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黄金の約束

体勢を崩して椅子から転げ落ちた潤月はそのまま涼佳に押し倒される形となってしまった。

「んっ!‥は、りょ…っ!んンっ!」

誰も助けもしないで見入っていた。なにが起きているのか理解しがたかったし、なんだかここで止めるのはもったいない気がする。燕青は隣に居た翔琳の耳を塞ぎ顔を反対方向に無理やり向かせた。

「―お?どうしたんだ?」
「……おめぇにはまだ早い世界だ…」
「…たす、…はンっ。んっ?!ンんーっ!!」

涼佳が口が開いたのを見逃さずに一気に口付けを深い物にする。潤月は力が抜けて伸ばした手が力無く床に落ちた。
室中にくちゅ、と厭らしい音と潤月の曇った声が響く。
ハッと口を離した涼佳は満足気に笑むと、ガクッと意識を手放し潤月に覆いかぶさったまま眠りに着いてしまった。

「…………ん………………あせ、くさ……」
「……………………………………………………このっ……」

零れた暴言に拳をフルフルと握って、諦めた。
やっと現実に戻って来た面々は床に広がる惨状を改めて直視した。
ふと、劉輝は以前話を聞いたことを思い出した。

「……前に言っていた、よく口付けされる匿名希望の女人って、もしかして…」
「ああ、涼佳殿のことだったのか……」
「……うっうっ…、もうイヤだ…。だから、コイツにお酒呑ませるのダメなんだって……。誰だよ、注いだ奴……」

しくしくと号泣する潤月に、幾つかの視線が犯人へと集まるが、彼は名乗り出なかった。こうなるなら、最初からしなかった。泣くか陽気になるかどちらかだと予想して、後日無様だったとからかいのネタにでもしてやろうと思ったのだが、後悔しても後の祭りだった。
秀麗と絳攸に至っては、あまりの出来事に現実を受け入れられないのかずっと固まっていた。
静蘭はそっと立ち上がって覆い被さる涼佳を引っペ返すと潤月に手を貸して起き上がらせた。それを見て楸瑛が仕方ないと立ち上がり涼佳を軽々と抱え上げた。

「……大丈夫ですか?」
「…………大丈夫じゃない」

口に付いた紅を拭い、すやすやと眠る涼佳を恨めしそうに睨みつけた。

「抵抗すれば良かったでしょう。あなたならコレが襲って来ようが問題ないでしょうに」
「……それは、そうなんだけど……本気で抵抗したら怪我させちゃうかもしれないじゃん。そう思うと受け身しか出来ないんだよ…。……楸瑛、ソイツそのまま室に運んでやって。私は行きたくない。もう、嫌だ」

自尊心が著しく傷ついて臍を曲げる潤月に楸瑛は微苦笑を零した。

「…わかったよ。キミってもしかして、女難の相でも持ってるんじゃないのかい?私としては面白いものが見れて満足だったけど」
「………うっさいわ、黙れ。さっさと連れてけ」


食事を終えれば、結局その日はみんなで鳳珠の邸の離れに泊まることになった。秀麗と楽しく片付けを済ませると潤月は先に湯殿を借りて息を付いた。借りた寝間着に袖を通し、薄い衣を引っ掛けると廻廊で壁にもたれてかかり彼を待った。
そうして現れた精悍な顔つきの男の顔をジッと覗きこみ、ふと潤月はにこやかに笑みを表した。

「………なんだ?そんなに俺の顔がイケてるか?」
「髭ない方が歳相応に見えるね」
「そうか?髭があってもなくても、歳は変わらねぇよ?」
「ははは、確かに。髭姿はクマさんみたいで可愛らしかったけどな。でも、キミは髭がないほうが良いよ。燕青」

可愛らし、なんて言われるとは思ってなかった燕青はポリポリと頬をかいた。

「……かっこいいって言われた方が俺的には嬉しいんだけどな」
「そう?それは、すまなかったな。―じゃあ、あの子が寝ちゃう前に行こうか」

そうして、潤月は劉輝の泊まる室に燕青を案内した。
室の扉に声をかけて、中へと入った。

「劉輝、私。まだ起きてる?」
「潤月か。どうした……って誰だその男は」

聞こえた声に素直に扉を開けた劉輝は潤月と見知らぬ男の顔を見て目をぱちくりとさせた。

「やですねー。髭剃って前髪切ってさっぱりしただけじゃないですか」
「劉輝。彼は、燕青だよ?」
「………………燕青!?」
「だからそう言ってるじゃないですか」

劉輝はまじまじと男の顔を見た。 まるで別人だった。例えるなら昨日までもこもこの熊だったのが次の日にはすらりとした牡鹿に変身していたという感じだ。

「そっ、そそそそんな顔をしてたのか!」
「驚くほどのことじゃないと思うんですけど」

誰かさんの仮面に比べたら微々たるものだと思うのだが。

「さっき、あとでちゃんと紹介するって約束したでしょ?疲れてるかもしれないけど、連れて来たの」
「これ以上いい機会もなさそうなんで、お邪魔させていただきました。ちょいと話を聞いていただけますか?」

敬語というほどではないが、言葉遣いがやや丁寧になっているのにも違和感があった。どこか有無を言わせない口調に圧され、劉輝は内心かすかにうろたえた。

「余…私にか?話なら市中警護を引き受けた白大将軍か潤月に言えば……」
「いいえ、俺は最初から、あなたと話すために貴陽へきたんです、今上陛下」

劉輝は表情を変えた。

「そなたは、誰だ?」
「陛下の即位の折は、事情あって副官を行かせましたので、お初にお目にかかります」

燕青はいつもの大雑把な態度からは考えられないほど優雅な仕草で膝を折った。

「茶州州牧、浪燕青です」

そうして、茶州の現状を話し、州牧の証である佩玉を劉輝に預けた。燕青の話しがまとまったところで、潤月が劉輝に向き直った。

「……私からも話があるんだけど、いいか?」
「……なんだ?」
「…あの子達のことなんだけど…」

あの子達と形容する子供に思い至り、劉輝は短く返事を返した。

「あぁ、“茶州の禿鷹”のことか。話しを聞けば、そなたのことを暗殺しに目の前に現れたというではないか。それを引き取って面倒をみるていたと聞いた時は、驚きを通り越して呆れたぞ」
「あー、それは実は先代のことで」
「先代?」
「ええ。前にやってた仕事関係で、ちょっと顔見知りだったんですが、確かにその人は凄腕でした。ただ、彼は山賊じゃなくて義賊だったんで、実際戦ったことはありませんが」

劉輝の目が点になった。

「……………義賊?」
「そうです。 山暮らしの彼は、ふもとの村人をよく助けて、盗みはすれども非道はせず、って悪い金持ちからくすねて貧困層に配ってたりしてて。結構気まぐれな人だったんですが、やっぱり気まぐれで子持ち女性を拾って、彼女が亡くなったあとは残された二人の赤ん坊を育てはじめまして、それからは義賊の仕事もぷっつりやめてしまって、その強さと名だけが伝説的に有名になってたんです。ところが、そうとは知らない茶一族のバカタレ男が、噂を聞きつけて俺抹殺と彼女の暗殺の依頼にやってきて」
「………………義賊に、そんなことを頼んだのか?」
「勘違いしてるんじゃない?って言って依頼主に依頼内容の再確認の文を届けたら、返事が来たよ。これがその文」

二人には悪かったが証拠として隠しておいた文を劉輝に渡した。愚かだなと改めて思いつつも燕青は一旦それについて考えるのをやめて話しを続けた。

「いやー、その茶一族の男ってのが、見ての通り馬鹿なじーさまなんで。金でなんとかなると思ったんでしょうね。けど、行ってみたら先代はついこの間他界していて、子供たちしかいなかった。ここがまたトンチンカンなとこなんですが、そのとき子供――翔琳のほうだと思いますが――はヘンな勘違いをして、自分の父ちゃんが名だたる義賊でなく極悪非道な山賊だったんだと思いこみ、ならその跡を継ごうと思ったようなんです。…………まあ、さっきの一件でなんかその勘違いの仕組みも理解できましたけど。で、依頼主も依頼主で、数打ちゃ当たると思ったのか、まあどっちでもいーかみたいな感じで任せちゃって、ここに十二歳と十一歳の少年二人の新〝茶州の禿鷹"が誕生したわけです」
「逃げっぷりと勘の良さは確かにすごかったがな」
「ええ。ま、害はないですし、あいつらだけはちょっと見逃してください」
「…劉輝、あの子達のことは私に任せてほしい。まだ会えてない友人達にも合わせてあげたいし、今度はちゃんと見とくから」
「いや、……アイツらは俺が責任もって山に返すよ。どうせ、茶州に戻るんだし」
「…………まあ、別につかまえても仕方ないしな……」

そう言った劉輝に燕青は感謝の意を述べると、潤月に向き直った。

「だけどよ、どこの世界に自分を暗殺に来た奴の世話する奴が居るっていうんだって感じ。あんまりお人好しだと、いつか誰かにつけ込まれるぜ?」
「うむ。その通りだ。そなたの優しさは美徳だが、しかし余はそれでそなたに傷ついてほしくはないな」

二人に諭されて、潤月はうっと口を噤むが言われたことには一理ある。っていうか、ド正論でしかない。

「…………き、気をつけます……。でも、彼らの本来の目的が依頼じゃなかったから」
「……本来の目的?」
「……父親の見ていた景色を見て回りたいんだって。貴陽に来たのも、本当は父親の友人に会う為だって話しだったから」

それを聞いて燕青は呆れたように額を覆った。

「…………俺の方が、ついでかよ」


話を終えて、劉輝の寝室から出ると燕青は前を向きながら潤月にお礼を言った。

「いやー、ありがとうな。助かった」
「どういたしまして」

柔和に笑う潤月に燕青は気になることを訊いてみた。

「……なぁ、実は俺のこと名前聞いた時から……いや、前から知ってたよな?誰から聞いた?」
「ん?誰って、悠舜から」

隠す気もなく潤月はネタバラしをした。

「ひと月ぐらい前かな?…もし、浪燕青という青年が訪ねて来たらご飯と寝床だけ提供してあげてください、って文をもらったの。だから、ずっと訪ねて来るもんだと思って特に探さなかったんだけど、秀麗ちゃんのところに居候してたんだね」
「…………いや〜、話しには聞いてて、あんたの所に世話になることも考えたんだけど、あまりに腹が減りすぎて行き倒れちまったんだよな。それが、なんの縁か姫さんのところで、静蘭も居て……」
「そっか。秀麗ちゃんのところでよかったね。それで?ちゃんと帰る?」

そう訊いてきた潤月に燕青はまたもポリポリと頬をかいた。こちらの内情も心情もどこまで見透かしているのだろうか。

「……ああ。帰るよ。あまり待たせると余計に怒られるかもしれねーし」
「そっか。なら、悠舜によろしく言っておいてね」

それだけ言った潤月に適いそうにねーなと思った燕青は頭を掻きむしった。そうして自分達の借りた臥室に向かおうと歩き出せば廻廊で待っていたのか共通の友人がそこにいた。

「ありゃ、まだ起きてたの?」
「おや、静蘭どしたの。もうあんまり寝る時間ねーぞ?」
「用件は終わったか」
「ああ、おかげさまで。いやーまさかあのぼっちゃんが王様とはね」

劉輝の臥室から出てきた旧友達に、静蘭は視線を向けた。

「それはこっちの台詞だ。まさかお前が茶州府長官になってるとは思いもしなかった」
「俺も。人生わかんねーよなー。とりあえず地道に州官になろうと思ってたんだけどなー」
「私には、お前がそもそも文官になろうと思っていたこと自体、理解不能だ」
「なにぃ?いっとくがなー、遠い遠い昔、お坊ちゃまだったころの俺の目標は偉い官吏様になることだったんだぜ。ちっと遠回りしたけど、もとの軌道に戻っただけの話なの」

気心知れたやり取りに潤月は意外そうに燕青をみやった。

「ずっと思ってたけど、平気?静蘭の性格だと同性からは敬遠されがちだと思う。寂しがり屋のくせに素直じゃないから」
「あー、他人に心開かねーし、ひねくれてるしな。俺はあんま気にしたことねーけど」

そう言った燕青に潤月は満面の笑みを携えた。

「そっか。こんなに良い友人が出来てよかったね、静蘭」
「俺も静蘭に潤月みたいな友達がいたなんて驚き」

クスクスと笑い合っている二人をみやって静蘭はスっと目を細めた。

「……少し、違うな」
「お?なにがー?」
「ん?――おぉ?」

急に腕を引かれたかと思うと静蘭の顔が眼前にあった。突然の行動に燕青も固まってしまった。
不意に近づいた静蘭の顔が離れて行く。優しくなにかが触れた唇の感触だけが残った。
動かない潤月を燕青から隠すように抱え、睨みつける。

「…………コイツは私が口説いているんだ。気安く近づくな」
「………………―ハッ!?」

正気を取り戻し、捕まった腕の中から出ようと潤月は思いっきり足を踏んずけた。

「――ッ!」

痛みに緩んだ腕からするりと抜け出すと、距離を取った潤月はゴシゴシと唇を乱暴に拭って静蘭を指さした。

「――ま、ままままた!ここ、こんなことしたら、き、き…………」
「き?……別に悪気はないぞ。したいと思ったから、お前の言う素直になっただけだが?」
「〜〜〜〜〜ッ!ばーか!ばーか!静蘭のばーかッ!おたんこなすッ!もう寝る!!おやすみッ!」

踏まれた足はジンジンと痛かったが顔を真っ赤にして走り去って行く桃色の尻尾を満足気に目で追った。

「………………お前、まじか……」
「まじだ。毎度、ああやって噛みつかれるがな。あれも恋愛に疎くて困っている」

唖然とする燕青をじろりと睨みつけた。

「……手を出すなよ」

燕青はそんな旧い友人に両手を上げた。
確かに、そんな気はしていたが確証がなかった。彼女も彼女で人懐っこい性格で世話を焼くのが好きみたいだから、よくわからなかった。

「…………わかった。…前に姫さんと夫婦になったらとか言ったの悪かったよ。そういう奴が居たなら先に言っとけよな」
「……別に、言う必要などないと思ってたからだ」
「めっちゃ逃げられてたけど?ていうか、俺に嫉妬したってこと?ねぇねぇ?」
「………………言うんじゃなくて、闇討ちにしとけばよかった……」
「いや、理由もわからず闇討ちされても俺、死に切れねーよ?」
「じゃあ、理由を知った今ならいいんだな」
「わわっ!タンマ!タンマ!今のなし!」

慌てる燕青をみやって握った柄から手を離した。
…………コイツとこんな話をする日が来るなんてな…。
遠い遠い昔。
かつて、ほんのひとときだけ。燕青の過去と静蘭の過去は重なったことがあった。共に過ごしたのは短い時間だったけれど、忘れられないほど濃い記憶でもある。静蘭は燕青の過去を、多少なりとも知っている。燕青も、また。
どんなに悲惨な過去でも、燕青は決して引きずらなかった。 忘れることなく、真正面から受けとめる。誰かを思わせるような、どんなことも一笑して乗り越えていけるような、まぎれもない心の強さがある。決して悲愴になることなどない彼にあのとき会ったことで、たぶん、静蘭の軌道は修正されたのだ。彼に会わなかったら、そのあと邵可たちに会ったときも、あの暖かい手をとることができなかったのではないかと、今は思う。清苑でも静蘭でもなかった、あの空白のとき―――。

「………………少しだけ…似ているか……」
「あ?なにが?」
「……ただの独り言だ」

露わになった燕青の十字傷。遥か昔のようで、つい昨日のような気もした。

「その頬の傷」
「ん?そうそうこれ、短いほうお前にやられたんだよなー。遠慮なくやってくれたよな」
「もっと景気よくやれば良かったな。意外と短い」
「……結構……かなり痛かったんですけど」

桜の枝が秀麗の止まっていた時を動かしたように、静蘭には、もしかしたらこの男だったのかもしれない。昔と変わらず磊落で、カラリと笑い、その破顔一笑でどんな過去も時の向こうに押しやってくれる。凍りついた静蘭の時さえ、たやすくとかして。
今も昔も。
何事もなくこの傷の時代を話せることが、静蘭には不思議だった。一生、この記憶の箱はあけるまいと思っていたのに。

「……お前に聞きたいことがあったんだ」
「今度は、なんだよ」
「『あの時』の話だ――――」

静蘭は燕青から、あの時代の『あの時』の話を聞いた。



* * * * *


涼しさが漂いはじめ、だいぶ落ち着き出した朝廷の今日の業務も終わり皆が帰った施政室に潤月と涼佳は呼び出されていた。

「――入るわよ」
「――劉輝?用事ってなに?」
「ああ、待っていた。実は、コレを渡したいと思っていてな」

形の違う小ぶりの小箱を二人の前に差し出した。
不思議に思いながらも二人は顔を見合わせ、それを手に取った。
蓋を開ければ、涼佳のほうは小さな花があしらわれ八色に彩られた羽を模した簪。潤月のほうは同じ小さな花と八色に彩られた羽の見事な細工が施された腕輪だった。

「………なんで羽?」
「覇王が育てていた卵は、なんなのだろうとずっと考えていた」
「……」
「……」
「産まれたのに自由に飛べないのは、翼がないからなのだ。ならば、余がその翼を授ける」

まっすぐに二人を見つめた。

「二人はきっと先王の父上の命でずっとここに居るんだと余は思っている。なにを言われ、そうなったのかはまだわからぬ。……強行した女人導入は荒いが良い考えだと余も思う。こんなにも優秀な人材を野放しにするのは勿体なさすぎるからな」

黙って聞いている二人に劉輝は不安になりつつも、話を続けた。

「……だから、涼佳には従二品と中書令に就き余の秘書となってほしい。潤月には楸瑛と並び余の剣となってほしいが、余も自分の身は自分で守れる。だから、潤月には正二品と大尉の位を与え、『兵馬の権』を預ける。国の剣となってほしい」

言い終わって、劉輝は二人の返事を待った。
長い長い沈黙に耐えていると、潤月が口を開いた。

「……一つ確認したい」
「ええ。そうね。確認しなくちゃいけないわ」
「…………な、なにをだ?」

まっすぐに見据えられて劉輝はドキドキと不安に心臓が早まる。
……変に答えて、断られたら余は立ち直れないかもしれない。
なにも言わずともずっと傍に居てくれていた。目指したいことも話を聞いて協力してくれていた。無条件で信頼出来る二人に断られることを今の今まで考えてはいなかった。
身構えた劉輝を見て、涼佳は訊いた。

「自由に出来る翼を渡して、私達が好き勝手に暴れたらどうするつもり?」
「…………暴れるとは……」
「つまり、キミが失望したりするかもしれないことをしちゃうかもってこと」

劉輝はきょとんとした。ついで、笑いが盛れた。
その反応には潤月も涼佳も鳩が突然豆鉄砲でも食らったように黙ってみていた。

「ふふっ、いや……すまぬ。あまりに突飛なことを言うものだからつい笑ってしまったのだ」
「……突飛ってね……ありえない話じゃないのよ?」
「――いや、ありえないな。ましてや、余の知る二人なら尚更だ」

言い切った劉輝に二粒目を食らった。

「……潤月は優しいが、実は厳しい。甘やかしてはくれるが、望まなければなにもしない。涼佳は厳しいが、理解出来るまで待ってくれるし、潰れるほどのことは言わないから、実は優しいのだ。そんな二人が、ずっと余を想っていてくれた二人が余を裏切るようなことをするはずがない。………もし、そうなったら、余の考えが二人の行動に至らぬのだろう。長年、この国に仕え、民を見守って来たそなたらの考えに余が追いついていない証拠なのだろう」
「…………」
「…………」
「……だから、もしも、そんな時が来たら、どうか余も共に連れてって行ってほしい。なにものにも縛られぬ、そなたらの考えを余にも聞かせてくれ。一緒に考えさせてほしい」

柔和に笑った劉輝に幼い子供の影が消えて行く。
葛巾で簡素にまとめ上げた髪を無造作にかいたり、形の良い顎を触って少しばかりの思案をしたりとそれぞれの反応を見せた。

「……え〜、どうしよう。私、答え出ちゃった…」
「…あら、奇遇ね。あたしもよ」

劉輝にはいまいちわからない会話をした二人に不安に狩られた。しかし、潤月と涼佳は片耳ずつに付けた耳飾りを外した。それぞれの木箱の贈り物を身に付けると、二人はスっと優美に膝を折った。

「楊潤月。並びに――」
「菫涼佳。謹んで、拝命いたします」

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