焦凍短編
名前変換が必要な場合はどうぞ
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ここ最近ずっと眠れなかった。
目の下のクマはどんどん濃くなっていくし、授業に集中出来ないことも多い。ついには共有スペースで倒れてしまってみんなに心配された。
大丈夫だよとしか言えず、ぐっと唇を噛み締める。保健室に行ったところで解決しないのは実証済だった。
女子組に作ってもらったホットミルクを持って部屋に戻って毛布を被っても眠気はやって来ないし、遠くに聞こえる誰かの足音さえ煩わしかった。
みんなに追いつけないまま、みんなはどんどん傷付いていく。そうして階段を上がっていくのに、悔しいのか悲しいのかももう分からなくなっていた。
時計も日付を跨いでみんなも寝静まったころ、控えめなノックの音が聞こえた。
「起きてるか」
「……轟くん?」
廊下に響かないように抑えられた声は、確かに轟くんだった。
ドアノブを回して開いた先には、心配そうな顔をした彼が立っている。
「こんな時間に悪い」
「とりあえず入る……?」
どうせ起きていたし、時間に関しては問題ない。
問題があるとしたら、この時間に女子の部屋に居ることくらいで。
「違ったらそう言って欲しい」
そう言って彼は少し言いにくそうに話し始める。
「今日倒れたのは、今日調子が悪い訳じゃねぇだろ。もしかして、最近眠れてねぇのか」
聞いてるくせに妙に確信を持った言い方をする彼に、言い返す気力はなかった。概ね事実だからだ。
小さく頷いた私を見て、手を伸ばした彼は不器用に頭を撫でてくれた。髪はぐしゃぐしゃになったけど、何だか温かくてほっとする。
「……ごめんね」
「謝ることじゃねぇだろ」
そうして彼はポケットから小さなポーチを取り出して、中身を並べていく。
「寝る前はこの錠剤を試してみて、途中で起きちまうようならこっちを半錠飲んでみてくれ」
「なに、これ」
「こっちが導入剤で、こっちは眠剤。起きられるか不安なら、起こしてやるから」
そう言いながらくしゃくしゃと髪を撫でてくれる彼は、当たり前のような顔をしている。
「合わないと眠気が残るし、まずは睡眠導入剤だけで試した方がいい」
「これ、轟くんの……?」
「そうだ。割と効くぞ」
本当は処方された本人しか飲んじゃダメなんだけどな、と笑う。
「轟くんも、眠れないときがあるの?」
「昔からそうなんだ。口の硬い医者なら紹介出来る」
少しだけご家庭のことを聞いていた私は、薄ぼんやりと彼の不安を思う。
私なんかより、きっと、ずっと辛かったはずだ。
「やめた方がいいぞ、それ」
言われて気付いたのは、唇を噛み締める癖
そっと指先で撫でられた唇は、無意識に皮を剥いてしまってぼろぼろになっている。
「あと、見間違えじゃなけりゃ袖の下も引っ掻いてただろ……頑張ったな」
そこまで言われて、そっと抱きしめられる。人肌の温かさに何だか泣けてきてしまって、しゃくり上げるように涙を流してしまった。
彼は私が泣き止むまで、ずっと背を撫でてくれている。子供をあやすようでいて、加減を知っている優しい手つきだった。
もしかしたら、自分の欲しい物だから分かるのかもしれない、なんて、憶測でしかないけれど。
「……ごめんね」
「俺への謝罪なら要らないからな?」
「分かった、その、ありがと」
「どういたしまして」
ぽんぽんと背中を撫でて、離れていく。
それが少し寂しくて、思わずシャツを掴んでしまった。
「ひとりで寝るの、さみしいか?」
「ちょっとさみしい、かも」
「じゃあ寝付くまで一緒にいる」
私が薬を飲み込むのを見て、狭いベッドに2人で潜り込んだ。
「こっちのが暖かい、はず」
「ふふ、あっためてくれるの?」
「湯たんぽ代わりにしてくれ」
左腕で抱き締めて、私を寝かしつけようとしてくれる。
30分くらい他愛ない会話をしていると、久しぶりにうとうととした眠気に誘われた。
「……おやすみ」
そうして久しぶりのまともな睡眠をとり、翌朝起きた時に彼はいなかった。眠るのを見届けて自室に戻ったのだろう。
何となくさみしくて、ぼぅっとしていると、また控えめなノックが聞こえる。
「轟くん?」
「あ、起きてたか」
良かった、と笑う彼もいつも通りだ。
「あのね」
「ん?」
「今日も一緒に、寝てくれない、かな……?」
昨日はぐっすり眠れたし、蕁麻疹も出なかった。薬の効果もあるけど、きっとそれ以上に彼の安心感が大きかっただろう。
「分かった、湯たんぽなら任せろ」
そうしていつの日か夜中に帰ることもなくなり、朝を一緒に迎えるようになって。
みんなにからかわれながら、専用の湯たんぽだからな、なんて笑ってくれるようになるまで、あとすこし。
それが恋になるまで、どのくらい?
目の下のクマはどんどん濃くなっていくし、授業に集中出来ないことも多い。ついには共有スペースで倒れてしまってみんなに心配された。
大丈夫だよとしか言えず、ぐっと唇を噛み締める。保健室に行ったところで解決しないのは実証済だった。
女子組に作ってもらったホットミルクを持って部屋に戻って毛布を被っても眠気はやって来ないし、遠くに聞こえる誰かの足音さえ煩わしかった。
みんなに追いつけないまま、みんなはどんどん傷付いていく。そうして階段を上がっていくのに、悔しいのか悲しいのかももう分からなくなっていた。
時計も日付を跨いでみんなも寝静まったころ、控えめなノックの音が聞こえた。
「起きてるか」
「……轟くん?」
廊下に響かないように抑えられた声は、確かに轟くんだった。
ドアノブを回して開いた先には、心配そうな顔をした彼が立っている。
「こんな時間に悪い」
「とりあえず入る……?」
どうせ起きていたし、時間に関しては問題ない。
問題があるとしたら、この時間に女子の部屋に居ることくらいで。
「違ったらそう言って欲しい」
そう言って彼は少し言いにくそうに話し始める。
「今日倒れたのは、今日調子が悪い訳じゃねぇだろ。もしかして、最近眠れてねぇのか」
聞いてるくせに妙に確信を持った言い方をする彼に、言い返す気力はなかった。概ね事実だからだ。
小さく頷いた私を見て、手を伸ばした彼は不器用に頭を撫でてくれた。髪はぐしゃぐしゃになったけど、何だか温かくてほっとする。
「……ごめんね」
「謝ることじゃねぇだろ」
そうして彼はポケットから小さなポーチを取り出して、中身を並べていく。
「寝る前はこの錠剤を試してみて、途中で起きちまうようならこっちを半錠飲んでみてくれ」
「なに、これ」
「こっちが導入剤で、こっちは眠剤。起きられるか不安なら、起こしてやるから」
そう言いながらくしゃくしゃと髪を撫でてくれる彼は、当たり前のような顔をしている。
「合わないと眠気が残るし、まずは睡眠導入剤だけで試した方がいい」
「これ、轟くんの……?」
「そうだ。割と効くぞ」
本当は処方された本人しか飲んじゃダメなんだけどな、と笑う。
「轟くんも、眠れないときがあるの?」
「昔からそうなんだ。口の硬い医者なら紹介出来る」
少しだけご家庭のことを聞いていた私は、薄ぼんやりと彼の不安を思う。
私なんかより、きっと、ずっと辛かったはずだ。
「やめた方がいいぞ、それ」
言われて気付いたのは、唇を噛み締める癖
そっと指先で撫でられた唇は、無意識に皮を剥いてしまってぼろぼろになっている。
「あと、見間違えじゃなけりゃ袖の下も引っ掻いてただろ……頑張ったな」
そこまで言われて、そっと抱きしめられる。人肌の温かさに何だか泣けてきてしまって、しゃくり上げるように涙を流してしまった。
彼は私が泣き止むまで、ずっと背を撫でてくれている。子供をあやすようでいて、加減を知っている優しい手つきだった。
もしかしたら、自分の欲しい物だから分かるのかもしれない、なんて、憶測でしかないけれど。
「……ごめんね」
「俺への謝罪なら要らないからな?」
「分かった、その、ありがと」
「どういたしまして」
ぽんぽんと背中を撫でて、離れていく。
それが少し寂しくて、思わずシャツを掴んでしまった。
「ひとりで寝るの、さみしいか?」
「ちょっとさみしい、かも」
「じゃあ寝付くまで一緒にいる」
私が薬を飲み込むのを見て、狭いベッドに2人で潜り込んだ。
「こっちのが暖かい、はず」
「ふふ、あっためてくれるの?」
「湯たんぽ代わりにしてくれ」
左腕で抱き締めて、私を寝かしつけようとしてくれる。
30分くらい他愛ない会話をしていると、久しぶりにうとうととした眠気に誘われた。
「……おやすみ」
そうして久しぶりのまともな睡眠をとり、翌朝起きた時に彼はいなかった。眠るのを見届けて自室に戻ったのだろう。
何となくさみしくて、ぼぅっとしていると、また控えめなノックが聞こえる。
「轟くん?」
「あ、起きてたか」
良かった、と笑う彼もいつも通りだ。
「あのね」
「ん?」
「今日も一緒に、寝てくれない、かな……?」
昨日はぐっすり眠れたし、蕁麻疹も出なかった。薬の効果もあるけど、きっとそれ以上に彼の安心感が大きかっただろう。
「分かった、湯たんぽなら任せろ」
そうしていつの日か夜中に帰ることもなくなり、朝を一緒に迎えるようになって。
みんなにからかわれながら、専用の湯たんぽだからな、なんて笑ってくれるようになるまで、あとすこし。
それが恋になるまで、どのくらい?
5/5ページ