鰐の話

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ここは新世界某所にある島…

今にも降り出しそうな雲の立ち込める暗い鉛色の空。
時折吹き付ける乾いた北風は、石畳の路上の落ち葉をカサカサと小さな音を立てかき混ぜていった。

港から続くなだらかな丘の斜面には、沢山の家が立ち並んでいる。ここは、昔から商船や漁業を生業にする者達が多く住む港街…
丘の上の開けた所には、更に豪奢な邸宅が広がる高級住宅地になっていた。


その高級住宅街の奥に、一軒の立派な屋敷があった。
銀灰色のスレート屋根に、真っ白な漆喰の壁。
広い庭の片隅に立つ落葉樹は、既に半分以上葉が散り落ち、じきに来る冬の訪れを報せている。

屋敷の2階の窓から、外の様子を眺める大柄な男の姿があった……


ダズ「(………)」ジ

坊主頭の大男。殺し屋ダズ・ボーネス。
腕組みをしながらじっと庭を見詰める鋭い目線の先には、小さな物置小屋があった。
そこに…


クロコダイル(以下鰐)「?……何を見ている。」ス

地を這う様なバリトンボイス。
爬虫類の様な妖しい瞳と、顔を真一文字に横断する傷跡。咥えた葉巻からは紫煙が揺れる…
ダズよりも更に大柄な男、サー・クロコダイルが現れた…ダズが仕える主だ。

かつてクロコダイルは、砂漠の王国を乗っ取ろうと暗躍していたが、惜しくもあと一歩という所で失敗…
今はこの小さな島で、海軍の目を掻い潜りながら虎視眈々と表舞台へと戻る準備をしている。


ダズ「ああ、ボス…ちょっとあの小屋を見て下さい。」チラ

鰐「…んぁ?」

ダズの言う通り、庭の片隅の小屋に目を遣る。
庭の手入れの使う箒や、花壇の整備に使うスコップ等を収納しているありふれた物置小屋に何が…


鰐「(……)……猫か…?」

ダズ「ええ、小屋から出入りしている様ですね…
ひょっとしたら小屋の壁に穴が空いているのかも。」

物置小屋の周りに時折猫の姿が見える。
ざっと確認できるだけで4匹…鯖トラ、白黒、赤トラ…元気にじゃれ合いながら走り回っている。
その中に居る大きな三毛猫は、きっと子猫達の親だろう。


鰐「……ふぅん」プカァ
ダズ「どうしますか?」

鰐「(……)……どうするもこうするも…育てばその内勝手に出て行くだろ…」

ダズ「はぁ…ι」

鰐「…それよりそろそろロッサの飯の時間だ。
それからプールの水温は2度上げておけ。」スタスタ…

ダズ「はい、ボス。」


至極どうでも良さそうに、紫煙を燻らせながら去ってゆくクロコダイルの後ろ姿。人相手にはあれだけ狡猾そうに振る舞うのに、無垢な動物には案外優しい男なのかもしれない…
ちなみに、庭には大きなガラス温室もある。
かつての邸宅の持ち主はそこで植物を育てたり、プールを楽しんでいた様だが、今は『ロッサ』という繊細なペットの為の温室になっている。

ダズは一旦猫達の事は忘れ、ロッサの餌やりに向かった…

………………………

∑∑バシャン!…ザバッ…!

ダズ「…食欲は落ちていないな…よしよし」…ポイ

温室内に響く水音。
外は冷たい風が吹いているが、この温室内は少し汗ばむ程に温かい…
ゴム手袋を着けたダズの前には、緑色に淀んだ水のプールが。
バケツに入った魚のブツ切りをそのプールに放り込むと、水の中から勢い良く何かが飛び出してきた。


ロッサ『∑……フシューッ…!♪』バクッ!…ザパーン!

ダズ「よし、全部完食したな…」


…ロッサとは、大きなバナナワニだった。
かつて砂漠の王国で飼っていた時は、まだ片手でも抱っこ出来る程の可愛らしさ(?)だったが、今はもう小山の様な大きさで…

たくさん飼っていたバナナワニの中でも特に賢くて、クロコダイルにとても懐いていたロッサ。
…ダズが餌やり係として慣れるのには少々時間が掛かったが…


ダズ「(……)…ιしっかり戸締まりしておかないと。」ガチャン…

温室は暖かく、猫にも心地良い環境。
万一何も知らないあの猫達がここに入り込んでしまったら、敢え無くロッサの餌食になるだろう…
ダズはしっかりと施錠して温室を後にする。

屋敷に戻る前、あの物置小屋の近くを通り過ぎた。猫達の姿は見えない。…中に隠れているのだろうか?


ダズ「(…風も強くなってきたな…今夜の天気は荒れそうだ)」…バタン


…さて、今夜の夕食は何にしよう。
ボスに喜んで貰えるメニューにしなくては。

ダズがドアを閉めた途端、暗い空からポツポツと大粒の雨が降り出し始めた……


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