短編
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この歳で初めて一目惚れをしてしまった。
窓際の席の彼は今日も、その美しい髪を靡かせながら座っていた。
「さっきから何なの」
眺めているのがバレてしまったらしい。彼は表情ひとつ変えずにこちらを見ている。あまり顔に出ないタイプなんだろうか。
「いや…ごめん、髪綺麗だな〜と思って…」
「髪…?」
ふーん、と言って彼は自分の髪をつまむ。
「そんなに見られたら恥ずかしいよなあ…。あと自分の髪も綺麗なのに人を褒めるとかさあ……。褒めても何にも出ないのに…」
彼は一人ボソボソと呟き始めた。全部聞こえてるよ…と思いながら一旦スルーする。
「ヘアオイルとかどんなの使ってるの?」
「え、ああ……。」
彼は少々驚きつつも色々と教えてくれた。すいません…。眺めたあげく、話しかけるなんて…。そりゃ嫌だよねジロジロ見られたら。
彼は伊武深司くんという。私は今までこんなに髪の毛が綺麗な男の子に出会ったことはない。そして伊武くんは顔も綺麗。本当に羨ましい。欠点といえばこのようにボソボソと一人で話したりするぐらいだろう。でもそういうところも何だか可愛らしい人だ。
伊武くんってほんと綺麗だよねーと言うと、そうでもないけどなあ、と言いながら満更でもなさそうにしているところが可愛い。
四月に二年になり、彼とは同じクラスになった。それまで彼の存在は知らなかった。完全に一目惚れである。しかもこんなかっこいい人と隣の席になれるなんて本当に私は幸せ者だ。もしかしたら上半期で運を使い果たしてしまうのかもしれない。なら運の良い今のうちに伊武くんを見まくり褒めまくり彼に話しかけまくろうと決意した。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
さっきから視線が痛い。
最近隣の席になった名字さんだが、めちゃくちゃこちらを見てくる。俺何か変な格好でもしているのかな…と思いながらそちらを見る。
「さっきから何なの」と告げれば彼女は驚いていた。いや、驚きというより、彼女の瞳には好奇心が宿っているようにも見えた。
「いや…ごめん、髪綺麗だな〜と思って…」
髪?確かに自分は髪に気を使っているが、彼女も大概だろう。少しだけ長い髪は丁寧に手入れされているのが分かる。さらさらしていて陽が当たっては眩しく輝いているのだから。
そう考えていると、彼女は懲りずに話しかけてきた。内心驚きつつも話していると、割と会話が進んだ。
普段あまり女子と話すことがない(というか避けられていることもある)ので、かなり新鮮だった。しばらく話していたら授業の開始を告げるチャイムが鳴った。またあとで、と言って微笑んだ名字さんが、やけに煌めいて見えた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
一ヶ月経った。すると、伊武くんの方からも話しかけてくれることが多くなった。会話から推察するに、彼は中々の美容男子だった。もしかすると私よりも美容意識が高いかもしれない。毎日二時間以上かけて髪のケアをしているなんてことも言っていた。伊武くんの美しい髪の秘訣はそこからなんだ…。と納得した。さらに、部活のない日やちょうど部活終わりに会った日などは、一緒に帰ってくれることもあった。そのおかげで、普段彼と一緒に帰っている神尾くんという子とも仲良くなることができた。伊武くんと同じテニス部に所属しているらしい。神尾くんもとっても優しくて良い子だ。私は時々彼らと共に帰路につくことが楽しみになっていた。
そしてとある日。終礼のチャイムが鳴って、伊武くんはいつも通りすぐに部活へと向かっていった。私は日直だったので、簡単な仕事と黒板消しを済ませ、日誌を書き上げた。
職員室へと向かい日誌を出しに行った。すると、先生がこちらにやってきた。
「名字〜、ちょうどよかった。これ運んでおいて」
お願いね〜と言いながら先生は立ち去ってしまった。まだ了承もしていないのに…。
教科書類を四階まで運んでいる途中、頬を涼しい風が撫でた。よく見ると屋上へのドアが開いている。近づくと、何やら話している声が聞こえた。じっと息を潜め、ドアの隙間を覗いた。
「先輩、好きです……っ!受け取ってください…!」
何か手紙のようなものを差し出している女の子。多分後輩だろうか。告白じゃん青春じゃん…。と思いながら告白相手を見る。
伊武くんだ。
嘘、と思いながら彼の返答を待つ。うーん、と彼は考えてから、
「俺、好きな人いるんだよね、ごめん」
と、いつものボソボソした声で言い放った。後輩の子は、「そうですか、」と引き攣った笑みを浮かべて踵を返した。やば、ここ出入り口だ。こちらに来る。
急いで近くの掃除用具箱の裏に隠れた。彼女は俯きながら階段を降りていく。しばらく経って、伊武くんも階段を降りていった。多分彼女に呼び出されたから、遅れて部活に行くのだろう。伊武くん割とこういうのスルーしそうなのに、と思う。
伊武くんに、好きな人が、いるんだ。
一緒に帰る機会が多くなって、もしかしてと舞い上がっていた。そんな希望が一瞬にして打ち砕かれてしまった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「ねえ、話聞いてる?」
その言葉で意識が現実に引き戻された。「ごめん、何の話だっけ」と言うと、伊武くんは「はぁ…」と大きな溜め息をついた。
「最近うわの空だよね。何かあったの」
「いや…別になんでも…」
隠すなんてさ……と彼はぼやいた。言えるわけがない。好きな人がいるって聞いたんだけど、なんて。
「ほんと些細なことだから、気にしないで」
「ふーん…悩んでるなら話せばいいのに…。せっかく人が心配してるのに意味分かんないよな……」
彼には申し訳ないが、心配してくれているという事実が彼の口から出てきたことがなんだか嬉しかった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
放課後、教室に残ってもらった友人に、告白を見てしまったということを相談してみた。
「なまえ、伊武のことほんと好きだもんね〜」
「うう…だからほんと悲しい…」
でもさ、と言って彼女は続けた。
「伊武とつるんでる女子ってあんたぐらいしかいないんだよ?」
「え?そうでもないでしょ?」
「嘘じゃん。自覚ナシ!?」
「どういうこと?」
「だから、伊武とめちゃくちゃ仲良い女子はなまえぐらいしか居ないんだって…」
つまり、好きな人はなまえ説〜と言って彼女はきゃーっと乙女のように盛り上がっている。
「でも本当にそんなことある?」
「絶対そうだ……って!?え!?」
突然目の前に居た友人が口を覆って固まった。どしたの、と問う前に私の肩に手が置かれた。
「困るよな、盗み聞きなんて」
「え……!伊武……くん…」
「部活は…?」「今日休み」「なんでこちらに…?」「忘れ物取りに」「……どこから聞いてました…?」「『伊武とつるんでる女子は…』のとこから」「ほぼ聞かれてるし」
あの話を聞かれてたのかと思うと恥ずかしくて顔に一気に熱がこもる。目の周りの部分が熱すぎて蒸発してしまいそうだ。あれ、伊武くんも今私達の話盗み聞きしてたじゃん。そう考えていると、伊武くんの手が私の手首を掴んだ。
「借りるから」
「はーい!ごゆっくりー!」
いってらっしゃーい!と友人が手を振る。何で勝手に借用許可出してるのよ、とキレたいところだが、伊武くんに引っ張られて屋上まで連れて行かれ、できなかった。
「あの時、見てたんだ」
「用事あって近くに居たら見えてしまいました…すみません……」
「別にいいけどさ」
彼は暫く黙って、口を開いた。
「勘違いしてるようだから言っておくけど」
「……うん」
「俺が好きなの、アンタだから」
「…はい」
「だからさ、その……あー……」
伊武くんが顔を逸らして呟いた。
「隣、いつでも空いてるから」
「めちゃくちゃ婉曲だね」
「わかってるんだったら言うなよ…はあ…」
じゃあ私からも、と言って一歩前に踏み出した。
「付き合ってください」
「…うん」
願いが現実になった感覚がじわじわと喜びから熱になり、全身を駆け巡った。伊武くん好きー!と言って抱きつくと、彼は「えっ」と驚いた後、恐る恐るだったが背中に腕を回してくれた。
「急に来るなよびっくりするだろ……本当いつも自由だよな……」
「あれ、ごめん。じゃあやめるね」
「嫌とか言ってないだろ……ほんとさあ…」
鳴り響くチャイムの音が小さくなっていく。
彼の温もりを独り占めできることが、今はただ嬉しい。
その時、私はただ願うことしか出来なかった。この幸せな時間がずっと続きますように、と。
窓辺のエトワール
翌日になると、私と伊武くんが付き合ったという噂はクラス中に広がっていた。きっと友人の仕業だろう。
「名字伊武の彼女になったの!?」
「付き合ってると思ってたわー」
「ね、めっちゃ仲良いし」
隣にいる伊武くんの方を向くと、照れくさそうに少し赤くなっていた。
私は、こんな風に可愛くて、かっこいい彼のことが、誰よりも大好きだ。
立ち上がって彼の方へ向かった。
「伊武くんおはよう」
「おはよ」
彼の髪は今日も窓からのそよ風できらきら輝きながら靡いていた。
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