エンデヴァー短編
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「お元気ですか、轟センパイ」
車椅子の相手を見下ろしてそう笑ってやると、昔より幾分か柔らかくなった声で名前を呼ばれた。
「お前は変わらんな」
「歳は食いましたよ、これでもね」
それでもサポート科出身であの大戦でも前線に立つことはなかったし、未婚子ナシの身としては、同年代に比べれば若くは見えるはずだ。仕事で目の下にクマを作ることがあっても、スキンケアに金をかけられない給料でもない。
それなりに化粧は厚くなったように思うけれど、それでもこのボロボロの男を先輩と呼べる程度にしか年が離れていないとは誰も思わないだろう。
「さて、先輩。義手の調子はどう?」
「もう少し重みが欲しい」
「技術者がこぞっと軽量化に手を出す時代に重さが欲しいなんて言うのは轟先輩くらいのもんです。そうなると杖の耐久性も弄る必要があるかも」
大戦後から暫くして、轟先輩から電話があった。そう言えば私が会社を立ち上げた頃に一度だけ名刺を渡す機会があったな、と思い出したけれど、鬼気迫る勢いでヒーローをやっていたあの頃の轟先輩が、挨拶に来た後輩の名刺を大事に何年も保管していたことに驚いた。
恐らく事務所で適切に保管されていたのだろうが、思い出して電話をかけて来るほど、記憶に残る人間だったのかは疑問が残る。
「トレーニングを再開したんだって? 今のは自宅用にして、耐久性と重量バランスに特化した物は別で用意しても構わないかな」
「……構わん」
「あ、微妙な反応。頑張り過ぎんのやめてくださいよー」
サポートアイテムの開発を生業にしている私は、データを取らせてもらえるのであれば、義手や車椅子の提供は吝かではないと答えた。金銭としての報酬を受け入れない代わりに、身の回りのサポートアイテムに関しては弊社に一任して欲しいこと。随分と渋られたが、今はこうして必要な時に顔を合わせて調整するようになっていた。
技術者として頼られるのは純粋に嬉しいし、誇らしい。当時は女性の技術者が少なく、肩身の狭い思いもしてきた。
それが今や元ナンバーワンのお墨付きときた。大々的に宣伝している訳ではないが、リハビリを行う病院に顔を出すこともあるためか、口コミが広まり義手や義足の類いのオーダーは増えたように感じる。
けれど私にとって、この案件はそれだけではなかった。学生時代の憧れの先輩と、また話せると言う充足感が、邪まな原動力になっている。
「車椅子の装備も見直さないと。先輩のことだからどうせ、自力歩行を視野に入れたトレーニングとリハビリでしょ」
「そのうちな」
「それが常人より何倍も早い可能性が高いのは分かります。先に歩行器に手を付けるんで、暫くは適度な筋トレ頑張ってください、適度だから、あくまで適度でね!」
「善処する」
何度も念押しするも、明確な答えは返ってこない。善処とはすなわち、イエスではないことくらい分かっている。この人は昔からずっと、努力を諦めることを知らないからだ。
そんなところに惹かれていたんだな、と人の物になって久しいこの人を見ても思ってしまうのだから始末が悪い。
私ならもっと堅実で確実にこの人を支えることが出来る。自分の指のように動く義手や小回りの利く車椅子だけではなく、家中を快適に過ごしやすいように改装することだって出来る。そう思ったところで、別居する家族の絆とやらに勝てるどころか、同じ土俵すら立たせて貰えないのだ。
「先輩は早く奥さんと散歩に行きたいんですよね、自分の足で」
「一生を車椅子で過ごす気はないからな」
「相変わらず頑固だこと。まァ協力は惜しみませんよぅ」
否定されない言葉がちくりと心臓を刺すのにも、こうして自分で自分を傷付けることにも慣れ始めている自分が憎い。とんだ自傷行為だ。
簡単なことでは泣けなくなっただけ年齢を重ねた私は、代わりに笑うことを覚えた。これが大人になるということなら、私も随分と年を取ったと言うことだろう。
「さーて敬愛する先輩のためにも、お仕事頑張りますか!」
「頼りにしている」
「お任せくださいな、完璧に仕上げますよ」
今日も燻る幼い恋心を繊細なボルトで蓋をする。お前は傍に居られていいねと、自分で作った素材に毒を吐きながら。
車椅子の相手を見下ろしてそう笑ってやると、昔より幾分か柔らかくなった声で名前を呼ばれた。
「お前は変わらんな」
「歳は食いましたよ、これでもね」
それでもサポート科出身であの大戦でも前線に立つことはなかったし、未婚子ナシの身としては、同年代に比べれば若くは見えるはずだ。仕事で目の下にクマを作ることがあっても、スキンケアに金をかけられない給料でもない。
それなりに化粧は厚くなったように思うけれど、それでもこのボロボロの男を先輩と呼べる程度にしか年が離れていないとは誰も思わないだろう。
「さて、先輩。義手の調子はどう?」
「もう少し重みが欲しい」
「技術者がこぞっと軽量化に手を出す時代に重さが欲しいなんて言うのは轟先輩くらいのもんです。そうなると杖の耐久性も弄る必要があるかも」
大戦後から暫くして、轟先輩から電話があった。そう言えば私が会社を立ち上げた頃に一度だけ名刺を渡す機会があったな、と思い出したけれど、鬼気迫る勢いでヒーローをやっていたあの頃の轟先輩が、挨拶に来た後輩の名刺を大事に何年も保管していたことに驚いた。
恐らく事務所で適切に保管されていたのだろうが、思い出して電話をかけて来るほど、記憶に残る人間だったのかは疑問が残る。
「トレーニングを再開したんだって? 今のは自宅用にして、耐久性と重量バランスに特化した物は別で用意しても構わないかな」
「……構わん」
「あ、微妙な反応。頑張り過ぎんのやめてくださいよー」
サポートアイテムの開発を生業にしている私は、データを取らせてもらえるのであれば、義手や車椅子の提供は吝かではないと答えた。金銭としての報酬を受け入れない代わりに、身の回りのサポートアイテムに関しては弊社に一任して欲しいこと。随分と渋られたが、今はこうして必要な時に顔を合わせて調整するようになっていた。
技術者として頼られるのは純粋に嬉しいし、誇らしい。当時は女性の技術者が少なく、肩身の狭い思いもしてきた。
それが今や元ナンバーワンのお墨付きときた。大々的に宣伝している訳ではないが、リハビリを行う病院に顔を出すこともあるためか、口コミが広まり義手や義足の類いのオーダーは増えたように感じる。
けれど私にとって、この案件はそれだけではなかった。学生時代の憧れの先輩と、また話せると言う充足感が、邪まな原動力になっている。
「車椅子の装備も見直さないと。先輩のことだからどうせ、自力歩行を視野に入れたトレーニングとリハビリでしょ」
「そのうちな」
「それが常人より何倍も早い可能性が高いのは分かります。先に歩行器に手を付けるんで、暫くは適度な筋トレ頑張ってください、適度だから、あくまで適度でね!」
「善処する」
何度も念押しするも、明確な答えは返ってこない。善処とはすなわち、イエスではないことくらい分かっている。この人は昔からずっと、努力を諦めることを知らないからだ。
そんなところに惹かれていたんだな、と人の物になって久しいこの人を見ても思ってしまうのだから始末が悪い。
私ならもっと堅実で確実にこの人を支えることが出来る。自分の指のように動く義手や小回りの利く車椅子だけではなく、家中を快適に過ごしやすいように改装することだって出来る。そう思ったところで、別居する家族の絆とやらに勝てるどころか、同じ土俵すら立たせて貰えないのだ。
「先輩は早く奥さんと散歩に行きたいんですよね、自分の足で」
「一生を車椅子で過ごす気はないからな」
「相変わらず頑固だこと。まァ協力は惜しみませんよぅ」
否定されない言葉がちくりと心臓を刺すのにも、こうして自分で自分を傷付けることにも慣れ始めている自分が憎い。とんだ自傷行為だ。
簡単なことでは泣けなくなっただけ年齢を重ねた私は、代わりに笑うことを覚えた。これが大人になるということなら、私も随分と年を取ったと言うことだろう。
「さーて敬愛する先輩のためにも、お仕事頑張りますか!」
「頼りにしている」
「お任せくださいな、完璧に仕上げますよ」
今日も燻る幼い恋心を繊細なボルトで蓋をする。お前は傍に居られていいねと、自分で作った素材に毒を吐きながら。
