第2章 横浜の龍
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どこか古めかしいが、上品な建物の前に立っていた。口角の筋肉をあげ、笑顔を取り繕ったあと、インターホンのボタンを鳴らす。
『はい。【陽だまりの城】受付窓口でございます』
「いつもお世話になってます。鑑定士の多々良ナナシと申します。木内妙子さんのご依頼で来たのですが」
いつもよりハイトーンな声で喋る。少しお待ちくださいと窓口の女性が数秒離れたあと、出入りの許しがでた。
いつ来ても豪華な介護施設だ。ガラスの壁から暖かな陽射しがさし、ご老人の楽しそうな談笑が耳にはいる。ここはいつもおだやかな空気が流れているな。
とある個室のドアをノックする。はあいという返答を聞いて俺は室内に入った。ベッドの上で本を読んでいたご婦人は顔を上げ、俺の姿を見ると嬉しそうに顔をほころばせた。
「いらっしゃいナナシさん。待ってたわあ」
「どうも。体の調子はどうですか?」
俺は営業スマイルを解き、ご婦人に笑いかけた。
「ナナシさんが来てくれたからすっかり良くなったわ」
お上品に口を隠して笑う妙子さん。そんな彼女をみて俺は笑みをこぼした。
彼女の名前は木内妙子。昔は製菓業社の社長として働いていたらしい。俺のお得意さんの一人だ。何回も鑑定で訪れ、話しているうちに打ち解け、今じゃ素で話しかけるほどの仲になった。
ふと、妙子さんの手元の本に目がいった。というのも、結構お高そうな外装をしていたためである。社会という名の戦場を引退した元大手社長だし、さらりと凄いもの持ってるなあ。
俺の視線に気づいたのだろう。妙子さんは本の表紙を見せた。日記帳と達筆な字で書いてある。
「さっきまで日記を書いていたのよ。ふふ、ナナシさんが来てくれたおかげで寂しい文にならずに済んだわ」
「はは、それならなおさら来て良かったです」
そのあとも、品物の鑑定をしながらも世間話に花を咲かせた。でも、今回の話題はいつもと違うところがあった。
「明日からエクセレントルームに移動、ですか? 確か5000万かかるやつですよね……?」
「息子から、ゆっくり休むのに最高な場所をあげたいと言われてねえ。あっ、エクセレントルームに移っても鑑定の依頼しますからね?」
「そりゃありがたいです。にしても、親孝行な息子さんですねぇ」
「ええ、ほんとうに……あっ!」
唐突に声をあげた妙子さんに反応してルーペを落としかける。
「えっどうかしました?」
「ナナシさん、冷蔵庫の中にチーズケーキが入った箱があるのだけど、それを取ってきてくれない?」
「あ、ああ。いいですよ」
スプーンとお皿も持ってきてと言われてその通りにする。ベッド脇の椅子に座ってと託された。妙子さんはチーズケーキをひとつ切り分け、俺の前に差し出した。
「話してばっかで忘れるとこだったわ。このチーズケーキ、私が作ったのだけど、あなたに食べてほしいの」
「いいんですか?」
「えぇ、どうぞ」
ご好意をありがたく受けとる。正直言うと俺はチーズケーキにはうるさいのだが、まあ妙子さんの頼みだ美味しいと言ってや……ん?
「ん、んまい!」
俺の食べてきたチーズケーキの中で一番美味しい!! なんこれ!?
「あはは! ナナシさん大げさよお。そんなに気に入ったならホールごといる?」
「いる! いります!」
チーズケーキを頬張りながら何回も頷く。いや、冗談抜きで美味しいわこれ。
「レシピ盗みたいくらい美味しいです……」
「ふふ、なら今度来たときレシピを書いた紙をあげるわ」
「いいんですか?」
「もちろんよ」
鑑定が終わり、俺はまたレシピを教えてくれることを念を押して言う。
「わかったわかった」
俺のその必死さに妙子さんは可笑しそうにわらってた。俺にお祖母ちゃんがいたらこんな感じだったのかな。
後日、俺のパソコンに鑑定の依頼が来た。それは、木内妙子さんの、遺品の鑑定だったーー
『はい。【陽だまりの城】受付窓口でございます』
「いつもお世話になってます。鑑定士の多々良ナナシと申します。木内妙子さんのご依頼で来たのですが」
いつもよりハイトーンな声で喋る。少しお待ちくださいと窓口の女性が数秒離れたあと、出入りの許しがでた。
いつ来ても豪華な介護施設だ。ガラスの壁から暖かな陽射しがさし、ご老人の楽しそうな談笑が耳にはいる。ここはいつもおだやかな空気が流れているな。
とある個室のドアをノックする。はあいという返答を聞いて俺は室内に入った。ベッドの上で本を読んでいたご婦人は顔を上げ、俺の姿を見ると嬉しそうに顔をほころばせた。
「いらっしゃいナナシさん。待ってたわあ」
「どうも。体の調子はどうですか?」
俺は営業スマイルを解き、ご婦人に笑いかけた。
「ナナシさんが来てくれたからすっかり良くなったわ」
お上品に口を隠して笑う妙子さん。そんな彼女をみて俺は笑みをこぼした。
彼女の名前は木内妙子。昔は製菓業社の社長として働いていたらしい。俺のお得意さんの一人だ。何回も鑑定で訪れ、話しているうちに打ち解け、今じゃ素で話しかけるほどの仲になった。
ふと、妙子さんの手元の本に目がいった。というのも、結構お高そうな外装をしていたためである。社会という名の戦場を引退した元大手社長だし、さらりと凄いもの持ってるなあ。
俺の視線に気づいたのだろう。妙子さんは本の表紙を見せた。日記帳と達筆な字で書いてある。
「さっきまで日記を書いていたのよ。ふふ、ナナシさんが来てくれたおかげで寂しい文にならずに済んだわ」
「はは、それならなおさら来て良かったです」
そのあとも、品物の鑑定をしながらも世間話に花を咲かせた。でも、今回の話題はいつもと違うところがあった。
「明日からエクセレントルームに移動、ですか? 確か5000万かかるやつですよね……?」
「息子から、ゆっくり休むのに最高な場所をあげたいと言われてねえ。あっ、エクセレントルームに移っても鑑定の依頼しますからね?」
「そりゃありがたいです。にしても、親孝行な息子さんですねぇ」
「ええ、ほんとうに……あっ!」
唐突に声をあげた妙子さんに反応してルーペを落としかける。
「えっどうかしました?」
「ナナシさん、冷蔵庫の中にチーズケーキが入った箱があるのだけど、それを取ってきてくれない?」
「あ、ああ。いいですよ」
スプーンとお皿も持ってきてと言われてその通りにする。ベッド脇の椅子に座ってと託された。妙子さんはチーズケーキをひとつ切り分け、俺の前に差し出した。
「話してばっかで忘れるとこだったわ。このチーズケーキ、私が作ったのだけど、あなたに食べてほしいの」
「いいんですか?」
「えぇ、どうぞ」
ご好意をありがたく受けとる。正直言うと俺はチーズケーキにはうるさいのだが、まあ妙子さんの頼みだ美味しいと言ってや……ん?
「ん、んまい!」
俺の食べてきたチーズケーキの中で一番美味しい!! なんこれ!?
「あはは! ナナシさん大げさよお。そんなに気に入ったならホールごといる?」
「いる! いります!」
チーズケーキを頬張りながら何回も頷く。いや、冗談抜きで美味しいわこれ。
「レシピ盗みたいくらい美味しいです……」
「ふふ、なら今度来たときレシピを書いた紙をあげるわ」
「いいんですか?」
「もちろんよ」
鑑定が終わり、俺はまたレシピを教えてくれることを念を押して言う。
「わかったわかった」
俺のその必死さに妙子さんは可笑しそうにわらってた。俺にお祖母ちゃんがいたらこんな感じだったのかな。
後日、俺のパソコンに鑑定の依頼が来た。それは、木内妙子さんの、遺品の鑑定だったーー