リボーン
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「あなた、何て格好をしているの」
眉間に皺を寄せた恭弥がじろりとこちらを睨む。あ、やらかしたと思った時にはもう遅く、ゆっくり近付いてきた恭弥はかなり不機嫌な顔をしていた。
それもそのはずだ。暦の上ではもう秋である九月、恭弥の装いと言えば薄単衣から単衣へと変わっているにも関わらず、私は残暑に負けてハーフパンツにキャミソールと言った真夏の部屋着だった。ただでさえ肌を出すことを嫌う恭弥の前でこんなにだらしのない恰好をすることは少なく、それなりに気を使っていたものの、風通しの良い部屋で畳に転がってしまったら、もうダメだったのだ。
夜まで帰らないと報告を受けていたから、のんびり過ごして夕方に買い物へ行く時に着替えれば間に合うだろうと踏んだ私の誤算だった。それにしてもそこまで怒った顔をしなくてもいいのに、と思っていると、どたばたと足音が聞こえてきた。
「おーい恭弥、この家広いから迷っちまうって! ……お、いい眺め、って痛ッ!!」
「今すぐ回れ右をするか、その目を潰すか、選ぶくらいはさせてあげるけど」
「おー、こわ。はいはい、回れ右してやっから、サクッと着替えてきなお嬢ちゃん」
「は、はい!」
恭弥が怒っていたのには理由があったのだ。突然の帰宅も、これが理由だろう。自分が組んだスケジュール通りに動けなくなってしまったせいで不機嫌な上、来客が居ることを教えてくれなかった恭弥に非があるとも言えるけど、まぁ、こんな格好で過ごしていた私も悪い。それは認める。
でも、草壁くんたち風紀財団関係の人以外が来る時は、ちゃんと連絡してって言ってるのに!
(ディーノさんに、こんな格好を見られるなんて!!)
彼が来日する時は、必ず恭弥に会いに来る。予定に余裕がある時はちゃんと前もって日時を伝えてくれるのだけれど、取引や会合の関係で時間が不確かな時は、隙間を縫って顔を出すのだ。突然現れる跳ね馬を半分は無視するけれど、半分は構うのが恭弥のセオリーだ。
今日に関しては、自分のスケジュールがあるとは言え、構っても大丈夫だと判断したのか、家に置いて私に相手をさせて自分は出かけようと思っていたかのどちらかと言うことだ。
大人しめのシンプルなワンピースに薄手のカーディガンを羽織って、お茶の準備をする。少しだけ迷って濃いお茶を作り、グラスにたっぷりの氷を入れて客間に向かう。恭弥はこの即席冷茶を嫌がるけれど、彼はこれが好きなのを知っている。
「はしたない恰好で出迎えてしまってすみません……」
「いーや、嬢ちゃんも大きくなったんだな。もう大人のベッラだ」
恭弥は自室に書類か何かを取りに行ったらしく、戻った客間にいたのは彼だけだった。氷の入ったグラスに熱いお茶を注ぐと、苦い日本茶も冷たいと飲めるんだよなと笑っていた。
「七年振りくらいか? 中々タイミングが合わなくてさ」
「私も専門学校に通うのに並盛を離れていましたから、そのくらいですね」
かつて恭弥に特訓と言って並盛を拠点にしていた頃が懐かしく感じた。あの頃は毎日のように傷を作るふたりの手当てをするのに忙しく、ついに私は看護学校へ進学を決め、並盛になかった専門学校に通うため、少しばかり一人暮らしをしていたのだ。
よくもまぁ、あの恭弥が実家から離れることを許してくれたな、と今でも不思議に思っている。
その間は恭弥からも――マフィアやその他諸々の世界から――離れて一般人として生きていた。看護師の免許を取得して、実家に帰ろうかなと言った時。恭弥は好きにすれば、としか言わなかった。
その癖、財団の医務課に私が座れる椅子を用意し、並盛の町医者で採血係をする傍らで、少しだけ関わらせてくれる優しさを見せてくれている。
いつでも、どちらでも、私が選べるように。
「昔は恭弥にそっくりだったけど、成長するとやっぱ女の子だよな」
「一応二卵性ですから。今は間違われないためにも髪を伸ばしてますし」
二次性徴が来る前は、そっくりだと言われていたし間違って喧嘩を売られることもあった。お互い成長するにつれてそれなりに男女差が出てきたことで、今はそう言ったいざこざに巻き込まれることもなくなった。
「跳ね馬、これ持ってさっさと出て行って」
「うぉっ、封筒は投げる物じゃねぇって教えてなかったっけな!」
自室から戻った恭弥は面倒臭そうに書類の入った封筒を綺麗に投げて彼の前に落とした。キャッチしようとして出来なかった彼が前のめりに転びそうになったのを慌てて支える。
「……丁度いい。洋服でも見繕ってもらったら」
「へ?」
「夜まで暇なんでしょう、この子がだらしない恰好で過ごさなくてもいいように。僕はやることがあるから、荷物持ちでもしたら」
それだけ言って、恭弥は部屋を出ていこうとする。ちょっと待って欲しい。
「お、いいな。嬢ちゃんのスタイリストになるのも面白そうだ。恭弥じゃ洋服とか化粧品とか買い物に付き合ってくれないだろ、行こうぜ!」
「えっと、あの!」
「二十二時には送り届けること。一秒の遅れも許さないから」
「はいはい、お前のお姫様を夜中まで連れまわさねぇって」
車のキーをポケットから取り出した彼が、楽しそうに笑う。
「その時間なら夕飯も食えるな。郊外のデパートまで行くか」
お手をどうぞ、と差し出された手のひら。掴むことを躊躇って廊下を見ても、さっさと恭弥は姿を消していた。おずおずと出した手を握られて、立ち上がる。流れるような仕草でエスコートされれば、見慣れた実家がまるでお城か何かに見えてくる。
「再会を祝して、何かプレゼントさせてくれ」
歌うように笑う彼は、私が恋した七年前と変わらない。それどころかぐっと大人っぽくなって、もっと素敵になったように思う。
「……買い物に行けるだけで充分すぎます」
「欲がないな、恭弥の妹なのに! もっと我儘言ったっていいんだぜ?」
白馬ならぬ真っ赤な跳ね馬で迎えに来た王子様。恭弥が何を思ってこの時間をセッティングしたのかは分からない。私を思ってくれたのか、彼が煩わしかったのか、或いは。
けれど、まぁ、二十二時のシンデレラになるまでは。少しくらい楽しませてもらっても、バチは当たらないだろう。組んだ腕をさりげなく引き寄せて、少しだけ我儘になれるよう、ゆっくり息を吸い込んだ。
「あの、ディーノさん。ご迷惑でなければ……」
にっこりと笑う太陽のようなひと。この時間だけは、出会った時の少女ではなく、今の私を知って欲しくて。
背伸びをするのを、許して欲しかった。
眉間に皺を寄せた恭弥がじろりとこちらを睨む。あ、やらかしたと思った時にはもう遅く、ゆっくり近付いてきた恭弥はかなり不機嫌な顔をしていた。
それもそのはずだ。暦の上ではもう秋である九月、恭弥の装いと言えば薄単衣から単衣へと変わっているにも関わらず、私は残暑に負けてハーフパンツにキャミソールと言った真夏の部屋着だった。ただでさえ肌を出すことを嫌う恭弥の前でこんなにだらしのない恰好をすることは少なく、それなりに気を使っていたものの、風通しの良い部屋で畳に転がってしまったら、もうダメだったのだ。
夜まで帰らないと報告を受けていたから、のんびり過ごして夕方に買い物へ行く時に着替えれば間に合うだろうと踏んだ私の誤算だった。それにしてもそこまで怒った顔をしなくてもいいのに、と思っていると、どたばたと足音が聞こえてきた。
「おーい恭弥、この家広いから迷っちまうって! ……お、いい眺め、って痛ッ!!」
「今すぐ回れ右をするか、その目を潰すか、選ぶくらいはさせてあげるけど」
「おー、こわ。はいはい、回れ右してやっから、サクッと着替えてきなお嬢ちゃん」
「は、はい!」
恭弥が怒っていたのには理由があったのだ。突然の帰宅も、これが理由だろう。自分が組んだスケジュール通りに動けなくなってしまったせいで不機嫌な上、来客が居ることを教えてくれなかった恭弥に非があるとも言えるけど、まぁ、こんな格好で過ごしていた私も悪い。それは認める。
でも、草壁くんたち風紀財団関係の人以外が来る時は、ちゃんと連絡してって言ってるのに!
(ディーノさんに、こんな格好を見られるなんて!!)
彼が来日する時は、必ず恭弥に会いに来る。予定に余裕がある時はちゃんと前もって日時を伝えてくれるのだけれど、取引や会合の関係で時間が不確かな時は、隙間を縫って顔を出すのだ。突然現れる跳ね馬を半分は無視するけれど、半分は構うのが恭弥のセオリーだ。
今日に関しては、自分のスケジュールがあるとは言え、構っても大丈夫だと判断したのか、家に置いて私に相手をさせて自分は出かけようと思っていたかのどちらかと言うことだ。
大人しめのシンプルなワンピースに薄手のカーディガンを羽織って、お茶の準備をする。少しだけ迷って濃いお茶を作り、グラスにたっぷりの氷を入れて客間に向かう。恭弥はこの即席冷茶を嫌がるけれど、彼はこれが好きなのを知っている。
「はしたない恰好で出迎えてしまってすみません……」
「いーや、嬢ちゃんも大きくなったんだな。もう大人のベッラだ」
恭弥は自室に書類か何かを取りに行ったらしく、戻った客間にいたのは彼だけだった。氷の入ったグラスに熱いお茶を注ぐと、苦い日本茶も冷たいと飲めるんだよなと笑っていた。
「七年振りくらいか? 中々タイミングが合わなくてさ」
「私も専門学校に通うのに並盛を離れていましたから、そのくらいですね」
かつて恭弥に特訓と言って並盛を拠点にしていた頃が懐かしく感じた。あの頃は毎日のように傷を作るふたりの手当てをするのに忙しく、ついに私は看護学校へ進学を決め、並盛になかった専門学校に通うため、少しばかり一人暮らしをしていたのだ。
よくもまぁ、あの恭弥が実家から離れることを許してくれたな、と今でも不思議に思っている。
その間は恭弥からも――マフィアやその他諸々の世界から――離れて一般人として生きていた。看護師の免許を取得して、実家に帰ろうかなと言った時。恭弥は好きにすれば、としか言わなかった。
その癖、財団の医務課に私が座れる椅子を用意し、並盛の町医者で採血係をする傍らで、少しだけ関わらせてくれる優しさを見せてくれている。
いつでも、どちらでも、私が選べるように。
「昔は恭弥にそっくりだったけど、成長するとやっぱ女の子だよな」
「一応二卵性ですから。今は間違われないためにも髪を伸ばしてますし」
二次性徴が来る前は、そっくりだと言われていたし間違って喧嘩を売られることもあった。お互い成長するにつれてそれなりに男女差が出てきたことで、今はそう言ったいざこざに巻き込まれることもなくなった。
「跳ね馬、これ持ってさっさと出て行って」
「うぉっ、封筒は投げる物じゃねぇって教えてなかったっけな!」
自室から戻った恭弥は面倒臭そうに書類の入った封筒を綺麗に投げて彼の前に落とした。キャッチしようとして出来なかった彼が前のめりに転びそうになったのを慌てて支える。
「……丁度いい。洋服でも見繕ってもらったら」
「へ?」
「夜まで暇なんでしょう、この子がだらしない恰好で過ごさなくてもいいように。僕はやることがあるから、荷物持ちでもしたら」
それだけ言って、恭弥は部屋を出ていこうとする。ちょっと待って欲しい。
「お、いいな。嬢ちゃんのスタイリストになるのも面白そうだ。恭弥じゃ洋服とか化粧品とか買い物に付き合ってくれないだろ、行こうぜ!」
「えっと、あの!」
「二十二時には送り届けること。一秒の遅れも許さないから」
「はいはい、お前のお姫様を夜中まで連れまわさねぇって」
車のキーをポケットから取り出した彼が、楽しそうに笑う。
「その時間なら夕飯も食えるな。郊外のデパートまで行くか」
お手をどうぞ、と差し出された手のひら。掴むことを躊躇って廊下を見ても、さっさと恭弥は姿を消していた。おずおずと出した手を握られて、立ち上がる。流れるような仕草でエスコートされれば、見慣れた実家がまるでお城か何かに見えてくる。
「再会を祝して、何かプレゼントさせてくれ」
歌うように笑う彼は、私が恋した七年前と変わらない。それどころかぐっと大人っぽくなって、もっと素敵になったように思う。
「……買い物に行けるだけで充分すぎます」
「欲がないな、恭弥の妹なのに! もっと我儘言ったっていいんだぜ?」
白馬ならぬ真っ赤な跳ね馬で迎えに来た王子様。恭弥が何を思ってこの時間をセッティングしたのかは分からない。私を思ってくれたのか、彼が煩わしかったのか、或いは。
けれど、まぁ、二十二時のシンデレラになるまでは。少しくらい楽しませてもらっても、バチは当たらないだろう。組んだ腕をさりげなく引き寄せて、少しだけ我儘になれるよう、ゆっくり息を吸い込んだ。
「あの、ディーノさん。ご迷惑でなければ……」
にっこりと笑う太陽のようなひと。この時間だけは、出会った時の少女ではなく、今の私を知って欲しくて。
背伸びをするのを、許して欲しかった。
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