彼
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クコと初めて会った時の事は、実は今でも鮮明に覚えている。俺が落とした定期を彼女が拾ってくれたのが始まりだ。
その時、真っ直ぐこちらを見つめる澄んだ瞳の色が、今でも心に残って、離れない――
「あのっ!…これ、落としましたよ?」
ツンと引かれたジャケットの裾に驚いて振り向くと、背の低い女が上目遣いで俺の葡萄色のパスケースを差し出している。
いつの間に、どこで、どうやって落としたのだろうか。そう不思議に思いながら受け取ると、ふっと笑ったのだ。
「大事なものなんですから、気をつけてくださいね」
「……あぁ」
綺麗な瞳に見惚れている間に彼女は改札の向こうへと消えていった。今まで見かけた覚えが無いが、誰だろうかと些かボンヤリとしていると、ツン。と先程とは違い、慣れた衝撃が脇腹を襲った。
「こんな所で突っ立って何やってるんですか、冨岡さん
往来の邪魔ですよ」
ハッとして見下ろすと、訝しんだ表情の胡蝶がこちらを見上げている。…さっきの彼女は、胡蝶と丁度同じ位の背丈か。小さいと思っていたが、そうでも無いのかも…いや、胡蝶は小さいから、彼女も小さいか。あぁ、そんな事をうっかり胡蝶の前で口に出したら怒られてしまうな…黙っていよう。
「もぅ、何考えてるのか知りませんけど、このままじゃ遅刻ですよ!
私は先に行きますからね!!」
何故か急に怒り出した胡蝶に首を傾げ、そうだな。このままだと遅刻してしまう。だから俺も急がなくては。だが胡蝶、さすがの俺でもそれ位は――
「分かってる」
――から心配するな。と頷く。と、何故か今度は、はぁ?と顔を顰めて、また怒る。
「分かってるなら急ぎますよ!
…もぅ、これだから冨岡さんはっ!!」
本格的に怒ったのか、肩を怒らせて乱雑気味に改札を潜り抜ける胡蝶を慌てて追いかけた。
…また俺は何かやらかしたのだろうか?全く思い当たる節は無いのだが。
あぁ、そんなことよりも…胡蝶はさっきの彼女を知っているだろうか?もしかしたら同じ大学かもしれない、と淡い期待を浮かべながら、自分も改札を通り抜けた。