さかさまの水平線
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「……お一人ですか」
ホークスは手土産をぶら下げて訪れたエンデヴァー事務所で、優雅に空から目的地である所長室へ直行し、いつも通り窓を叩いた。
すぐさまホークスの気配に気付いたエンデヴァーは、空から来るホークスが最近の定番になりつつあることに溜息を吐いた。渋々大きな窓を開けてやったのだが、室内に降り立ったホークスから発されたのは何とも分かり易い落胆の声だった。
落胆、と言うほど声色に感情は乗っていなかっただろう。
けれど少なくともエンデヴァーにとってはそう言う声に聞こえたし、本人もそう感じ取ったのか、慌てて取り繕おうとしている。
「あれなら事務所に顔を出した焦凍と昼に出ている。事前に約束をしていたそうだ」
あれ、とエンデヴァーが名前を出さずに行く先を教えたにも関わらず、ホークスは目当ての人を言い当てられたことにバツの悪そうな表情を浮かべている。
かつてのホークスがエンデヴァー事務所に訪れる理由は、エンデヴァー本人に会うことだけが目的だったからだ。
その理由は情報の交換やチームアップの依頼など様々であったが、ホークスが静岡県をただの通過点にしない時の理由は、いつだってエンデヴァーだった。
それが今や、別の理由を伴っている。
ショートの進言でエンデヴァー事務所に総合事務員として勤めることになった女性は、初対面で態度の悪かったホークスに対して啖呵を切り、暫くの間二人はぴりぴりと対立していたはずだ。
それがいつの間にか、他人の感情の機微に疎いエンデヴァーやショートでさえ感付くほどに、距離感を縮めている。今は未だ交際には至っていないようだが、明らかに静岡に来る回数は増えたし、食事に行ったりすることもあるようだった。
「エンデヴァーさんは行かなかったんですか」
「若者の邪魔になるだろう」
「まぁ所長同席の昼飯もアレですしね。じゃあお菓子でもどうぞ」
ホークスが手に持っていた紙袋を差し出す。二つあった紙袋の内一つは見覚えのある和菓子屋の物で、もう一つはエンデヴァーにとって範囲外の洋菓子店の物だ。
和菓子の方を開封しているところを見るに、洋菓子はエンデヴァー宛ではない。
「今日はどら焼きにしてみました。エンデヴァーさんって、中のあんこは粒あん派ですか? そうでないならこれはひっこめますけど」
「……いただこう」
ホークスはいつからか、手土産を二種類持ち込むようになった。
最初はエンデヴァーの好みに合わせて和菓子を選んで持ってきていたが、最近は事務員の好みを知りたいのか、様々な手土産を抱えて来る。
それは地元である福岡の名物であったり、東京の有名なパティスリーの焼き菓子であったり、中身は多岐に渡るが、消え物ばかりだった。
「物で釣らんでも会話くらいは出来るようになったらどうだ」
差し出されたどら焼きにかぶりついたエンデヴァーの口は大きく、ひとくちでどら焼きの半分ほどが消えていた。それを見たホークスは気に入っていただけましたかとくふくふ笑っている。
「それで話を逸らしたつもりか」
「今日のエンデヴァーさんは意地悪ですね」
わざとらしく両肩を竦めて見せたホークスも、ぱくりとどら焼きにかぶりつく。
どこそこのどら焼きよりこっちのが俺好み、と言いながら躊躇いなく平らげた。
どら焼きを摘まんでいた指を行儀悪く舐め、少し考える仕草を見せる。
それからいつもの飄々とした態度とは違い、眉毛を下げて年相応に困った顔を見せたことに、エンデヴァーの眉が微かに動いた。
「……別に、お土産がなければ会ってもらえないとか、話してももらえないとか。そんなことはこれっぽっちも思ってないんですよ」
でも、話すきっかけが分からないんです、とこぼす。
「話したければ話せばいい」
「エンデヴァーさんだって、用事もないのに焦凍くんに話しかけるのって話題に悩みませんか? 今日の天気、なんて訳にもいきませんし」
確かに、とエンデヴァーはうっかり納得しかけたが、家族に対する会話と、ホークスのそれとではスタートラインが異なりすぎている。
ぴーちくぱーちく、口から生まれたのかと言いたいほど舌の回る男が、会話に困ると言う。好いた相手には奥手になるのか、と思うと何だかおかしかった。
けれどエンデヴァーも恋愛経験が豊富かと問われると、見合い結婚をした身としてはゼロに等しいので、的確なアドバイスも思い浮かばなかった。
「……嫌われたくないって、初めて思ったんです」
うっとりと伏せた目元は甘く、ファンが見たら卒倒してしまうような雰囲気が滲んでいて実にいい男だった。普段からこう大人しければいいのに、と思う反面で、この男をこうさせてしまうのが恋なのか、とも思う。
「お前の態度が悪かったな」
「うう、それは反省してますー! 初対面で突っかかったことはめちゃくちゃ後悔してますよ! でもこんなん誰も教えてくれんかった」
人との付き合い方と言うのは、自らの行いで積み重ねて行くものだ。
特に恋だの愛だの、複雑に込み入った類いの感情を伴う場合は、他人のアドバイスの受け取り方紙次第で糸が絡みついてしまう。
「自分の行動を責任転嫁するな」
「ゴモットモ、です」
ホークスの普段の行いは、少しばかり極端だ。
ファンや市民に対してはそつなく、当たり障りのない、それでいて親しみを持てるような距離感で完璧に振る舞っている。エンデヴァーはファンサービスが苦手だが、その対極にいるホークスはファンサービスだけでなくメディアの露出も多い。
人馴れしたように見せる笑顔の作り方や、言葉に適度の虚実を混ぜるのは得意分野と言っても過言はないだろう。作り上げられた完成品であることを、微塵も感じさせないそつのなさは、ホークスが努力したからこそだ。
けれど同時に、高い壁がある。
これ以上踏み込んでくれるなと、透明で分厚い壁に気付く人間は少ないだろう。
そしてその壁がない相手に対しては、冷酷に徹する。例えば対峙するヴィランであったり、警察を含む組織への不満であったり、ホークスの物言いは時に横柄とも取れるほど恐ろしく的確で容赦がない。
その極端などちらかで生きてきたホークスにとって、うじうじと悩んで選んだ手土産を抱えてやっと相手の視界に入れる今の状態は、酷くもどかしいことだろう。
立派な翼で包み込んで隠すこともせず、強欲だと鳴くくちびるで言いくるめることもしようとしない。正攻法を探して、恐らく人生で初めて手探りでぶつかっている。
「遅咲きの初恋は見苦しいな」
「初恋とか言わんでくださいよ!」
「なら今までの相手と同じように上手くやればいいだろう」
エンデヴァーが口角を上げて今までの、と強調してやれば、ホークスは分かり易くしおしおと身を縮める。
「……豊富なケーケンとやらがあれば苦労してませんよ」
まるで学生のように不貞腐れる姿を、彼女に見せてやりたい。
経験はあってもワンナイトかその手の店か。或いは本当にこれが初恋なのかまではエンデヴァーに判断出来なかったが、普段双方と共に過ごしている人間からすれば、恐らくホークスの悩み全てはただの杞憂に過ぎない。
彼女は窓の掃除を欠かさないし、所長室に置く軽く食べられるレーション代わりの羊羹やゼリー飲料のストックを切らさないからだ。
エンデヴァー事務所ほど大きな建屋であれば、掃除は専任のクリーニング業者が行うし、軽食の準備はサイドキックの待機場に置くのが常であっても、だ。
ホークスがコーヒーに入れる砂糖の数を覚え、チームアップの書類作成で真っ先に確認する名前、チェックを頼んでいるニュース関連のピックアップ。
そのどれを見ても、彼女にとってホークスは特別な存在なのだと伝わってくる。
一度ショートに「ホークスのこと結構好きだよな」と、サイドキック達が慌てるほどストレートに言われていた時は「対応係だからね」と笑っていたが、よくよく思い返せば「好き」の単語を否定しなかった。
ショートと彼女がセットで居ることに対して、バーニンが「お似合い」と称した時は軽く「そんな関係じゃない」と否定したにも関わらず、だ。
「揃いも揃って面倒な奴らだ」
どうしようもなく面倒で、どうしようもなく眩しかった。
「面倒って何ですか面倒って」
ぷは、と快活に笑ったところを見ると、機嫌を損ねた訳ではないのだろう。
それにしてもどこにでもひっぱりだこである人気者のホークスが、エンデヴァー事務所にいる一般人の事務員に惚れるとは、縁も不思議な物だ。
偶然が生じさせたのか、それとも必然だったのか。
己の翼で自由に空を飛べるはずの鳥が、羽根を休めるためにこうして気軽に訪ねてくれるようになったと言うのなら、悪くはない。
何せエンデヴァーにはヒーローの友人などいないのだ。
年の離れた友人、と言うには些かでこぼこすぎる関係ではあるが、軽口を叩ける相手がいるのは案外心地が良い。
「昼飯はどら焼きだけで足りるのか」
「あ、話逸らしましたね? エンデヴァーさんの奢りなら駅前にある美味いと噂のとんかつ屋に行きたいでーす」
笑ったホークスは、ちゃっかり昼飯のリクエストを投げた。
「豚でいいのか」
「鶏以外も食いますよ、一応」
そうか、と立ち上がったエンデヴァーはヒーロースーツの上に一枚羽織って所長室を出て行こうとする。ついて来いとも、奢ってやるとも言わなかった。
けれどホークスはにこにこと上機嫌でエンデヴァーの後ろをついて歩き出す。
ホークスにとっても、一緒に地上を歩きたくなるヒーローの友人など今までいなかったので、エンデヴァーが言葉足らずであっても、比較対象がなかった。
お互いに口にはしないが、彼女を挟んで少しやわらかく付き合うことが出来るようになったと感じている。お互いの事務所にとってもツートップが円滑な関係は非常に好ましく、そしてヒーローとして連携が高まることも感謝せねばならない。
「あ、ホークス来てたんだ」
「おかえりなさい、何食ってきたんです?」
でこぼこの二人が並んで事務所を出ようとした時、丁度ショートと事務員が戻る瞬間にかち合った。
エンデヴァーとの食事を優先するか、それとも彼女にお菓子を渡すことを取るか一瞬迷ったホークスは、所長の時間を無駄にしないのと彼女に一喝され、複雑な気持ちでとんかつ屋へ向かったのだった。
ホークスは手土産をぶら下げて訪れたエンデヴァー事務所で、優雅に空から目的地である所長室へ直行し、いつも通り窓を叩いた。
すぐさまホークスの気配に気付いたエンデヴァーは、空から来るホークスが最近の定番になりつつあることに溜息を吐いた。渋々大きな窓を開けてやったのだが、室内に降り立ったホークスから発されたのは何とも分かり易い落胆の声だった。
落胆、と言うほど声色に感情は乗っていなかっただろう。
けれど少なくともエンデヴァーにとってはそう言う声に聞こえたし、本人もそう感じ取ったのか、慌てて取り繕おうとしている。
「あれなら事務所に顔を出した焦凍と昼に出ている。事前に約束をしていたそうだ」
あれ、とエンデヴァーが名前を出さずに行く先を教えたにも関わらず、ホークスは目当ての人を言い当てられたことにバツの悪そうな表情を浮かべている。
かつてのホークスがエンデヴァー事務所に訪れる理由は、エンデヴァー本人に会うことだけが目的だったからだ。
その理由は情報の交換やチームアップの依頼など様々であったが、ホークスが静岡県をただの通過点にしない時の理由は、いつだってエンデヴァーだった。
それが今や、別の理由を伴っている。
ショートの進言でエンデヴァー事務所に総合事務員として勤めることになった女性は、初対面で態度の悪かったホークスに対して啖呵を切り、暫くの間二人はぴりぴりと対立していたはずだ。
それがいつの間にか、他人の感情の機微に疎いエンデヴァーやショートでさえ感付くほどに、距離感を縮めている。今は未だ交際には至っていないようだが、明らかに静岡に来る回数は増えたし、食事に行ったりすることもあるようだった。
「エンデヴァーさんは行かなかったんですか」
「若者の邪魔になるだろう」
「まぁ所長同席の昼飯もアレですしね。じゃあお菓子でもどうぞ」
ホークスが手に持っていた紙袋を差し出す。二つあった紙袋の内一つは見覚えのある和菓子屋の物で、もう一つはエンデヴァーにとって範囲外の洋菓子店の物だ。
和菓子の方を開封しているところを見るに、洋菓子はエンデヴァー宛ではない。
「今日はどら焼きにしてみました。エンデヴァーさんって、中のあんこは粒あん派ですか? そうでないならこれはひっこめますけど」
「……いただこう」
ホークスはいつからか、手土産を二種類持ち込むようになった。
最初はエンデヴァーの好みに合わせて和菓子を選んで持ってきていたが、最近は事務員の好みを知りたいのか、様々な手土産を抱えて来る。
それは地元である福岡の名物であったり、東京の有名なパティスリーの焼き菓子であったり、中身は多岐に渡るが、消え物ばかりだった。
「物で釣らんでも会話くらいは出来るようになったらどうだ」
差し出されたどら焼きにかぶりついたエンデヴァーの口は大きく、ひとくちでどら焼きの半分ほどが消えていた。それを見たホークスは気に入っていただけましたかとくふくふ笑っている。
「それで話を逸らしたつもりか」
「今日のエンデヴァーさんは意地悪ですね」
わざとらしく両肩を竦めて見せたホークスも、ぱくりとどら焼きにかぶりつく。
どこそこのどら焼きよりこっちのが俺好み、と言いながら躊躇いなく平らげた。
どら焼きを摘まんでいた指を行儀悪く舐め、少し考える仕草を見せる。
それからいつもの飄々とした態度とは違い、眉毛を下げて年相応に困った顔を見せたことに、エンデヴァーの眉が微かに動いた。
「……別に、お土産がなければ会ってもらえないとか、話してももらえないとか。そんなことはこれっぽっちも思ってないんですよ」
でも、話すきっかけが分からないんです、とこぼす。
「話したければ話せばいい」
「エンデヴァーさんだって、用事もないのに焦凍くんに話しかけるのって話題に悩みませんか? 今日の天気、なんて訳にもいきませんし」
確かに、とエンデヴァーはうっかり納得しかけたが、家族に対する会話と、ホークスのそれとではスタートラインが異なりすぎている。
ぴーちくぱーちく、口から生まれたのかと言いたいほど舌の回る男が、会話に困ると言う。好いた相手には奥手になるのか、と思うと何だかおかしかった。
けれどエンデヴァーも恋愛経験が豊富かと問われると、見合い結婚をした身としてはゼロに等しいので、的確なアドバイスも思い浮かばなかった。
「……嫌われたくないって、初めて思ったんです」
うっとりと伏せた目元は甘く、ファンが見たら卒倒してしまうような雰囲気が滲んでいて実にいい男だった。普段からこう大人しければいいのに、と思う反面で、この男をこうさせてしまうのが恋なのか、とも思う。
「お前の態度が悪かったな」
「うう、それは反省してますー! 初対面で突っかかったことはめちゃくちゃ後悔してますよ! でもこんなん誰も教えてくれんかった」
人との付き合い方と言うのは、自らの行いで積み重ねて行くものだ。
特に恋だの愛だの、複雑に込み入った類いの感情を伴う場合は、他人のアドバイスの受け取り方紙次第で糸が絡みついてしまう。
「自分の行動を責任転嫁するな」
「ゴモットモ、です」
ホークスの普段の行いは、少しばかり極端だ。
ファンや市民に対してはそつなく、当たり障りのない、それでいて親しみを持てるような距離感で完璧に振る舞っている。エンデヴァーはファンサービスが苦手だが、その対極にいるホークスはファンサービスだけでなくメディアの露出も多い。
人馴れしたように見せる笑顔の作り方や、言葉に適度の虚実を混ぜるのは得意分野と言っても過言はないだろう。作り上げられた完成品であることを、微塵も感じさせないそつのなさは、ホークスが努力したからこそだ。
けれど同時に、高い壁がある。
これ以上踏み込んでくれるなと、透明で分厚い壁に気付く人間は少ないだろう。
そしてその壁がない相手に対しては、冷酷に徹する。例えば対峙するヴィランであったり、警察を含む組織への不満であったり、ホークスの物言いは時に横柄とも取れるほど恐ろしく的確で容赦がない。
その極端などちらかで生きてきたホークスにとって、うじうじと悩んで選んだ手土産を抱えてやっと相手の視界に入れる今の状態は、酷くもどかしいことだろう。
立派な翼で包み込んで隠すこともせず、強欲だと鳴くくちびるで言いくるめることもしようとしない。正攻法を探して、恐らく人生で初めて手探りでぶつかっている。
「遅咲きの初恋は見苦しいな」
「初恋とか言わんでくださいよ!」
「なら今までの相手と同じように上手くやればいいだろう」
エンデヴァーが口角を上げて今までの、と強調してやれば、ホークスは分かり易くしおしおと身を縮める。
「……豊富なケーケンとやらがあれば苦労してませんよ」
まるで学生のように不貞腐れる姿を、彼女に見せてやりたい。
経験はあってもワンナイトかその手の店か。或いは本当にこれが初恋なのかまではエンデヴァーに判断出来なかったが、普段双方と共に過ごしている人間からすれば、恐らくホークスの悩み全てはただの杞憂に過ぎない。
彼女は窓の掃除を欠かさないし、所長室に置く軽く食べられるレーション代わりの羊羹やゼリー飲料のストックを切らさないからだ。
エンデヴァー事務所ほど大きな建屋であれば、掃除は専任のクリーニング業者が行うし、軽食の準備はサイドキックの待機場に置くのが常であっても、だ。
ホークスがコーヒーに入れる砂糖の数を覚え、チームアップの書類作成で真っ先に確認する名前、チェックを頼んでいるニュース関連のピックアップ。
そのどれを見ても、彼女にとってホークスは特別な存在なのだと伝わってくる。
一度ショートに「ホークスのこと結構好きだよな」と、サイドキック達が慌てるほどストレートに言われていた時は「対応係だからね」と笑っていたが、よくよく思い返せば「好き」の単語を否定しなかった。
ショートと彼女がセットで居ることに対して、バーニンが「お似合い」と称した時は軽く「そんな関係じゃない」と否定したにも関わらず、だ。
「揃いも揃って面倒な奴らだ」
どうしようもなく面倒で、どうしようもなく眩しかった。
「面倒って何ですか面倒って」
ぷは、と快活に笑ったところを見ると、機嫌を損ねた訳ではないのだろう。
それにしてもどこにでもひっぱりだこである人気者のホークスが、エンデヴァー事務所にいる一般人の事務員に惚れるとは、縁も不思議な物だ。
偶然が生じさせたのか、それとも必然だったのか。
己の翼で自由に空を飛べるはずの鳥が、羽根を休めるためにこうして気軽に訪ねてくれるようになったと言うのなら、悪くはない。
何せエンデヴァーにはヒーローの友人などいないのだ。
年の離れた友人、と言うには些かでこぼこすぎる関係ではあるが、軽口を叩ける相手がいるのは案外心地が良い。
「昼飯はどら焼きだけで足りるのか」
「あ、話逸らしましたね? エンデヴァーさんの奢りなら駅前にある美味いと噂のとんかつ屋に行きたいでーす」
笑ったホークスは、ちゃっかり昼飯のリクエストを投げた。
「豚でいいのか」
「鶏以外も食いますよ、一応」
そうか、と立ち上がったエンデヴァーはヒーロースーツの上に一枚羽織って所長室を出て行こうとする。ついて来いとも、奢ってやるとも言わなかった。
けれどホークスはにこにこと上機嫌でエンデヴァーの後ろをついて歩き出す。
ホークスにとっても、一緒に地上を歩きたくなるヒーローの友人など今までいなかったので、エンデヴァーが言葉足らずであっても、比較対象がなかった。
お互いに口にはしないが、彼女を挟んで少しやわらかく付き合うことが出来るようになったと感じている。お互いの事務所にとってもツートップが円滑な関係は非常に好ましく、そしてヒーローとして連携が高まることも感謝せねばならない。
「あ、ホークス来てたんだ」
「おかえりなさい、何食ってきたんです?」
でこぼこの二人が並んで事務所を出ようとした時、丁度ショートと事務員が戻る瞬間にかち合った。
エンデヴァーとの食事を優先するか、それとも彼女にお菓子を渡すことを取るか一瞬迷ったホークスは、所長の時間を無駄にしないのと彼女に一喝され、複雑な気持ちでとんかつ屋へ向かったのだった。
