昨夜からはじめの様子が少しおかしかった。朝起きたら熱があったのでそのまま寝かせておいた。朝ごはんにお粥でも作ってあげようと思い、ベッドから出ると手首を掴まれた。

「どこに行くんですか」
「キッチン行くだけだよ」
「…そうですか」

少し不機嫌そうに見えるのは熱のせいであろうか。さっさと作って持って行ってあげよう。寝室に戻ると彼は着替えを済ませていた。

「自分で食べられそう？」
「馬鹿言わないで下さい。食べられますよ」

上体だけを起こし、器用にスプーンを持って粥をふーふーしている彼を見ると、何だかいつもと違って可愛げがあるなと思った。そう言ったら怒られてしまいそうなので胸に留めておいた。彼好みの洋風な味付けにしてみたので、心なしか彼の顔色が良くなったように見える。
食べ終わって食器をまとめてくれたので、片付けに行こうと思い立ち上がった。

「…どこへ？」
「片付けて冷えピタ持ってくるね」
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけしてすみません」

本当は今日、二人で出かけるつもりであった。彼も前々から計画を立ててくれていたし、私も勿論楽しみにしていた。熱の原因はまだよく分かっていないが、彼はとても悔しそうだった。温度計が38.5という数字を叩き出したとき、「嘘だ……今日のシナリオが……」と顔を真っ青にしていたのを思い出す。熱で真っ赤なのと相まって紫色になっていたかもしれない。何を言っているんだ私は。

残り1枚だった冷却シートの袋を開けて、彼の真っ白な額に貼り付けた。近くで見ると本当に綺麗な肌をしている。端正な顔をじっと見つめていると頬に右手を添えられた。

「……どうしたんですか」
「はじめの肌綺麗だなーって思って」
「気を遣っていますからね」
「肌弱いもんね」

彼の温かい左手が反対側の頬に触れた。両手が首から下へと移動し、腰の後ろで組まれた。そのまま彼がもたれかかってくる。

「はじめ……？」
「もう、どこかへ行きませんよね」

彼は胸元に顔をうずめたまま、弱々しい声で話しはじめた。少し荒い息がくすぐったい。

「あなたがいないと眠れそうにないんです」
「そ、そうなの…？」

いつもは私が甘える側で、はじめがこんな風に甘えてくるなんて滅多にない。ずっと私に抱きついたままの彼。どんどん体重がかかってきて、私もベッドに寝転がってしまった。そのまま彼は動かなくなってしまったので、布団の隙間から彼の顔を覗いた。寝るのが早すぎる。相当疲労が溜まっていたのだろう。私も今日は休みを取ったし、というかそもそも抱き枕にされていて動けそうにないし、寝ることにしよう。

小一時間ほど経ったであろうか。目覚めたはじめの第一声は「パスタが食べたい」だった。じゃあ作ってくるね、とベッドから起き上がろうとした。そのとき彼の腕の力が強まった。

「……やっぱりいいです」
「腹減ってんじゃないの？」
「ここから出ないでください」

ぼうっとしているように見えるが鋭く私を捉える瞳。その視線に射抜かれたまま固まっていると、首筋に唇を押し当てられた。いつもよりも熱を帯びて柔らかい感触が身体に沁み込んでいった。そのまま、また二人は夢に堕ちていった。