もくまおう【ホークス】
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ヒーローとして活動して行く上で、自宅と言う形のセーフハウスが必要になり、物件を選ぶことになった時も、そうだった。
初めての一人暮らしともなれば、それなりにテンションも上がるだろうと踏んでいたが、ホークスは淡々としていた。
ホークスが求めたのは、窓が大きな部屋、シンプルでいつでも引き払える最低限の家具と家電。
あとは出来れば二階以上の方が窓から出やすく深夜の出動でもドアの音で住人を困らせずに済む、と言った程度だった。
そんなのは我儘でも何でもない。ただの合理的判断だ。
欲しい物はないのかと問うても、じゃあ事務所候補地から近いと嬉しいです、と返されただけだった。
「ベッドのシーツはふかふかがいいとか、そう言う希望はないの。例えばエンデヴァーのグッズを置けるショーケースが置きたいとかでもいいんだよ」
「眠りに帰る場所であれば何でもいいです。グッズも、飾るほど持ってないですし」
どうでも良い話をするかのように、ホークスは物件リストが印刷された紙を流し見している。立地と窓の位置しか確認していないようで、見取り図を見てここに何を置きたい、などとはしゃぐ様子は一切なかった。
「それに、何かあったらすぐに引き払える状態にしておきたいんで。内装もコーディネーターか何かに適当に頼んでもらえれば」
シンプルイズベストですね、と物件リストから数枚引き抜いてこちらに渡してきた物を見ると、内容に統一性はない。
駅から近い家もあれば、遠い家もある。彼なりの合理性で選ばれたであろう物件は、私にはよく分からない物だった。
「……何か腹立ってきた」
「なんです、お気に召しませんか」
「お気に召さないので私が内装弄るね、ホークスに希望がないならいいでしょ。とってもファンシーでゆめかわなお部屋にしてあげる!」
「それは流石にメディア的によくないかと」
「じゃあ希望を言いなさい。私も考えるから」
まずは玄関から、靴は何足くらい置きたいか。
キーボックスは必要か、それともおしゃれなトレーに鍵を置きたいのか。
自炊はするつもりなのか、コンロは何口必要か。
ひとつずつ確認をして指折り数えてやっと部屋の中身が出来上がってきた。
シンプルがいいと言うホークスの希望だけは聞いて、丸テーブルと椅子、羽根を広げられる大きなベッドを置くだけの広めのワンLDK。
カーテンも柄無しの遮光タイプを窓に合わせて特注して、家電は加湿器とコーヒーメーカーを置くことにした。
ウォーターサーバーも便利で良いのではないかと提案したが、出入りする人間は少ない方が良いと言われてしまったので、天然水を配達するようなサーバーは諦めることになった。代わりにキッチンの水道に浄水器をつける手配をする。
「食器はどうする、一応二組にしておく?」
「家に誰か呼ぶ予定もないんで、最低限でいいです。多分自炊もしないし、デリのパックから総菜を移せればそれで」
それでも一応念のため、来客用にコーヒーを出せるようマグカップとティースプーンは二つ発注することにした。
電子レンジもオーブン機能がない簡易的な物。パンを焼くトースターくらいは必要かと聞いても要らないと言う。
それでも何かしらのバラエティ番組にでも出るようになってお宅訪問でも組まれると本当に生活している部屋なのかと問題になるので、必要最低限の家電は必要だろうと言う結論になった。
「本当に欲のない子だなぁ」
それでもその必要最低限のボーダーラインがホークスと私とでは大きく違ったらしく、追加されたのはスティックタイプの掃除機と小型の冷蔵、ついでに乾燥機付きのドラム式洗濯機くらいの物しかなかった。シンプルイズベスト。
明らかに不満を漏らす私に、その内セーフハウスは増えるだろうから、また好きにしてくださいと言われ、無理矢理納得をする。いつか人を招いて誕生日会でも出来るような家を作ってやる。
「そもそも事務所に仮眠室があれば家もいらないんですけど」
「プライベートエリアは大事だよ。それに所長が帰らずに仕事してたら、部下も帰りにくくて残業が蔓延するでしょう」
「帰ればいいじゃないですか」
「そうもいかないんだよ」
ヒーロー業は土日休みの九時五時営業と言う訳にはいかない。突然深夜に出動要請があれば、土日でファンイベントを開催することもある。
不規則なシフト勤務となれば尚更クリーンな環境を整えないと、法的にも見栄えもよろしくない。
警察や消防を含む緊急時対応が求められる職業に、労働基準法の基本は適応されないが、ヒーローと言う職業柄イメージ戦略は大切だ。
市民に不安を抱かせる訳にはいかない。周囲にはただただ綺麗な側面を見せ続ける必要がある。
二十四時間明かりが点いている安心感を提供出来ても、中で働くヒーローたちが疲れ切った顔を見せる訳にはいかないのだ。
最初は気合いと体力で乗り切ることが出来たとしても、それが二年三年と続けば事務所の運営としては、そう上手くもいかなくなるだろう。
例えホークス自身が大丈夫でも、ホークス事務所と言う組織全体の印象としては大変よろしくない。
「ある程度は模範になってもらう必要があるの」
「模範、ですか」
「勿論優秀なサイドキックを側につけるから、デスクワークやパトロールの後処理も含めてぶん投げる練習もしていかないとね」
最初に言っておかないと、この子は自分のキャパシティーを超えて抱え込むだろう。
いや、キャパシティーと言うよりは、無茶が出来てしまう。それが当たり前であるように、無理難題でも何とかこなせてしまうからこそ、困る。
無理をすることを日常にしてしまっては、本当に彼が必要になった時に自由に動けなくなる可能性がある。
それは公安として避けたかった。ホークスの両手は出来るだけ軽くしておく必要があるからだ。地域のヒーローとして活動する以前に、ホークスは公安の秘蔵として身動きが取れるように動いてもらわなければならない。
公安の犬と言えば聞こえは悪いが、公安が決定した動きに対して周囲に不満があった場合、それとなく誘導するのも仕事の一つだからだ。
「自分で出来る範囲で調整して自分で回した方が早くないですか?」
「他人も使って回すのが社会なの。出来るから自分でやるんじゃなくて、自分の手を空けるためにも他人を使うべき。そうして必要な時が来たら空いている自分の手を差し出すのがヒーローでしょ。これは極論だけど、自分だけがパスワードを知っているコピー機が止まらないんで被害現場に行けませんでしたなんて、目も当てられない」
不満そうな表情でこちらを見ているホークスは、何となくの理解は出来ていても、納得は出来ていないようだった。
確かにホークス自身が手を出した方が、完結までに工数も少なく済む案件は多く存在するだろう。けれど下にいる人間を上手く使うのも所長の役目のひとつだ。
「まぁそれは極論の話。共有出来る秘密は、上手く他人と共有していくのが社会の基本だよ。例えば書類の場所とかね」
「書類の場所?」
「そう、例えば現場にホークスが直行するとして、解決までの時間にサイドキックが家屋損害の書類を準備して持ってきてくれたら楽でしょ」
「そりゃそうですけど」
「そう言う単純な他人の使い方から覚えて行こう。年若い所長に不満を持たれないように、命じるんじゃなくておねだりする方向でね」
本人はふーんと適当に返している辺り、理解はしても納得はしていないだろう。咀嚼して飲み込めるまでには時間が必要そうだった。
大変申し訳ないが、ホークスに他人に命じて動かせるほどの威厳があるかと問われればそうではない。幼い見た目だけの話ではなく、圧倒的に経験不足だった。
現役ヒーローのほとんどは、学生時代のインターンや就職先の事務所で先輩ヒーローの元で下積みを行い、経験を積んだり、顔を売ったりする期間が存在する。
そこでしっかりとヒーローのイロハを叩き込まれて、自分である程度動けると判断出来てから、独立したければ独立するのがセオリーだ。
けれどホークスに関しては、その時間をすっ飛ばして、最年少のヒーロー事務所所長としてセンセーショナルなデビューをさせる予定になっている。
私一人が反対したところで無意味ではあるが、一応どこかに所属させて勉強させてはどうかと目良さんに零したことはある。しかしホークスのデビューは既に決定事項で、予定が覆ることはなかった。
ならば私に出来る範囲で、デビューまでに社会人生活について、ホークスに叩き込む必要がある。
主に、他人を頼ると言うことを覚えさせなければならない。
いくらホークスの頭の回転が速く、その背には他人よりも素早く動ける羽根があるとは言え、限界を超えてはならない。
「だったら、あなたが事務員としてうちに来てくださいよ。ある程度話しやすくて事情を知っている人間がいるのが一番楽です」
「博多に引っ越せって?」
「家くらい公安が借りてくれますよ、多分」
まるで名案を思い付いたとでも言うように、ぱっと表情を明るくしたホークスがわざとらしくにこやかな笑顔を貼り付けて言い放つ。
「ホークスが言うとシャレにならないんだよ」
「割と本気で言ってますしね。はい、こことかどうです?」
セーフハウスの間取り図をとんとんと軽く叩いて見せる。空室が二部屋以上ある物件を引き抜いて丁寧に渡してくれた。
まさか同じマンションに住めとでも言いたいのか。嫌な予感は当たる質であるので、口に出さないように努めながら、間取り図を眺める。
ホークス用にそれなりにセキュリティの良いマンションをピックアップしたせいで、家賃も勿論それに見合った価格帯だ。
とてもじゃないが特に高給取りでもない私が、毎月余裕を持って支払い続けることが出来る額ではない。
「初期費用会社持ちでも家賃がねー、下層階が空いてればワンチャン……」
「じゃあ下層階も一部屋、手配よろしくお願いしまーす」
「簡単に言ってくれるね!」
引っ越しとは簡単な物ではない。私は現在一人暮らしをしているので、そこから荷物を引き上げて、引っ越し業者に運搬を頼み、今の家の清掃や引き払い、そして新居での荷ほどきが待っている。
正直な話、私はこの提案を断るべきなのだろう。冗談だと思っていた、と引きはがすべきだ。
けれど今の私は、正常な判断力よりも好奇心が優位に立っている。脳内の冷静な部分が、やめておけと警鐘を鳴らしているのに、心臓はまだ見ぬ未来に浮足立っているのだから、どうしようもなかった。
「一応一晩考えさせてよ。そもそも私がここの仕事を放り出してホークスの事務所に出向してもいいのかなんて分からないし」
「仕事の話ならそれこそ一晩で手配完了しますけど」
「計画的誘拐犯じゃん!」
「誘拐犯で結構です、じゃあ目良さんにも提案してきますね!」
ホークスが自分から望んだのだ、私が欲しいと。そう言われて、誰がその願いを否定出来ると言うのだろう。
菓子の一つでさえねだることが出来なかった子供が、初めて我儘を口にした。
ホークスにとって、私は我儘を言える相手になったのか。それが嬉しくないと言ったら嘘になる。
けれど転居を伴う転勤は全く視野に入れていなかったし、何よりもホークスの人生に大きく関わることになってしまう。これを受け入れてしまえば、もう後戻りは出来ないのだ。冷たい態度で突き放したって、仕事としては問題ないだろう。
やりすぎてしまった、とは思う。十七歳の少年に踏み込みすぎてしまった。
甘えることを覚えさせたかったのは事実だけれど、その相手は私でなくても良かったはずだった。
もっと意識を分散させて、せめて公安職員の誰にでも気軽に話が出来るようになって欲しかった。
これから初めて会うであろう事務所の面々にも、柔らかく接することが出来るように、ヒーローとして相応しい笑顔を浮かべることが出来るように。
みんなから愛されるひとに、なれるように。
そう思っていた、はずだったのに。
「……引っ越しは手伝ってよね」
「はぁい、了解しました! 期待してください、俺が最速で終わらせてみせますよ」
抗えない好奇心と、親心。そう、これは親心だ。
決して青写真を土足で踏み荒らしている訳ではないと、自分に言い聞かせてゆっくりと深呼吸をする。
大丈夫、彼を汚す訳では、ない。
「良かったね、優秀な雑用係をゲット出来て」
「自分で優秀とか言っちゃいます?」
「便利だとは思うよ、多分ね!」
デビューまで、あと半年。
初めての一人暮らしともなれば、それなりにテンションも上がるだろうと踏んでいたが、ホークスは淡々としていた。
ホークスが求めたのは、窓が大きな部屋、シンプルでいつでも引き払える最低限の家具と家電。
あとは出来れば二階以上の方が窓から出やすく深夜の出動でもドアの音で住人を困らせずに済む、と言った程度だった。
そんなのは我儘でも何でもない。ただの合理的判断だ。
欲しい物はないのかと問うても、じゃあ事務所候補地から近いと嬉しいです、と返されただけだった。
「ベッドのシーツはふかふかがいいとか、そう言う希望はないの。例えばエンデヴァーのグッズを置けるショーケースが置きたいとかでもいいんだよ」
「眠りに帰る場所であれば何でもいいです。グッズも、飾るほど持ってないですし」
どうでも良い話をするかのように、ホークスは物件リストが印刷された紙を流し見している。立地と窓の位置しか確認していないようで、見取り図を見てここに何を置きたい、などとはしゃぐ様子は一切なかった。
「それに、何かあったらすぐに引き払える状態にしておきたいんで。内装もコーディネーターか何かに適当に頼んでもらえれば」
シンプルイズベストですね、と物件リストから数枚引き抜いてこちらに渡してきた物を見ると、内容に統一性はない。
駅から近い家もあれば、遠い家もある。彼なりの合理性で選ばれたであろう物件は、私にはよく分からない物だった。
「……何か腹立ってきた」
「なんです、お気に召しませんか」
「お気に召さないので私が内装弄るね、ホークスに希望がないならいいでしょ。とってもファンシーでゆめかわなお部屋にしてあげる!」
「それは流石にメディア的によくないかと」
「じゃあ希望を言いなさい。私も考えるから」
まずは玄関から、靴は何足くらい置きたいか。
キーボックスは必要か、それともおしゃれなトレーに鍵を置きたいのか。
自炊はするつもりなのか、コンロは何口必要か。
ひとつずつ確認をして指折り数えてやっと部屋の中身が出来上がってきた。
シンプルがいいと言うホークスの希望だけは聞いて、丸テーブルと椅子、羽根を広げられる大きなベッドを置くだけの広めのワンLDK。
カーテンも柄無しの遮光タイプを窓に合わせて特注して、家電は加湿器とコーヒーメーカーを置くことにした。
ウォーターサーバーも便利で良いのではないかと提案したが、出入りする人間は少ない方が良いと言われてしまったので、天然水を配達するようなサーバーは諦めることになった。代わりにキッチンの水道に浄水器をつける手配をする。
「食器はどうする、一応二組にしておく?」
「家に誰か呼ぶ予定もないんで、最低限でいいです。多分自炊もしないし、デリのパックから総菜を移せればそれで」
それでも一応念のため、来客用にコーヒーを出せるようマグカップとティースプーンは二つ発注することにした。
電子レンジもオーブン機能がない簡易的な物。パンを焼くトースターくらいは必要かと聞いても要らないと言う。
それでも何かしらのバラエティ番組にでも出るようになってお宅訪問でも組まれると本当に生活している部屋なのかと問題になるので、必要最低限の家電は必要だろうと言う結論になった。
「本当に欲のない子だなぁ」
それでもその必要最低限のボーダーラインがホークスと私とでは大きく違ったらしく、追加されたのはスティックタイプの掃除機と小型の冷蔵、ついでに乾燥機付きのドラム式洗濯機くらいの物しかなかった。シンプルイズベスト。
明らかに不満を漏らす私に、その内セーフハウスは増えるだろうから、また好きにしてくださいと言われ、無理矢理納得をする。いつか人を招いて誕生日会でも出来るような家を作ってやる。
「そもそも事務所に仮眠室があれば家もいらないんですけど」
「プライベートエリアは大事だよ。それに所長が帰らずに仕事してたら、部下も帰りにくくて残業が蔓延するでしょう」
「帰ればいいじゃないですか」
「そうもいかないんだよ」
ヒーロー業は土日休みの九時五時営業と言う訳にはいかない。突然深夜に出動要請があれば、土日でファンイベントを開催することもある。
不規則なシフト勤務となれば尚更クリーンな環境を整えないと、法的にも見栄えもよろしくない。
警察や消防を含む緊急時対応が求められる職業に、労働基準法の基本は適応されないが、ヒーローと言う職業柄イメージ戦略は大切だ。
市民に不安を抱かせる訳にはいかない。周囲にはただただ綺麗な側面を見せ続ける必要がある。
二十四時間明かりが点いている安心感を提供出来ても、中で働くヒーローたちが疲れ切った顔を見せる訳にはいかないのだ。
最初は気合いと体力で乗り切ることが出来たとしても、それが二年三年と続けば事務所の運営としては、そう上手くもいかなくなるだろう。
例えホークス自身が大丈夫でも、ホークス事務所と言う組織全体の印象としては大変よろしくない。
「ある程度は模範になってもらう必要があるの」
「模範、ですか」
「勿論優秀なサイドキックを側につけるから、デスクワークやパトロールの後処理も含めてぶん投げる練習もしていかないとね」
最初に言っておかないと、この子は自分のキャパシティーを超えて抱え込むだろう。
いや、キャパシティーと言うよりは、無茶が出来てしまう。それが当たり前であるように、無理難題でも何とかこなせてしまうからこそ、困る。
無理をすることを日常にしてしまっては、本当に彼が必要になった時に自由に動けなくなる可能性がある。
それは公安として避けたかった。ホークスの両手は出来るだけ軽くしておく必要があるからだ。地域のヒーローとして活動する以前に、ホークスは公安の秘蔵として身動きが取れるように動いてもらわなければならない。
公安の犬と言えば聞こえは悪いが、公安が決定した動きに対して周囲に不満があった場合、それとなく誘導するのも仕事の一つだからだ。
「自分で出来る範囲で調整して自分で回した方が早くないですか?」
「他人も使って回すのが社会なの。出来るから自分でやるんじゃなくて、自分の手を空けるためにも他人を使うべき。そうして必要な時が来たら空いている自分の手を差し出すのがヒーローでしょ。これは極論だけど、自分だけがパスワードを知っているコピー機が止まらないんで被害現場に行けませんでしたなんて、目も当てられない」
不満そうな表情でこちらを見ているホークスは、何となくの理解は出来ていても、納得は出来ていないようだった。
確かにホークス自身が手を出した方が、完結までに工数も少なく済む案件は多く存在するだろう。けれど下にいる人間を上手く使うのも所長の役目のひとつだ。
「まぁそれは極論の話。共有出来る秘密は、上手く他人と共有していくのが社会の基本だよ。例えば書類の場所とかね」
「書類の場所?」
「そう、例えば現場にホークスが直行するとして、解決までの時間にサイドキックが家屋損害の書類を準備して持ってきてくれたら楽でしょ」
「そりゃそうですけど」
「そう言う単純な他人の使い方から覚えて行こう。年若い所長に不満を持たれないように、命じるんじゃなくておねだりする方向でね」
本人はふーんと適当に返している辺り、理解はしても納得はしていないだろう。咀嚼して飲み込めるまでには時間が必要そうだった。
大変申し訳ないが、ホークスに他人に命じて動かせるほどの威厳があるかと問われればそうではない。幼い見た目だけの話ではなく、圧倒的に経験不足だった。
現役ヒーローのほとんどは、学生時代のインターンや就職先の事務所で先輩ヒーローの元で下積みを行い、経験を積んだり、顔を売ったりする期間が存在する。
そこでしっかりとヒーローのイロハを叩き込まれて、自分である程度動けると判断出来てから、独立したければ独立するのがセオリーだ。
けれどホークスに関しては、その時間をすっ飛ばして、最年少のヒーロー事務所所長としてセンセーショナルなデビューをさせる予定になっている。
私一人が反対したところで無意味ではあるが、一応どこかに所属させて勉強させてはどうかと目良さんに零したことはある。しかしホークスのデビューは既に決定事項で、予定が覆ることはなかった。
ならば私に出来る範囲で、デビューまでに社会人生活について、ホークスに叩き込む必要がある。
主に、他人を頼ると言うことを覚えさせなければならない。
いくらホークスの頭の回転が速く、その背には他人よりも素早く動ける羽根があるとは言え、限界を超えてはならない。
「だったら、あなたが事務員としてうちに来てくださいよ。ある程度話しやすくて事情を知っている人間がいるのが一番楽です」
「博多に引っ越せって?」
「家くらい公安が借りてくれますよ、多分」
まるで名案を思い付いたとでも言うように、ぱっと表情を明るくしたホークスがわざとらしくにこやかな笑顔を貼り付けて言い放つ。
「ホークスが言うとシャレにならないんだよ」
「割と本気で言ってますしね。はい、こことかどうです?」
セーフハウスの間取り図をとんとんと軽く叩いて見せる。空室が二部屋以上ある物件を引き抜いて丁寧に渡してくれた。
まさか同じマンションに住めとでも言いたいのか。嫌な予感は当たる質であるので、口に出さないように努めながら、間取り図を眺める。
ホークス用にそれなりにセキュリティの良いマンションをピックアップしたせいで、家賃も勿論それに見合った価格帯だ。
とてもじゃないが特に高給取りでもない私が、毎月余裕を持って支払い続けることが出来る額ではない。
「初期費用会社持ちでも家賃がねー、下層階が空いてればワンチャン……」
「じゃあ下層階も一部屋、手配よろしくお願いしまーす」
「簡単に言ってくれるね!」
引っ越しとは簡単な物ではない。私は現在一人暮らしをしているので、そこから荷物を引き上げて、引っ越し業者に運搬を頼み、今の家の清掃や引き払い、そして新居での荷ほどきが待っている。
正直な話、私はこの提案を断るべきなのだろう。冗談だと思っていた、と引きはがすべきだ。
けれど今の私は、正常な判断力よりも好奇心が優位に立っている。脳内の冷静な部分が、やめておけと警鐘を鳴らしているのに、心臓はまだ見ぬ未来に浮足立っているのだから、どうしようもなかった。
「一応一晩考えさせてよ。そもそも私がここの仕事を放り出してホークスの事務所に出向してもいいのかなんて分からないし」
「仕事の話ならそれこそ一晩で手配完了しますけど」
「計画的誘拐犯じゃん!」
「誘拐犯で結構です、じゃあ目良さんにも提案してきますね!」
ホークスが自分から望んだのだ、私が欲しいと。そう言われて、誰がその願いを否定出来ると言うのだろう。
菓子の一つでさえねだることが出来なかった子供が、初めて我儘を口にした。
ホークスにとって、私は我儘を言える相手になったのか。それが嬉しくないと言ったら嘘になる。
けれど転居を伴う転勤は全く視野に入れていなかったし、何よりもホークスの人生に大きく関わることになってしまう。これを受け入れてしまえば、もう後戻りは出来ないのだ。冷たい態度で突き放したって、仕事としては問題ないだろう。
やりすぎてしまった、とは思う。十七歳の少年に踏み込みすぎてしまった。
甘えることを覚えさせたかったのは事実だけれど、その相手は私でなくても良かったはずだった。
もっと意識を分散させて、せめて公安職員の誰にでも気軽に話が出来るようになって欲しかった。
これから初めて会うであろう事務所の面々にも、柔らかく接することが出来るように、ヒーローとして相応しい笑顔を浮かべることが出来るように。
みんなから愛されるひとに、なれるように。
そう思っていた、はずだったのに。
「……引っ越しは手伝ってよね」
「はぁい、了解しました! 期待してください、俺が最速で終わらせてみせますよ」
抗えない好奇心と、親心。そう、これは親心だ。
決して青写真を土足で踏み荒らしている訳ではないと、自分に言い聞かせてゆっくりと深呼吸をする。
大丈夫、彼を汚す訳では、ない。
「良かったね、優秀な雑用係をゲット出来て」
「自分で優秀とか言っちゃいます?」
「便利だとは思うよ、多分ね!」
デビューまで、あと半年。
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