エンデヴァー短編
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思えば、あれが初恋だったのだ。
雄英高校に入学して初めての体育祭、サポート科であった私は様子見の意味も込めて同じ中学から進学したヒーロー科の友人に衝撃を吸収する靴を着用してもらった。
それ以外に積極的なアピールをするつもりはなく、将来のために様々な戦い方を吸収しようと見学に徹していた。
ヒーロー科を中心として白熱していく体育祭は見ごたえしかなく、青田買いをしに来ているヒーロー事務所やメディアクルーも含めて大いに盛り上がっていた。ヒーロー科が文字通り身を削って勝ち進んでいく。
特に贔屓の先輩などはおらず、満遍なく応援していたように思う。あの瞬間までは。
「うそ、でしょ……?」
凄まじい轟音と共に上がった火柱は何メートルかある客席を悠々と越え、競技場の開いた天井を飛び抜けて火の粉を散らした。在校生である私は観戦用の席も良い席を確保しており、肌でその熱を感じることが出来た。じり、と肌が焼けるような気さえした。
最終決戦の一対一、優勝を決める対戦で勝利をおさめた三年の先輩。リザルト画面に『轟炎司』と表示されているのを、食い入るように見つめる。
正に拍手喝采で勝利を讃えられていると言うのに、表彰台の一番上に立った彼は、首にかけられたメダルではなくどこか遠い場所を見ていた。
煤がついた頬はまだ微かに少年の幼さを残していると言うのに、その視線は今の喜びではなくいつかの未来を見据えている。その透き通るようなアイスブルーの双眸に、私は捕らえられてしまったのだった。
それからの私は、通常の授業以外の時間をラボでの研究と試作に費やした。青春だとか、友人との休日だとか、そう言った類いの時間を、全て。
どうにかしてあの人の役に立ちたかった。望んだ未来への道を、この手で舗装してみたかった。
勿論体育祭の優勝者ともなれば、サポート科だけではなく経営科からも多くの声がかかる。在学中の轟先輩は右からも左からも引っ張りだこで、いつもめんどくさそうにしていた。放課後の自主練にすら、誰かがデータを取っている。そんな状態が続いていた。
「不要だと何度も言っているだろう!」
そう言って、サポートアイテムもデータも受け取らない轟先輩の周りからは、卒業に向けてどんどん人が減っていった。会話にならないだの、不愛想だの、みんな身勝手な愚痴をこぼして立ち去って行く。
掴まれた腕を振り払ったことで殴られたと言いふらした馬鹿のおかげで、ヒーロー科を除く普通科やサポート科からは倦厭されたようだった。
「いつもお疲れさまです、先輩」
「……、…」
卒業を間近に控えた二月。放課後に鍛錬を続けている轟先輩の周りには、もう誰もいなかった。
睨みつけるように私を見て黙る轟先輩が、怒っている訳ではなく体温の上昇と蓄積された疲労、それから西日に目を細めてしまっていることは、この時期にはもう理解していた。
「風でタオルが飛んで汚れてしまっているようなので、あの、よければこちらをどうぞ」
差し出したタオルは、ラボに籠って繊維から研究し、私が作り上げたアイテムの一つだ。一見普通のタオルに見えるはずなので、側のベンチに置いて立ち去ろうと思っていた。
受け取ってもらえるだなんてほんの少しも思っていなかったからだ。捨てられても構わないと思った。
「どうした」
「いえ、どうぞお使いください……」
だから、手を差し出されるだなんて、考えてもいなかったのだ。
大きな手のひらに、ふわふわのタオルをそっと置く。受け取ってくれた、それだけで嬉しかった。
「これは、自作品だな?」
「あ、はい! 凍らせなくてもふわふわなままで冷たさを感じられるよう改良しました。同時に汗も吸収出来て、且つ一般家庭の洗濯機と乾燥機が利用出来る素材でして!」
「……良く出来ている。大判のタオルを作ることは可能か?」
「勿論可能ですとも!」
「なら、頼めるだろうか。費用がサポート科の研究費を超えるようであれば、ヒーロー科へのサポート費として請求出来るはずだ。A組の轟で提出しておいてくれ」
「……え」
「大判のタオルと、そうだな、出来ればスポーツタオルのサイズをいくつか頼みたい」
轟先輩は、今何を言っているのだろうか。瞬時に理解出来ない脳の処理能力が嫌になる。
「それはつまり、私が先輩のサポーターに、なると言うことですが」
「問題ない。冷たさの調節が可能なら、試作品が欲しい」
轟先輩は、特定の人間を側に置かない。クラスメイトはともかく、サポート科や経営科からのアドバイスを酷く嫌っているようにさえ見えた。実際何度も声をかけてはすげなく振られ、幾人ものサポーター候補が脱落していったのだから。
このタオルだって、炎を操る轟先輩が少しでも涼しくなれるようにと体育祭の後から取り組んだアイテムだが、今の今まで渡す機会などなかった。
アイテム作成が有利になる個性を持ち合わせていない私にとって、一本集中で作り上げたこのアイテムは、轟先輩への恋心そのものなのに。
それを、受け取って、求めてくれた。
気付いた時に、かぁっと顔に熱が集まる、絶対に頬が染まっているに違いなかった。
「も、勿論です! 卒業までに、必ず!」
顔が熱いのは真冬の西日のせいにして、私はラボへと駆け出した。あと一ヶ月で満足出来る物を作り上げなくてはならない。
一週間音信不通でラボに籠った結果、進捗を聞きにサポート科に先輩が来たせいで大騒ぎになったのは、また別のお話。
雄英高校に入学して初めての体育祭、サポート科であった私は様子見の意味も込めて同じ中学から進学したヒーロー科の友人に衝撃を吸収する靴を着用してもらった。
それ以外に積極的なアピールをするつもりはなく、将来のために様々な戦い方を吸収しようと見学に徹していた。
ヒーロー科を中心として白熱していく体育祭は見ごたえしかなく、青田買いをしに来ているヒーロー事務所やメディアクルーも含めて大いに盛り上がっていた。ヒーロー科が文字通り身を削って勝ち進んでいく。
特に贔屓の先輩などはおらず、満遍なく応援していたように思う。あの瞬間までは。
「うそ、でしょ……?」
凄まじい轟音と共に上がった火柱は何メートルかある客席を悠々と越え、競技場の開いた天井を飛び抜けて火の粉を散らした。在校生である私は観戦用の席も良い席を確保しており、肌でその熱を感じることが出来た。じり、と肌が焼けるような気さえした。
最終決戦の一対一、優勝を決める対戦で勝利をおさめた三年の先輩。リザルト画面に『轟炎司』と表示されているのを、食い入るように見つめる。
正に拍手喝采で勝利を讃えられていると言うのに、表彰台の一番上に立った彼は、首にかけられたメダルではなくどこか遠い場所を見ていた。
煤がついた頬はまだ微かに少年の幼さを残していると言うのに、その視線は今の喜びではなくいつかの未来を見据えている。その透き通るようなアイスブルーの双眸に、私は捕らえられてしまったのだった。
それからの私は、通常の授業以外の時間をラボでの研究と試作に費やした。青春だとか、友人との休日だとか、そう言った類いの時間を、全て。
どうにかしてあの人の役に立ちたかった。望んだ未来への道を、この手で舗装してみたかった。
勿論体育祭の優勝者ともなれば、サポート科だけではなく経営科からも多くの声がかかる。在学中の轟先輩は右からも左からも引っ張りだこで、いつもめんどくさそうにしていた。放課後の自主練にすら、誰かがデータを取っている。そんな状態が続いていた。
「不要だと何度も言っているだろう!」
そう言って、サポートアイテムもデータも受け取らない轟先輩の周りからは、卒業に向けてどんどん人が減っていった。会話にならないだの、不愛想だの、みんな身勝手な愚痴をこぼして立ち去って行く。
掴まれた腕を振り払ったことで殴られたと言いふらした馬鹿のおかげで、ヒーロー科を除く普通科やサポート科からは倦厭されたようだった。
「いつもお疲れさまです、先輩」
「……、…」
卒業を間近に控えた二月。放課後に鍛錬を続けている轟先輩の周りには、もう誰もいなかった。
睨みつけるように私を見て黙る轟先輩が、怒っている訳ではなく体温の上昇と蓄積された疲労、それから西日に目を細めてしまっていることは、この時期にはもう理解していた。
「風でタオルが飛んで汚れてしまっているようなので、あの、よければこちらをどうぞ」
差し出したタオルは、ラボに籠って繊維から研究し、私が作り上げたアイテムの一つだ。一見普通のタオルに見えるはずなので、側のベンチに置いて立ち去ろうと思っていた。
受け取ってもらえるだなんてほんの少しも思っていなかったからだ。捨てられても構わないと思った。
「どうした」
「いえ、どうぞお使いください……」
だから、手を差し出されるだなんて、考えてもいなかったのだ。
大きな手のひらに、ふわふわのタオルをそっと置く。受け取ってくれた、それだけで嬉しかった。
「これは、自作品だな?」
「あ、はい! 凍らせなくてもふわふわなままで冷たさを感じられるよう改良しました。同時に汗も吸収出来て、且つ一般家庭の洗濯機と乾燥機が利用出来る素材でして!」
「……良く出来ている。大判のタオルを作ることは可能か?」
「勿論可能ですとも!」
「なら、頼めるだろうか。費用がサポート科の研究費を超えるようであれば、ヒーロー科へのサポート費として請求出来るはずだ。A組の轟で提出しておいてくれ」
「……え」
「大判のタオルと、そうだな、出来ればスポーツタオルのサイズをいくつか頼みたい」
轟先輩は、今何を言っているのだろうか。瞬時に理解出来ない脳の処理能力が嫌になる。
「それはつまり、私が先輩のサポーターに、なると言うことですが」
「問題ない。冷たさの調節が可能なら、試作品が欲しい」
轟先輩は、特定の人間を側に置かない。クラスメイトはともかく、サポート科や経営科からのアドバイスを酷く嫌っているようにさえ見えた。実際何度も声をかけてはすげなく振られ、幾人ものサポーター候補が脱落していったのだから。
このタオルだって、炎を操る轟先輩が少しでも涼しくなれるようにと体育祭の後から取り組んだアイテムだが、今の今まで渡す機会などなかった。
アイテム作成が有利になる個性を持ち合わせていない私にとって、一本集中で作り上げたこのアイテムは、轟先輩への恋心そのものなのに。
それを、受け取って、求めてくれた。
気付いた時に、かぁっと顔に熱が集まる、絶対に頬が染まっているに違いなかった。
「も、勿論です! 卒業までに、必ず!」
顔が熱いのは真冬の西日のせいにして、私はラボへと駆け出した。あと一ヶ月で満足出来る物を作り上げなくてはならない。
一週間音信不通でラボに籠った結果、進捗を聞きにサポート科に先輩が来たせいで大騒ぎになったのは、また別のお話。
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