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黄金の約束



公休日が重なった夕食会の日に潤月は翔琳と曜春を連れて、昼過ぎから邵可邸に訪れていた。

「――さっきも言ったけど、今日の夕食は邵可の邸でみんなで食べるからね?ちゃんと空が赤くなる頃には戻って来ること。いい?」
「―承知した!」
「水筒は持ってる?」
「はい!ちゃんと持ってます!」

元気良く返事をした子供達に潤月は腰に手を当てて、顔を晴れやかにして笑う。

「よろしっ!なら、行ってよし!」
「―行って来る!」
「―行ってきます!」

飛び出して行った背中を見送って、潤月はなんとも言えない気持ちに眉尻を下げた。

「もうだいぶ手懐けてんな〜」
「曜春くん、元気になってよかったですね」
「燕青、秀麗ちゃん。こんにちは。今日は二人もお邪魔させてくれてありがとうね。それに、ごめんね?なかなか来れなくて」
「いえっ!無理言ってたの私なので…でも、来てくれて嬉しいです」

顔を赤くして、俯く秀麗の小さな頭にぽんぽんと手を乗せた。

「―やぁ、潤月。いらっしゃい」
「邵可、今日はお邪魔します」

霄太師が家出中ということを伝えたら、昨日の夜、涼佳も寝静まった頃、邵可と珠翠がこっそりと邸に来てくれた。
そこで北斗のことやいろんなことを聞いて話したのだった。
にっこりと笑みを向けていると傍に控えていた静蘭と目がかち合う。人当たりの良さそうな笑みを貼り付け、にっこりと笑っている。

「いらっしゃいませ、楊将軍」
「…………う、うん……お邪魔するね…」

潤月のぎこちない反応に秀麗は首を傾げた。ついこの間まで普通だったのに、急にどうしたのだろうと。
しかし、当然である。もう二度も襲撃されている。警戒するなという方が無理な話だ。むしろ遅いくらいの態度だった。
密かに口の端を上げるよくわからなくなった友人にぴゃっと内心で飛び上がる。

「――秀麗ちゃん、前に作り方知りたいって行ってた料理の材料だけ持って来たから早速作ろう?」
「―はい!ありがとうございます!」
「なら、私達は瓦の張り替えをしていますね」
「ありがとう、静蘭。燕青も屋根に登るなら落ちないように気をつけてね?」
「……………え、俺味見係がいい……」
「なにか言ったか?」
「…………ナンデモナイデス」

そそくさと秀麗と庖厨に逃げて行く潤月の背中を見送って、邵可も自分の予定を口にした。

「じゃあ、私は室にこもって読書でもしているよ」
「はい。かしこまりました」

邵可が去って行くと燕青は静蘭にポツリと呟いた。

「……あからさまに避けられてるのな」
「行くぞ。手伝え」
「え、おい。謝ったりしなくていいのかよ?」

スタスタと踵を返す静蘭の背中に追いかけながら声をかける。

「何故だ?そもそも悪いことはしていないからな。謝るつもりもないし、もう捕まえ方は把握した」
「………本当に良い性格してるよな、お前」
「…なんか言ったか?」
「なーんでもないでーす」



その頃、庖厨では秀麗と潤月が前掛けをして並んでいた。
手順を教えながら鳳珠の邸で庖厨を借りた時に作った料理を先に作って行く。
小匙に汁を取り、味見をする。

「……どう、ですか?」
「うん。美味しい!ばっちりだよ、秀麗ちゃん」
「やった!」
「他の料理は楸瑛と絳攸や涼佳が持って来る食材を見て決めようか?」
「はい!」

喜ぶ秀麗ににこにこと笑みを浮かべると、潤月はなにか思いついたように団子を捏ねりだした。沸かしたお湯で茹でている間に砂藤に同量の水を加え火にかけた。そうして、作った物を小皿に盛り付ける。
つやつやと輝く黒胡麻団子のようなものが完成した。
しかし、団子といえば串に刺さってるものしか想像がつかない秀麗は輝く見た目の団子に思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
小匙で団子を一つ掬うと潤月はそれを秀麗の前に持っていった。

「はい、あ」

潤月が開けた口のように秀麗も真似して口を開けた。
柔らかいもっちりと食感に黒胡麻の苦味と蜜の甘さが癖になる。

「―ん!美味しい!!」
「ふふっ、よかった。どうぞ」

持っていた小匙を渡すと秀麗はパクリと口に入れた。口に広がる甘さに蕩ける頬を落ちないようにと思わず手で抑えた。
またもう一つと食べる。

「―あ、コレ…食べ過ぎたら………」
「ふふ、じゃあ内緒で食べちゃう?」

クスクスと笑い食べる潤月に秀麗はふと、口を結ぶ。少しイタズラっぽく笑った顔が記憶の中の母と重なる。

「………母様は、こんなに器用じゃなかったけど…やっぱり、潤月様は母様に…なんとなく、似てる……」

俯く秀麗に苦笑を零した。
昨日の夜、邵可が言っていた。薔君のお墓参りに行って来たと。
潤月は落ち込まないでとは言わなかった。

「……会いたい?」
「………………出来ることなら、もう一度母様に会いたい……」

叶わぬ願いを口にした秀麗の頭に手を置いた。

「―――じゃあ、合わせてあげよう!」
「……え?」
「いい?先ず目を瞑って。……出来るだけ最高に元気な笑っている薔君さんを思い浮かべて」
「…………はい」
「――秀麗」

それはまるで母様に名前を呼ばれたような感覚になった。
ハッと目を開ければ、どこまでも優しい微笑みを顔一面に溢れさせる潤月がいた。

「………私は両親の記憶を忘れちゃってなにもないけど、親から確かにもらった愛があるの。なにかわかる?」

少し考えてみたが、秀麗にはわからなかった。

「それはね、名前。私の名前。秀麗ちゃんなら、秀麗っていう名前」
「……」
「秀麗ちゃんが生まれて来た時に一番最初に邵可と薔君さんからもらった愛なんだよ。秀麗ちゃんの名前の半分には薔君さんが居る。思い出の中にも薔君さんがちゃんと居る。私は母親の代わりにはなれないけど…。寂しくなってもいいんだよ。寂しくなったら、甘えにおいで。今みたいにたくさん名前を呼んで、薔君さんを思い出させてあげる。ね?秀麗ちゃん」

目線が合うように屈んでいた優しい面差しがゆっくりと離れて行く。両手を広げた潤月の胸の中に秀麗は飛び込んだ。

「…………母様っ…」
「…ん?どうしたの、秀麗」
「………………会いたいっ……ごめんなさいっ…」
「……秀麗。……秀麗、何故謝るの?謝る必要はないよ、秀麗」
「……っ……母様っ、母様!」
「秀麗。秀麗――秀麗、……秀麗」

優しく抱きしめて何度も、何度でも優しく名前を呼んだ。


廊下の壁に張り付いて聞いていた人影が三人、庖厨の様子を伺っていた。

「…………すごいな、女って。俺には無理だわ」
「…だろうな。私にも無理だ」
「ところで、そんなに似てるんすか?」

向かい側で張り付いている邵可に燕青は聞いた。

「……うーん、そうだね。見た目も性格も全然似てないけれど……活発な所とちょっと悪戯が好きなところだけは似てるかなとは思うね。でも、一番は………なんていうか、雰囲気?なのかな…。本当に似てないんだけどね」
「それは分かります。奥様も独特な雰囲気をお持ちでしたから」
「……ふぅ〜ん」

そんな会話をしていると突然、声をかけられる。

「―――三人共、そんな所に居ないで入って来たらどうだ?」

バレてた。
気まずそうに顔を出して、三人は庖厨に入って来た。

「…いい匂いがしてたから、ついね。盗み聞きをするつもりはなかったよ」
「―あれ、姫さんは?」
「顔を洗いに行ったよ。ちょっとはスッキリしたみたい」

春が過ぎ、初夏の香りが漂い始めたばかりの頃からか、あまりわがままを言わない秀麗の催促が始まった。
邵可は潤月をみやってお礼を言った。

「ありがとう、本当に」
「これくらいしか出来ないから、いいの」

本当の悲しみは潤月には分からない。わからないことが寂しいと思った時が小さい時にはあった。それでも、元気に生きてこれたのは拾ってくれたあの人や周りが優しかったから。
卓上に置いてある小皿に燕青は食い入るようにみていた。

「なぁなぁ、コレ俺も味見していい?」
「良いよって―コラ!」

パチンと乾いた音が短く響く。
瓦の作業をして汚い手で摘もうとして、潤月は叩き落とした。

「摘むなら、手を洗え。手を」
「………我慢出来ねーよ。なら、食べさせて♡」

そんなことを言ってあ、と開けた口に潤月は小匙を手に団子を運んだ。
しかし、それが燕青の口に運ばれることはなく。

「……甘過ぎだな…」

食べた感想を零しながら口に付いたタレを舌なめずりで取った静蘭に驚きに潤月は顔を赤面させた。

「―ば、バカ!落としたら、もったいないだろ!」
「……ふん。バカはどっちだ、間抜けめ」
「……うわ〜、俺、お前がそんなに嫉妬深いなんて知らなかったぜ」
「うるさい、黙れ米つきバッタが。食べたければお前は、手を洗って来い」

静蘭はゲジゲジと蹴って燕青を追い出した。
そこへちょうど秀麗が帰ってくる。潤月は秀麗を捕まえた。

「―秀麗ちゃん、ごめん。厠貸して!」
「え、あ。はい、こっちです」

みんな出て行った庖厨の中で、静かに落ち着いた声音が静蘭の名前を呼んだ。
なりふり構わないと思ったのはいいが、邵可も居ることを失念していた。あまりにも誰にも警戒心を抱かず壁を作らない。それなら、周囲の牽制も兼ねて自覚がないなら、させるまでだ。

「静蘭」
「……はい、旦那様…」
「他の心配事は私に任せて、うちはいつでも良いよ。彼女なら、私も秀麗も大歓迎だから」

穏やかに言った言葉に静蘭は苦笑しか零せなかった。

「………はい」

とりあえず、返事だけに留めた静蘭は今現在進行形で密かに行われている“心配事”の元凶である彼女の養い親を思った。
今は職場と臥室に『近づくな』と一日二回、クナイ付き脅迫状が飛んで来るくらいだった。
しかし、そんなことで怯む静蘭ではない。なんたって彼はかつて公子一優秀と謳われた第二公子様だ。届いた脅迫状も無駄にせず、釜の火を起こすのにちょうどいいと再利用している。
誰にも読まれることはなかったはずなのに何故邵可は知っているのだろうか、疑問が残る。

「霄太師のことだから、きっとおかしなことをしてくると思うけど、そしたら私にきちんと言うんだよ?アレは潤月のこととなるとおかしい頭がさらにおかしくなってしまうから」

口には出さなかったが、静蘭もそれには心底同意した。



当初一笑に付された 「国試女人受験制」であったが、王の作成した綿密な草稿と、何度も重ねられた根回しと討議の結果、この次の国試において再度実験的に導入されることが決まった。この件に関してはどのような心境の変化か、黄戸部尚書が突然賛意を表したことが最終的に可決とあいなった最大の要因であるといえる。
次期宰相候補とまで言われる吏部と戸部の二尚書がともに支持したことで、なんとか可決にこぎつけられたこの案は、同時に多くの反対を押し切ってのものであった。そのため後世、国試の女人受験として名高いこの年の試験には様々な条件がもうけられた。 まず、大貴族もしくは正三品以上の高官の推薦が必要であること、素性が確かな者であること、事前に会試を受ける実力があるかを見る適性試験をもうけ、それに通ること、男女の別なく扱うこと、もしこの実験的国試において誰一人女人合格者がいなかった場合、以後もとのように男子専制とし、女人国試受験・女人文官を改めて廃案とすることなどであった。 一見、あまりにも女人受験導入派に不利に思えるこの様々な制約を、しかし王はたいした反論もせず首肯した。



楽しい夕食会を終えて、門の前までお見送りに出ていた秀麗は涼佳に声をかけた。

「―涼佳様!」
「………なにかしら?」
「私、国試受けます!あなたの傍まで必ず行きます!」

涼佳、真っ直ぐに見つめる眩いまでの瞳に笑みを浮かべる。
そして、ただの一言だけ口にした。

「…楽しみに待っているわ、紅秀麗」
「―――はい!」

その時初めて涼佳は秀麗に対して砕けた口調を使った。



* * * * *

あとがき

やっと…やっと書けた…。

相変わらず亀更新の癖変わらないのな笑


このお話は書いていて、おめぇら同じ職場で他が働いてんのに遊んでんじゃねーよ( º言º)
って気分になりました笑

書き直そうかと本気で思って結局書いてるの自分だから変わらんって気づいた笑

ここまで読んでくださいました皆様、ありがとうございます。まだまだ続きます。

管理人・綴喜成
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