事は始まったばかりだ
一方ホールで働くゼシカ、ククールチームはというと
ゼシカの方では食事などを運ぶ際、お尻や胸を酔っ払った男陣からイヤらしく何回も触られたり、セクハラ発言を受ける始末
我慢強い彼女の堪忍袋も、限界に差しかかっていた
「〜♪噂以上にボンキュッボンの美人姉ちゃんじゃねーの!
なーなぁ?
ここで一番高っけぇボトル何本か入れるからよ
仕事終わったら俺達と朝まで楽しい事して遊ぼーぜ?」
「うひひひ…、本当にむしゃぶりつきたくなるエッロい体〜」
「てかそのでっかいお胸一度でいいから触らせてくれよー
金なら全財産払うからさぁ〜…」
「つーか一発この場でヤラせろよー
どーせその衣装着てる時点でアンタも男漁りにきてんだろ?
な!俺のテクで最っ高に気持ちよくイカせてやるから頼むよバニーちゃん」
「だーっははははっ!
俺レベルのデカさなら絶対に虜になるだろーよ!」
「ははは!違ぇねえ!!」
…もう限界っ!と、ゼシカが机をひっくり返し思い切り怒鳴ろうとした矢先、どこからかククールがやって来て彼女の前で片手を伸ばし、動きを静止させる
「…ククール、アンタ…__」
「…ゼシカ落ち着け、ここで暴れたらアイツらの思う壺だ
それにエイト達との大事な約束もパーになっちまう
一先ずここは俺に任せて、少し離れてな、大丈夫だから」
酔っ払い達には聞こえない声で、ヒソヒソと
ゼシカと話し、必死で彼女を鎮めるククール
そんな光景が気に入らないのか酔っ払い達は
物凄く声を荒げて、ついにはククールに突っかかる
「お゛ぅ゛お゛ぅ゛!!
だぁーれかと思ったら数分事に超絶美人の女共から口説かれていたイケメン兄ちゃんじゃねーか…!
こんな所で俺達みたいなムッサいブ男の相手をしていてもいいのかぁ?店長に告げ口しちゃうぞぉ?」
「「「はぁーっはははは!!!」」」
見えない部分に青筋立てながらも、お得意の営業スマイルでスマートに対応をし始めるククール
「…お客様、大変お楽しみの所恐縮ではございますが、他の方々もいらっしゃいますので…」
「あぁ゛ん゛?…そりゃ何かぁ?
俺達は他の客より節度がなってねーって
嘲笑い言いたいのかよ、テメーはっ!!」
バァン!と思い切り机をひっくり返し立ち上がる一人の男、卓上にあった酒瓶は全て床に落ちガラスの破片と化し無残に飛散する
そして周囲の客はキャー、ギャー!と悲鳴を出しながら酒場の外へと急いで避難していく
「黙ってねーで何か言ったらどーなんだ?あぁ?」
未だに顔色一つ変えず涼しい顔しているククール、そんな彼の胸倉を思い切り掴み上げ鼻息荒く怒鳴る男
その行為が、ククールの男嫌いスイッチを踏んだか
男の無防備な腹部へククールは拳を力一杯入れ込む
メリ…っという鈍く静かな音を立てると同時に男が床に沈む、どうやら一発で気絶した様である
「チッ、こっちが下手に出りゃーつけやがりやがって
汚ねぇ面を俺に近付けるんじゃねーよ気分悪りぃな」
前髪を思い切り掻き上げ、氷のように冷たい瞳で床に伏せる男を見下すククール、違う素が一部出たようだ
「……あ゛ぁ゛ー!!
て、テメェはマイエラ修道院のククール…!」
取り巻きの一人がククールを思い切り指差しながら大声を張り上げる、その言葉で他のチンピラ達も段々気付き始める
「Σ本当だ…!
前髪で顔が見づらかったのと普段と髪型や格好変わってて気付かなかったかったが、紛れもなくククールじゃねーか!
いやっほぉー!まさかこんなシケた酒場で噂のククールと出会えるとは今日はラッキーだぜ!!」
目の前にいるのがククールと分かるや否や、急にテンション爆上げになり、奇妙なまでに踊りだす男達
その意味が分からないゼシカは言い知れぬ恐怖に奥底から体が一時凍りつき、ククールは更に火に油を注がれた気分になり余計苛立つ
「ちょっとアンタ達、目の前にククールがいると何でそんなにテンションが上がるのよ…!」
机を叩きながらゼシカが吠えれば、彼女の付近にいた一人の男が有り金をジャラジャラ出しながら横目で答える
「…何だ、噂…知らねぇのか、姉ちゃん?
聖堂騎士団団長のマルチェロが全国に対して
こんな莫大発言をしたんだよ
『…我が弟ククールはマイエラ修道院から巣立ちはしたが今と昔も、奴の役割は何一つ変わらない
もし街中他で、奴を見つけましたら
思う存分可愛がってくれて構わない
【お祈り】という仕事ならば奴は喜んで尻尾を振り、職務を真っ当致しますので、寄付金と交換で是非お楽しみ下さい』だとさ…!
頭のイカれた兄貴を持つと苦労するなぁ、ククールさんよ!」
ケラケラと小馬鹿にしながら大笑いするその男
その発言に対し屈辱的涙を目に溜めながら苛立つゼシカ
「酷い……!いくらなんでも酷すぎるわ…っ!!
本当にこれが大切な弟にやれるなら悪魔よ!
ククール!こんな人間的に最低な奴等の接客なんてしなくていいわ、店長には私から話つけるから今すぐ仕事辞めるわよ…!!」
顔に深い影を落し、俯き黙り込むククールの手を無理矢理掴み、酒場から出ようと試みるゼシカだがククールが全く動かない
「…!(さっきまで物凄く温かかったのに今は氷みたいに手が冷たい…まるで死人みたいに温度が何一つ通っていない
あの男の言葉で温度も彼の心も死んでしまったとでもいうの…!?)」
「……兄貴が……いや、マルチェロが本当にそうやってアンタらに言ったのか…?……証拠は…?」
「……ククール止めなさい、お願いだから…
これ以上は貴方の心が壊れてしまう…!」
「俺のちっぽけな心なんざ、身も心も金にまみれた男共に売った時点で、とっくに壊れてんだよ…!!!」
命よりも大事にしていたであろうオディロから貰った黒リボンを髪先から毟り取り、床に叩きつけ怒鳴るククール
「ククール…っ!!
(駄目、最大の地雷を踏んでしまった今取り返しがつかない、…完全に怒りで我を忘れている、どうしたら…!)」
「正直に言え…!!
嘘ついてたらタダじゃおかねぇぞ…!!」
「…へっ、常に冷静沈着で余裕タップリな色男が、声をギャーギャー荒げて感情全開でみっともないねぇ?
そこまで言うなら見せてやるよ、お前の兄貴が本当にさっきの事を全国放送を通して言ってた事をな!」
お前の綺麗な面が絶望に染まるのを見るのが楽しみだぜ!と狂った様に笑った後、懐から分厚い機械を取り出した
どうやら全国各地の情報や映像を受信し
気軽に見られる携帯型機械の様であった
男がボタンを押すと何もない画面に上機嫌のマルチェロが一人映された、バックには実に鼻につく団長室
そしてククール達の五感通して伝わる物は、今にも現実から目を背けたくなる惨すぎる真実と事実
「…て訳だ、な? 嘘じゃなかっただろ…__?
ほら、俺の有り金腐ったマイエラ修道院に寄付してやるから今から抱かせてくれよ、お兄ーさん?
…ひひ、本当間近で見ると最高に良い男だなアンタ
こりゃー、そこいらの男でも絶対ぇに抱きたくなるぜ」
ククールの脱力した両肩を強く抱いた後、錆びれた銅貨をポッケに突っ込み、服中に忍ばせた指先で彼の乳首を執拗に触る男
「あー!一番乗りズッリィぞテメェ!」
「俺達にも後でちゃんと回せよな、美味しい所残して」
「分かった分かった、俺が飽きたらお前らにもちぁゃんと回すから下腹部しごいて待ってろよ…!」
しかし、今の彼は抜け殻同然だ
様々な男達に幼い頃から開発され誰よりも敏感になった身体は何の感度も持ち合わせておらず、只々汚い男にされるがままだった
それに対しすかさずキレたのはゼシカだった
「本っ当に最低ね!!!人間の風上にも置けないわアンタ達もマルチェロも…っ!!
一番触れられたくない過去やトラウマを平気でエグったあげく、心身共に傷付いた相手の身体にまで罪悪感なく手まで出すなんて…っ!!
アンタみたいな外道に大事な仲間はこれ以上触らせないわ!ククールから離れなさいよ…っ!!」
未だ目が虚ろなククールの顔や上半身を
厭らしく舐め回し、口付けする男
その光景に我慢出来なくなったゼシカは
ついに覚えたての氷呪文を全力で詠唱する
「ヒャドっ!!」
凄まじい冷たさを宿した氷の塊が男の顔一面にピギィン!と音を鳴らし張る
「Σ!ぎゃ…っぎゃぃぁあああああ゛!!!」
言葉にならないヒャドの冷たさに手中に収めていたククールを床に乱暴に投げ捨て、氷漬けになった顔面を両手で触るが一切溶けはしない
顔一面が氷で完璧密閉されてる為に息も上手く吸えなければ、言葉も上手く喋れない
その隙にゼシカは放られたククールを取り返し、今度は自分の胸の中に収め、周囲を威嚇しながら守る体勢に入る
しかし男仲間の一人が首の皮一枚で精神を繋ぎ止めているククールを更に追い込む事を無遠慮に吐き捨てる
「…腐った常識で溢れ返っていた修道院から抜け出て、まともなお仲間さんと旅しているうちに自分自身の性質と暗くて重い過去の思い出を全て忘れたか……_?
甘いんだよ…っ!!!!
いくら今自分が置かれてる状況が良くても、過去の思い出や性質は無くならない
覚悟を決めて向き合わなきゃ一生付き纏う
…何せら逃げて逃げて、逃げまくって嫌な物全てに蓋をして、見て見ぬふりしてるだけだから!
お前が男を魅了する性質も幼少期から修道院で汚い野郎共に沢っ山抱かれてきた事実も何一つ変わらねぇさ
過去は上手く逃げれても、望まなかった生まれ持った性質からは何一つ逃げられねんだよ!!
…所詮お前は、自身の性質、暗い過去、大好きで大嫌いな兄貴という三つの鎖に固く縛られた【籠の中の鳥】でしかないんだよ…っ!!!!」
…男の言葉を聞き終えた瞬間、ククールの頭の中でブチリと何かが切れた音がした
ゼシカの腕から静かに抜け出し
その場にゆらり…と立ち上がる
彼の両目は重度なストレスに曝された為か一時的に視力を失い、一寸の光も無い墨を零した様な暗黒世界に閉ざされた
勿論言わずとも思考回路も無茶苦茶で、【殺戮衝動】を兼ね備えた自我を持つ黒い渦に、彼の頭はいとも簡単に持って逝かれた
刹那 ____
「 う゛ぁ゛ぁ゛ああああああああ!!!!! 」
ククールの凄まじい雄叫びと狂気に酒場全体は震えあがり
窓ガラスはガタガタと激しく揺れ、ガラスは所々割れる
束の間ゼシカはあまりの恐怖から固く目と耳を塞いでいた
そして周囲がシン…と静まり返ると同時に目をゆっくりと開ければ、そこには目を疑う光景があった
「……く、……ククール…?」
空に舞う真っ赤な血飛沫の中で蝶のように舞い、蜂のように刺す
殺戮を無邪気に楽しむ夜叉の様なククールが一人いた
先程まで元気だった残りの残党は顔が分からないまでにグチャグチャに破壊され、半殺しどころではなかった
「…や、止めて……もう…… 止めてぇえ!! 」
あまりの残虐非道な状況にゼシカは泣きながら、今なお残党を殴り倒すククールを背後から強く抱き締める
ここから数分前に遡る…__
「…!今の声は…__」
街中央広場で地獄耳であるヤンガスより先に異変に気付いたのは、誰よりも五感が鋭いエイトであった
叫び声の主がククールだと察知すると同時に、体中から脂ぎった嫌な汗が噴き出し滝のように流れ、悪寒と共に全ての温度を一気に奪い去る
「…っ…なんだ………この言いしれない悪寒…__」
ドッド…っと激しい鼓動と共に暴れる心臓を着ぐるみ越しから押さえながら、その場に暫ししゃがみ込むエイト
そんな様子を見たヤンガスは慌て彼に歩み寄り手を貸す
「兄貴…!大丈夫でがすか?」
「…うん、ありがとうヤンガス手を貸してくれて」
「それはどうって事ないでげすよ
それよりも今の悲鳴、…十中八九ククールでがすよ」
「……ククールの悲鳴を聞いてから嫌な予感が止まらないんだ、ヤンガス悪いんだけど暫くの間ここを任せてもいいかな?」
酒場方面からビリビリと流れてくる生温い不穏な風に一人警戒心を高めながら、そちらを見続け喋るエイト
「勿論兄貴の為なら喜んで職務を真っ当するでがすよ!」
ドンと胸を叩き「任せて下せえ!」と気張る弟分に力強く頷くと、エイトは風よりも早く酒場へ一直線に走る
「……どうかククールが馬鹿な事を考えていませんように」と、何度も胸元で十字架を切りながら…___
End
「…私の子供達なんて…皆、まだ小さいけれど
子供でも安心して食べられるメニューもあるの?
…失礼な言い方になるけど、酒場っていうとね
度数強い酒や油っぽい料理のイメージしかないのよ」
「チラシで釣っておいて実際行ってみたら、日付
違いましたとかいって騙す気じゃねーだろうな…!」
「わぁーい!!羊さんにの虫さんだー!
遊んで、遊んでーっ!」
羽振りの良さそうなジェントルマン、子供の面倒見るマダム
ガラの悪そうなチンピラ、はしゃぐ子供達が彼らを取り囲む
「…はい、今夜だけの特別サービスなります
行かれるお客様はお早めに向かわれた方が
先程、お店から入った電話では
割引きと美男美女スタッフのダブル効果で
店内が、非常に混み始めたみたいでして…
入れなくなく前に、素早く行かれた方が
寒空の下待たなくても良いかと思います」
「何…!それは早急に行かねばならんの…!
親切マスコットな青年よ、ありがとうな」
「ふふ…、どういたしまして
是非楽しんでいって下さいね」
急ぐジェントルマンにチラシを渡し軽く手を振る
そしてお次は、子連れのマダムに
紳士的な対応をしつつ店に誘導する
「お待たせして申し訳ありません、マダム…__
ご安心を…、お食事やお飲み物に関しても今夜だけは特別に
お子様達喜ぶメニューも沢山あるとの事なので是非お気軽に」
「!!、あらぁ、それは助かるわ〜…!
今夜は主人いないから料理作りたくなかったのよ
可愛い坊や、是非私にも一枚チラシ頂けるかしら?」
「えぇ…勿論です、マダム
是非素敵な時間をお過ごし下さい」
「やい!!本当に詐欺じゃねーんだろうな!?
…ま、実際は一番人が良さそうな奴ほど怪しいって言うしよ」
噛みつくように未だ吠えるチンピラの相手は
勿論元山賊のヤンガスが当たり前の様にする
「兄貴がんな下らねー嘘なんざつく訳ねーだろうが!
いつまでもピーピ言ってると、張っ倒すぞコラ!
それに兄貴が怪しいだと!?兄貴はなぁ…っ!
お前みたいな奴に推し量れる存在じゃねーんだ!
次また寝惚けた事言ってみやがれ
絶対ぇに、ただじゃぁおかねえ」
「…す、すいませんしたぁっ!!」
「ふん、分かったならこのチラシ持って
さっさと酒場に行きやがれってんだ…!」
「は、はいぃー!」
ヤンガス、チンピラを秒で退治
「ねーねぇ!羊のお兄ちゃん早く遊ぼうよー!」
そんな中、いつまでもエイトを引っ張り
必死で駄々をこねる地元の子供が一人
エイトはゆっくりしゃがみ、同じ視線の高さになると
フワっと柔らかく微笑みながら冷えた子供の頬を触る
「…こんな頬が冷たくなるまで待たせてごめんね、君
でもお兄さん、まだまだ沢山の人にチラシを配る
お仕事が残っているから、今は君と遊べないんだ
だから明日で良かったら一緒に遊ぼう
良かったら…待っててくれるかな?」
「…必ずだよ?」
「うん、約束」
「えへへっ、分かった!なら明日の朝ここに集合ね!
忘れたら針千本飲ませちゃうから!バイバーイ!」
「バイバイ」
「ひゃー流石兄貴だ、子供の扱いが上手いでがすな」
「そーゆ君もチンピラの人達の扱いは上手いよ
まるで猿回しの猿を回す飼い主みたいだ」
「……それって
貶してるのか褒めてるのかどっちなんですかい?」
「…? 何言ってるのさ、ヤンガス
純粋に褒めてるに決まってるじゃない」
「…やっぱり兄貴は人一倍褒め下手みたいでげす」
まだまだエイトとヤンガスの仕事は始まったばかりだ
一方ホールで働くゼシカ、ククールチームはというと
ゼシカの方では食事などを運ぶ際、お尻や胸を酔っ払った男陣からイヤらしく何回も触られたり、セクハラ発言を受ける始末
我慢強い彼女の堪忍袋も、限界に差しかかっていた
「〜♪噂以上にボンキュッボンの美人姉ちゃんじゃねーの!
なーなぁ?
ここで一番高っけぇボトル何本か入れるからよ
仕事終わったら俺達と朝まで楽しい事して遊ぼーぜ?」
「うひひひ…、本当にむしゃぶりつきたくなるエッロい体〜」
「てかそのでっかいお胸一度でいいから触らせてくれよー
金なら全財産払うからさぁ〜…」
「つーか一発この場でヤラせろよー
どーせその衣装着てる時点でアンタも男漁りにきてんだろ?
な!俺のテクで最っ高に気持ちよくイカせてやるから頼むよバニーちゃん」
「だーっははははっ!
俺レベルのデカさなら絶対に虜になるだろーよ!」
「ははは!違ぇねえ!!」
…もう限界っ!と、ゼシカが机をひっくり返し思い切り怒鳴ろうとした矢先、どこからかククールがやって来て彼女の前で片手を伸ばし、動きを静止させる
「…ククール、アンタ…__」
「…ゼシカ落ち着け、ここで暴れたらアイツらの思う壺だ
それにエイト達との大事な約束もパーになっちまう
一先ずここは俺に任せて、少し離れてな、大丈夫だから」
酔っ払い達には聞こえない声で、ヒソヒソと
ゼシカと話し、必死で彼女を鎮めるククール
そんな光景が気に入らないのか酔っ払い達は
物凄く声を荒げて、ついにはククールに突っかかる
「お゛ぅ゛お゛ぅ゛!!
だぁーれかと思ったら数分事に超絶美人の女共から口説かれていたイケメン兄ちゃんじゃねーか…!
こんな所で俺達みたいなムッサいブ男の相手をしていてもいいのかぁ?店長に告げ口しちゃうぞぉ?」
「「「はぁーっはははは!!!」」」
見えない部分に青筋立てながらも、お得意の営業スマイルでスマートに対応をし始めるククール
「…お客様、大変お楽しみの所恐縮ではございますが、他の方々もいらっしゃいますので…」
「あぁ゛ん゛?…そりゃ何かぁ?
俺達は他の客より節度がなってねーって
嘲笑い言いたいのかよ、テメーはっ!!」
バァン!と思い切り机をひっくり返し立ち上がる一人の男、卓上にあった酒瓶は全て床に落ちガラスの破片と化し無残に飛散する
そして周囲の客はキャー、ギャー!と悲鳴を出しながら酒場の外へと急いで避難していく
「黙ってねーで何か言ったらどーなんだ?あぁ?」
未だに顔色一つ変えず涼しい顔しているククール、そんな彼の胸倉を思い切り掴み上げ鼻息荒く怒鳴る男
その行為が、ククールの男嫌いスイッチを踏んだか
男の無防備な腹部へククールは拳を力一杯入れ込む
メリ…っという鈍く静かな音を立てると同時に男が床に沈む、どうやら一発で気絶した様である
「チッ、こっちが下手に出りゃーつけやがりやがって
汚ねぇ面を俺に近付けるんじゃねーよ気分悪りぃな」
前髪を思い切り掻き上げ、氷のように冷たい瞳で床に伏せる男を見下すククール、違う素が一部出たようだ
「……あ゛ぁ゛ー!!
て、テメェはマイエラ修道院のククール…!」
取り巻きの一人がククールを思い切り指差しながら大声を張り上げる、その言葉で他のチンピラ達も段々気付き始める
「Σ本当だ…!
前髪で顔が見づらかったのと普段と髪型や格好変わってて気付かなかったかったが、紛れもなくククールじゃねーか!
いやっほぉー!まさかこんなシケた酒場で噂のククールと出会えるとは今日はラッキーだぜ!!」
目の前にいるのがククールと分かるや否や、急にテンション爆上げになり、奇妙なまでに踊りだす男達
その意味が分からないゼシカは言い知れぬ恐怖に奥底から体が一時凍りつき、ククールは更に火に油を注がれた気分になり余計苛立つ
「ちょっとアンタ達、目の前にククールがいると何でそんなにテンションが上がるのよ…!」
机を叩きながらゼシカが吠えれば、彼女の付近にいた一人の男が有り金をジャラジャラ出しながら横目で答える
「…何だ、噂…知らねぇのか、姉ちゃん?
聖堂騎士団団長のマルチェロが全国に対して
こんな莫大発言をしたんだよ
『…我が弟ククールはマイエラ修道院から巣立ちはしたが今と昔も、奴の役割は何一つ変わらない
もし街中他で、奴を見つけましたら
思う存分可愛がってくれて構わない
【お祈り】という仕事ならば奴は喜んで尻尾を振り、職務を真っ当致しますので、寄付金と交換で是非お楽しみ下さい』だとさ…!
頭のイカれた兄貴を持つと苦労するなぁ、ククールさんよ!」
ケラケラと小馬鹿にしながら大笑いするその男
その発言に対し屈辱的涙を目に溜めながら苛立つゼシカ
「酷い……!いくらなんでも酷すぎるわ…っ!!
本当にこれが大切な弟にやれるなら悪魔よ!
ククール!こんな人間的に最低な奴等の接客なんてしなくていいわ、店長には私から話つけるから今すぐ仕事辞めるわよ…!!」
顔に深い影を落し、俯き黙り込むククールの手を無理矢理掴み、酒場から出ようと試みるゼシカだがククールが全く動かない
「…!(さっきまで物凄く温かかったのに今は氷みたいに手が冷たい…まるで死人みたいに温度が何一つ通っていない
あの男の言葉で温度も彼の心も死んでしまったとでもいうの…!?)」
「……兄貴が……いや、マルチェロが本当にそうやってアンタらに言ったのか…?……証拠は…?」
「……ククール止めなさい、お願いだから…
これ以上は貴方の心が壊れてしまう…!」
「俺のちっぽけな心なんざ、身も心も金にまみれた男共に売った時点で、とっくに壊れてんだよ…!!!」
命よりも大事にしていたであろうオディロから貰った黒リボンを髪先から毟り取り、床に叩きつけ怒鳴るククール
「ククール…っ!!
(駄目、最大の地雷を踏んでしまった今取り返しがつかない、…完全に怒りで我を忘れている、どうしたら…!)」
「正直に言え…!!
嘘ついてたらタダじゃおかねぇぞ…!!」
「…へっ、常に冷静沈着で余裕タップリな色男が、声をギャーギャー荒げて感情全開でみっともないねぇ?
そこまで言うなら見せてやるよ、お前の兄貴が本当にさっきの事を全国放送を通して言ってた事をな!」
お前の綺麗な面が絶望に染まるのを見るのが楽しみだぜ!と狂った様に笑った後、懐から分厚い機械を取り出した
どうやら全国各地の情報や映像を受信し
気軽に見られる携帯型機械の様であった
男がボタンを押すと何もない画面に上機嫌のマルチェロが一人映された、バックには実に鼻につく団長室
そしてククール達の五感通して伝わる物は、今にも現実から目を背けたくなる惨すぎる真実と事実
「…て訳だ、な? 嘘じゃなかっただろ…__?
ほら、俺の有り金腐ったマイエラ修道院に寄付してやるから今から抱かせてくれよ、お兄ーさん?
…ひひ、本当間近で見ると最高に良い男だなアンタ
こりゃー、そこいらの男でも絶対ぇに抱きたくなるぜ」
ククールの脱力した両肩を強く抱いた後、錆びれた銅貨をポッケに突っ込み、服中に忍ばせた指先で彼の乳首を執拗に触る男
「あー!一番乗りズッリィぞテメェ!」
「俺達にも後でちゃんと回せよな、美味しい所残して」
「分かった分かった、俺が飽きたらお前らにもちぁゃんと回すから下腹部しごいて待ってろよ…!」
しかし、今の彼は抜け殻同然だ
様々な男達に幼い頃から開発され誰よりも敏感になった身体は何の感度も持ち合わせておらず、只々汚い男にされるがままだった
それに対しすかさずキレたのはゼシカだった
「本っ当に最低ね!!!人間の風上にも置けないわアンタ達もマルチェロも…っ!!
一番触れられたくない過去やトラウマを平気でエグったあげく、心身共に傷付いた相手の身体にまで罪悪感なく手まで出すなんて…っ!!
アンタみたいな外道に大事な仲間はこれ以上触らせないわ!ククールから離れなさいよ…っ!!」
未だ目が虚ろなククールの顔や上半身を
厭らしく舐め回し、口付けする男
その光景に我慢出来なくなったゼシカは
ついに覚えたての氷呪文を全力で詠唱する
「ヒャドっ!!」
凄まじい冷たさを宿した氷の塊が男の顔一面にピギィン!と音を鳴らし張る
「Σ!ぎゃ…っぎゃぃぁあああああ゛!!!」
言葉にならないヒャドの冷たさに手中に収めていたククールを床に乱暴に投げ捨て、氷漬けになった顔面を両手で触るが一切溶けはしない
顔一面が氷で完璧密閉されてる為に息も上手く吸えなければ、言葉も上手く喋れない
その隙にゼシカは放られたククールを取り返し、今度は自分の胸の中に収め、周囲を威嚇しながら守る体勢に入る
しかし男仲間の一人が首の皮一枚で精神を繋ぎ止めているククールを更に追い込む事を無遠慮に吐き捨てる
「…腐った常識で溢れ返っていた修道院から抜け出て、まともなお仲間さんと旅しているうちに自分自身の性質と暗くて重い過去の思い出を全て忘れたか……_?
甘いんだよ…っ!!!!
いくら今自分が置かれてる状況が良くても、過去の思い出や性質は無くならない
覚悟を決めて向き合わなきゃ一生付き纏う
…何せら逃げて逃げて、逃げまくって嫌な物全てに蓋をして、見て見ぬふりしてるだけだから!
お前が男を魅了する性質も幼少期から修道院で汚い野郎共に沢っ山抱かれてきた事実も何一つ変わらねぇさ
過去は上手く逃げれても、望まなかった生まれ持った性質からは何一つ逃げられねんだよ!!
…所詮お前は、自身の性質、暗い過去、大好きで大嫌いな兄貴という三つの鎖に固く縛られた【籠の中の鳥】でしかないんだよ…っ!!!!」
…男の言葉を聞き終えた瞬間、ククールの頭の中でブチリと何かが切れた音がした
ゼシカの腕から静かに抜け出し
その場にゆらり…と立ち上がる
彼の両目は重度なストレスに曝された為か一時的に視力を失い、一寸の光も無い墨を零した様な暗黒世界に閉ざされた
勿論言わずとも思考回路も無茶苦茶で、【殺戮衝動】を兼ね備えた自我を持つ黒い渦に、彼の頭はいとも簡単に持って逝かれた
刹那 ____
「 う゛ぁ゛ぁ゛ああああああああ!!!!! 」
ククールの凄まじい雄叫びと狂気に酒場全体は震えあがり
窓ガラスはガタガタと激しく揺れ、ガラスは所々割れる
束の間ゼシカはあまりの恐怖から固く目と耳を塞いでいた
そして周囲がシン…と静まり返ると同時に目をゆっくりと開ければ、そこには目を疑う光景があった
「……く、……ククール…?」
空に舞う真っ赤な血飛沫の中で蝶のように舞い、蜂のように刺す
殺戮を無邪気に楽しむ夜叉の様なククールが一人いた
先程まで元気だった残りの残党は顔が分からないまでにグチャグチャに破壊され、半殺しどころではなかった
「…や、止めて……もう…… 止めてぇえ!! 」
あまりの残虐非道な状況にゼシカは泣きながら、今なお残党を殴り倒すククールを背後から強く抱き締める
ここから数分前に遡る…__
「…!今の声は…__」
街中央広場で地獄耳であるヤンガスより先に異変に気付いたのは、誰よりも五感が鋭いエイトであった
叫び声の主がククールだと察知すると同時に、体中から脂ぎった嫌な汗が噴き出し滝のように流れ、悪寒と共に全ての温度を一気に奪い去る
「…っ…なんだ………この言いしれない悪寒…__」
ドッド…っと激しい鼓動と共に暴れる心臓を着ぐるみ越しから押さえながら、その場に暫ししゃがみ込むエイト
そんな様子を見たヤンガスは慌て彼に歩み寄り手を貸す
「兄貴…!大丈夫でがすか?」
「…うん、ありがとうヤンガス手を貸してくれて」
「それはどうって事ないでげすよ
それよりも今の悲鳴、…十中八九ククールでがすよ」
「……ククールの悲鳴を聞いてから嫌な予感が止まらないんだ、ヤンガス悪いんだけど暫くの間ここを任せてもいいかな?」
酒場方面からビリビリと流れてくる生温い不穏な風に一人警戒心を高めながら、そちらを見続け喋るエイト
「勿論兄貴の為なら喜んで職務を真っ当するでがすよ!」
ドンと胸を叩き「任せて下せえ!」と気張る弟分に力強く頷くと、エイトは風よりも早く酒場へ一直線に走る
「……どうかククールが馬鹿な事を考えていませんように」と、何度も胸元で十字架を切りながら…___
End