風紀委員長の日常
Target.05 体育祭の件について
体育祭当日。僕は校舎の見回りに出ていた。コツコツと廊下にローファーの足音が鳴り響く。普段は生徒や教師の声で溢れる校舎も、今や静か。そのかわり、外の校庭から生徒の声援や棒読みのアナウンスが聞こえてくる。君たちは存分に体育祭を満喫しててくれ。
「……さっそく、サボり発見」
奥の教室から下品な笑い声が響いてくる。うーん、不愉快。声の数的に四人くらいかな。足音をかき消して教室に歩み寄る。
「体育祭マジつまんねーよなwwwwあんなん、まじめにやるとかマジムダっしょwwwww」
そんな話し声が聞こえてくる。引き戸に手をかけ、静かに開いた。こちらに視線が集まり、段々と笑い声がひきつっていく。
「ひっ雲雀!?」
「……咬み殺す」
僕は自分の獲物を真っ青な顔をした生徒に振り下ろした。安心してくれ。退屈な体育祭も気づいたら終わってるから、さ。
◇□◇□◇
「委員長、見回りお疲れ様です。先程の生徒はこちらで処理しておきました」
「……そう」
血まみれのトンファーを拭う。錆び付いたら困るし、父にどやされてしまいそうだ。
「こちら、頼まれていたお弁当です」
デスクに弁当が置かれる。草壁は後の見回りはお任せくださいと言い残し、応接室を出ていった。磨いたトンファーを懐にしまう。廊下に人の気配が無くなったのを確信し、立ち上がって背骨を伸ばした。うわっ、良い音鳴ったなぁ。
アナウンスを聞く限り、どうやら体育祭のほうもお昼休みになったらしい。良いタイミングだ。肩にかけた学ランをイスにかけリラックスモードに入る。給湯室からお茶が入った急須と湯飲みを持ってくる。もちろんほうじ茶だ。僕もこのあと出番があるし、今のうちに弁当でもーー
「恭弥!! 一緒にメシを食うぞ!!」
ま た お ま え か ! !
「ねえ、応接室に来るのいい加減やめてくれない? はっきり言って迷惑だ」
デスクにお茶を置き、笹川を睨み付ける。だが笹川、僕の渾身の凄みをスルー。
「別にいいではないか! 誰かと一緒に食べたほうが食事も極限にうまくなるだろう? な、京子!」
笹川の後ろから申し訳なさそうな顔をした京子が顔を出す。
「ごめんなさい雲雀さん。止めたんだけど、お兄ちゃんがどうしても一緒に食べたいと言うから……」
「……はぁ」
手のひらで自分の頭を押さえる。最近、ため息しかついてない気がするぞ。
「好きにすれば?」
笹川だけなら首根っこ掴んで追い出すが、京子も居るとなるとな……。女子に手荒な真似はしたくない。ということで勝手にしろ。
「あぁ、好きにする」
笹川は満足げな顔で頷き、いつものようにずかずかと応接室に入ってきて、来客用のソファに座って弁当を広げる。
「お、お邪魔します!」
その兄に続いて萎縮した京子が応接室に入り、笹川の隣に座った。
さて、僕も食うか。デスクで弁当のふたを開ける。運動したから弁当買いにいくの億劫だったし、事前に予約しといて正解だったよ。湯呑みにお茶を煎れ、箸を手に持つ。
「恭弥、こっちで食わないのか?」
こっちをみる笹川が怪訝な顔をする。
「なんで?」
「さっきも言っただろう……」
笹川はため息をはいた。えっなんで僕呆れられてるの。
「食事はみんなで食べたほうが極限にうまいと俺が言った!」
そう高く吠えたあと、こっちで一緒に食べんか! そういって手招きする笹川。
「……はぁ」
僕は弁当と湯呑みを手にもって渋々と移動する。断っても煩くなるだけだ。
「いただきます!」「いただきまーす!」
そういって笹川兄妹は弁当を食べ始める。僕もそっと両手を合わせたあと、弁当に口をつけた。うん、美味しい。やっぱあの店の弁当は旨い。食べ進めていると前から目線を感じた。
「ねえ、こっち凝視しないでくれる? 食べにくい」
「あー、すまん。その唐揚げ、極限にうまそうだなと思ってな」
笹川は物欲しそうな顔で唐揚げを凝視する。こいつ、そんなに唐揚げ好きだったっけ。
「……そっちの卵焼きと交換ならいいよ」
「本当か!」
キラッキラした顔しやがって。笹川の弁当の蓋に唐揚げを乗っける。笹川から卵焼きを貰い、さっそく食べた。おぉ、懐かしい味だ。久しぶりに笹川母の卵焼きを食べたが、変わらない美味しさだ。
「うむっ、極限にうまいなこの唐揚げ……こうやって一緒に弁当を食べてると、幼稚園の頃を思い出すな!」
笹川がそんなことを言う。あー、組が同じだったから仕方なく一緒に弁当食ってたっけ。
「笹川に無理やりグリンピース押し付けられてた思い出しかないな」
しれっと僕の弁当に忍ばせてたの覚えているぞ。そんなことを僕が話すと笹川が慌てる。
「なっそんなこと思い出すな恭弥! あの時は食べれなかったのだ!」
「えっ、お兄ちゃんグリンピース苦手だったの?」
京子はそのこと初耳らしい。隠してたのか?
「グリンピースが苦手とか、その……お兄ちゃんとしてかっこつかないだろう!」
今は食べれるようになってるからな!と、そう弁解する笹川。嫌いなもの克服するなんて偉い。そんな下らないことを言い合いながら弁当を食べ進める。
『棒倒しの問題について審議します。各チーム三年生代表は本部までーー』
丁度全員が弁当を食べきったころ、外のアナウンスがそう告げる。
「む、お呼びがかかったな。少し早いが俺はあっちに戻る。京子はどうする?」
京子は首を振る。
「私はもうちょっとここに居るね。行ってらっしゃい、お兄ちゃん!」
「あぁ、いってくる!」
笹川は自分の弁当箱をまとめて応接室から去る。あとに残ったのは僕と京子だけだ。そういや、久しぶりに京子と顔を合わせたな。……あの日以来か。
「雲雀さん。いつもお兄ちゃんのわがままを聞いてくれてありがとうございます。お兄ちゃん、雲雀さんに迷惑かけてないかな?」
こんな礼儀正しい女の子が笹川の妹とか生命の神秘を感じる。ほんと、よくできた良い子だ。
「いや、別に」
「ふふ、家に居るとき、お兄ちゃんがよく雲雀さんのこと話すんだよ?」
「……たとえば、どんな?」
「今日も仏頂面だったって」
なに言うとんねんあいつ。……まあ、幼稚園からの腐れ縁だから、嫌でも仲が深まるさ。何だかんだいって一番付き合いの長い人間かもしれん。
「その話をするお兄ちゃんの顔が嬉しそうなんだぁ」
「ふぅん……」
「お母さんもお父さんもまたいつでも遊びに来てって言ってたよ」
「そう。そのうち訪ねるよ」
気が向いたら、ね。訪ねるのは当分先になりそうだなぁ。
『午後のプログラムを始めます。生徒全員グラウンドに集合してください』
「あっもう行かなきゃ! 雲雀さん、お邪魔しました!」
京子も弁当をしまって応接室を出ていく。
「……さてと」
それよりも、僕もそろそろ行かなきゃな。学ランを羽織って外に出る準備を進めた。もう一仕事だ。ガンバレ、僕。
体育祭当日。僕は校舎の見回りに出ていた。コツコツと廊下にローファーの足音が鳴り響く。普段は生徒や教師の声で溢れる校舎も、今や静か。そのかわり、外の校庭から生徒の声援や棒読みのアナウンスが聞こえてくる。君たちは存分に体育祭を満喫しててくれ。
「……さっそく、サボり発見」
奥の教室から下品な笑い声が響いてくる。うーん、不愉快。声の数的に四人くらいかな。足音をかき消して教室に歩み寄る。
「体育祭マジつまんねーよなwwwwあんなん、まじめにやるとかマジムダっしょwwwww」
そんな話し声が聞こえてくる。引き戸に手をかけ、静かに開いた。こちらに視線が集まり、段々と笑い声がひきつっていく。
「ひっ雲雀!?」
「……咬み殺す」
僕は自分の獲物を真っ青な顔をした生徒に振り下ろした。安心してくれ。退屈な体育祭も気づいたら終わってるから、さ。
◇□◇□◇
「委員長、見回りお疲れ様です。先程の生徒はこちらで処理しておきました」
「……そう」
血まみれのトンファーを拭う。錆び付いたら困るし、父にどやされてしまいそうだ。
「こちら、頼まれていたお弁当です」
デスクに弁当が置かれる。草壁は後の見回りはお任せくださいと言い残し、応接室を出ていった。磨いたトンファーを懐にしまう。廊下に人の気配が無くなったのを確信し、立ち上がって背骨を伸ばした。うわっ、良い音鳴ったなぁ。
アナウンスを聞く限り、どうやら体育祭のほうもお昼休みになったらしい。良いタイミングだ。肩にかけた学ランをイスにかけリラックスモードに入る。給湯室からお茶が入った急須と湯飲みを持ってくる。もちろんほうじ茶だ。僕もこのあと出番があるし、今のうちに弁当でもーー
「恭弥!! 一緒にメシを食うぞ!!」
ま た お ま え か ! !
「ねえ、応接室に来るのいい加減やめてくれない? はっきり言って迷惑だ」
デスクにお茶を置き、笹川を睨み付ける。だが笹川、僕の渾身の凄みをスルー。
「別にいいではないか! 誰かと一緒に食べたほうが食事も極限にうまくなるだろう? な、京子!」
笹川の後ろから申し訳なさそうな顔をした京子が顔を出す。
「ごめんなさい雲雀さん。止めたんだけど、お兄ちゃんがどうしても一緒に食べたいと言うから……」
「……はぁ」
手のひらで自分の頭を押さえる。最近、ため息しかついてない気がするぞ。
「好きにすれば?」
笹川だけなら首根っこ掴んで追い出すが、京子も居るとなるとな……。女子に手荒な真似はしたくない。ということで勝手にしろ。
「あぁ、好きにする」
笹川は満足げな顔で頷き、いつものようにずかずかと応接室に入ってきて、来客用のソファに座って弁当を広げる。
「お、お邪魔します!」
その兄に続いて萎縮した京子が応接室に入り、笹川の隣に座った。
さて、僕も食うか。デスクで弁当のふたを開ける。運動したから弁当買いにいくの億劫だったし、事前に予約しといて正解だったよ。湯呑みにお茶を煎れ、箸を手に持つ。
「恭弥、こっちで食わないのか?」
こっちをみる笹川が怪訝な顔をする。
「なんで?」
「さっきも言っただろう……」
笹川はため息をはいた。えっなんで僕呆れられてるの。
「食事はみんなで食べたほうが極限にうまいと俺が言った!」
そう高く吠えたあと、こっちで一緒に食べんか! そういって手招きする笹川。
「……はぁ」
僕は弁当と湯呑みを手にもって渋々と移動する。断っても煩くなるだけだ。
「いただきます!」「いただきまーす!」
そういって笹川兄妹は弁当を食べ始める。僕もそっと両手を合わせたあと、弁当に口をつけた。うん、美味しい。やっぱあの店の弁当は旨い。食べ進めていると前から目線を感じた。
「ねえ、こっち凝視しないでくれる? 食べにくい」
「あー、すまん。その唐揚げ、極限にうまそうだなと思ってな」
笹川は物欲しそうな顔で唐揚げを凝視する。こいつ、そんなに唐揚げ好きだったっけ。
「……そっちの卵焼きと交換ならいいよ」
「本当か!」
キラッキラした顔しやがって。笹川の弁当の蓋に唐揚げを乗っける。笹川から卵焼きを貰い、さっそく食べた。おぉ、懐かしい味だ。久しぶりに笹川母の卵焼きを食べたが、変わらない美味しさだ。
「うむっ、極限にうまいなこの唐揚げ……こうやって一緒に弁当を食べてると、幼稚園の頃を思い出すな!」
笹川がそんなことを言う。あー、組が同じだったから仕方なく一緒に弁当食ってたっけ。
「笹川に無理やりグリンピース押し付けられてた思い出しかないな」
しれっと僕の弁当に忍ばせてたの覚えているぞ。そんなことを僕が話すと笹川が慌てる。
「なっそんなこと思い出すな恭弥! あの時は食べれなかったのだ!」
「えっ、お兄ちゃんグリンピース苦手だったの?」
京子はそのこと初耳らしい。隠してたのか?
「グリンピースが苦手とか、その……お兄ちゃんとしてかっこつかないだろう!」
今は食べれるようになってるからな!と、そう弁解する笹川。嫌いなもの克服するなんて偉い。そんな下らないことを言い合いながら弁当を食べ進める。
『棒倒しの問題について審議します。各チーム三年生代表は本部までーー』
丁度全員が弁当を食べきったころ、外のアナウンスがそう告げる。
「む、お呼びがかかったな。少し早いが俺はあっちに戻る。京子はどうする?」
京子は首を振る。
「私はもうちょっとここに居るね。行ってらっしゃい、お兄ちゃん!」
「あぁ、いってくる!」
笹川は自分の弁当箱をまとめて応接室から去る。あとに残ったのは僕と京子だけだ。そういや、久しぶりに京子と顔を合わせたな。……あの日以来か。
「雲雀さん。いつもお兄ちゃんのわがままを聞いてくれてありがとうございます。お兄ちゃん、雲雀さんに迷惑かけてないかな?」
こんな礼儀正しい女の子が笹川の妹とか生命の神秘を感じる。ほんと、よくできた良い子だ。
「いや、別に」
「ふふ、家に居るとき、お兄ちゃんがよく雲雀さんのこと話すんだよ?」
「……たとえば、どんな?」
「今日も仏頂面だったって」
なに言うとんねんあいつ。……まあ、幼稚園からの腐れ縁だから、嫌でも仲が深まるさ。何だかんだいって一番付き合いの長い人間かもしれん。
「その話をするお兄ちゃんの顔が嬉しそうなんだぁ」
「ふぅん……」
「お母さんもお父さんもまたいつでも遊びに来てって言ってたよ」
「そう。そのうち訪ねるよ」
気が向いたら、ね。訪ねるのは当分先になりそうだなぁ。
『午後のプログラムを始めます。生徒全員グラウンドに集合してください』
「あっもう行かなきゃ! 雲雀さん、お邪魔しました!」
京子も弁当をしまって応接室を出ていく。
「……さてと」
それよりも、僕もそろそろ行かなきゃな。学ランを羽織って外に出る準備を進めた。もう一仕事だ。ガンバレ、僕。