螢火
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(彼女のはじまり)
ここは、下野国ーー。
太陽が高く登っている昼時にも関わらず、辺りは霧に囲まれて薄暗い。静かに流れる神流川の水音と共に聞こえるのは、白虎たちの息づかいである。お昼寝をする子もいれば、お互いに身を寄せ合い穏やかな時を過ごす子もいた。
そんな中、一際高い声が響く。先日生まれたばかりの子虎3匹だ。まだまだ甘えたがりで、母虎に構って欲しいようにじゃれている。
そのうち一匹がころりと後ろに転がった。ふと振り返れば水面が見えたために興味が移り、よちよちと這っていく。水面に映る自分の顔に少し驚きつつ、そっと前足を伸ばした。
そして小さな体が傾きかけた瞬間、ふわりと優しい手が子虎を抱えあげた。抱き上げた人物が誰だがすぐに分かると、子虎はみゃーと擦り寄って甘えた。
「あまり母親から離れては駄目よ」
優しく子虎を撫でながら注意するのは、この国を治める当主宇都宮広綱の妹だった。
主の登場に、うとうとしていた虎もそちらに瞳を向け、挨拶代わりに一声鳴いた。いつもの穏やかな光景に、彼女は目を細めて眺めていた。まるで記憶に残すかのように。
彼女は明後日輿入れする。少し遅い年齢になってしまったが、兄の尽力で叶った縁談である。寂しい気持ちがあるし、こんなハズレ者の自分がお家の役に立てると思えば嬉しい気持ちもある。
腕にいる柔らかな毛並みを撫でていれば、ふと誰かに呼ばれた気がした。顔を向ければ、普段の濃霧より白い霧が現れている。
彼女は不思議と気になってしまった。子虎をそっと地面に下ろして、そちらへ足を進める。何かに惹かれて行くかのように、彼女の足は止まらない。
霧に触れようと腕を伸ばせば、力強く掴まれる彼女の腕。驚く声を上げる間もなく、彼女の姿は白い霧のなかへ溶けて消えた。
近くにいた子虎は彼女の姿が消えて、鳴いた。彼女が立っていた辺りを探すように短い足でぐるぐる回ってみても、白い霧が漂っているだけ。
つぶらな瞳が寂しげな色に変わる。みゃーと子虎が呼んでも、彼女から返事はない。異変に気づいた他の虎たちも次々に彼女を呼びはじめた。
どれだけ白虎たちが呼んだだろう。
けれど、どの声も彼女に届くことはなかった。
ーーー大事な彼女が、消えてしまった。
とてもまぶしかった。
濃霧に包まれた故郷とは違い、目の前に広がるそこは雲ひとつない青空。そして、彼女の腕を掴んで驚いた表情をする少年。
これが彼女、シュイとエースの出会いであった。
『螢火』
さいしょはしんじられなかったけど、じぶんはべつのせかいにきたようである。いまはなれないふねのうえでせいかつしている。
ことばはわからないし、みなれないふくとたべたことがないしょくじ。すこしだけかいわできるひとからおそわるのはしらないことばかり。
まいにちふあんしかないけど、せんちょうのえがおはなぜかあんしんする。
「ーーーー! シュイ、ーーーーー!」
しばらくすれば、少しだけことばが分かってきた。ふねの上での生活にもなれてきた。こきょうの丘の上から見た海は、こちらでもどこまでも広かった。
この世界の天気はころころまい日かわっていき、おもしろかった。あついのは苦手だけど。
なんと自分がおせわになっている彼らは『かいぞく』らしい。島に下りて海兵に見つかれば追われるし、てきに会えばたたかっていた。けど彼らは強くて負けない。
せんちょうのエースはあいかわらず元気にえがおだ。
「シュイ! ーーーーしようぜ!」
今日もスペード海賊団はグランドラインを進む。島が近いのか気候は落ち着いてきた。ミハール先生の授業を終えたシュイは、副船長のデュースと食堂で雑務処理をしていた。次の島上陸の準備で足りない物質の確認をしているところに、エースが駆け込んで来た。
「シュイ! 外来いよ、島が見えたぞ!」
エースはそう言ってシュイの返事を聞かずに彼女をひょいと抱えて食堂を出ていく。慣れてるデュースは片手を上げて2人を見送った。
日差しが強いのでエースは自分のテンガロンハットをシュイに被せて、船頭の甲板にかけていく。集まっていたクルーはエース達にスペースをあけてくれる。そこに着けば微かに見える島のシルエット。
「今度はどんな島なの?」
「スカルによれば観光地として有名な夏島だそうだ。きっと美味いモンがいっぱいあるぞ!」
「エースは食べることばっかりなんだから」
風に飛ばされないようハットを手で押さえてシュイはエースを見て笑う。エースは抱えるシュイの笑みを見上げて、眩しそうに弾けて笑った。
スペード海賊団はみんな優しかった。
何も知らないシュイを見放したりしないし、ハズレ者と蔑むこともしない。
シュイの周りにいた人たちよりずっと暖かった。
この世界に来なければ、こんな笑うこともなかったし。こんなに楽しい日々を過ごすことは出来なかった。
最愛の兄のことだけはいまも気がかりで、兄と白虎たちが恋しくて会いたくなり涙する夜もあるけれど。
エースが笑いかけてくれるから。
エースが隣にいていいと言ってくれるから。
エースが守ってくれると言うから。
この世界にいる限り、シュイはスペード海賊団として生きていこうと決意した。
ここは、下野国ーー。
太陽が高く登っている昼時にも関わらず、辺りは霧に囲まれて薄暗い。静かに流れる神流川の水音と共に聞こえるのは、白虎たちの息づかいである。お昼寝をする子もいれば、お互いに身を寄せ合い穏やかな時を過ごす子もいた。
そんな中、一際高い声が響く。先日生まれたばかりの子虎3匹だ。まだまだ甘えたがりで、母虎に構って欲しいようにじゃれている。
そのうち一匹がころりと後ろに転がった。ふと振り返れば水面が見えたために興味が移り、よちよちと這っていく。水面に映る自分の顔に少し驚きつつ、そっと前足を伸ばした。
そして小さな体が傾きかけた瞬間、ふわりと優しい手が子虎を抱えあげた。抱き上げた人物が誰だがすぐに分かると、子虎はみゃーと擦り寄って甘えた。
「あまり母親から離れては駄目よ」
優しく子虎を撫でながら注意するのは、この国を治める当主宇都宮広綱の妹だった。
主の登場に、うとうとしていた虎もそちらに瞳を向け、挨拶代わりに一声鳴いた。いつもの穏やかな光景に、彼女は目を細めて眺めていた。まるで記憶に残すかのように。
彼女は明後日輿入れする。少し遅い年齢になってしまったが、兄の尽力で叶った縁談である。寂しい気持ちがあるし、こんなハズレ者の自分がお家の役に立てると思えば嬉しい気持ちもある。
腕にいる柔らかな毛並みを撫でていれば、ふと誰かに呼ばれた気がした。顔を向ければ、普段の濃霧より白い霧が現れている。
彼女は不思議と気になってしまった。子虎をそっと地面に下ろして、そちらへ足を進める。何かに惹かれて行くかのように、彼女の足は止まらない。
霧に触れようと腕を伸ばせば、力強く掴まれる彼女の腕。驚く声を上げる間もなく、彼女の姿は白い霧のなかへ溶けて消えた。
近くにいた子虎は彼女の姿が消えて、鳴いた。彼女が立っていた辺りを探すように短い足でぐるぐる回ってみても、白い霧が漂っているだけ。
つぶらな瞳が寂しげな色に変わる。みゃーと子虎が呼んでも、彼女から返事はない。異変に気づいた他の虎たちも次々に彼女を呼びはじめた。
どれだけ白虎たちが呼んだだろう。
けれど、どの声も彼女に届くことはなかった。
ーーー大事な彼女が、消えてしまった。
とてもまぶしかった。
濃霧に包まれた故郷とは違い、目の前に広がるそこは雲ひとつない青空。そして、彼女の腕を掴んで驚いた表情をする少年。
これが彼女、シュイとエースの出会いであった。
『螢火』
さいしょはしんじられなかったけど、じぶんはべつのせかいにきたようである。いまはなれないふねのうえでせいかつしている。
ことばはわからないし、みなれないふくとたべたことがないしょくじ。すこしだけかいわできるひとからおそわるのはしらないことばかり。
まいにちふあんしかないけど、せんちょうのえがおはなぜかあんしんする。
「ーーーー! シュイ、ーーーーー!」
しばらくすれば、少しだけことばが分かってきた。ふねの上での生活にもなれてきた。こきょうの丘の上から見た海は、こちらでもどこまでも広かった。
この世界の天気はころころまい日かわっていき、おもしろかった。あついのは苦手だけど。
なんと自分がおせわになっている彼らは『かいぞく』らしい。島に下りて海兵に見つかれば追われるし、てきに会えばたたかっていた。けど彼らは強くて負けない。
せんちょうのエースはあいかわらず元気にえがおだ。
「シュイ! ーーーーしようぜ!」
今日もスペード海賊団はグランドラインを進む。島が近いのか気候は落ち着いてきた。ミハール先生の授業を終えたシュイは、副船長のデュースと食堂で雑務処理をしていた。次の島上陸の準備で足りない物質の確認をしているところに、エースが駆け込んで来た。
「シュイ! 外来いよ、島が見えたぞ!」
エースはそう言ってシュイの返事を聞かずに彼女をひょいと抱えて食堂を出ていく。慣れてるデュースは片手を上げて2人を見送った。
日差しが強いのでエースは自分のテンガロンハットをシュイに被せて、船頭の甲板にかけていく。集まっていたクルーはエース達にスペースをあけてくれる。そこに着けば微かに見える島のシルエット。
「今度はどんな島なの?」
「スカルによれば観光地として有名な夏島だそうだ。きっと美味いモンがいっぱいあるぞ!」
「エースは食べることばっかりなんだから」
風に飛ばされないようハットを手で押さえてシュイはエースを見て笑う。エースは抱えるシュイの笑みを見上げて、眩しそうに弾けて笑った。
スペード海賊団はみんな優しかった。
何も知らないシュイを見放したりしないし、ハズレ者と蔑むこともしない。
シュイの周りにいた人たちよりずっと暖かった。
この世界に来なければ、こんな笑うこともなかったし。こんなに楽しい日々を過ごすことは出来なかった。
最愛の兄のことだけはいまも気がかりで、兄と白虎たちが恋しくて会いたくなり涙する夜もあるけれど。
エースが笑いかけてくれるから。
エースが隣にいていいと言ってくれるから。
エースが守ってくれると言うから。
この世界にいる限り、シュイはスペード海賊団として生きていこうと決意した。