黄金の約束
何度もした会話に涼佳は肩で息を着く。
涼佳は従二品の佩玉を持っているが、それは霄太師から受けた物だった。一時預かりで霄太師の下に着いているだけなのだ。
それも黎深が気にくわない余韻の一つなのではないかと彼女は思っていた。
そんな傍若無人の黎深が唯一この朝廷で言うことを聞く人物が二人居ることを涼佳は知っている。一人は実の兄である紅邵可。もう一人は―――。
「…あの子を呼ぶわよ」
「………べ、別に。呼びたきゃ呼べばいい………」
「あら。今日は強気なのね」
少し焦ったようだったが、外方を向いてしまった黎深に意外だと思った。
同じ年に受けた国試で監督官を務めた時から、彼女が担当した十三号棟の面々は彼女に頭が上がらない。
彼が、仕事をしない理由は分かっている。仕事をすれば、その処理に追われて少ない官吏がさらに減り、崩壊する。
だが、仕事をしてもらわないとこちらが困る。
ふぅむ、と涼佳は形の良い口元を触り考えてなにか思いついたように白い指を一本立てた。
「―あ、そう。さっき戸部から出てくる秀麗ちゃんを見かけたわ」
ピクリと眉尻が動いた。
当たりだわ。
今、戸部の人手不足解消に戸部・黄尚書の専属雑用係として紅秀麗が男装をして働いている。
秀麗自身の力量を見極めるのにも都合が良いということで、絳攸から打診があった。仕事中に浮つかれては困るので、涼佳は劉輝にはそのことを伏せるという条件で承知していた。
「戸部で働いてる秀麗ちゃん、すごく頑張っているようで景侍郎が本当に褒めていたわ。だけど、吏部が滞ってるせいで困る鳳珠を見て、どう思うのかしら…」
黎深の動かない表情を見ながら、涼佳は話を続けた。
「秀麗ちゃんは優しいから…きっと仕事に追われて疲れて行く鳳珠を見て、心を痛めて…健気に『私も頑張ります!だから、一緒に頑張りましょ!』となるのでしょうね…」
「………」
「…仕事が出来る“叔父様”って素敵だと思うのだけど、それでも仕事をやらないと言うなら、仕方ないわ。私が代行す――」
涼佳が机案に置かれた書翰を手に取ると横から掻っ攫われた。
物凄い勢いで筆が走り、書翰や書類が処理されて行く。
「終わったら、好きにして」
「―吏部にはもう来なくていい」
「…そう。わかったわ」
噛み合っているかわからないような会話をして涼佳はふと笑って歩きやすくなった室出て行った。
黎深が仕事を始めたことを告げると吏部はすぐに臨戦態勢に入った。
仕事が全て片付いたのは夕暮れが夜に押しやられる頃だった。
灯りを手に歩いていると城門のところにも一つ、同じ提灯のような灯りが点っていた。
こちらに気づいたような提灯が一度上下に揺れる。
「―お疲れ様です、涼佳殿。姫様から仰せつかってお迎えに上がりました」
聞き知ったその声に近づいて灯りを向けてようやく涼佳は警戒を解くように肩を落とした。
「あぁ、
「いえ、仕事ですので。それでは、参りましょう」
涼佳はそろそろと歩くのをやめて前を歩く男性に着いて行った。
灯りが灯る門を通ると玄関の扉が勝手に開いた。
「―おかえり。お仕事、お疲れ様」
家の中から夜着に羽織物を引っ掛けただけの潤月に呆れた。首にかかっている手拭いはまだ濡れている髪を乾かす為の物だろう。湯浴みから上がったばかりだった。
涼佳は小言を言ってやろうとして、口を閉じて止めた。
彼女の両脚になにかくっついている。
「…ただいま。…って、どこで誘拐して来たの…」
「誘拐じゃない。やめろ、そういうの。―二人とも、この子がさっき話してた涼佳だよ」
人聞きが悪いな、と少し腹を立てながらも潤月は涼佳を邸に迎え入れて子供達に紹介した。
「おお!其方が潤月殿の友人の!」
「綺麗な女の人です〜!」
「どうも。こんばんは」
褒められて悪い気はしないが、疲れている故か涼佳はあっさりと流して邸の中に入っていった。
畳が敷き詰められた室で潤月が座布団を置くと涼佳は吸い込まれるように座り込んで、卓上にうつ伏せた。
潤月は指を一本立てて、翔琳と曜春に静かにしているように合図する。
「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、疲れた………………。うざいくらい汗臭いし、水浴びしたい。うざいほど暑いし、化粧崩れる。うざい以上に、とにかく鬘デブがマジクソ野郎。マジでうざい。マジで消えろ。じゃなかったらせめて自分の仕事くらいしろよクソデブが―――……」
早口に言う涼佳の前に冷茶を出しながら、潤月はそれを黙って聞いていた。吐き出し終えたあと暫く沈黙して、ゆっくりと顔を上げた。
「…ふぅ、スッキリした」
「ふふっ、今日もお疲れ様だったね」
涼佳は居ずまいを正して、座り直す。
言っても仕方ないことを嘆き切って、出された冷茶に手を伸ばした。優美に飲む姿はもういつも通りの涼佳だった。
「……で?この子達は?」
「私が子供の頃に遊び相手になってくれてた奴の子供達なんだよ。今は二人っきりで旅してるんだと。ずっと野宿だっていうからさ。なにかあったらいけないだろ?
「―我ら!“茶州の禿鷹”二代目頭領の翔琳と申す!」
「ぼ、じゃなくて―おれは一番の手下の曜春!です!」
「……“茶州の禿鷹”…」
茶州の禿鷹と口の中で繰り返して記憶を漁る。
茶州から山賊盗賊が流入している件に関する手配書に載っていた名前だ。
「……あんた、それって…」
「なんか色々勘違いしていたようで、今日の任務の時に出会ったんだ。びっくりしたよ」
クスクスと笑う潤月に恥ずかしそうに二人も頭をかいた。
「いや、お恥ずかしい話で、潤月殿にご助力いただき依頼主に文を出しまして、再度依頼内容の確認をしている最中なんだ」
「お、お返事が来る間こんな立派なお邸にお世話になることとなったんです。親父殿が話していた通りの人物ですね!」
「―ああ!ほんとだな!だが、親父殿が知らなかったことが二つもあったぞ!なんだと思う?」
「え、それはなんですか?!…えっと、えっと…一つは涼佳殿っていう美人な友人がいたこと、ですよね。……料理が美味しいことは普通過ぎますよね…。なんでしょう…。わ、わかりませんッ!お頭、ぼくには難しいです〜っ!」
答えを当てられた翔琳はぬぐっと言葉を詰まらせると、なんとか考えて弟に向かって大口を開けて正解を言い放った。
「―惜しかったな、曜春!一つは正解だ!!もう一つは限りなく正解に近いが、惜しい!今日食べ歩いた紫州のどの名物のお店よりも潤月殿の料理は美味かっただろう!コレは我らが親父殿に自慢出来ることだ!」
「―わ!ほんとですね!」
潤月は微笑ましいやり取りを見て終始笑顔だった。
「そんなに褒めてくれるなんて、嬉しいな。ありがとう」
「…………子供って、なんでこんなに元気なのかしら…」
そうボヤいて涼佳は考えることをやめた。
「……はぁ、今はなにより先に湯浴みしたいわ。借りるわね」
「あぁ、分かった。―
呼ばれた家人がスっと音もなく現れると涼佳を湯殿に案内した。他の家人に料理の温め直しを頼み、潤月は二人を用意した客室に案内した。
布団に入るとすぐに寝てしまった二人を残して、静かに客室を離れた。
酒を飲みながら、客間で涼佳を待って入れば化粧も疲れも全て洗い流してサッパリした顔で戻って来た。
「―――はぁ〜、気持ち良かったわ」
「おかえり。夕餉温め直してもらったよ。食べるだろ」
酒を煽る潤月を見て涼佳は座布団の上に腰を下ろした。
「あ、いいな。あたしも呑みたいわ。前に呑んだ甘いやつない?」
「あるぞ。でも、ちゃんと夕餉を食べてからな」
「流石に、空きっ腹に酒なんて呑まないわよ」
そんな会話をしながら潤月は立ち上がり、家人に“涼佳の酒”と伝えた。
運ばれて来た軽い夕餉を涼佳が食べている間、潤月は肴をあてに酒を煽っていた。
片膝を抱えると、綺麗に食べ終えた涼佳の前に硝子の杯に果肉の入った白い飲み物が出された。
「あら。前は蜜柑だったのに。これは?」
「桃で同じように作ってみたんだ。なかなか美味しく出来たから呑んでみて」
へぇ、と言って涼佳はそれをひと口、口に付けた。
瑞々しい甘さが口に広がりさっぱりとした桃の匂いが口いっぱいに広がった。
「―――うん。なかなか、良いわよ。これ」
「だろ?」
「そろそろあたしに作り方売ってよ。人気商品になるわよ、これ」
「売り物にするなら企業秘密だから、ダーメ」
「…………ケチ」
他愛ない話をして、盃を煽って潤月は側に仕えていた家人に視線を送り下がらせた。
「ところでさ」
「なに?あの子達のこと?」
「あぁ。茶州でたくさん依頼を受けて、その中の一つに私の暗殺及びある物の奪還があったそうだ」
物騒な話に涼佳の顔付きが変わる。
「……………ある物って?」
「指輪」
『茶州』『指輪』とくれば、思い浮かぶ人物はただの一人だった。
訝しげに眉根を寄せた涼佳に潤月はにっこりと笑って見せた。
「……まさか」
「面白い話だろ?」
楽しそうに卓に肘を付き顔を支えて笑みを浮かべる潤月に、涼佳は反対に細く白い手で顔をおおった。
「…………アンタね…」
「―ま、持ってたとしても渡すわけない。あそこの家は欲深い奴が多いから、あの人が亡くなってゴタゴタの最中なんだろうとは思うがな」
「………」
盃の酒を呑みつつ、涼佳は潤月の顔を伺った。
夜空のように深い瞳が揺れている。珍しい。口元に嘲笑が出るほどには腸を煮立たせているようだった。
……大人しく、喪に服していればよかったものを。
「……あんまり、無茶しないようにね」
意外だというように一度彼女を見やると、視線を合わせずにほぼ度数のない杯の中の果肉を添えてある匙で掬って食べていた。自然と緩む口元のまま潤月は笑った。
「ハハハ、ありがとう。お前も、倒れないように水分をまめに取れよ」
「あたしをあまりナメないでもらえる?そんじょそこらの男より肝の入り方が違うんだから」
「知ってる。だから、気張り過ぎないよう気をつけてって言ったの」
「…………わかってるわよ…。…でも、おかしいのよね」
「おかしい?なにが?」
おかしい、と零した涼佳に潤月は小首を傾げた。
「………予想外に、朝廷の機能が“保ってる”のよ」
* * * * *
「―おはようございます!」
「おはよ〜ございま〜す」
侍童の格好をした秀麗の元気な挨拶とは対象的にのんびりと挨拶を口にしたのは髭もじゃの大男だった。
現在、紅邵可邸に居候する代わりに秀麗の護衛役として外朝に付いてきた髭もじゃのこの男、浪燕青も立って居るならクマでも使えと言わんばかりにこき使われて秀麗と共に働いていた。
絳攸に戸部の専属雑用係として外朝で働かないかと言われ、またも二つ返事で引き受けてから早くも十日が過ぎていた。
初日の日には迷子になった絳攸に連れられてやっと戸部に辿り着いたのは正午も近くなった頃で「―初日で遅刻して来るとは、何事だ。舐めてるのか、帰れ」と門前払いに合いそうになった時は肝を冷やしたものだった。
その元気な声ににこやかに柔らかい表情を向けて戸部侍郎・景柚梨は挨拶を返した。
「おはようございます。秀くん、燕青くん。今日もよろしくお願いします」
「―はいっ!それじゃ、早速菫少師の所に処理済みの書翰を取りに行って来ますね!」
両手を胸の前で握り締めて気合いを入れた秀麗こと、秀を仮面を着けた男―――戸部尚書・黄奇人は呼び止めた。
「―待て、秀。菫少師のところに行ったら、手押し軒も借りて来い。その帰りに府庫に寄り、この書き出した物を借りて来るのを忘れるな。戻って来たら借りて来た物は私の机案の横に。その後は処理済みの中身を確認して日付け順に奥の棚から並べて、ゴミを片付けろ」
秀麗は澱みなく指示されたことを頭の中で整理して居ると、扉が叩かれた。
「指示した所悪いけど、もう持って来ました」
「―――菫少師っ!?」
ガラガラと手押し軒を押して、涼佳はいつものように無位無官の白い官服を身にまとい景侍郎と秀麗、燕青は慌てて立礼を取った。
すぐに礼を解かせれば、景侍郎が慌てたように駆け寄って来た。
「――そんな大変なのにわざわざ来られなくてもっ」
「おはようございます。景侍郎。大変なのは皆同じですし、それに少し余裕が出来たので、大丈夫ですよ。黄尚書に直接連絡事項がありましたので、ついでです」
「…ありがとうございます。……無理なのは承知いたしておりますが、どうか休み休み行ってくださいませ」
難しいなんとも言えない表情をした景侍郎に困ったようににっこりと笑ってお礼を言った。涼佳は手押し軒の中からまとめてあった数冊の本と書翰を取り出して手身近な卓の上に避けた。
「―この中の物が処理済みの物です。確認をお願いします。手押し軒を使うならこのまま置いて行きますので、どうぞ使ってください」
大量の書翰を見て黄尚書は涼佳を仮面の奥からちらりと伺って、秀麗達をみやった。
「…感謝する。―――秀、先ほどの指示をやれ。燕青は手押し軒で秀に渡した書き出した物を府庫から借りて来い」
「―はいっ!」
「へーい」
指示を出し直すと黄尚書は卓に置かれた書翰を一つ手に取り中身をざっと見て、書翰を持つと涼佳を連れて尚書室に入っていった。
そんな涼佳の横顔を見て秀麗は首を傾げた。
………なんか、日増しに印象が違うような…。
「…うわ、コレ昨日俺が持って行ったやつまである。…実は双子とか三つ子とかで働いてたりするんじゃねーかってたまに思うぜ……」
そう呟いた燕青に秀麗はハッとした。
「―ウソ?!…本当だ…。………すごい…」
「……いつも、本当に圧巻の一言に尽きるんですよね。早いのに、丁寧でそれでいて見やすく目次まで付けて…。全ての部署の雑務書類を同じようにしていると思うと恐ろしいとまで思いますよ」
「……マジやべぇですよね、コレ…。一番最初に行った時、人間ってあんなに早く字が書けるのかと思ったもんな〜」
誰が見てもわかり易くまとめられた内容を眺める。
しかし、先ほどの疑問が頭の中でぐるぐるしていると、不思議そうに燕青は秀麗の顔を覗き込んだ。
「……どうしたんだ?」
「………ううん。気のせいかも………なんでもないわ。―さあ!今日も張り切ってやりますか!」
気合いを入れた秀麗に燕青も景侍郎もにっこりと笑みを浮かべた。
一方、潤月は今日も炎天下の中、賊討伐の為城下を見回っていた。
しかし、謎の親切な人が茶州から流入して来ていた賊を丁寧に捕まえて路地裏に放置されているところを発見するということがここ連日続いている。
しかし、それを面白く思わないのが二名ほど居る。
「―――誰だ!」
「―――俺らの楽しみを邪魔する奴はっ!」
眉間に青筋を浮かべてそこら辺の破落戸よろしく声を荒らげる宋太傅と白大将軍に潤月は呆れたように流した。
「はいはい。暴れられなくて残念でしたねぇ〜」
言いながら、潤月は縛り上げられている賊の胸元をグッと開いた。肩口に残るくっきりと丸い痣。
………コイツらも棍棒痕か…。
的確に打たれた無駄のない痕に結構な使い手だなと思いながら、賊達の上着を捲っては痣を観察していると、その様子を見ていた捕らえられた賊の一人が声を掛けて来た。
「…かなりの別嬪だな……。もしかして、お前、女人武官ってやつか?」
「ん?そうだが」
「……ちきしょう…お前のことだったのか……お前から狙えばよかったぜ…」
悔しそうに潤月を上から下まで舐めるように見やる視線に冷ややかな目で返し、屈むとこっそりと耳打ちした。
「………それは、依頼主に“指輪”を頼まれたからか?…」
「―――てめぇ!なんでそれをっ?!懸賞金貰う前に捕まえて散々犯してや―っぐ」
驚いて喚き出した賊の首に力がなくなったように頭が垂れ下がった。その原因を見上げてため息を吐き出す。
「こんなに暑いのだから、大人しくしてればいいんです」
「……茈武官。今、情報を聞き出してたんだが?」
「全員、“頬に十字傷のある男”と“女のような名前の武官”しか口にしないでしょう。それよりも、一人でふらふらしないでください。狙われているんですから」
そう言って来た静蘭にもう一度ため息を吐き出して、情報を聞き出すことが出来なくなった賊達の回収手続きをした。
見送っている最中に気づかれないようにこっそりとなにか考え事をしているのかうわの空になる彼の横顔を見やった。
……なにか悩み事があるのかな…?
そう思って、声をかけようとして開きかけた口が閉じた。まだちゃんと断ってもいないのに、気安く声をかけるのは如何なものだろうか。
話したいのに話せなくて、なんだか胸の内がモヤモヤする。
そんな感情をおくびにも出さず、内心で頭を振ると不完全燃焼を煮立たせて雄叫びを上げている二人の下に向かう。
「……なあなあ。やっぱり―」
「―ダメだ」
「許さん」
まだなにも言っていないのに、ばっさりと切り捨てられ潤月はムッと口を尖らせた。
「…………まだ、なにも言ってないんですが?」
「馬鹿やろう。どうせ、自分を囮におびき寄せるとかなんとか言い出すんだろう?」
「そうだ。いくらお前が強いからってこの手配書通りの人数だとは限らねーだろうが。んな不確かな博打が出来るかよ」
説き伏せられてむくれる潤月の背後で静蘭も頷いて同意していた。
「―だけど、“指輪”を探しているようですよ?」
指輪と聞いて、三人の眉が一斉に反応する。
「……指輪、だと?」
「…お前、それどこの情報筋だ」
「それは内緒ですが、確かな情報です。本当にそうなのかさっきの賊に確認したら、本当でした」
「………茶州の賊が指輪を探している、か…」
それぞれ難しい顔をしていると白大将軍が一応、というように訊いた。
「一応、確認だが……奴らが欲しがっている指輪っていうのは持ってるってことはねぇんだよな」
「ああ。確かに奥方にお呼ばれして、遊びに行かせてもらったりとかお茶の贈り物をいただいたりとか、交流はあれど、指輪なんて貰ったことも預かったこともないですよ」
「そりゃそうだな。アイツがお前をそんなことに巻き込むはずがない」
潤月の否定に宋太傅も強く同意した。
「……てことは可能性だけで、動いているのか…」
「――なんだかめんどくせーことになりそうだな、こんちくしょう。このことは内密にしておけよ、お前ら。宋将軍もよろしくお願いします」
「わかった」
「だから、私を囮にすれば――」
懲りずにその作戦を口にすれば三人同時にダメ、と切り捨てられた。
「……良い作戦だと思うんだけどなぁ〜。二人だって暴れられるし、賊は一気に捕縛出来るし」
「てめぇ、
「うっ…………わかりました…」
渋々といった風に引き下がった薄い桃色の前髪にきらりと光る雫が伝い、鼻先に落ちた。
空を見上げれば黒い雲が頭上を覆って行く。
「あー、降るかな?」
「ひと雨来そうだな」
白大将軍がどこかの軒下でも借りようと首をめぐらす。
あっという間に育った黒い雲からまたポツリと雫が落ちて来たかと思えば、瞬く間に桶をひっくり返したような大雨になる。
天が光る。目も眩むような一瞬の閃光。そして、轟音が耳に届く。
「おお、すっごい音」
「―なにしてる潤月!風邪引かないうちに行くぞ!」
「―静蘭!なにボケっと突っ立ってやがる!!早くこねぇと無理やり羽林軍に籍入れるぞ!!」
「あ、行きます」
走って行く潤月と宋太傅のあとをグイッと肩をひかれ歩き出した静蘭と可愛げがないとぶつぶつ文句を垂れる白大将軍も続いた。
顔に張り付いた前髪をかきあげていると視界を白い布が塞いだ。
「ほれ、コレで拭け」
「ありがとうございます、宋太傅」
被せられた手ぬぐいで露を払った。
やっと軒下に入って来た白大将軍が豪快に頭を振り乱して潤月に近寄った。
「―――おい!お前からも勧誘しろよ!!どんだけ
「……………………………毎日身体動かせて健康に良い、とか?」
水滴を飛ばされ迷惑そうな顔をしながら再び手ぬぐいで払い考えて出た言葉に宋太傅と静蘭は思わずと言ったように短く笑いが起きた。
「……………もっと他にあるだろう………」
「急に言うから。てか、入りたくないって言ってる奴に私は勧誘はしない。それに、言ってたじゃないですか。自分で口説き落とすんでしょう?ほら、頑張ってください」
「―――今、やってるだろうが!」
「………………楊将軍、そう言うなら応援しないで止めてください…。しつこいんですよ、本当に」
げんなりとした静蘭に潤月はクスッと笑みを零した。
「一応、これでも注意はしてるんだぞ」
「……………………もっとちゃんと止めてください」
「俺はコイツに止められたってお前への勧誘は辞めないぞ」
「だそうだ」
にっこりそう言うと静蘭は疲れたように深くため息を吐いた。
「ま、頑張れ」
「…………」
クスクスと笑う潤月の髪には幼い頃に贈った玉飾りの髪紐が使われている。内心でもう一度息を着いて意を決して、声をかけた。
「…楊将軍。今日、仕事が終わったらお嬢様からお預かりしている文をお渡ししたいのですが、お時間よろしいでしょうか」
「………わかった。空けておこう」
こちらも見ずに空を見上げて言う彼女がなにを考えているのか読み取ることは出来なかった。
ここ数日でわかったことは仕事中ならば、避けられず話が出来るということだけだった。話がしたい。他愛ない話でいい。ただ、それだけなのに衝動的に動いてしまったあの時の自分を呪ってやりたい。
……でも、まだ使ってくれてるなら…。
まだ、嫌われてはいないのかもしれないと淡い望みが胸の奥底から滲み出る。