黎明期
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(加入する彼女)
シュイが目を覚ましたという知らせを受け、マルコは改めて医務室を訪ねた。今度は隊長全員ではなく、サッチとビスタを含めて3人。シュイの方は事情を話してデュースを同席させた。
ベッドで上体を起こすシュイの顔色は戻りつつも身体は細いままで、デュースに肩を抱かれて支えられていた。マルコたちの入室に気付いたシュイはデュースに向けていた柔らかい表情を落として、真っ直ぐ見つめてくる。先日の虚ろで力ない表情とは違い、凛とした瞳は彼女本来の色が宿っているようだ。
「この間は体調を考慮せずに詰問して悪かったよい」
「…いいえ。こちらこそご面倒をおかけしました」
今度はシュイから順を追って話してもらうことにした。
シュイは別世界のサムライ一族の娘で、ある日こちらに来てスペード海賊団になった。戦う術は知らず非戦闘でいつも守られていた。
マルコたちが警戒している未知の力は、向こうで『BASARA』と呼ばれるものと予想されるが、シュイは直系の家系なのに開花していなかった。そのためあの時使えたことが信じられないし記憶もない。
エースはじめスペードクルーが無事なら何も抵抗しない。自分自身がBASARAに未知で、また力が暴走しないとも言いきれないから、どうか監視をつけてほしいともシュイは言う。
ひと通り話を聞いて、マルコはビスタとサッチ、それぞれと目を合わせて頷いた。
確かに隔離中地下牢で彼女は静かに過ごしていた。抵抗の意思はないことは認める。監視の件も他のクルーを納得させるために必要だったので、シュイから申し出てくれてありがたい。
あとこちらが確認することはひとつ。
「もしエースの決断が俺たちと敵対なら、お前はどうする?」
もしそれなら、真っ先に消されるのはエースではなく、懸念対象の目の前の彼女である。危険な芽は潰させてもらう。
けれどシュイは分かっているはずなのに、その瞳は揺るがない。
「それがエースの決めたことなら受け入れます」
「…自分が死ぬことになっても?」
「もとより一度死んだ身だと思ってますから。そんな私を生かしたのは彼なので、彼のすべてを受け入れます」
とんだ忠誠心である。これがサムライなのだろうか、同じ出自の同僚に聞きたくなる。
ビスタは目を見開いて驚いているし、サッチは口笛を吹いて称賛した。
これ以上もう、疑いようがない。
マルコはシュイの処遇を次のように決定した。
シュイには引き続き監視をつける。地下牢ではなく医務室で過ごし、その弱った身体の回復を優先すること。
まずは食事。コック不在でまともな食事が出来なかったスペード時代。茹でただけの野菜やフルーツがメインで、足りない要素はサプリ摂取と偏っていて、今までよく体を壊さなかったものである。
文化の違いで味付けに慣れない彼女のため、サッチ全面協力のもと食育及び回復メニューをデュースと共に考案することになった。
つぎに体力づくり。長い間寝たきりで落ちた筋力を取り戻す必要があった。
陽射しに弱い彼女なので、天辺まで登りきってない朝日と月明かりのある夜にはリハビリを行うこと。ただし他のスペードクルーとの接触は無しとする。
シュイはこの決定を静かに受け入れた。隣のデュースとつなぐ手にぐっと力が入る。
シュイの行動ひとつで、未来が決められるのだから。
ある夜、幹部の見張り付きでリハビリがてら甲板を歩いていると、あの日以来に対面する白ひげが座ってクルーと晩酌をしていた。シュイの姿を見て幾人か腰を上げかけたが、白ひげが片手を上げて制した。
「よお、娘。あれから体調はどうだ?」
「お陰様で好調です」
「堅苦しいのは止せや。もう随分同じ船に乗ってんだからよ」
白ひげは笑いかけてくれるが、シュイは凛としたまま静かに見上げてくる。
大したものだと白ひげは目を細めた。
「ところでお前さん、なに身の内に飼ってンだ?」
その問いにシュイは思わずシャツの胸元を掴んだ。隠してた訳ではないが、まだエースは答えを出していないので話さなかったのに。
「…この子をご存知で?」
「さァな。だが、何かを感じただけだ。詮索したつもりはねェ、気にするな」
「何れはお話出来るかと思います」
「…そうか。楽しみにしておこう」
時間になったので、シュイは見張りと共に一礼して船内に戻った。
それから聞いた情報によると、サッチ隊長の計らいで100回勝負とされたエースの無謀な襲撃はもうすぐ終わりを向かえるらしい。あと少しでシュイの未来が決まる。
そしてエースの100敗目が決まった次の日、スペード海賊団全員に集合がかかった。エースが決断を下すときがきたのだ。
シュイもその会合に加わることが許された。エースたちと合流後は監視をしないことをマルコから告げられる。長い窮屈な日々がようやく終わった。
シュイが幹部たちに囲まれて甲板の後方に向かえば、すでに集まっているスペードクルー。デュース以外の皆の元気な姿を見るのは、久しぶりだった。シュイが最後に彼らを見たのは倒れていた光景だったから。
彼女に気づいた幾人は手を挙げてくれる。シュイが固まって動けないなか、クルーの中央にいるエースと目が合う。私たちの絶対的な存在、スペード海賊団船長の彼。
ワンピースの裾を握る手が震えてきた。そのときそっと背中を押してくれる存在がいた。
今日監視役だったイゾウ隊長である。横目でうかがえば、目を細めて頷いてくれた。そっと一歩足を出せば、ゆっくりだけど歩き出せる両足。エースもこちらに歩み寄ってくれる。
エースとシュイ、2人がお互いに近づいていく。けど数歩歩いて限界だった。
視界はだんだんぼやけて、シュイの瞳から涙が決壊した。もう、だめ。
「うわーーーんっ!!」
青空に少女の泣き声が響き渡る。
エースはぎょっとして、シュイとの残りの距離を一気に駆け寄った。近づいたエースが声をかける間も与えないくらい、シュイは感情をぶちまけた。
「エースのばかぁー! 意地っ張りー! 無茶ばっかりして、あほ! いっつも考えなしなんだからぁ!」
「お、落ち着けって…」
泣きながら叫ぶシュイははじめてで、エースはどうしたらいいのか分からなかった。
「ぐすっ…すごい心配した。…エースが無事で良かったぁ」
ボロボロ流れる涙を拭いながらこぼれた言葉に、エースのあたふたした動きが止まる。
シュイはその場に泣き崩れて顔を覆う。
みんなとはぐれて寂しかった。
ひとりで地下牢にいるのは辛かった。
クルーの誰にも会えずに過ごすのはしんどかった。
敵意を向けられれば不安だった。
最悪の場合殺されると思うと怖かった。
けどシュイは耐えた。
今日この日までひとりで我慢した。
エースを信じてたから。
エースはたとえ遠回りしても、シュイたちが失望する答えは出さないと、信じていたから。
身体を折るシュイの肩をそっと押し上げるあたたかい両手。涙でぐちゃぐちゃな顔を上げれば、膝をついて頭を下げるエースがいる。ずっと逢いたかった彼の姿に、またさらに涙が溢れる。
「シュイ、遅くなって悪かった」
ごんっとエースの額と甲板がぶつかる音が響く。船長なのに彼はいつも先に謝ってくれていたなと思い出して、シュイは流れる涙はそのままにずびっと鼻を鳴らした。
「…もう黙ってどこにも行かない?」
「行かねェ」
「…もうひとりで勝手なことしない?」
「しない」
シュイの問いに顔を上げて真っすぐ応えるエースのおでこは少し赤くなっている。
私たちの大事な船長だったのに。
「……また、一緒にいてもいい?」
下を向きながら、勇気を出して言ってみた。さっきまでの即答の代わりに、シュイの身体がふわりと浮いた。気づいたらエースに横抱きにされていた。
近づいた顔はいつものエースの笑顔だった。私の大好きなあたたかい笑顔。
「もちろんだ!」
シュイはようやく安心出来たように頬が緩んだ。止まらない涙を隠すようにエースの首に両手を回してぎゅっと抱きついた。
また一緒にいられるんだ。
シュイにとっては、それだけで十分だった。
そんなエースとシュイの再会を見守っていた幹部たちの多くは唖然としていた。監視してるときの彼女は凛としてまるで隙がなかった上に、対応や状況把握も冷静で感心していたほどだ。それがエースの前では子供のように感情露わに泣き叫んだのだから無理もない。これまでの印象が違いすぎる。
「なにあれ。最初からあれだけ素直だったら、こんなに警戒しなくて済んだのに」
あーあ、気ィ張って損したなぁと頭の後ろで腕を組むハルタ。ハルタは感情が読めないことを嫌うので、うまく隠したシュイの方が1枚上手であった。
「ずいぶん無理をさせてたのだな…」
「そりゃ、命掴まれてるやつ等に心許せって言うほうが無茶な話だろ」
ハルタの横でビスタとイゾウが言葉を交わす。
彼らが見守るなか、シュイを抱えたエースがスペードクルーと合流すれば、容赦なくエースに降り注ぐ鉄拳たち。
…一応船長だったよな、あいつ。
抱えられたシュイがエースの頭に出来たたんこぶを避けてそっと頭を撫でている。
シュイが無事スペードクルーと合流できたのを見届けたので、幹部たちは彼らに背を向けた。
これから彼らだけの話し合いが行われる。次はありのままの彼女と会えることを期待しながら、イゾウは船内へ戻った。
改めてスペード海賊団と対面したとき、彼らは白ひげになることを宣言していた。エースとデュースを先頭に立ち並ぶ彼ら。シュイはバンシーと腕を組んで、安心しきった顔でエースを見つめていた。
不意にエースがシュイに目配せすると、頷いてひとり前に出る。シュイが目をつぶり胸元に手をそえれば、彼女の体が橙色に発光していく。
すると光は広がり、シュイの背中に両翼が生えた。翼がひとつ羽ばたいて、さらに大きくなれば一羽の巨大な鳥が現れる。
キュルルと鳴くそれはモビーの上空を旋回すると、甲板に下降していき次第に光の大きさは小さくなり、エースの後ろに戻ったシュイが見守るなか、突き出したエースの左腕にふわりと止まった。サイズはエースの頭くらいに変わっていた。
艶々とした橙色の毛並みと黄金色の瞳に焦げ茶色の嘴。見たことのない幻想的な鳥だった。幻獣と言われる、『呼鳥』である。
「ここにいる全員が、俺の家族だ。よろしく頼む」
こうして白ひげ海賊団に、また新しい家族が出来たのだったーー
「ギュル! ギュギュッ!」
「いてっ」
エースの腕に止まる鳥、ユウヒはエースの頭に嘴を何度も突き立てる。
「なんだよユウヒ。久々に会ったってーのに、いでー!」
「シュイ、ナイタ。ボク、ユルサナイ」
「悪かったって!」
今度はエースの耳に噛みつくユウヒ。ユウヒの怒りはまだおさまらない。
やられ放題のエースを見かねて、シュイが近寄る。
「ユウヒ、おいで。エースはこれから大事なお話をするのよ」
シュイが手を差し出せば、すぐさまシュイの元に移動するユウヒ。彼女の腕のなかでうっとり目を細めて大人しくなったユウヒを、エースは半眼で睨む。同じ親代わりで自分は契約者なのに、こうも態度が違うものなのだろうか。
「はいはい、ユウヒはいつものことなんだから気にしない。お前はさっさと前に行く」
なかなか動かないエースの背中をぐいぐい押し出すデュース。あまり白ひげ側を待たせてはいけないだろう。
他のクルーも遅いぞー、早く行って来いと口々に言っている。元船長の扱いがぞんざいな気がしてならない。唯一シュイは手を振って送り出してくれた。
そんな彼らを背負い、エースは顔を上げて一歩前に踏み出した。もう迷うことはないのだから。
シュイが目を覚ましたという知らせを受け、マルコは改めて医務室を訪ねた。今度は隊長全員ではなく、サッチとビスタを含めて3人。シュイの方は事情を話してデュースを同席させた。
ベッドで上体を起こすシュイの顔色は戻りつつも身体は細いままで、デュースに肩を抱かれて支えられていた。マルコたちの入室に気付いたシュイはデュースに向けていた柔らかい表情を落として、真っ直ぐ見つめてくる。先日の虚ろで力ない表情とは違い、凛とした瞳は彼女本来の色が宿っているようだ。
「この間は体調を考慮せずに詰問して悪かったよい」
「…いいえ。こちらこそご面倒をおかけしました」
今度はシュイから順を追って話してもらうことにした。
シュイは別世界のサムライ一族の娘で、ある日こちらに来てスペード海賊団になった。戦う術は知らず非戦闘でいつも守られていた。
マルコたちが警戒している未知の力は、向こうで『BASARA』と呼ばれるものと予想されるが、シュイは直系の家系なのに開花していなかった。そのためあの時使えたことが信じられないし記憶もない。
エースはじめスペードクルーが無事なら何も抵抗しない。自分自身がBASARAに未知で、また力が暴走しないとも言いきれないから、どうか監視をつけてほしいともシュイは言う。
ひと通り話を聞いて、マルコはビスタとサッチ、それぞれと目を合わせて頷いた。
確かに隔離中地下牢で彼女は静かに過ごしていた。抵抗の意思はないことは認める。監視の件も他のクルーを納得させるために必要だったので、シュイから申し出てくれてありがたい。
あとこちらが確認することはひとつ。
「もしエースの決断が俺たちと敵対なら、お前はどうする?」
もしそれなら、真っ先に消されるのはエースではなく、懸念対象の目の前の彼女である。危険な芽は潰させてもらう。
けれどシュイは分かっているはずなのに、その瞳は揺るがない。
「それがエースの決めたことなら受け入れます」
「…自分が死ぬことになっても?」
「もとより一度死んだ身だと思ってますから。そんな私を生かしたのは彼なので、彼のすべてを受け入れます」
とんだ忠誠心である。これがサムライなのだろうか、同じ出自の同僚に聞きたくなる。
ビスタは目を見開いて驚いているし、サッチは口笛を吹いて称賛した。
これ以上もう、疑いようがない。
マルコはシュイの処遇を次のように決定した。
シュイには引き続き監視をつける。地下牢ではなく医務室で過ごし、その弱った身体の回復を優先すること。
まずは食事。コック不在でまともな食事が出来なかったスペード時代。茹でただけの野菜やフルーツがメインで、足りない要素はサプリ摂取と偏っていて、今までよく体を壊さなかったものである。
文化の違いで味付けに慣れない彼女のため、サッチ全面協力のもと食育及び回復メニューをデュースと共に考案することになった。
つぎに体力づくり。長い間寝たきりで落ちた筋力を取り戻す必要があった。
陽射しに弱い彼女なので、天辺まで登りきってない朝日と月明かりのある夜にはリハビリを行うこと。ただし他のスペードクルーとの接触は無しとする。
シュイはこの決定を静かに受け入れた。隣のデュースとつなぐ手にぐっと力が入る。
シュイの行動ひとつで、未来が決められるのだから。
ある夜、幹部の見張り付きでリハビリがてら甲板を歩いていると、あの日以来に対面する白ひげが座ってクルーと晩酌をしていた。シュイの姿を見て幾人か腰を上げかけたが、白ひげが片手を上げて制した。
「よお、娘。あれから体調はどうだ?」
「お陰様で好調です」
「堅苦しいのは止せや。もう随分同じ船に乗ってんだからよ」
白ひげは笑いかけてくれるが、シュイは凛としたまま静かに見上げてくる。
大したものだと白ひげは目を細めた。
「ところでお前さん、なに身の内に飼ってンだ?」
その問いにシュイは思わずシャツの胸元を掴んだ。隠してた訳ではないが、まだエースは答えを出していないので話さなかったのに。
「…この子をご存知で?」
「さァな。だが、何かを感じただけだ。詮索したつもりはねェ、気にするな」
「何れはお話出来るかと思います」
「…そうか。楽しみにしておこう」
時間になったので、シュイは見張りと共に一礼して船内に戻った。
それから聞いた情報によると、サッチ隊長の計らいで100回勝負とされたエースの無謀な襲撃はもうすぐ終わりを向かえるらしい。あと少しでシュイの未来が決まる。
そしてエースの100敗目が決まった次の日、スペード海賊団全員に集合がかかった。エースが決断を下すときがきたのだ。
シュイもその会合に加わることが許された。エースたちと合流後は監視をしないことをマルコから告げられる。長い窮屈な日々がようやく終わった。
シュイが幹部たちに囲まれて甲板の後方に向かえば、すでに集まっているスペードクルー。デュース以外の皆の元気な姿を見るのは、久しぶりだった。シュイが最後に彼らを見たのは倒れていた光景だったから。
彼女に気づいた幾人は手を挙げてくれる。シュイが固まって動けないなか、クルーの中央にいるエースと目が合う。私たちの絶対的な存在、スペード海賊団船長の彼。
ワンピースの裾を握る手が震えてきた。そのときそっと背中を押してくれる存在がいた。
今日監視役だったイゾウ隊長である。横目でうかがえば、目を細めて頷いてくれた。そっと一歩足を出せば、ゆっくりだけど歩き出せる両足。エースもこちらに歩み寄ってくれる。
エースとシュイ、2人がお互いに近づいていく。けど数歩歩いて限界だった。
視界はだんだんぼやけて、シュイの瞳から涙が決壊した。もう、だめ。
「うわーーーんっ!!」
青空に少女の泣き声が響き渡る。
エースはぎょっとして、シュイとの残りの距離を一気に駆け寄った。近づいたエースが声をかける間も与えないくらい、シュイは感情をぶちまけた。
「エースのばかぁー! 意地っ張りー! 無茶ばっかりして、あほ! いっつも考えなしなんだからぁ!」
「お、落ち着けって…」
泣きながら叫ぶシュイははじめてで、エースはどうしたらいいのか分からなかった。
「ぐすっ…すごい心配した。…エースが無事で良かったぁ」
ボロボロ流れる涙を拭いながらこぼれた言葉に、エースのあたふたした動きが止まる。
シュイはその場に泣き崩れて顔を覆う。
みんなとはぐれて寂しかった。
ひとりで地下牢にいるのは辛かった。
クルーの誰にも会えずに過ごすのはしんどかった。
敵意を向けられれば不安だった。
最悪の場合殺されると思うと怖かった。
けどシュイは耐えた。
今日この日までひとりで我慢した。
エースを信じてたから。
エースはたとえ遠回りしても、シュイたちが失望する答えは出さないと、信じていたから。
身体を折るシュイの肩をそっと押し上げるあたたかい両手。涙でぐちゃぐちゃな顔を上げれば、膝をついて頭を下げるエースがいる。ずっと逢いたかった彼の姿に、またさらに涙が溢れる。
「シュイ、遅くなって悪かった」
ごんっとエースの額と甲板がぶつかる音が響く。船長なのに彼はいつも先に謝ってくれていたなと思い出して、シュイは流れる涙はそのままにずびっと鼻を鳴らした。
「…もう黙ってどこにも行かない?」
「行かねェ」
「…もうひとりで勝手なことしない?」
「しない」
シュイの問いに顔を上げて真っすぐ応えるエースのおでこは少し赤くなっている。
私たちの大事な船長だったのに。
「……また、一緒にいてもいい?」
下を向きながら、勇気を出して言ってみた。さっきまでの即答の代わりに、シュイの身体がふわりと浮いた。気づいたらエースに横抱きにされていた。
近づいた顔はいつものエースの笑顔だった。私の大好きなあたたかい笑顔。
「もちろんだ!」
シュイはようやく安心出来たように頬が緩んだ。止まらない涙を隠すようにエースの首に両手を回してぎゅっと抱きついた。
また一緒にいられるんだ。
シュイにとっては、それだけで十分だった。
そんなエースとシュイの再会を見守っていた幹部たちの多くは唖然としていた。監視してるときの彼女は凛としてまるで隙がなかった上に、対応や状況把握も冷静で感心していたほどだ。それがエースの前では子供のように感情露わに泣き叫んだのだから無理もない。これまでの印象が違いすぎる。
「なにあれ。最初からあれだけ素直だったら、こんなに警戒しなくて済んだのに」
あーあ、気ィ張って損したなぁと頭の後ろで腕を組むハルタ。ハルタは感情が読めないことを嫌うので、うまく隠したシュイの方が1枚上手であった。
「ずいぶん無理をさせてたのだな…」
「そりゃ、命掴まれてるやつ等に心許せって言うほうが無茶な話だろ」
ハルタの横でビスタとイゾウが言葉を交わす。
彼らが見守るなか、シュイを抱えたエースがスペードクルーと合流すれば、容赦なくエースに降り注ぐ鉄拳たち。
…一応船長だったよな、あいつ。
抱えられたシュイがエースの頭に出来たたんこぶを避けてそっと頭を撫でている。
シュイが無事スペードクルーと合流できたのを見届けたので、幹部たちは彼らに背を向けた。
これから彼らだけの話し合いが行われる。次はありのままの彼女と会えることを期待しながら、イゾウは船内へ戻った。
改めてスペード海賊団と対面したとき、彼らは白ひげになることを宣言していた。エースとデュースを先頭に立ち並ぶ彼ら。シュイはバンシーと腕を組んで、安心しきった顔でエースを見つめていた。
不意にエースがシュイに目配せすると、頷いてひとり前に出る。シュイが目をつぶり胸元に手をそえれば、彼女の体が橙色に発光していく。
すると光は広がり、シュイの背中に両翼が生えた。翼がひとつ羽ばたいて、さらに大きくなれば一羽の巨大な鳥が現れる。
キュルルと鳴くそれはモビーの上空を旋回すると、甲板に下降していき次第に光の大きさは小さくなり、エースの後ろに戻ったシュイが見守るなか、突き出したエースの左腕にふわりと止まった。サイズはエースの頭くらいに変わっていた。
艶々とした橙色の毛並みと黄金色の瞳に焦げ茶色の嘴。見たことのない幻想的な鳥だった。幻獣と言われる、『呼鳥』である。
「ここにいる全員が、俺の家族だ。よろしく頼む」
こうして白ひげ海賊団に、また新しい家族が出来たのだったーー
「ギュル! ギュギュッ!」
「いてっ」
エースの腕に止まる鳥、ユウヒはエースの頭に嘴を何度も突き立てる。
「なんだよユウヒ。久々に会ったってーのに、いでー!」
「シュイ、ナイタ。ボク、ユルサナイ」
「悪かったって!」
今度はエースの耳に噛みつくユウヒ。ユウヒの怒りはまだおさまらない。
やられ放題のエースを見かねて、シュイが近寄る。
「ユウヒ、おいで。エースはこれから大事なお話をするのよ」
シュイが手を差し出せば、すぐさまシュイの元に移動するユウヒ。彼女の腕のなかでうっとり目を細めて大人しくなったユウヒを、エースは半眼で睨む。同じ親代わりで自分は契約者なのに、こうも態度が違うものなのだろうか。
「はいはい、ユウヒはいつものことなんだから気にしない。お前はさっさと前に行く」
なかなか動かないエースの背中をぐいぐい押し出すデュース。あまり白ひげ側を待たせてはいけないだろう。
他のクルーも遅いぞー、早く行って来いと口々に言っている。元船長の扱いがぞんざいな気がしてならない。唯一シュイは手を振って送り出してくれた。
そんな彼らを背負い、エースは顔を上げて一歩前に踏み出した。もう迷うことはないのだから。