エンデヴァー短編
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それなりに大きな現場だった。建物は崩れ、救助も難航した。
全員を無傷で助けることが難しい時、被害現場では取り捨て選択が必要になる。
前線で動き賞賛も非難も受け止めるヒーローとは違って、その裏の天秤は後方支援であるSKやスタッフの作業だ。
私はその後方支援にいて、簡易避難所の設営と救急車両の手配を行っていた。
時には無事とは言えない、そんな状況に陥ることがある。それでも大丈夫ですよと言わなくてはならない。だって、ヒーローがいるのだから。もう大丈夫だと、伝えなくてはならない。それがひどく苦しい、嘘だとしても。
「疲れた……」
夜中に起きた大規模な交通事故。逃走経路には大型のトラックがあり、乗用車を巻き込んだ爆発は凄惨な状況だった。後は警察と消防の仕事だと引き継ぐ頃には、夜が明けていた。朝日が目に刺さる。
着替える気にもならなくて、とにかく一息つきたくて報告より先にビルの屋上へと足を踏み入れた。吸い込んだ空気だけでは肺は満たない。
缶コーヒーでも買ってくればよかったなと思いながら、羽織っていた上着のポケットからくしゃくしゃになったソフトパックの煙草を取り出す。
それを咥えようとしたところで、屋上に繋がる鉄の扉が開く音がした。こんな時間に、誰だろう。振り返る気力もなかったけれど、じゃり、とコンクリートを踏む音で気付いた。
「所長?」
無言で隣に並んだ所長が、朝日に両目を細める。炎こそ纏っていなかったが、汚れたスーツのままであるところを見る限り、戻ってきたばかりでシャワーも浴びていないだろう。
「吸わんのか」
「……有難くいただきます」
こちらに向けた手のひらに控えめに炎が灯る。煙草を咥えて顔を寄せると、世界一贅沢なライターで煙草の先から煙が立ち上った。肺の奥まで深く吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。マッチともオイルライターとも違う香りが鼻をくすぐった。
紫煙が朝焼けに溶けていく。その光景があまりにも綺麗で、静かに涙が頬を伝っていった。決して今日の結果が悔しかった訳では、なく。
「所長、煙臭くなりますよ」
「構わん、今更だ」
そうして煙草一本分の時間、所長は何も言わずに隣で過ごしてくれた。視線が合うこともなく、涙の訳を聞かれるでもなかった。そんな距離感が心地よくて、私はずっと叶わない想いを消せないでいる。
火種と一緒に、恋心も揉み消せたならいいのに。そんなことを思いながら、今日も背中を追う。
さようならもあいしてるも言えないまま、今日も。
全員を無傷で助けることが難しい時、被害現場では取り捨て選択が必要になる。
前線で動き賞賛も非難も受け止めるヒーローとは違って、その裏の天秤は後方支援であるSKやスタッフの作業だ。
私はその後方支援にいて、簡易避難所の設営と救急車両の手配を行っていた。
時には無事とは言えない、そんな状況に陥ることがある。それでも大丈夫ですよと言わなくてはならない。だって、ヒーローがいるのだから。もう大丈夫だと、伝えなくてはならない。それがひどく苦しい、嘘だとしても。
「疲れた……」
夜中に起きた大規模な交通事故。逃走経路には大型のトラックがあり、乗用車を巻き込んだ爆発は凄惨な状況だった。後は警察と消防の仕事だと引き継ぐ頃には、夜が明けていた。朝日が目に刺さる。
着替える気にもならなくて、とにかく一息つきたくて報告より先にビルの屋上へと足を踏み入れた。吸い込んだ空気だけでは肺は満たない。
缶コーヒーでも買ってくればよかったなと思いながら、羽織っていた上着のポケットからくしゃくしゃになったソフトパックの煙草を取り出す。
それを咥えようとしたところで、屋上に繋がる鉄の扉が開く音がした。こんな時間に、誰だろう。振り返る気力もなかったけれど、じゃり、とコンクリートを踏む音で気付いた。
「所長?」
無言で隣に並んだ所長が、朝日に両目を細める。炎こそ纏っていなかったが、汚れたスーツのままであるところを見る限り、戻ってきたばかりでシャワーも浴びていないだろう。
「吸わんのか」
「……有難くいただきます」
こちらに向けた手のひらに控えめに炎が灯る。煙草を咥えて顔を寄せると、世界一贅沢なライターで煙草の先から煙が立ち上った。肺の奥まで深く吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。マッチともオイルライターとも違う香りが鼻をくすぐった。
紫煙が朝焼けに溶けていく。その光景があまりにも綺麗で、静かに涙が頬を伝っていった。決して今日の結果が悔しかった訳では、なく。
「所長、煙臭くなりますよ」
「構わん、今更だ」
そうして煙草一本分の時間、所長は何も言わずに隣で過ごしてくれた。視線が合うこともなく、涙の訳を聞かれるでもなかった。そんな距離感が心地よくて、私はずっと叶わない想いを消せないでいる。
火種と一緒に、恋心も揉み消せたならいいのに。そんなことを思いながら、今日も背中を追う。
さようならもあいしてるも言えないまま、今日も。
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