短編
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
別れよう、という五文字を耳が拾ってしまったとき、心の奥底にあった淡い期待が、ぼろぼろと崩れ落ちて深い穴が空いたような心地がした。
誰もいなくなってしまった部屋。電気もつけず暗い中、スマホの明かりだけが眩しく光っている。『別れた』とメッセージを打ち込み、中学の時からの友人に送りつける。三分くらい経つと既読のマークが付いて、『お疲れ』と返ってきた。友達すらいなかったら、一人になった自分はもう孤独死していたかもしれない。続けて『明日飲む時また話そ』と送られてきたので、適当なスタンプを送って電源を切った。こんな空虚な気分で寝られるか、と思ったがやはり身体は正直らしい。夕食も食べないまま、私はベッドに倒れ込むようにして深い眠りについた。
同窓会には懐かしい顔ぶれが集まっていた。賑やかな人混みを通り抜けて手を振ってくれた友人の元へと歩く。
「なまえ、大変だったね」
「あー、うん。でも割り切ったから」
メンタル鬼か、と笑われる。割り切った訳ないのに強がってしまう自分が情けない。せっかく昔の友人達と会えるんだから、さっさと飲んで忘れてしまおう。
乾杯やら挨拶やらも終わり一時間ほど経った。彼氏、、ではなく元彼への愚痴を聞いてもらったので、今度は友人の悩みやら仕事の話やらを聞いて話していた。ちょうど酔いが回ってきた頃、友人が化粧直してくる、と言って席を立った。
独りになって、またどこか悲しい感情と今を楽しみたい感情が腹の底をぐるぐると行き来する。
「浮かない顔ですね」
「柳生くん」
中学三年のときに同クラスだった彼——柳生くんは私の隣の席に腰を下ろした。
「久しぶり」
「お久しぶりですね」
相変わらず綺麗な顔立ちをしている。眼鏡の奥までは見たことは無いが、きっと瞳も美しいんだろう。あの頃の私は柳生くんに夢中だったなあ…と思い出す。結局好きだと言い出せずに進学してしまったけれど。今も変わらない穏やかな笑みを見て、優しい性格は変わっていなさそうだと安心する。
「それで、どうしてそんなに暗い顔をなさっているんですか」
「心配させてごめん、でも、彼氏と別れただけでそんなに大したことじゃないよ」
「貴方のような素敵な方を手放すなんて、、」
「いやいや、そんなことないから…」
私が悪いから、と言おうとして言葉に詰まる。一緒に住み始めたときは夕飯も作っていたし、二人で過ごす時間の余裕もあった。たまに遅くなる日でも、優しい彼は待ってくれた。あの頃に戻りたいと今でも思いそうになる。同棲して一ヶ月ほど経った時、繁忙期に入り、私が帰ってくる時間は日に日に遅くなった。連絡なんてしている暇もなかったし、溜まっている疲労で帰ってきたらすぐに寝てしまっていた。会話することも、出かけることも、互いに名前を呼ぶことすら減った。
最初は辛かった。悲しかったし、苦しかった。でも、日々を重ねていくうちに、「自分は必要とされていない」という気持ちが膨れ上がって身体中に広がっていった。まるで私だけが一人なのを気にしているような。家に帰ってその空気を吸う度に肺が重くなる。
「名字さんは悪くありませんよ、むしろ……」
柳生くんが真っ直ぐこちらを見つめて、「よく頑張りましたね、大変だったでしょう」と告げた。いつの間にか柳生くんに全部こぼしてしまっていたようだ。今まで肺の底にずっと溜まっていた何かが一気に掻き出されたような気がした。そう思ったときには既に視界が歪み、目の奥がずっと熱くなっていた。
「名字さん……?大丈夫ですか、、?」
泣くな、情けない。こんな所で泣くな、と思えば思う程瞳が潤み、大粒の涙が一つ溢れ落ちてしまった。
それを皮切りに両目からぽろぽろと生温い涙が溢れる。彼が座る距離を詰めて、ハンカチを差し出してくれる。
「外の風にでも当たりに行きましょうか」
こんな時でも冷静に気遣いできるところが本当に紳士だなあと思う反面、申し訳ないなという気持ちになりながら会場のドアを開けた。
外はもうすっかり夜も更けて、涼しい風が吹いていた。近くにあった公園のベンチに二人で腰を下ろす。
「ごめんね柳生くん、私飲み過ぎたのかも」
「いえ、、お辛かったですよね」
止まらない涙を受け止めるように柳生くんが背中をさすってくれる。それに促されるように私はわあわあと泣いてしまった。ひとしきり泣いて落ち着いた時、いつの間に買ってきたのやら、ペットボトルの水を差し出してくれた。
「ありがと……ほんとごめん……」
「大丈夫ですよ」
柳生くんはそう言うと夜空を見上げ、そういえば、と呟いた。
「私も、中学生のとき、思いを寄せていた方がいましてね」
「え、初耳なんだけど。誰?」
分け隔てなく皆に優しい彼にも好きな人が居たんだ。全く知らなかった。そんな柳生くんを虜にするなんて一体どこの誰だろう。
「告白しなかったの?」
「その方には好きな人がいらっしゃったそうですし、当時は告白するなんて度胸もありませんでしたから」
「同じ中学でしょ?同窓会来てるの?」
「ええ、会えましたよ。相変わらず綺麗な方でした…」
「その人結婚してるの?」
「いいえ、まだだそうです。最近彼氏振られた、と仰っていました」
私と似たような境遇の人だ。振られた人同士仲良くなれそう…じゃなくて、
「その人誰?」
「え、誰と言われますと…」
いいですか名字さん、と彼が呟く。
「この同窓会の中で最近彼氏に振られたのは、貴方たった一人なんですよ」
「急にひどいね」
「いえ、そういう意味ではなくて…」
まだ気づかないんですね…と柳生くんが言う。気づかない?私の身近な人?と尋ねると、彼は小さく溜め息をついて顔を背け、
「貴方ですよ名字さん」と言った。
「え?私?」
思いもよらない答えを食らい混乱する。
「なんで?」
「なんでって…私はずっと、貴方しか見ていなかったんですよ」
「……そうなの?」
そうですよ…と言った柳生くんは肩を落とした。
「やはりあの頃も気づいていなかったようですね。私と話しているときも、何か別の違う誰かのことを考えているようで…」
「それは違う!」
思ったより大きい声が出てしまったようで、柳生くんは肩をビクリと震わせた。
「あ、ごめん…」
「続きを」
「えーと、私もその時柳生くんが好きだったから…話してるときも嬉しくて頭の中真っ白になってて…だから——」
言い終わらないうちに、しれっと自分が告白してしまったことに気づき、頬がじりじりと熱くなる。
「それは本当ですか」
柳生くんも少し頬を染めてこちらを見つめている。
「うん……」
「では、十年越しですが…私とお付き合いして下さいませんか」
「もちろん……っ」
夢を見ているのではないか。信じられない程の喜びで、また目の奥がぐっと熱くなり、瞳に涙が滲む。
「名字さん…!?」
「あはは、ごめん、、嬉しくて……!」
借りたままだったハンカチで涙を拭いた。すると柳生くんの手が私の方まで伸びて、頭をそっと撫でてくれた。
「ですが、やはりあの時に伝えておけば良かった。貴方が別れたところに漬け込んだみたいになってしまいましたね…」
「ううん。柳生くんに好きって言ってもらえて、今すごく幸せ」
「私も、今が一番幸せです。これからもっと幸せにすると誓いますよ」
心に空いた大きい穴。ずっと苦しかった深い深いその穴は、今はもう彼に埋められていて、跡形もなく消えていた。
「なまえさん、と呼んでも宜しいでしょうか」
「いいよ、お互いずっと苗字で呼んでたもんね」
じゃあ、、比呂士くん…?と言うと彼は嬉しそうに微笑んだ。
さあ、そろそろ戻りましょうか、と言って彼が手を差し出す。彼の大きい手に負けないようにしっかりと握り返し、私達は前へと歩き出した。
誰もいなくなってしまった部屋。電気もつけず暗い中、スマホの明かりだけが眩しく光っている。『別れた』とメッセージを打ち込み、中学の時からの友人に送りつける。三分くらい経つと既読のマークが付いて、『お疲れ』と返ってきた。友達すらいなかったら、一人になった自分はもう孤独死していたかもしれない。続けて『明日飲む時また話そ』と送られてきたので、適当なスタンプを送って電源を切った。こんな空虚な気分で寝られるか、と思ったがやはり身体は正直らしい。夕食も食べないまま、私はベッドに倒れ込むようにして深い眠りについた。
同窓会には懐かしい顔ぶれが集まっていた。賑やかな人混みを通り抜けて手を振ってくれた友人の元へと歩く。
「なまえ、大変だったね」
「あー、うん。でも割り切ったから」
メンタル鬼か、と笑われる。割り切った訳ないのに強がってしまう自分が情けない。せっかく昔の友人達と会えるんだから、さっさと飲んで忘れてしまおう。
乾杯やら挨拶やらも終わり一時間ほど経った。彼氏、、ではなく元彼への愚痴を聞いてもらったので、今度は友人の悩みやら仕事の話やらを聞いて話していた。ちょうど酔いが回ってきた頃、友人が化粧直してくる、と言って席を立った。
独りになって、またどこか悲しい感情と今を楽しみたい感情が腹の底をぐるぐると行き来する。
「浮かない顔ですね」
「柳生くん」
中学三年のときに同クラスだった彼——柳生くんは私の隣の席に腰を下ろした。
「久しぶり」
「お久しぶりですね」
相変わらず綺麗な顔立ちをしている。眼鏡の奥までは見たことは無いが、きっと瞳も美しいんだろう。あの頃の私は柳生くんに夢中だったなあ…と思い出す。結局好きだと言い出せずに進学してしまったけれど。今も変わらない穏やかな笑みを見て、優しい性格は変わっていなさそうだと安心する。
「それで、どうしてそんなに暗い顔をなさっているんですか」
「心配させてごめん、でも、彼氏と別れただけでそんなに大したことじゃないよ」
「貴方のような素敵な方を手放すなんて、、」
「いやいや、そんなことないから…」
私が悪いから、と言おうとして言葉に詰まる。一緒に住み始めたときは夕飯も作っていたし、二人で過ごす時間の余裕もあった。たまに遅くなる日でも、優しい彼は待ってくれた。あの頃に戻りたいと今でも思いそうになる。同棲して一ヶ月ほど経った時、繁忙期に入り、私が帰ってくる時間は日に日に遅くなった。連絡なんてしている暇もなかったし、溜まっている疲労で帰ってきたらすぐに寝てしまっていた。会話することも、出かけることも、互いに名前を呼ぶことすら減った。
最初は辛かった。悲しかったし、苦しかった。でも、日々を重ねていくうちに、「自分は必要とされていない」という気持ちが膨れ上がって身体中に広がっていった。まるで私だけが一人なのを気にしているような。家に帰ってその空気を吸う度に肺が重くなる。
「名字さんは悪くありませんよ、むしろ……」
柳生くんが真っ直ぐこちらを見つめて、「よく頑張りましたね、大変だったでしょう」と告げた。いつの間にか柳生くんに全部こぼしてしまっていたようだ。今まで肺の底にずっと溜まっていた何かが一気に掻き出されたような気がした。そう思ったときには既に視界が歪み、目の奥がずっと熱くなっていた。
「名字さん……?大丈夫ですか、、?」
泣くな、情けない。こんな所で泣くな、と思えば思う程瞳が潤み、大粒の涙が一つ溢れ落ちてしまった。
それを皮切りに両目からぽろぽろと生温い涙が溢れる。彼が座る距離を詰めて、ハンカチを差し出してくれる。
「外の風にでも当たりに行きましょうか」
こんな時でも冷静に気遣いできるところが本当に紳士だなあと思う反面、申し訳ないなという気持ちになりながら会場のドアを開けた。
外はもうすっかり夜も更けて、涼しい風が吹いていた。近くにあった公園のベンチに二人で腰を下ろす。
「ごめんね柳生くん、私飲み過ぎたのかも」
「いえ、、お辛かったですよね」
止まらない涙を受け止めるように柳生くんが背中をさすってくれる。それに促されるように私はわあわあと泣いてしまった。ひとしきり泣いて落ち着いた時、いつの間に買ってきたのやら、ペットボトルの水を差し出してくれた。
「ありがと……ほんとごめん……」
「大丈夫ですよ」
柳生くんはそう言うと夜空を見上げ、そういえば、と呟いた。
「私も、中学生のとき、思いを寄せていた方がいましてね」
「え、初耳なんだけど。誰?」
分け隔てなく皆に優しい彼にも好きな人が居たんだ。全く知らなかった。そんな柳生くんを虜にするなんて一体どこの誰だろう。
「告白しなかったの?」
「その方には好きな人がいらっしゃったそうですし、当時は告白するなんて度胸もありませんでしたから」
「同じ中学でしょ?同窓会来てるの?」
「ええ、会えましたよ。相変わらず綺麗な方でした…」
「その人結婚してるの?」
「いいえ、まだだそうです。最近彼氏振られた、と仰っていました」
私と似たような境遇の人だ。振られた人同士仲良くなれそう…じゃなくて、
「その人誰?」
「え、誰と言われますと…」
いいですか名字さん、と彼が呟く。
「この同窓会の中で最近彼氏に振られたのは、貴方たった一人なんですよ」
「急にひどいね」
「いえ、そういう意味ではなくて…」
まだ気づかないんですね…と柳生くんが言う。気づかない?私の身近な人?と尋ねると、彼は小さく溜め息をついて顔を背け、
「貴方ですよ名字さん」と言った。
「え?私?」
思いもよらない答えを食らい混乱する。
「なんで?」
「なんでって…私はずっと、貴方しか見ていなかったんですよ」
「……そうなの?」
そうですよ…と言った柳生くんは肩を落とした。
「やはりあの頃も気づいていなかったようですね。私と話しているときも、何か別の違う誰かのことを考えているようで…」
「それは違う!」
思ったより大きい声が出てしまったようで、柳生くんは肩をビクリと震わせた。
「あ、ごめん…」
「続きを」
「えーと、私もその時柳生くんが好きだったから…話してるときも嬉しくて頭の中真っ白になってて…だから——」
言い終わらないうちに、しれっと自分が告白してしまったことに気づき、頬がじりじりと熱くなる。
「それは本当ですか」
柳生くんも少し頬を染めてこちらを見つめている。
「うん……」
「では、十年越しですが…私とお付き合いして下さいませんか」
「もちろん……っ」
夢を見ているのではないか。信じられない程の喜びで、また目の奥がぐっと熱くなり、瞳に涙が滲む。
「名字さん…!?」
「あはは、ごめん、、嬉しくて……!」
借りたままだったハンカチで涙を拭いた。すると柳生くんの手が私の方まで伸びて、頭をそっと撫でてくれた。
「ですが、やはりあの時に伝えておけば良かった。貴方が別れたところに漬け込んだみたいになってしまいましたね…」
「ううん。柳生くんに好きって言ってもらえて、今すごく幸せ」
「私も、今が一番幸せです。これからもっと幸せにすると誓いますよ」
心に空いた大きい穴。ずっと苦しかった深い深いその穴は、今はもう彼に埋められていて、跡形もなく消えていた。
「なまえさん、と呼んでも宜しいでしょうか」
「いいよ、お互いずっと苗字で呼んでたもんね」
じゃあ、、比呂士くん…?と言うと彼は嬉しそうに微笑んだ。
さあ、そろそろ戻りましょうか、と言って彼が手を差し出す。彼の大きい手に負けないようにしっかりと握り返し、私達は前へと歩き出した。
3/6ページ