荼毘(燈矢)短編
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ぽつりとつぶやいた言葉が床に溶けていく。じわりじわりとしみ込んでいく様子は、何故か少しだけ滑稽に見えた。それでも目の前の彼はそんなことを知る由もないし、知らなくてもいいと思う。
目覚ましが鳴る30分前に目を覚ましてから、遮光カーテンに隠された薄暗いワンルームの中で、私は飽きることなく彼を眺めていた。
意外に寝息は大人しく、いびきをかくこともない。時折もぞもぞと身じろいで、それでもベッドを占領しないあたりは私の存在を認めてくれていると言うことだろうか。
かろうじて私が眠れるスペースを空けたシングルベッドは大人が二人眠るには不十分で、けれどそれを理由にして抱き寄せてくれる瞬間が、私は好きだった。
「……案外、寝顔は幼いよね」
寝ている彼に文句を言ったところで、何の答えも返っては来ないし、起こさないようにと声を抑えているのだから尚更だ。
本当にそうかは分からないけれど、寝顔が聞いた年齢よりも幾分か幼く見えて、まるでこの小さな部屋を自分の寝床だと思ってくれているような気さえした。
彼はこの部屋に入る時にただいまとは言わないけれど、勝手にシャワーを浴びるし、冷蔵庫に入っているビールを先に開ける。
自分用の部屋着が入っている引き出しが上から何番目かも知っているし、狭いベランダには専用の灰皿だってある。
時折煙の香りを纏って現れる彼のために用意した物だが、使われているかどうかまで確認したことはない。
この家をそれなりに気に入ってくれている場所なんだと思っているが、それが真実かどうかを、今のところ確かめる気はない。
自分が何番目の女であるのか、それともたった一人であるのか、確かめることはしたくない。
ただ二人で日常を過ごす緩やかな時間は愛おしかったし、決して見栄えのよくない普通の手料理を食べてくれる彼に、無駄な愛想笑いをさせたくなかったからだ。
一言で言ってしまえばただの臆病者が、都合のいい女に成り下がることだけはしたくなくて、いつだって夜明けに安堵を求めている。情けない話だが、どうしようもない事実はいつだって思考回路を不愉快に満たしてしまう。
「……起きてんのか」
「おはよう」
「マヌケヅラ」
「寝起きの君に言われたくはないよ」
名前も知らないツギハギ君との奇妙な生活を、それなりに気に入ってしまっている私は、彼を失わないために彼のことを手に入れる術を全て捨てた。
何も聞かない代わりに、気まぐれに側にいてくれる。それだけで充分だとは口が裂けても言えないけれど。君も少しは好きでいてくれるといいな、なんて。
――想うだけは勝手なのだから、許されたかった。
目覚ましが鳴る30分前に目を覚ましてから、遮光カーテンに隠された薄暗いワンルームの中で、私は飽きることなく彼を眺めていた。
意外に寝息は大人しく、いびきをかくこともない。時折もぞもぞと身じろいで、それでもベッドを占領しないあたりは私の存在を認めてくれていると言うことだろうか。
かろうじて私が眠れるスペースを空けたシングルベッドは大人が二人眠るには不十分で、けれどそれを理由にして抱き寄せてくれる瞬間が、私は好きだった。
「……案外、寝顔は幼いよね」
寝ている彼に文句を言ったところで、何の答えも返っては来ないし、起こさないようにと声を抑えているのだから尚更だ。
本当にそうかは分からないけれど、寝顔が聞いた年齢よりも幾分か幼く見えて、まるでこの小さな部屋を自分の寝床だと思ってくれているような気さえした。
彼はこの部屋に入る時にただいまとは言わないけれど、勝手にシャワーを浴びるし、冷蔵庫に入っているビールを先に開ける。
自分用の部屋着が入っている引き出しが上から何番目かも知っているし、狭いベランダには専用の灰皿だってある。
時折煙の香りを纏って現れる彼のために用意した物だが、使われているかどうかまで確認したことはない。
この家をそれなりに気に入ってくれている場所なんだと思っているが、それが真実かどうかを、今のところ確かめる気はない。
自分が何番目の女であるのか、それともたった一人であるのか、確かめることはしたくない。
ただ二人で日常を過ごす緩やかな時間は愛おしかったし、決して見栄えのよくない普通の手料理を食べてくれる彼に、無駄な愛想笑いをさせたくなかったからだ。
一言で言ってしまえばただの臆病者が、都合のいい女に成り下がることだけはしたくなくて、いつだって夜明けに安堵を求めている。情けない話だが、どうしようもない事実はいつだって思考回路を不愉快に満たしてしまう。
「……起きてんのか」
「おはよう」
「マヌケヅラ」
「寝起きの君に言われたくはないよ」
名前も知らないツギハギ君との奇妙な生活を、それなりに気に入ってしまっている私は、彼を失わないために彼のことを手に入れる術を全て捨てた。
何も聞かない代わりに、気まぐれに側にいてくれる。それだけで充分だとは口が裂けても言えないけれど。君も少しは好きでいてくれるといいな、なんて。
――想うだけは勝手なのだから、許されたかった。
