君と月とお酒
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「お疲れさまでした」
ドラマの撮影が終わり、スタジオのビルから出た。午後7時。
いつもは今ごろ、空にポツポツと星が見えてくるのだが、今日は重たそうな雲が空を包んでいた。雨もポツポツ降りだしている。少し強い風を受け、乱れた髪を抑えた。もうウチに帰るから気にしないけどさぁ。
雨は嫌いだ。髪がうねるし。ねじまがってしまった癖っ毛を指で弄んでいると、携帯を見ていたマネージャーのメイちゃんはあちゃーと頭を抑えた。
「いま確認したんですけど、夜に嵐が来るらしいですよー……」
「ほんとだ。こりゃ厄介ですね」
メイちゃんの携帯画面を覗くと嵐のお天気マーク。あーらら、ベランダで酒飲めないな。
「こっちに車まわして来ますね!」
「メイさん、ありがとうございます。」
傘を開き、小走りで駐車場に走るマネージャーに小さく礼をする。重たそうな灰色の雲を見て、脳裏にちらりとキースの顔が浮かんだ。あいつ、この天気でもパトロールとかしてるのか……? しとしと降る雨粒をじっと見つめた。
▽
激しい雨粒をヘルメット越しにひしひしと感じる。吹き付ける風も一筋縄じゃいかない。この天気での飛行は危険。とても危険だ。だが、日課のパトロールは中止にできない。こんな天気の日でも助けを望む人がいる! むしろ、こういう悪い天気だと犯罪も増えたりするからね。
「(異常なし、と!)」
ゴールドステージを回り終え、シルバーステージに降りる。雨風が弱まった。
「ふぅ……。」
上層が雨を少し遮っていて、ほっと胸を撫で下ろした。流石にあの豪雨に当たるのは、ね。
シルバーステージの隅からすみを飛び回る。異常なし! 大体を飛び終えたあとに、いつも立ち寄っているマンションの近くに来た。
「(……居た。)」
自然と視線が最上階のベランダに向く。雨が当たらないようにテーブルを移動させたのだろう。椅子に腰を掛けた彼がいた。その手には珍しくお酒が握られていない。ジェット機を操作し彼のもとに近寄る。
「やぁ片山くん! こんばんは!」
「おっキース。そろそろ来ると思ってたんだよ。」
彼は立ち上がり、緑色の切れ長な目を細める。彼の名前は片山ケイ。ジェットパックの故障でこのマンションに追突してしまったとき以来、パトロールの途中に訪ねるようになった。今では、夜に片山くんに会い、話すのがちょっとした楽しみになっている。彼と話すのはとても楽しい! パトロールで疲れた身体も、元気になるんだ!
ベランダに降り立ち、私はヒーロースーツのヘルメットを外した。ヘルメットの中は濡れてないから問題ないが、雨に濡れたヒーロースーツがベランダの床に水溜まりを作る。突然、鼻の先にタオルを差し出された。
「ほれ、タオル。おめー、びしょ濡れじゃねーか。」
「この天気のなか飛び回ってたからね! 遠慮なく使わせて貰うよ。」
彼の優しさに、雨で冷えた身体が少し暖かくなった。ありがとうと礼を言い、タオルを受け取る。濡れた身体を拭いてたら、タオルからふわりと柔軟剤の香りと、微かなコーヒーの匂いがした。
「立ち話もなんだし、上がれよ。」
そう言って片山くんは室内に入る。……片山くんの家に? ぼーっと突っ立っていた私に彼は怪訝な顔をした。
「おめー、ベランダだと風とか雨とかでゆっくり話せねえだろ。はよ入れ。あったかい飲み物出してやるから。」
一応、部屋は片付けてあるから心配無用。そう得意気に言って私を手招きする片山くん。
「お、お邪魔します。」
ブーツを脱ぎ、室内に入る。実は、彼の部屋にまともに入ったのは初めてだった。
「適当にくつろいでてな~」
キッチンのほうから片山くんにそう言われたので、私は赤色のソファに座った。……妙にソワソワしてしまう。テーブルの上には飲みかけのお酒。今日はどんなお酒を飲んでいるのだろうか。側には小皿にカシューナッツが盛られていた。やっぱしお酒を飲んでいたんだなと、心のなかで苦笑する。
キョロキョロと部屋を見渡す。少し失礼な行動だと思われるかもしれないが、彼の部屋に少なからず興味を持っていたからね。例の件で直ってないとことかあったら困るだろうし。部屋にワインセラーや小さいバーカウンターが置いてあるところを見て、とても彼らしいなと感じた。目を前に向けると、ソファの向かいに立つテレビに、ドラマの場面が映されていた。そこにはコーヒーカップを磨くマスターらしきオールバックの男性と、一人のブロンド髪の女性が喫茶店で対面して話していた。右下のマークを見るとどうやら一時停止しているらしい。
「出演したドラマのチェックしてたんだよ。」
「え!? ということは、このかっこいい男性は君かい? 言われるまで気づかなかったよ!」
「へへ、せやろ? かっこいいだろ~?」
キッチンから戻ってきた片山くんがとても嬉しそうに笑う。彼の手にはマグカップが握られていた。カップを目の前に差し出される。この匂いは……?
「コーラ?」
「おう、ホットコーラという台湾のホットドリンクだ。」
カップを受けとる。ジンジャーとレモンの輪切りが浮いていた。パチパチと弾ける炭酸の音。
「炭酸が残っているうちにどうぞ~」
「ありがとう! そしていただきます!」
マグカップに口をつけた。心地いいパチパチと、ジンジャーの風味がする。暖かい物がすごくありがたくて、ほっと息を吐いた。
「美味しい……! 暖かいコーラもいいものだね、とても!」
「気に入ってくれてなによりだ。」
片山くんがニヤリと笑った。私の隣に座り、テーブルに置いてあったグラスを飲む。
「今日はどんなお酒を飲んでいるんだい?」
「これか? こりゃコーヒーリキュールだ。ホットがうめえの。」
おめえもおつまみ食うか? いいのかい? そんなやり取りをしながらお互いに会話を楽しんだ。ふと、私は目の前のテレビを見た。
「ドラマのチェックしないのかい?」
「んー? やだよ。」
「ダメかい? 演じている君の姿、私は見てみたいのだが……」
テレビに映るいつもと違う彼に興味を持った。あの憂いのある大人な顔の男性と、いま目の前で真っ赤になって思案しているキミと到底同一人物とは思えない。
「うぐぅ……そんな顔すんなって! わーあた、わぁっーたから!!」
片山くんはなげやりにリモコンのボタンを押し、クッションに顔をうずめた。
「キミは観ないのかい?」
「……今回の演技、納得できてねえんだよ。」
テレビの映像が流れ出す。よくあるフラれた女性を励ます男性のシーンだ。画面のなかに映る彼はかっこよくて、彼は人気の俳優だったなと改めて認識した。
「あー、なんの羞恥プレイだよこれぇ……くそ、演技がへたくそ……」
真っ赤で顔を伏している片山くんに、いやいやと私は反論した。
「演技とかそういうのは、あまり分からないが、私から見たら十分魅力的でかっこいいと思うんだが。」
「スタッフのみんなにもそう言われたよ。うまいとかかっこいいとか。でも、オレは納得していない。」
ぶーとふてくされた彼はグラスのお酒を一気に飲みほした。
「それよりも、そろそろ帰る時間じゃないのか?」
片山くんにそう促された。
「せめて最後までーー」
「いや、ほんと、まじで、この恥ずかしさには勝てねえ! ほら! お前を待っている市民も居るし? な!」
強引にソファから立たされベランダに連れてかれる。風も雨もまだあるが、外の天気は少しマシになったみたいだ。
「あのドラマのタイトルってなんていうんだい?」
「えっ、
“恋はティータイムのあとで”っつー恋愛ドラマだけど?」
「ありがとう! 今度、一話から観てみるよ!」
「おっふ、まだ観る気かおめえ……なら、演技とか印象とか、どういうふうだったか教えてくんねえか? 今後の参考とかになるだろうし。」
頷き返すと、片山くんはよろしくと笑った。ブーツを履き、ヘルメットを被る。ベランダの柵に足をかけて、後ろを降りむいた。
「いってらっしゃい、気いつけてな?」
部屋のあたたかな明かりを背に、頬をお酒で少し染めた彼が微笑んで手をふる。このやり取りが、私にとって本当に嬉しかった。
「あぁ! いってきます!」
その素敵な言葉に私は笑顔で返事して。そして、またパトロールを再開する。雨はまだ降り続けているが、私の心は晴れやかだ。
今日も、明日も、明後日も、きっと彼は私を招き入れる。素敵な飲み物と、綺麗な笑顔を準備して。
ドラマの撮影が終わり、スタジオのビルから出た。午後7時。
いつもは今ごろ、空にポツポツと星が見えてくるのだが、今日は重たそうな雲が空を包んでいた。雨もポツポツ降りだしている。少し強い風を受け、乱れた髪を抑えた。もうウチに帰るから気にしないけどさぁ。
雨は嫌いだ。髪がうねるし。ねじまがってしまった癖っ毛を指で弄んでいると、携帯を見ていたマネージャーのメイちゃんはあちゃーと頭を抑えた。
「いま確認したんですけど、夜に嵐が来るらしいですよー……」
「ほんとだ。こりゃ厄介ですね」
メイちゃんの携帯画面を覗くと嵐のお天気マーク。あーらら、ベランダで酒飲めないな。
「こっちに車まわして来ますね!」
「メイさん、ありがとうございます。」
傘を開き、小走りで駐車場に走るマネージャーに小さく礼をする。重たそうな灰色の雲を見て、脳裏にちらりとキースの顔が浮かんだ。あいつ、この天気でもパトロールとかしてるのか……? しとしと降る雨粒をじっと見つめた。
▽
激しい雨粒をヘルメット越しにひしひしと感じる。吹き付ける風も一筋縄じゃいかない。この天気での飛行は危険。とても危険だ。だが、日課のパトロールは中止にできない。こんな天気の日でも助けを望む人がいる! むしろ、こういう悪い天気だと犯罪も増えたりするからね。
「(異常なし、と!)」
ゴールドステージを回り終え、シルバーステージに降りる。雨風が弱まった。
「ふぅ……。」
上層が雨を少し遮っていて、ほっと胸を撫で下ろした。流石にあの豪雨に当たるのは、ね。
シルバーステージの隅からすみを飛び回る。異常なし! 大体を飛び終えたあとに、いつも立ち寄っているマンションの近くに来た。
「(……居た。)」
自然と視線が最上階のベランダに向く。雨が当たらないようにテーブルを移動させたのだろう。椅子に腰を掛けた彼がいた。その手には珍しくお酒が握られていない。ジェット機を操作し彼のもとに近寄る。
「やぁ片山くん! こんばんは!」
「おっキース。そろそろ来ると思ってたんだよ。」
彼は立ち上がり、緑色の切れ長な目を細める。彼の名前は片山ケイ。ジェットパックの故障でこのマンションに追突してしまったとき以来、パトロールの途中に訪ねるようになった。今では、夜に片山くんに会い、話すのがちょっとした楽しみになっている。彼と話すのはとても楽しい! パトロールで疲れた身体も、元気になるんだ!
ベランダに降り立ち、私はヒーロースーツのヘルメットを外した。ヘルメットの中は濡れてないから問題ないが、雨に濡れたヒーロースーツがベランダの床に水溜まりを作る。突然、鼻の先にタオルを差し出された。
「ほれ、タオル。おめー、びしょ濡れじゃねーか。」
「この天気のなか飛び回ってたからね! 遠慮なく使わせて貰うよ。」
彼の優しさに、雨で冷えた身体が少し暖かくなった。ありがとうと礼を言い、タオルを受け取る。濡れた身体を拭いてたら、タオルからふわりと柔軟剤の香りと、微かなコーヒーの匂いがした。
「立ち話もなんだし、上がれよ。」
そう言って片山くんは室内に入る。……片山くんの家に? ぼーっと突っ立っていた私に彼は怪訝な顔をした。
「おめー、ベランダだと風とか雨とかでゆっくり話せねえだろ。はよ入れ。あったかい飲み物出してやるから。」
一応、部屋は片付けてあるから心配無用。そう得意気に言って私を手招きする片山くん。
「お、お邪魔します。」
ブーツを脱ぎ、室内に入る。実は、彼の部屋にまともに入ったのは初めてだった。
「適当にくつろいでてな~」
キッチンのほうから片山くんにそう言われたので、私は赤色のソファに座った。……妙にソワソワしてしまう。テーブルの上には飲みかけのお酒。今日はどんなお酒を飲んでいるのだろうか。側には小皿にカシューナッツが盛られていた。やっぱしお酒を飲んでいたんだなと、心のなかで苦笑する。
キョロキョロと部屋を見渡す。少し失礼な行動だと思われるかもしれないが、彼の部屋に少なからず興味を持っていたからね。例の件で直ってないとことかあったら困るだろうし。部屋にワインセラーや小さいバーカウンターが置いてあるところを見て、とても彼らしいなと感じた。目を前に向けると、ソファの向かいに立つテレビに、ドラマの場面が映されていた。そこにはコーヒーカップを磨くマスターらしきオールバックの男性と、一人のブロンド髪の女性が喫茶店で対面して話していた。右下のマークを見るとどうやら一時停止しているらしい。
「出演したドラマのチェックしてたんだよ。」
「え!? ということは、このかっこいい男性は君かい? 言われるまで気づかなかったよ!」
「へへ、せやろ? かっこいいだろ~?」
キッチンから戻ってきた片山くんがとても嬉しそうに笑う。彼の手にはマグカップが握られていた。カップを目の前に差し出される。この匂いは……?
「コーラ?」
「おう、ホットコーラという台湾のホットドリンクだ。」
カップを受けとる。ジンジャーとレモンの輪切りが浮いていた。パチパチと弾ける炭酸の音。
「炭酸が残っているうちにどうぞ~」
「ありがとう! そしていただきます!」
マグカップに口をつけた。心地いいパチパチと、ジンジャーの風味がする。暖かい物がすごくありがたくて、ほっと息を吐いた。
「美味しい……! 暖かいコーラもいいものだね、とても!」
「気に入ってくれてなによりだ。」
片山くんがニヤリと笑った。私の隣に座り、テーブルに置いてあったグラスを飲む。
「今日はどんなお酒を飲んでいるんだい?」
「これか? こりゃコーヒーリキュールだ。ホットがうめえの。」
おめえもおつまみ食うか? いいのかい? そんなやり取りをしながらお互いに会話を楽しんだ。ふと、私は目の前のテレビを見た。
「ドラマのチェックしないのかい?」
「んー? やだよ。」
「ダメかい? 演じている君の姿、私は見てみたいのだが……」
テレビに映るいつもと違う彼に興味を持った。あの憂いのある大人な顔の男性と、いま目の前で真っ赤になって思案しているキミと到底同一人物とは思えない。
「うぐぅ……そんな顔すんなって! わーあた、わぁっーたから!!」
片山くんはなげやりにリモコンのボタンを押し、クッションに顔をうずめた。
「キミは観ないのかい?」
「……今回の演技、納得できてねえんだよ。」
テレビの映像が流れ出す。よくあるフラれた女性を励ます男性のシーンだ。画面のなかに映る彼はかっこよくて、彼は人気の俳優だったなと改めて認識した。
「あー、なんの羞恥プレイだよこれぇ……くそ、演技がへたくそ……」
真っ赤で顔を伏している片山くんに、いやいやと私は反論した。
「演技とかそういうのは、あまり分からないが、私から見たら十分魅力的でかっこいいと思うんだが。」
「スタッフのみんなにもそう言われたよ。うまいとかかっこいいとか。でも、オレは納得していない。」
ぶーとふてくされた彼はグラスのお酒を一気に飲みほした。
「それよりも、そろそろ帰る時間じゃないのか?」
片山くんにそう促された。
「せめて最後までーー」
「いや、ほんと、まじで、この恥ずかしさには勝てねえ! ほら! お前を待っている市民も居るし? な!」
強引にソファから立たされベランダに連れてかれる。風も雨もまだあるが、外の天気は少しマシになったみたいだ。
「あのドラマのタイトルってなんていうんだい?」
「えっ、
“恋はティータイムのあとで”っつー恋愛ドラマだけど?」
「ありがとう! 今度、一話から観てみるよ!」
「おっふ、まだ観る気かおめえ……なら、演技とか印象とか、どういうふうだったか教えてくんねえか? 今後の参考とかになるだろうし。」
頷き返すと、片山くんはよろしくと笑った。ブーツを履き、ヘルメットを被る。ベランダの柵に足をかけて、後ろを降りむいた。
「いってらっしゃい、気いつけてな?」
部屋のあたたかな明かりを背に、頬をお酒で少し染めた彼が微笑んで手をふる。このやり取りが、私にとって本当に嬉しかった。
「あぁ! いってきます!」
その素敵な言葉に私は笑顔で返事して。そして、またパトロールを再開する。雨はまだ降り続けているが、私の心は晴れやかだ。
今日も、明日も、明後日も、きっと彼は私を招き入れる。素敵な飲み物と、綺麗な笑顔を準備して。
2/2ページ