出られない部屋シリーズ
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確か休み時間に寝落ちした…と思う。
昨日大急ぎで深夜に課題を終わらせた。そのせいで授業中ずっと瞼が重かった。延々と微睡と覚醒を繰り返した。急に当てられた時はかなりヒヤリとした。その時目が覚めたと思っていたが、次の時間にはまた眠くなっていた。昼休み、仮眠を取ろうと思い、友達に次の授業始まったら起こして、と言った記憶まではある。
10分くらいは寝た気がする。だが目覚めるとそこにあったはずの机が無い。
それだけではない。
特に何もない真っ白な空間。
ただ、左を見るとそこにはドアがあり、その上に貼り付けられた紙に文字が書いてあった。
☆一分間ハグしないと出られない部屋☆
「部屋☆」じゃないよ、なんで星マークつけるような軽いノリなんだよ、とツッコみたい。ただ今はそんな場合じゃない。まずドアが開くかどうか確認する。ドアノブを回して押したり引いたりしてみた。開かない。
「俺もさっき試したが開かなかったぜ」
突然聞こえた声に後ろを振り返ると、白い壁にもたれかかって座っている人がいた。
「跡部……?」
「もしかして気づいてなかったのか」
同じクラスの跡部景吾(様)。財閥の御曹司、生徒会長をしている、テニス部の部長である、というまさに完全なる
いやいや、いつも存在感抜群の跡部だが、まあ壁の端っこでじっとしてたら気づかない。当然だよ、と私は思った。
「跡部…いや跡部様はなぜこちらに?」
「いや、それが分からなくてな。気がついたらここにいた」
跡部でも気を抜く時なんてあるんだ、と思ったがそれはさておき。
「なあ、まさかお前気を使ってんのか?」
「いえいえとんでもない」
「別に呼び捨てで構わねえが」
そうか、ここには怖ーいファン達はいない。確かに気遣いなんていらないか。じゃあ遠慮なく。
「どうしたらいいのかな」
「その紙の通りにすればいいんじゃねーの」
はい?跡部とハグなんてすれば大炎上するぞ?奇跡的に見物人はいないが。
「ほら、さっさと終わらせようぜ」
そう言って跡部は腕を広げる。だが顔はどこか別のところを向いている。多分嫌なんだろうな…。確かに殆ど喋ったこともない奴とハグなんて最悪のシチュエーションである。
申し訳なく思いながら跡部の前に立つ。彼の腕が私の背中に回る。
彼は高身長なのでちょうど私の目の前に胸部がある。あまり彼とくっつきたくはないので少し顔を離して一定の距離を保った。
「なあ、名字」
「何」
「普段あまり話したことねえよな」
「うん」
「俺を避けてるんじゃねえか」
「そうかな」
目が合ったこともねえな、と彼は呟く。やはり避けているのは目に見えて分かるものだっただろうか。彼の顔は勿論のこと見えない。何が言いたいんだろう。
「俺のことが嫌いか」
「別に」
「じゃあ何故だ」
「特に話すこともないじゃん」
と言った途端、彼の腕に力が入り、強く引き寄せられた。思わずよろけると、余計に身体がぴったりとひっついてしまった。ほんのりと温かい体温が直に伝わる。
「関わったら迷惑か」
綺麗に腕の中に収まった私に、彼は問う。ちょうど私の顔の位置にある左胸からは少しずつ早まっている鼓動が聞こえる。
「なんで」
そう聞かずにはいられなかった。
「お前に興味がある」
私に?ますます疑問が増える。一回しか話したことないのに?自分に靡かないから?
「違う、お前が……。お前のことがずっと気になって仕方ねえんだよ」
授業中もずっと視界に入る、と彼は言う。彼の顔が私の顔にわずかに近づく。
「正直に言えば、好きだ」
流れる沈黙。
もう私の頭には疑問符しか浮かんでいない。ちょっと彼の言っていることがよく分からない。話の脈略すら分からなくなってきた。彼の腕の力がさらに増す。鼓動のテンポも上がり私の目の前で大きな音を立てている。
「……嫌か?」
さっきとは打って変わって苦しそうな、悲しそうな声で彼は告げる。いつものように自信のある声色ではない。でも、どうしてだろう。嫌だとは思わない。勿論あまり関わりたくなかった。注目の的になるのも、攻撃の的になるのも、嫌だ。なのに心の奥にはどこか受け入れようとしている自分がいる。
「嫌じゃない」
私も、心のどこかで彼を気にしていたのだろうか。
「全然、嫌じゃない」
好きになってしまって、後悔はしないだろうか。
そう考えたってもう遅い。
「そうか」
またいつもの声色じゃない、今度は穏やかで、どんな花よりも優雅な優しい声で彼は笑った。
「覚悟しておけよ」と、さらにそう付け加えて彼は私の頬に顔を擦り付けた。
「もう一分以上経ってるよね」
「離す気はねえよ」
「ドア開いてるかもしれないじゃん」
無理やり腕を引っ張って剥がす。案外あっさりと抜けられた。早足でドアの方に向かい、勢いよくドアノブを回す。
だが、ガコン、という短い音だけが部屋内に響き、ドアが開く気配はなかった。
「え?なんで?」
ガチャガチャと鳴るドアノブ。決してその先の景色を見せてくれそうにはない。
確かに1分以上経ったはずだ。と思い紙の方向を見上げると、大きな文字の下に、小さく何かが書いてあった。
☆注意書き☆
お互い抱き合わないと出来ていない事とみなす。
気をつけてね☆という明らかに蛇足な煽りメッセージ付きである。確かに、私は跡部の背中に腕を回していなかった。
嘘…とその場に崩れ落ちると、後ろから足音が聞こえた。
「あーん?やり直しじゃねーの」
声がした方を向くと、ニヤリと笑っている彼と目が合った。
「やっと目が合ったな」
口角がさらに上がった。すると私の前まで来て膝を折りたたみ、言った。
「今度はちゃんとやってもらおうじゃねーの」
彼がそう言い終わる前に、私の目の前は真っ暗になった。
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「やっと出られたねー」
「ずっとあの部屋でも良かったが」
「それは勘弁して」
「冗談だ、まあ部屋なんかなくてもハグくらいできるようになったからな」
いつもの豪快な笑い方。もう普段通りの跡部だ。
「流石に学校ではやめてよね」
学校外ならいいんだな?と不敵に笑う彼。無駄に顔が綺麗なせいでドキッとする。降参…と言うとまた腰に腕が伸びてきて抱き締められる。
今度はもう、離してくれそうにはなかった。
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