花は紫宮に咲く
目に染みるほどの青い空が広がる、晴れた日――。これほど素晴らしい任命式日和は他にはないと思うほどの良き日だった。
そんな中、潤月は無駄な足掻きを行っていた。
武官舎に逃げ込んだ潤月は食堂に駆け込むとサッと壁に身を隠し、外の様子を伺った。
「…………よし」
「――なにが、よし、なんだ?」
急に背中に声をかけられ、潤月はビクッと肩を震わせた。振り返れば、正装した白大将軍と黒大将軍が立っていた。
「――あ、おはよう二人共!……今日はまともな大将軍に見えるね!」
「…………いつもはまともじゃないみたいな言い方だな、大尉殿」
「だっていつもはガキ大将並に勝負だァーって言ってるだけじゃん」
その通りなので、二人共になにも言い返せなかった。
「…………それが、新しい正装か」
黒大将軍が潤月の姿を見て、珍しく口を開いた。
今まで着ていた男物の正装ではなく、女性の身体にあったように仕立てられた武官服は腰の皮帯でその細さを強調しつつも、緩やかな曲線を描く胸当てや程々の装飾はその用途を邪魔しない見事な設計だった。
「………似合っている」
「へへっ、ありがとう。やっぱり身体に合ってる物は着やすいや」
「…………ところで、なにから逃げてたんだ?」
「え……あ〜……恐ろしい化粧魔から……」
武官舎に駆け込んだ理由は式典だからと化粧を強要してくる友人から逃げる為であった。
「そんなに、嫌なのかよ。別に化粧ぐらいいいじゃねーか」
「だって普段、仕事場で化粧しないのにこういう時だけするってなんか変じゃん」
「……もう、私達の頭になったんだ。式典くらいきちんとするべきじゃないか?」
「そうだぜ?お前が大尉になっても俺達に文句はねぇ。本気のお前に勝てた試しがねぇからな。だが、他のもんに示しがつくように格好つけるのも上に立つもんの務めだ」
「……その通りだ」
正論でしかないことを言う二人に潤月は警戒心を抱いた。
「………………なに、二人して……」
「――失礼するわ」
「――ッ?!」
聞き慣れた声に勢いよく振り返るとガシッと固く両脇を抑えられた。
「――んなッ!?」
「あなた達、すぐに彼女の両手を抑えて――」
涼佳は連れて来た侍童の少年達をすぐに潤月に放った。失礼しますと口早に断った侍童達は潤月の手をがっしりと掴む。
「――あなた達はあの子が逃走しないよう、周りを囲んで」
「はい――」
女官を左右後ろにつかせれば、潤月の包囲網が完成した。
「――ハッ?!白大将軍っ!?黒大将軍っ!?」
女官に場所を譲って下がった二人を頭だけ回しみやると、驚いている潤月を他所に涼佳が両大将軍の前に立って優美に礼を取った。
「ご協力感謝いたします。白大将軍、黒大将軍。こちらはお約束したお酒でございます。当商家自慢の一品ですので、是非お試しくださいませ」
女官から酒瓶達を受け取った白大将軍は満足気に笑った。
「お、こんなことでこんな良い酒もらって有難いぜ」
「……お易い御用」
三人のやり取りを見て、潤月は全てを悟った。
「――こ、この裏切り者ぉぉぉぉぉぉッ!!」
茶州州牧が紅秀麗、杜影月の二人ということでザワついたが、それ以外は滞りなく進士式を無事に終えた。秀麗と影月も五日後、貴陽を立つ予定だ。
そんな一日の業務が終わったあと、潤月と涼佳は王の執務室に来ていた。
「……潤月、そなたは国試の時、鄭悠舜の監督官をしていたな?」
「はい。みてましたよ」
「涼佳は同期として一緒だったな?」
「はい。そうです」
「彼をそろそろ呼び戻しても良いと思うのだが、どうだろうか?」
涼佳と並んで鳳珠と黎深を抑えて状元を及第したもう一人の才人だ。十年前の茶州州牧補佐を決めるとき、誰も行きたがらないことに激怒して候補でもないのに自ら茶州行きを希望した人物だった。自分は嘘付きで悪党だと公言しているが、その心はただ真っ直ぐなだけだと潤月は思っていた。それ故に障害を持った身体で、涼佳と共に状元及第した際には、上官からの風当たりは酷い物だった。
『――なんのためにあなた達は官吏になったのですか?』
という名言は今でも語り継がれる有名な話だ。潤月は自分の顎を触った。話しを聞いていた印象では国試で出会った頃に比べて幾分かましになっているように感じた。過去にどのようなことがあったのかは聞いていないので知らないが、無茶はすれど、自暴自棄は治っているかもしれない。
「呼び戻して、どうするおつもりで?」
「尚書省尚書令に任命したい」
迷いなく言った劉輝に涼佳はうん、と一度頷いた。
「話を聞く限りでは、今の彼なら、私は妥当だと思います」
「…………うーん。そうですね。良いと思いますが、実際に見て見ないとなんとも言えないですね」
「そうか。それじゃあ、彼らと共に茶州に向かってほしい」
「…牽制も兼ねて、ですか?」
茶州に、王に『花』を渡した二人が赴くということの意味は大きい。
しかし、茶州に行けという言葉を聞いてから潤月は密かに別の心配をしていた。
「ああ、ついでで構わないが、茶州州牧達の任命式に余の代理で参列してくれると助かる。無事に二人で帰って来てくれ」
瞳の奥に不安を隠した劉輝にふと笑みを返した。
「承りました」
「……了解しました」
* * * * *
「――へぇーっ!昔からいた女人官吏さんらはお咎めなしなんでぇ。……実のところ、話を小耳に挟んだ時はびっくりしたが、なんでぇ違ったってことかい?」
「そうなんだよ。でも、先王陛下の命令だったから。…それに加えて遺言ときたら、そらぁ、アンタ。誰も逆らえないよ」
「はぁ〜〜、話には良く聞くが先王陛下ってのはそんなにおっかねぇお人だったんかい?」
目元は長い前髪に覆いかぶさって良くは見えないが、時折垂れた目元が覗き、その人懐っこさが滲み出ていた。男は煙管を吹かしながら、庖厨所の裏手で休憩中の料理人の男と並んで話し込んでいた。
「それはもう!姿を見ただけで背筋の凍る人だったよ!あの頃はココもピリピリしてて、下手な物なんか出したらいつ死ぬかわかったもんじゃない」
料理人の男はぶるぶると自分の逞しい両腕を抱き震えた。
「そらぁ、おっかねぇや。よかった〜、オレは商人で」
「あはは。だけど料理の腕は上がるってもんよ!」
「ちげぇーね!前にもらった茶漬けっだっけ?かあちゃんに酷く怒られて飯抜きくらったあの時食べたやつ……あれは最高だったな!品があるのにさらさら食べれて、しっかりお腹にたまる!すごいね!料理人ってのは新しい美味しい物ポンポン作りやがる!」
また食べてぇ〜な、なんて言った男に料理人は苦笑した。
「……あの料理考えたのは、実は女人武官の子なんだよ」
「おや、そらぁどういうこったい」
「あの子はねぇ、良い子なんだよ。本当に。料理が好きで美味しいって言われることがただ嬉しくて、考えた料理をどこぞに売るんじゃなくタダで教えてくれる。いつぞやなんか夏の猛暑で官吏様がバッタバタ倒れた時、梅干しが身体に良いって言ってな。自分の家で作ったやつを無償でたんまりわけてくれたんだ。……武官なんか辞めて料理人になってくれねぇかなってずっと思ってんだ、俺は」
そう言った料理人に商人の男は不可解なものでも見たように顔を顰めた。
「……無償?タダ?やだやだ、商人が一番嫌いな言葉だ。金になるのに儲けようとしないなんて、まるで聖人君子じゃないかい」
「はははっ!アンタ、商人らしくなったじゃないか。もう博打なんてやめちまいな、またかあちゃんに怒られるよ」
「それは無理だな〜。商人やってる時点で博打なんだよ、こっちは。その感を実際の博打で培う……そういう勉強方法よ!わかるかい?」
「俺はわからんでいいな〜。……まあ、でも、あんまり話したことはないけど、女人文官様もきっちりしてくださるしな……悪いお人じゃないんだろうな」
「……ふーん」
気のないような返事をしながら、商人の男は煙を上に吐いた。
「……だから、俺は、二人が陛下に選ばれたのは嬉しかったね。心底よかったと思うんだよ」
「そうかい。話聞いてりゃー、仲良い知ってるやつが死ぬってのはどうにも腹心地が悪いもんよ。疑いが晴れて良かったじゃねーの!おいさん!」
カッカッカッ、と豪快に笑う商人に料理人はしみじみと頷いて、ふと引っかかった。
「…………あれ?俺、二人が死刑とか言ったか?」
ほんの一瞬、男の表情が削げ落ちたが料理人は気づかなかった。馬鹿にするなと怒ってみせた。
「なーに言ってんだ。謀反なんて聞きゃー、十悪の一つで極刑なんてお腹にいる赤ん坊だって知ってら」
「そらそうだな!はははっ」
「じゃあ、オレはそろそろ行くわ。あんまり遅いと博打に行ったことにされちまう」
「おう!かあちゃんに怒られないようにしっかり働けよ!またなー」
「おうよ!まいどさん〜」
空になった台車を引いて、商人は裏口からのんびりと帰って行った。
城壁を越えて、暫く歩いた商人はくしゃくしゃと隠れていた前髪をかきあげた。
「……あ〜あ、失敗したなぁ〜………流石、俺の妹」
失敗したと呟いたのに商人の口元はどこか嬉しそうだった。次はどうしようかと商人は空の煙管で肩を叩いて台車を引きながら、街の中へと消えて行った。
* * * * *
【あとがき】
うん、まぁ、なんというか。
勢いだけがビシビシ伝わるよね!笑
もう絳攸が可愛くて可愛くて仕方ない。
推しを推してしまった結果、
絳攸…お前、良い男すぎるだろ……不憫……かわい……かわいい……。
と、一生妄想列車が脳内暴走していました。
一応これは静蘭夢なので。……静蘭情けないところしか見せてないの申し訳なさでいっぱい……。いやっ!大丈夫っ!!静蘭これからかっこよくなるはずっ!自分に文才がない故に表現出来なかったらまじでごめんなさい。
とりあえず、ここまで書けたので、メイン夢主の過去編を二つほど先に上げたいと思います。
今のところ、なんでメイン夢主朝廷おんのって感じで意味わからんので。(お前が言うな)
それでは、ここまで読んでくださいましてありがとうございます。
まだまだ続きますので、よろしくお願いいたします。
管理人・綴喜成
9/9ページ